第六幕 『2つの世界の管理は大変だ』
この作品には多くのものが欠けていると思っていたら、ブログにてたくさんのアイディアやご声援を頂けました。それらから貰えるインスピレーションなんかを忘れない内に形にしてしまおうとあれこれしていたら、予想よりもずっと早くに6話が完成しました。『せっかくバーサーカー』を待って下さってる方々にはなんだか申し訳ないです。更新はまだなんですニャ!
※ラストや物語の方向性が決まってきたので、勇者とエルフの伝説の内容や、ドゥエロス皇家の血統の設定などを変更させていただきました。先行き見えないまま投稿してしまって、申し訳ないです。今後はもうないと思います。ハイ。ブロリーです。はい。反省の色無いね。
妖精がエルフの傍から姿を消してしばらく、俺はエルフと二人きりで皇宮に向け馬を走らせていた。狭い悪路が続く平民街だが、エルフを伴って貴族街を通れば立ち待ち衆目に囲まれて身動きが取れなくなるだろうことを考えれば、夜らしく人気のないこちらの方が遥かに早く皇宮へ到着できる。貴族街は街灯のために油を惜しみなく燃やしているから、深夜でも通りから人気が絶えることはないのだ。
皇宮へ馳せ参じるのは、まだ幼かった頃に父に連れられて現皇帝の誕生祝典に参加した時と、3年前に騎士団入団式に並んで以来だ。一度目は貴族として、二度目は平民として、三度目は勇者として皇宮に立ち入るというのだから、人生は何があるかわからない。
皇帝陛下を直に前にして醜態を晒さないように、大昔に家庭教師に習った宮廷作法を必死に手繰り寄せる。貴族の一員として、俺もあの日まではいっぱしの貴族教育を受けてきた。
今は亡き我が父パイク・ユイツ・アールハントは実直という言葉から生まれたような人物で、次代のアールハント子爵家を担う嫡男の教育に手を抜くことはしなかった。その教育の甲斐あって、領地と爵位を失って平民の身に落ちても修学は怠らなかった。少なくともそこらの貴族の坊ちゃんには負ける気がしない。多くの書物にも目を通したし、知性には人並み以上の自信がある。
しかし、このエルフに質問攻めにされていると、その自負も段々と薄れてしまう。
「では、この世界の一日は24時間ということですね。時間や重量などの単位ほとんどが私の世界と一致しているのですが、この理由を知っていますか?」
「1000年前に皇帝府が単位の基準を統一する詔勅を公布しました。それまで、我がセシアーヌでは単位は今のように厳格に定められていなかったそうです。もしかしたら、その基準の策定にあたって先代のエルフ様が関わっていたのかもしれません」
「なるほど……。では、次はこの世界の種族や魔法についてなのですが、」
会話を交わす中でわかってきたのは、このエルフの教養がそこらの貴族より遥かに洗練されているということだ。この世界に順応するために必要な知識が何であるかを心得ており、それらを貪欲に吸収し、直ぐ様消化して己のものにしていく。驕るつもりは毛頭ないが、俺以外の騎士では相手にならなかったに違いない。かつて父から「二言三言だけ言葉を交わせば、その家の格は容易に知れる」と聞いたことがあるが、それに則ればエルフの世界の文化水準も容易に推し量ることが出来る。
「魔法を使えるのは亜人類だけなのですね。先ほどあなたが言っていた“魔族”という括りとは何が違うのですか?」
「魔力の生成は亜人類の血によってしか為せません。知り合いの魔術師に言わせれば、魔力とは精神の波の飛沫のようなものだそうで、その飛沫を力として体外に変換することが出来るのは精神面に重きを置いた生物である亜人類だけです。我々人間には逆立ちしたって出来ません。その知り合いに言わせれば、人間は、その、バランスに優れた種族なのだとか……」
「脳筋、と言われたのではないですか?」
「……仰る通りです。話をお戻ししますが、先ほど申し上げましたように、魔力とは精神の波です。その波は、時として外部の影響を強く受けることがあります。邪悪な思念という強風が吹けば、簡単に荒れてしまいます」
