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第五幕  『手間がかかるからこそ、楽しいということもある』

この作品は、ここまで出来ています。此処から先はまだまだアイディア段階です。


~エルフと勇者の戦いはこれからだ!次回の主の作品にご期待ください!~

「伝説は本当だったのか……」


首都西正門を担当する守衛騎士が呆然と呟いた。他の騎士たちも魂を抜かれたようにうっとりと惚けている。彼らの視線が向かう先は、俺の背後に座る美少女―――伝説のエルフだ。


すでに娘が成人していてもおかしくない中年の騎士が美少女に心を奪われている様は同じ騎士として情けないものがあるが、彼女の美貌を考えれば致し方ないだろう。俺だって、許されるのであれば永遠にその美しさに目を奪われていたい。だが、自分に集中する視線に居心地悪そうに顔を顰めるエルフはそれを望んでいない。

エルフに不快な思いをさせてはなるまいと、自分に意識を向けさせるように声を張り上げる。


「如何にもその通り。この御方こそ伝説のエルフ様に他ならない。皇帝陛下にお目通り願うために、急ぎ皇宮に馳せ参じなければならない。早急に門を開けて欲しい」

「………あっ!?そ、そうだな!開門せよ!グズグズするな!!」


数秒開けて我に返った騎士が慌ただしく平民の雇われ門番に叫ぶ。厳戒態勢が敷かれている首都の正門にあっても、騎士は指示を下すばかりで自分から動くことはない。“貴族は頭、平民は手足”という貴族特有の悪癖が染み付いてしまっているからだ。

エルフに仕事ぶりを見せつけるようにこれ見よがしに門番に怒声をぶつける彼は、それが醜態を晒すことと同義であることにも気付いていないのだろう。頬を赤らめてチラチラとエルフの表情を窺う様子は、まるで幼年学府に入りたてのガキだ。


「貴方の言う通り、騎士団には問題があるようですね」

「……面目次第もございません」


エルフにも、中年騎士の振る舞いの見苦しさはわかるらしい。一刻も早く門をくぐり抜けてこの場を去りたいという気持ちに襲われ、羞恥に顔を上げられなくなる。

本来なら首都の正門は常時開いているのだが、魔王が現れてからは昼間以外は閉じられている。正しい対処ではあるが、今はそれが堪らなくもどかしい。

馬の腹を蹴りあげて駆け出したい衝動を必死に抑える中、分厚い樫の扉がゆっくりと動き出し、アーチ状の正門が開いてゆく。


西正門は首都タルトスが誇る皇国最大の門で、二階建ての家一つが丸ごと収まる巨大さだ。荘厳な正門の向こうには、貴族の邸宅が立ち並ぶ美しい城下町が延々と広がっている。首都の顔でもある門は、その雄大さ故に“セシアーヌ人ならどんな身分であっても一度はタルトスの正門を拝んでから死ね”とも言われるほどだ。

といっても、数百年前まではこの規模の門は珍しくなかった。タルトスにも、この門よりさらに外縁に城壁が築かれ、ここよりさらに巨大な門が備えられていたらしい。門が減ったのは、人類が平和に溺れて堕落した証拠でもある。

エルフもそれを察しているのだろうか。正門をくぐる間も、門番の動きや正門の整備状況をつぶさに観察して何事かを呟いている。おそらくはその肩で羽根を休めている妖精と相談をしているのだろう。常人には、彼女たちの会話は鈴の音のようにしか聞こえない。不満そうに口を尖らせるエルフの表情からして、褒められているのではないのだろうが。


長い正門を通り抜けると、詰所の前に正装を身に纏った騎士小隊が片膝をついて待っていた。先頭には小隊長―――先ほどの中年騎士が居座っている。華美に過ぎる鎧に身を包んだ騎士がじろりと俺を一瞥し、侮蔑に鼻を鳴らす。小隊長という階級は同じでも、相手が平民出身なら平気で蔑むのが貴族騎士だ。


