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聖女めざして修行中ですが、踏んだり蹴ったりには定評があります!  作者: 有沢真尋
第四章

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18/23

差異を

 サンドラが下りた、という話が耳に入った。

 ナディアが「治癒」を用いた奉仕活動の一環として、施療院に行ったその日。一般職員たちが話題にしていたのが、たまたま聞こえた。「あの力の弱い子、本選で見込みがないって、候補者辞退を申し出て受理されたらしいよ」と。


 午後、蜜色の陽が差す廊下で、角を曲がるときにすれ違いざま。

 頭を下げて通り過ぎて行く女性二人。会釈を返しつつ、何気なく聞き流してから、ナディアは足を止めた。振り返って床板を蹴って走り出し、「今の話!」と声をかけながら二人の前に回り込んだ。


「サンドラ姉さまが下りたって、本当ですか?」


 顔見知りで何度も話したことがある職員たちだった。ナディアの剣幕に目を瞠って口をつぐんだが、すぐに二人で顔を見合わせて、ひとりが話し始めた。


「ええ。【聖女の家】を今日にも出ると聞きました。公爵家との養子縁組も解消されるそうです。それでも一般職員よりはずっと高度な魔法を習得していますので、今後は聖女様の補助のような立ち位置で、今までよりは内容を絞った奉仕活動をなさるとか。その、あの方は『治癒』に関しては修行の成果が全然……」


 わかりますでしょう? と言わんばかりの目配せとともに薄く微笑まれる。

 目にした瞬間に、背筋がぞくりとした。

 

(サンドラ姉さまは、たしかに施療院では全然目立った働きをしていなかったかもしれないけど……。自分たちにとって「役に立たない」存在だからといって、聖女になるかもしれなかったひとの陰口を、こんな形で私に言う?)


 それは、ナディアがその話に同意するのをまったく疑ってもいない態度であった。同じ聖女候補者で、義理とはいえ「姉妹」として過ごしてきたのに。ここで、自分たちと一緒にサンドラを嘲笑うのがさも当然とばかりに。

 ナディアは二人の顔をしっかり見つめてから、毅然とした口調で告げた。


「たとえ候補者を下りたのだとしても、姉さまがここで過ごした日々は無になりません。聖女になる前の候補者の段階であっても、『恵み』に特化した能力を用いて、これまで数多くの事業に取り組んできています。その成果は軽々しく扱われるべきものではありません。資質は資質でしかなく、一般人と比較にならないくらいまで魔力を伸ばすため、姉さまは厳しい修行の日々を過ごしています。『聖女』という結果に結びつかなかったとしても、それを見下されるいわれはありません」


 見開きすぎた瞳がひりりと痛い。

 候補者同士、たしかに馴れ合ってはいない。他人で、ライバルだ。それだけに、相手の苦労や努力を推し量ることができる。道半ばで心が折れ、去る決断をしたのだとしても、後ろ指をさして笑う気はない。


(私が、一般職員と一緒になってサンドラ姉さまを嘲笑う、と。そういう空気を作られるだけでも不快だ。言うつもりのない相手の悪口に当然のように誘われるのが、どれだけ気分の悪いことか。恥を知れ)


 私は違う。私はそんなことはしない。その怒りをのせて告げたというのに、返った言葉は謝罪ではなかった。

 ナディアよりはやや年上くらいの若い女性の方が、目つきを険しくしてナディアを睨みつけた。


「候補者というのは、本当に良いご身分ですね。厳しい修行をしているから偉くてすごいのだと言わんばかり」


 やめなさい、と隣にいたもう少し年かさの女性が腕に掴みかかって制止したが、女性はナディアに食ってかかるのをやめなかった。


「聖女候補者は、皆様生まれつき、良いお家柄のお嬢様たちです。その上、生家とのつながりを断ち、身分をならすためとはいえ、准王家である公爵家の養女となっている。衣食住何不自由ない環境を整えられた上で、『修行』にだけ励んでいるのです。それでよくも、他人よりも苦労をしているような口をきけますね。ご自分がどれだけ恵まれているかわかっていないのでしょうか」


 もういい加減にしなさい、と隣にいた女性が腕を強くひく。若い方が、その手を邪険に払って、なおもナディアを睨みつける。

 打たれたように立ち尽くして、ナディアは二人のやりとりを見ていた。手足が冷えていく。


(こんな物言いは、絶対に許してはいけない。ありえない。そもそも、セレーネ姉さまやアンゼルマ姉さまなら、面と向かって言われることなんてないはず。私は……、中途半端に「親しみやすいように」心を砕いてきたけど、その結果がこうなんだ。ただ、侮られている)


 どんなに自分の側から「身分」や「立場」が無いようにみせかけても、厳然としてあるものを無くすることはできない。自己満足であり、欺瞞。

 脱落した候補者を一緒に嘲笑う側だろうと誘われ、候補者を侮るなと叱りつけることで馬脚を現したのはナディアの方。その傲慢さが、相手の怒りに火をつけてしまった。

 

(悪口は、ある種のリップサービスでもある。このひとたちも、本当はそこまでサンドラ姉さまのこと悪く思っていなかったかもしれない。雰囲気で私が言わせてしまった面は、絶対にある。そもそも、そこまで口に出して言う前に、私が過剰反応をした。それがこのひとには気まずくて、裏切られた感覚もあったのかも)


 アンゼルマなら。セレーネなら。危険な兆候でも見えようものなら、うまく立ち回って、取り合うことすらせず、決定的な発言の前に黙らせられたはず。ありありと、その姿が浮かぶ。二人と自分は違うと思い続けてきたが、その差異を自らの個性とするためには「同じことをやろうとすれば、危なげなくできる」実力があって、はじめて可能だ。今はただ、能力が足りず、劣っているだけ。

 それでも。

 姉たちとは違い、ナディアにはナディアの理想が、描く世界がある。

 二人に目を向け、ナディアは素早く一歩前に進み出た。胸に手を当て、はっきりとした口調で告げる。


「たしかに、候補者になれるかどうかには、生まれが関係しています。候補に選ばれてからも安定した生活が保証されている。それが尊いものだということを、私は知っています。だからこそ、それは少数の人間で独占すべきものではないと考えています。この地上に生まれ生活している人々に、当たり前に行き渡るものであるということを、自信をもって言えます。目指すべき理想が見えていなければ、誰もそこまで導けない。私は自分が与えられたものの価値がわかっています。それをたくさんの人に返すために、聖女を目指しています」


 私だけではなく、他の候補者も。


(……いつもの私なら、サンドラ姉さまをかばう意味でもそう続けた。「良い子」でいたいから? だけど、知っている。私のこの思いは、セレーネ姉さまの理想とは違う。今は「自分もあの人もみんな同じで、みんな良いひと」という段階ではない。違うものを無理に言葉の上だけで同じにしている場合じゃない)


「口ではなんとでも。所詮候補者は、安全な場所で守られているだけなのだわ」


 若い女性の方から悲痛な響きの声で言われた瞬間、ナディアはさらに語りかけようとした。

 そのとき、ぐらりと地面が、建物が揺れる感覚があった。


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