ずるーい
「アンゼルマ姉さまとセレーネ姉さまって、仲良いですよね」
テーブル上の、三段重ねの銀皿からスコーンをつまみ上げていたサンドラに、ナディアはこそっと耳打ちするように話しかけてみた。
サンドラは翠眼でじっとナディアを見据えて、一言。
「アレが仲良さそうに見えるの? ばっかじゃないの?」
「……はい」
まさに一蹴。会話のきっかけを探していたとはいえ、今のは自分が悪い、とナディアは万感の思いを込めて返事をした。サンドラは、ナイフでスコーンを切り分け、クロテッドクリームをたっぷりとのせてかぶりついてから、ぼそっと呟いた。
「良きライバルではあると思うけど。あの二人からすると、私は自分が少し見劣りする自覚はあるわ。『聖母』なんて言われても、ちびだし。貫禄負けというか」
もそもそとローズマリーブレッドをかじっていたナディアは、即座に飲み込む。
(弱みを見せた……!? まさかこれは「お悩み相談」では……!? 私、サンドラ姉さまに頼られているってこと!?)
※思い込みです。
冷静になればわかるはずのことであったが、ナディアはつい椅子の上で前のめりになり、サンドラに食らいつく勢いで身を乗り出した。
「姉さま、私で良ければなんでも言ってください。あの、聞きます」
「大きく出たけど、ナディアと仲良くしたいと思ったことは別にないわ」
「そう言わず! 話すと楽になることってあるじゃないですか。生家にいた頃、姉妹でよくいろいろ話をしたものです。懐かしいなぁ……。恋バナもしましたねえ。サンドラ姉さま、そういう話は無いんですか?」
「ナチュラルに真正面から醜聞を聞いてくるなんて斬新。明日の朝には神殿中に『恋多き女』って根も葉もない噂が広まっていて、神官長から呼び出されそう」
「そこまで考えてなかったですが……?」
言いながら、不自然な静けさに気づいてナディアは首をめぐらせた。目が合ったセレーネににっこりと微笑まれる。
「聞いてないわ。続けて」
「聞いてますよねそれ」
「サンドラの悩みが気になっちゃって。ちびで威厳がないこと気にしているなんて知らなかったわ。他には無い?」
サンドラは苦笑いを浮かべて、自分の正面に座ったセレーネを見る。本人は気にしているというが、実際、外見上二人は同じ年齢とは思えない。
感じの良い笑みを浮かべているセレーネを見つめてから、サンドラは溜息をついた。
「最近、魔物との戦闘も増えてきているでしょう。私の『恵み』の力はもちろん大切な魔法なのだけど、神殿が軍を擁し、それを聖女が率いて戦地に向かうことが度々ある以上、次の聖女に求められる資質は軍の統率者として適切かどうか、だと思う。そう考えると『浄化』と『癒やし』が外せないのはよくわかるの。無駄死にの可能性があるから極力戦場には送られないという私は、おそらく聖女として不適切。いまの時代を支えきれないから」
少し疲れた表情。曖昧な微笑み。何かを諦めようとしている。
側で聞いていたナディアの胸にも、疼くような痛みが広がっていく。
(手が届くかもと希望を持ちながら、叶わぬ願いと知る。自分の弱点を知るサンドラ姉さまは、きっとそれを克服するための努力をしたはず。だけどどうあっても伸びなかった。まばゆいばかりの二人の姉さまに敵わなかった。その苦しみが、私にはよくわかる。焦がれて、悔しくて、叫び出したいような感情。劣等感。それを抱えてなお、ここまで折れずにやってこれたとすれば……)
「サンドラは諦めるってこと? そういう意味よね、今の」
セレーネが、冷ややかな声で確認をした。
予期していたのだろう、サンドラは笑ったまま投げやりに答える。
「疲れちゃった。今まで頑張ってきたのに、結局神官長が一言『次の聖女は』なんて言っただけでみんなざわついちゃってるじゃない。努力とか、敬虔さとか、無駄なのかなって。セレーネは悔しくないの? このままだとナディアが全部持って行っちゃうよ?」
自分の名前が出たことで、ナディアは瞬間的に手に力を込めて拳を握りしめた。
(サンドラ姉さまがこれまで折れずに頑張ってこれたのは、自分より下の候補者、私がいたから?)
“あの子よりはマシ。自分が出来ないのではなく、出来すぎる二人がいるだけ。運が悪かった。この時代でなければ、一番になれたかもしれないのに。聖女になれたかもしれないのに。
勝てない。どうあっても負けている。
もちろん、そんな自分であっても、頼ってくるひとがいる。自分を一番だと言ってくれるひともいる。他の二人より支持者は少なくても、自分にだって信じてついてくる人間はいる。
だから、顔を上げて。惨めだとは思わないで。
最初からただ諦めているあの子より、私はずっと努力している――”
(サンドラ姉さま、その感情、私は手にとるようにわかります。私もずっと劣等感とともにありました。同じく候補者に選ばれていながら、私はなぜ姉さまたちと同じことが出来ないのか。なぜ敵わないのか。せめて、私にも得意分野があれば負けないのに。もう諦めてしまいたい。逃げたい。結果はわかりきっているのだから。早く終わりにしてほしい。でも本当は終わりたくない。最後の最後に、努力が報われる奇跡が無いか期待してしまう。呪わしいほどに)
「セレーネやアンゼルマは強いよね。それが上の人には嫌だったんじゃないかな。その点ナディアはいつだって無欲な顔しているし、他人に嫌われないように振る舞っている。害はないですよ、って。そういうことばっかり心砕いて、見事に上の人に気に入られちゃった。ずるーい。そういうの、二人は許せるの?」
ずるーい、というサンドラの言葉の響きが、耳に残る。
“努力して、頑張って。
自分の頭で考えて、できることをやってきた。ときには人を押しのけ、嫌われることも覚悟の上で。
それが必要な資質だと信じていたから。
そういう苦労を何一つしないで、ただ上の人間に気に入られるように振る舞っていただけの落ちこぼれが、最終的に良いところを独り占めにする――”
(サンドラ姉さまには、そう見えている。そう見えてしまうような行動をとっていたのは私……。手柄を主張すると睨まれそうな気がして、自分が成し遂げたことがあっても、ことさら言わなかった。その挙げ句、私の力を過小評価していたサンドラ姉さまに、よりにもよってその支持者の前で目論見を崩すほどにやり返してしまったから、姉さまは)
折れた。
「ナディア。言われてるけど、ナディアから言いたいこと、何か無いのか」
それまで沈黙していたアンゼルマが、重い口を開いて言った。
じくじくと痛む胸に手をあてながら、ナディアは顔を上げた。
「サンドラ姉さまのお気持ち、想像はつきます。ですが、その言い分、私は受け入れることはできません。私の話も、聞いてください」