「よくわかりました。その強風に吹かれた結果、亜人類は理性を失って魔族に堕ちてしまうのですね」
「はい。一度そうなってしまえば、理性を取り戻すことは不可能といって良いでしょう。大昔に皇家付きの医療魔術師が魔族の回復に取り組んだことがあるそうですが、逆にその魔術師も魔族に取り込まれてしまったそうです。精神の波は容易に伝播します」
背中に押し付けられた双球を介して、エルフがこくこくと頷く気配がする。俺の拙い説明で彼女をどこまで満足させることが出来たか、少し不安だ。
「恐ろしいことに、魔王はその波を自在に操り、自らの配下とした魔族に己の魔力を分け与えて強くすることが出来るのだそうです。まるで御身の御業をそのまま負の面に反転させたような―――跳びます、お気をつけを」
「ひゃわわっ」
前方の路地に、浮浪者が横たわって眠っていた。狭く長い一本道だ。左右どちらにも回避する余裕はないし、引き返していると時間がかかる。飛び越えるしか無い。
戒告に従って前もってエルフに知らせると、手綱を引いて馬を跳躍させる。エルフに触れている恩恵のおかげか、筋骨たくましい軍馬がまるで競走馬のように蹄を鳴らして高く飛び上がる。そのまま軽快に着地するとその勢いを殺すことなく駆け進む。心なしか、この馬も調子が良いようだ。エルフの為す御業はあらゆる生命に活力を与えるのだからそれも当然なのだが、実感していればそれが如何に破格の能力であるかが身に染みて理解できる。
とは言え、肝心のエルフ本人が男の背中にしがみついてビクビクと震え上がっているのでは説得力も薄まってしまうのだが。
「エルフ様、もう少し速度を落としましょうか?お顔色が優れぬようですが……」
「い、いえ。私は平気です。乗馬にはもう慣れました。もっと凄い乗り物にだって乗ったこともあるのです。これくらい、怖くも何ともありません」
などと言うものの、これでもかと腰を強く掻き抱かれていては信じろという方が無理だ。チラと密かに後ろを覗けば、彼女は眦に涙を浮かべて「ふひゅー、ふひゅー」と何度も深呼吸をしていた。
まだ顔を合わせてから数時間しか経っていないが、このエルフの性格を少しずつ把握出来てきた気がする。凛とした涼しい美貌そのままに冷静沈着なのかと思いきや、ふとした拍子に子供っぽさが溢れる。つまり、年頃の少女と変わらず、意地っ張りで負けず嫌いなのだ。
気付かれないようにこっそりと唇の端を上げ、馬の速度をゆっくりと落とす。
“伝説の救世主”という大層な肩書きに圧倒されて過度に緊張していたが、そんな心配は無用だった。目当ての男以外には取り付く島も見せない貴族の女に比べれば、きゅっと唇を噛んで乗馬の恐怖を我慢するこの少女の方が遥かに親しみを感じさせる。
「……怖がる私を見るのはそんなに面白いですか」
「め、滅相もございません」
エルフの察知能力を甘く見ていた。頬を緩ませる気配に気付いた彼女がジロリと睨め上げてくる。年頃の少女が同じ仕草をすれば微笑ましいのだろうが、生憎と彼女は普通の少女ではない。斧を振り上げるオーガもかくやと思わせる眼光に、無意識にゴクリと息を呑む。
なぜなら、怒りに細められたその銀の双眸もまた――――神がかり的に美しかったからだ。
「御身があまりに見目麗しいので、つい―――あ、」
失言することを“口を滑らせる”とよく例えるが、言い得て妙だ。滑るように無意識に漏れた言葉に誰よりも驚いたのは、目を見開いたエルフよりむしろ俺自身だった。こんな好色家のような軽口を叩いたことなどなかったのに、どうして今この時に舌禍を招くようなことを口にしてしまうのか。
取り繕おうと慌てて口を開くが、エルフが視線を外して俯く方が早かった。抱きついていた身体を引き剥がし、俺から間を空ける。
「……あなたがそんな遊び人だとは知りませんでした」
「ご、誤解です!婦女子を靡かせるために甘言を弄したことなどありません!先の発言は、ただ御身の美質に当てられてしまっただけで、だからその……とにかく、私は遊び人ではありません」