「アールハント小隊長、貴君の任務は終わりだ。ここから先は我らが引き継ぐ。使者にはもう用はない」

「なっ……」


抗議しようと口を開けるが、それを無視した中年騎士は俺からさっさと顔を逸らしてエルフに目を向ける。表情も、平民に向ける顔から一転してニンマリとした貴族の社交顔に変貌する。


「エルフ様、私は第15正門守衛小隊隊長のウィッツ・ジン・ティロシアンと申します。我が家はエルフ様が1000年前に御降臨された頃から続くティロシアン男爵家です。御身に御目に掛かる栄光を授かられたのは、偏に我が先祖の導きでありましょう。

これより我が第15小隊が、御身を皇宮までお連れ致します。今、特別な馬車を近くの商人から徴収しております。乗り心地は軍馬など比ではありません。さあ、こちらに」


見れば、路地の向こう側から仰々しい馬車が引き摺られて来ていた。門番に働かせてばかりで自分は何をしているのかと思ったら、夜中に商人の家に押し入って馬車を強奪していたらしい。しかも、正門を護るための小隊が任務を投げ出してエルフのお供をするという。

どうせ貴族の三男坊のくせにご丁寧にお家自慢までして、それで良い格好を見せたつもりなのか。なんと浅はかで、愚かしい!


思わず激昂して強張った背中に、そっと手が触れられた。生命を癒す繊手に背を撫でられ、熱くなりかけた思考が冷却される。

ハッとして肩越しに振り返れば、銀の双眸がこちらをじっと見つめていた。「冷静になれ」と諌める眼差しに、頭を垂れて恥じ入る。エルフには人の心も読めるのか。


「ウィッツ隊長、貴方のご好意には感謝します。ですが、私は勇者(・・)と共に皇宮に参ります。その馬車は持ち主に返しておいて下さい。さあ、行きましょう。カーク」

「は、はい」


守衛騎士の誘いをぴしゃりと撥ね付け、俺の腰にスルリと腕を回してくる。馬を進ませろ、という合図だ。

エルフの言動に、居並ぶ騎士たちが動揺にざわりと揺れる。中でもウィッツの狼狽が最も激しかった。


「勇者……ですと!?エルフ様、御身は大きな勘違いをしておられる!そこの穢民から何を吹きこまれたのかは存じませぬが、勇者はその者ではありません!1000年前と同じように、然る可き本物の勇者はすでに皇帝陛下により決められておるのですぞ!?」

「貴方こそ、勘違いをしています。私は1000年前のエルフとは別人です。私が命を預けるに相応しい勇者は、私自身が判断します。他の誰にも―――例え皇帝であっても、それを強制することはできません。私の勇者は後にも先にもこのカーク・アールハントただ一人です」

「な、なんと……」


それきり言葉を失ったウィッツがパクパクと口を開け閉めする。俺はと言えば、怒りに燃えていた先とは打って変わって感動に打ち震えていた。

まさか、伝説のエルフにここまで認めてもらえるとは思わなかった。魔族に両親と領地を滅ぼされてから苦難の日々が続いたが、その苦難全てが報われたと言っても過言ではない。身に余る光栄とはまさにこのことだ。平民だの貴族崩れだのと蔑まれながらも必死に剣の腕を磨き続けてきた甲斐があったというものだ。

熱くなった目頭をぐいと揉み、鞍の上で背筋を伸ばす。せっかく俺を選んでくれたエルフの顔に泥を塗らないよう、堂々と振舞わなければならない。


「エルフ様、平民街を通って最短距離で皇宮に参りたく思います。道路が整備されてない故、乗り心地は悪いですが、慣れ親しんだ場所ですので近道は諳んじております。よろしいですか?」