「でしょうね。とても似合わない発言でした」
それきり、エルフは顔を伏せて黙りこくってしまった。「こんな女たらしは勇者失格だ」と見損なわれてしまったのだろうか。騎士にあるまじき浅はかな発言だった。これではクアムの野郎と変わらない。見限られても文句は言えないが、まさかこんなくだらないことで勇者の称号を手放すことになるとは―――
「……初めて、です」
ポツリ、とエルフが小さく囁いた。その台詞が意図するところがわからずに呆けていると、再びエルフが俯いたまま呟く。
「私の容貌を褒めたのは、貴方が初めてです」
「まさか!」
「本当です。これまで私に、み、見目麗しいなどと言ってくる者は、いませんでした」
見れば、雪色の頬がほんのりと朱色に染まっていた。ピンと尖った特徴的な耳は先端まで真っ赤に火照っている。それでようやく、このエルフが俯いて俺から身を離した理由がわかった。やはり、彼女は年頃の少女と変わらない。
エルフの世界はセシアーヌに比して全てが優っていると思っていたが、劣っている点もあるらしい。少なくとも俺は、本当に美しいものが何なのかをわきまえている。
「御身の世界の人間は皆見る目がありません」
「わ、私の容貌など可もなく不可もないといったところです。私には貴方の方がよほど美男子に思えます」
「私が、ですか?」
俺がエルフより美しいとは、なんと高く買われたものだ。確かに、母親の面影が垣間見えるとは養父母によく言われる。幼馴染の貴族の娘にも格好良いと持て囃されたこともあった。
しかし、俺はこの線の細い顔は頼りなさげであまり好きではないし、幼馴染も身分が堕ちた途端に素っ気ない態度をとるようになったことからして、単なるお世辞だったのだろう。そんな俺を男前だと讃えるとは、先ほど思った通りエルフの世界とセシアーヌでは人の美しさへの価値観に差異があるようだ。
「過分なお言葉、恐れ入ります。しかしそうであるのなら、大隊長閣下を拝見されれば私などを勇者に任命したことを後悔されるやもしれません。閣下は見目好さだけは天下一品ですから」
クアム・ベレ・ガーガルランドという男は、まさにガーガルランド家に生まれべくして生まれた生粋の貴族だ。麗女のような美人面に常に微笑を貼り付け、肉体を美しく整えるための鍛錬と贅沢な食事によって得た見掛けだけの筋肉は計算しつくされた黄金比を描いている。その身に染み付いた権力のニオイと甘い美顔の前では、どんな女もイチコロだ。
もっともそれは、「何を馬鹿なことを」と呆れ顔を浮かべるこのエルフの少女を除いての話だが。
「私は顔の良し悪しで勇者を選んだりはしません」
「はい、存じております」
予想通りの答えに苦笑する。このエルフは道を逸することを知らない。突然見知らぬ男から世界を救ってくれと懇願されれば、普通なら混乱する。だというのに、彼女はそれを何の躊躇いもなく使命として受け入れてみせ、その遂行に適任として俺を勇者に選んでくれた。
その揺るぎない気性は心強くもあり―――また、危なっかしくもある。
ついに皇宮の全景が見えてきた。門扉を護る守衛騎士の輪郭が見える。間際まで迫った平民街側の裏門を見上げれば、もうすぐこの中で響き渡るであろう貴族たちの激しい怒声が否応なく頭蓋に響いて苦笑が消え去る。
エルフを連れてきた以上、クアムとの顔合わせは防ぎようがない。彼女の性格からして、歯に衣を着せぬ物言いで奴をばっさりと切り捨てるのは簡単に予想できる。
自分が勇者として認められなかったと知った奴が何をやらかすか……。あの美人面が剥がれ落ちるのは間違いない。剣試合の時もそうだった。あの時は俺の勝利を無効とすることで勘弁されたが、今度ばかりはそうはいくまい。取り巻きも巻き込んで騒ぎ立てるに決まっている。
クアムが不適格だとエルフに進言したのは俺自身だし、それ自体に後悔はない。しかし、自分の行いがどれほどの代償を払うものであったのかを顧みれば、激しい憂慮を感じずにはいられない。
魔王軍と戦う前に、まずは同じ人間から救世主を護らなければならないとは、皮肉極まる話だ。襲い掛かってくるのが魔族の牙であれば剣で切り伏せてやることが出来るのに、圧倒的な権力に対してはそうもいかない。
果たして俺は、貴族たちの手から彼女を護ることが出来るのだろうか。この世界を救うに相応しい戦士は、別の誰かではないのか。彼女は後にも先にも勇者は俺一人だと言ってくれたが、果たして俺はその多大な期待に応えることが出来るほどの器なのか―――。
「どうしました?馬が止まっています」
「あ……」
背後の声に意識を呼び覚まされて面を上げれば、景色が止まっていた。無意識に手綱を引いていたらしい。怖気づいた心に引きずられて身体が勝手に馬の歩みを止めたのだ。白くなるほどに固く握っていた手を開く。緊張に震える手の平は、爪が食い込んだ血と汗でじっとりと濡れていた。
「カーク……?」
気遣わしげにエルフが手元を覗いてくる。無様な醜態をエルフに晒してはなるまいと、慌てて手のひらを拭う。革服に擦りつけたせいで傷口が痛んだが、気にしてはいられない。何より、不安で張り裂けそうなこの胸に痛みに比べれば、この程度はかすり傷にもならない。
「な、なんでもありません。さあ、皇宮へ急ぎましょう」
「―――いいえ、ダメです」
「えっ?」
硬質な拒絶の声に、反射的に振り返る。予想外の返答に驚く俺の目を見透かすようにじっと見詰め、エルフが口を開く。
「××××」
「は?な、何と仰ったのです?」
おそらくこれはエルフ語なのだろう。湖で聞いた言語に似ている。相変わらず何を言ったのかまったく聞き取れない。なぜこの時に、突然エルフ語で話しかけてきたのか。
呆気に取られる俺に小さくため息をつくと、しばし熟考するように虚空を睨む。
「案の定、私の名前もこちらの世界では聞き取ることが難しいようですね」
「お、御身の御尊名ですか!?」
「ええ。まさか、私の名前が“エルフ”などと思っていたのですか?」
「えっ?いえ、その……」
「思っていたのですね。エルフとは種族の名称で、私にもちゃんと名前があります」
先代エルフの名前については現在には伝えられていない。子供の頃に親しんでいた勇者とエルフのお伽話でもエルフは“エルフ”のままだったから、てっきり名前もそうであるのかと思い込んでいた。
名前を間違えていた気まずさに冷や汗を流していると、エルフが再び嘆息して馬から滑り降りる。エルフを見下ろしては不敬になると慌てて後を追って降り、そのまま傅こうと腰を折りかけ、
「跪くのはやめなさい。真に勇者であろうとする気概があるのなら、私に跪いてはいけません」
鋭い声音に動きを止められた。
伝説の救世主に敬意を払うのは当然のことではないのか。勇者なら跪くな、とはいったいどういうことなのか。
中途半端に腰を折った奇妙な姿勢で眉を顰める俺に、エルフがそっと手を差し出す。そのまま俺の手を握ると、いきなり自分の胸に抱き寄せた。狼狽する間もなく、ふかふかとした柔肉に手が埋まる。エルフの薄い服はその温もりを隠さず伝えてきて、その温かな人肌の心地良さに頭の芯がカッと熱くなる。
「え、エルフ様!?」
「いいえ。私のことは、これから“トゥ”と呼んで下さい」
「……“トゥ”?」
「私の世界で“二番”を示す言葉です。前のエルフと区別を付けた方が紛らわしくなくて良いでしょう。今度から、私のことはそのように呼んでください」
風変わりな響きだが、不思議な魅力も感じる。なるほど、この美少女にはその神秘的な名前はよく似合っている。本当の名前が聞き取れないというのは些か残念だが、真名を賜るなど恐れ多いことだ。
「承知致しました、トゥ様」とつい無意識に片膝を突こうとして、今度は手を掴まれて乱暴に阻止される。眉根を顰めたエルフにぐいと引っ張られ、無理矢理に直立の姿勢を取らされる。
「跪いては駄目だと言ったでしょう。それと、その畏まった物言いも辞めて下さい。トゥだけで結構です。どうか、普段通りの貴方の口調で話して下さい」