「構いません。私もこの国を支える民と間近で触れ合ってみたく思います。どうか私を案内して下さい」

「……!はっ、御意のままに!」


平民を、“この国を支える民”と言ってくれた。このエルフは、皇国の地盤を支えているのが大多数の平民であることを心得てくれている。

手綱を引いて馬を進ませれば、背後に柔らかな感触がぎゅっと押し付けられる。腰に回された腕は相変わらず緊張で固いままだ。まだ馬には慣れていないだろうに、乗り心地のよい馬車ではなく俺の背中を選んでくれた。それが堪らなく嬉しい。


これから、この身には多くの悪意が振りかかるだろう。似非勇者となったクアムや貴族の連中から激しい怒りを浴びるだろう。この瞬間でさえ、嫉妬に燃える騎士たちが今にも斬りかからんばかりに拳を握りしめてこちらを睨め付けているのだ。これから先、魔王と戦う前に同じ人間に命を狙われることもあるかもしれない。

その将来の不遇を差し引いたとしても、今までの努力を肯定された幸福を打ち消すには遠く至らない。出来るならば、両親の墓前に語り聞かせてやりたいものだ。かつて小さく弱かった貴方たちの息子は伝説のエルフのお眼鏡に叶うまでに強くなったのだ、と。


―――という風に喜びに胸を踊らせていたせいで、馬が勝手に前方の障害物を避けるのを察知できなかった。


気付いた時には遅かった。一瞬の浮遊感の後、着地の衝撃でガクンと身体が激しく上下する。「馬を揺らす際は一言言え」と厳命されていたことを思い出したのは、背後で「ふぎゅっ!?」という猫が潰れたような悲鳴が上がった後だった。

恐る恐る後ろを見やれば、エルフが口を抑えて痛みに堪えていた。華奢な両肩をプルプルと震わせ、涙を溜めた瞳でジロリと睨めあげてくる。


「……ひたを、かみまひた」

「は?」

「舌を、嚙みました」

「は、はい」

「次は、ありません」

「も、申し訳ございません。精霊神と両親と何より御身に誓って、もう二度と繰り返しません」

「期待しています。これからまた勇者を探すのは手間がかかりますから」


細い腕がまたもや大蛇のようにギリギリと締め付けてくる。見た目より子供っぽい反応は微笑ましくはあれど、胴を圧迫してくる腕力は笑って済ませられるものではなく、俺はひたすらに謝罪するしかなかった。


危うく、せっかくの勇者の称号を台無しにしてしまうところだった。これが苦楽を共にした我が愛馬であれば、こんなことにはならないのだが。

そうだ、魔王討伐の旅にはピカードを連れて行こう。あの勇壮な牡馬ならきっとエルフの機嫌を損なうこともないはずだ。


腹筋に力を込めて必死に圧力に堪えながら、俺は住み慣れた平民街へと馬を走らせた。






なんつー腹筋だ!さっきから思いっきり締めあげてるのにビクともしない!チクショウ、悔しい!!これが馬の上じゃなかったらジャーマンスープレックスかけてやるのに!!


「え、エルフ様。あまり抱きつかれると、その、操馬に支障が……」

「……邪魔をしましたね。すいません」

「い、いえ。滅相もございません」


平気そうな顔しやがって。覚えてろよ。次はないんだからな!

あ~、痛い。さっきから舌がヒリヒリしてる。身分のせいでだいぶ差別されてるらしいから気の毒に思ってフォローしてやったのに、恩を仇で返しやがって。やっぱりこいつも勇者をクビにしてやろうか。他にもっと強そうな奴がいたら、さっさとそいつに乗り換えてやろう。そうしよう。


「おい、自称神さま」

『自称じゃなくて本物なんだが』

「いいんだよそんな細かいことは。聞きたいんだが、なんでこの世界はこんなに荒んでるんだ?」


平民街と呼ばれてるらしい区画を見回す。さっきのだだっ広い正門前とは一変して、家やら物やらがゴチャゴチャと密集してて、空気もどんよりとしてる。夜だから人影はまったくないが、住んでる人間の様子もなんとなく想像できる。

さっきのウィッチだかヴィッツだかいった中年オヤジは男爵とか言っていたけど、この世界では貴族と平民には大きな格差があるらしい。こんな状態でよく政治とかが維持できるもんだ。まだちょっとしか世界を見ていない俺にもグダグダっぷりがわかるくらいなんだから、内情は相当なもんだろう。


『怠惰、さ。1000年より少し前も似たような様相を呈していたよ。

この惑星は陸地が少なく、国家と呼べるものはこのセシアーヌ皇国しか無い。また、こちらの世界は魔術が主なテクノロジーとされている。魔術は科学技術と違って進歩が遅いから、時代の革新も鈍い。国家同士の競い合いもないから緊張感も長く続かない。

例えれば、水を入れ替えなければすぐに濁ってしまう小さな水槽だよ。地球よりも手入れに手間がかかる』

「ふぅん。なるほどねぇ」


さっきも騎士たちの動きっぷりとか正門の具合とかを妖精に愚痴ってたんだけど、騎士はダラダラしてて門番をこき使うだけだし、正門はひび割れやサビの具合がひどい。表面にペンキみたいな塗料を塗って誤魔化してるようだけど、隅の方はかなり傷んでた。この神さまの言ってることから察するに、もしかして何百年も整備されてないんじゃなかろうか。これじゃあ、魔王軍とやらが攻めてきたら持ちこたえられないな。カークが騎士団のことを憂いてたのもよくわかる。


ふと、頭の横で『やれやれ、神さまも大変だよ』とオーバーに肩を上げる妖精に違和感を感じた。手間がかかると首を振っている割には、常に笑顔を貼り付けてるのはおかしくないか?


「でも、それが楽しいんだって顔してるぞ。お前」

『……そう見えるかね?』

「なんというか、フインキで」

『なぜか変換できない』

「テンプレ乙。そんな冗談は置いておいてだ。神さまってのは、その世界に住んでる人間を護るもんじゃないのか?」

『護るとも。私は私の手にある世界と、そこに住まう我が愛児たち全てを心の底から愛している。愛息子や愛娘たちの涙を見るのはとてもつらい。本当だよ?だからこうして、悲劇を終わらせるために君を選んだんじゃないか!』


ヒラヒラと俺の頭の周りを飛び回りながら力説する。言ってることは何となく納得できるが、どうにも違和感が拭えない。なんというか、信用出来ないのだ。

鱗粉みたいに舞い散る光の粒子を鬱陶しげに払いのける。こいつは説明役以外の介入はできない―――もしかしたら介入したくない(・・・・・)だけかもしれないが―――ようだし、素っ気なく扱っても問題無いだろう。


「まあ、いいけどさ。俺は新しい人生を楽しく贅沢に過ごせるようになれば文句はないし。安全なところに退避しつつ勇者をパワーアップさせて魔王をちょちょいと暗殺させれば、後は万々歳だ」

『簡単に事が運んでも面白く無いんじゃないかね?』

「お前が、だろ?」

『くっくっくっ。手厳しいね。私は私のやり方(・・・・・)で世界を救っているだけだよ。邪推はしないで欲しい。君と私の求めるところは同じく“ハッピーエンド”なのだから―――』


言い終わるか終わらないかというところで、妖精(神)はすうっと透けるように消えていった。最後に浮かべていた表情は、やっぱり貼りつけたような薄気味悪い笑みだった。

やっぱり、アイツは信用出来ない。というか、何時か誰かに信用するなと言われたような気がする。言動一つ一つに含むものも感じるし。

アイツの手のひらで踊らされるというのは気に食わない。どうにかして、ギャフンと言わせてやりたいものだ。


「頑張りましょうね、カーク」

「は、はい!勿論です!」


もう朝の5時じゃないか!早く寝よう!

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