「そ、そんな非礼なことは……」
俺は平民の身分で、しょせん小隊長に過ぎない。本来ならば勇者に任じられることすら不相応な身だ。そんな俺が、エルフに向かって対等であるかのような物言いをするなど、烏滸の沙汰だ。今でさえ、エルフを見下すという不遜に震えているような小心者だというのに。
身体が萎むような感覚に囚われ、目を伏せる。せめて自分がまだ貴族であったならもう少し釣り合いがとれたかもしれない。しかし、今では到底身分に差がありすぎる。心が螺旋階段を転がり落ちるような自己嫌悪に駆られる。己の器にも身分にも自信を持てない男が、本当に勇者になって良いのか。クアムにそこを突かれた時、俺は堂々と反駁することが出来るのか―――。
そんな俺の苦楚など、神秘の少女にはお見通しだった。
「誇りなさい、カーク」
ハッとして眼前の瞳を見返す。涼しげな銀の瞳が、先程までの厳しさを消して柔和に微笑んでいた。母が子を抱くような優しい微笑みだった。
この世のどの種族よりも美しい銀の双眸の輝きが、胸中に淀んでいた不安の澱を溶かしてゆく。
「この私が、貴方を、私と運命を共にする者だと認めたのです。それ以上の証しが必要ですか?」
「―――いいえ」
「ならば誇りなさい、私の勇者。貴方はこの世でただ一人の私の半身です。片方の翼が片方より遜って、どうして空を真っ直ぐに飛べるでしょう?
自信を持ちなさい、勇者カーク。そして堂々と私の隣に立ち、肩を並べなさい。貴方にはその資格があり、責任がある」
一言一言が、力強かった。胸を塞いでいた重石が残らず洗い流され、矜持の炎が轟々と燃え上がる。エルフの力は、単なる癒しだけではない。その言葉には人の意気を昂揚させる確かな力が溢れている。
心を熱く満たす充足感に心身を活性化され、俺は表情を引き締める。もはや迷う必要など無い。俺が勇者である証明は、とっくに為されていたと理解したのだから。
地に足を押し付け、背筋を伸ばす。頭一つ分は低くなった彼女を見つめ、その試すような眼差しを撥ね返さんばかりに力強く言い放つ。
「わかったよ、トゥ。これから先、俺と君は生きるも死ぬも一緒だ。だけど、君が死ぬことは絶対にない。俺が必ず、君を護る」
決意と誓いを込めて、トゥの手を強く握る。簡単に傷ついてしまいそうな繊細な手だ。だが、この手が傷つくことはありえない。俺がそんなことはさせないのだから。
果たして、今度はトゥが目を見開く番だった。俺が見つめる中、頬が見る見る赤くなり、一気に耳まで染まる。手の平が触れているふくよかな胸の奥で、小さな心臓がトクンと大きく震えるのを感じる。豹変っぷりに首を傾げる俺を見て、トゥの顔がさらに首筋までカァッと真っ赤に染まる。
「と、当然のことです。わかればいいのです」
耳をピクピクと震わせたかと思うと、突き放すように俺の手を強引に振り払う。その初々しい仕草に苦笑する。また何か彼女を怒らせるようなことをしてしまったらしい。気難しいが、だからこそ可愛げがあって、一緒にいて飽きが来ない。
ふと、爪が食い込んでいた手の平から痛みが消えていることに気付いた。不思議に思って見れば、深い傷は瘡蓋も残さずに治癒されていた。どうやら、怪我をしたことは見透かされていたらしい。
「ありがとう、トゥ」
「……討伐の旅の前にケガをされては、困りますから」
素っ気なく返され、ぷいっとそっぽを向かれる。だけど、その頬はやっぱり桜色のままで。
「―――君は、優しいんだな」
「~~~~!!」
何気なく呟いた言葉だったが、何かの琴線に命中してしまったらしい。両手で面差しを覆ったかと思うと、そのままこちらに背を向けて黙りこくってしまった。華奢な肩が震えている。感謝の気持を伝えたかったのだが、何か間違っただろうか?
「……やっぱり、貴方は女たらしです」
「ええっ!?」
ど、どうしてだ!?
次回はトゥの視点になります。何時になるかはわからないけど。
読んでる人が(・∀・)ニヤニヤ出来たらいいなあ。




