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第四幕  『このエルフ、けっこういい性格してるな』

この話から、この作品の方向性がだいぶ見定まってきました。うっすらゴールが見えてきただけでもけっこう話が進みます。

 馬の手綱を握りしめ、握力に問題がないことを確かめる。つい先程まで体力も精神力も限界だったというのに、軍馬を操る身体には力が漲り、心持ちはこれまでにないほどに高揚している。

エルフの近くにいれば自然治癒力が高められるという伝承が真実であるのなら、そのエルフに背後から抱きつかれている俺の体力が回復するのも当然だ。絶世の美少女と肌を接していれば、興奮で精神力が回復するのはもはや男の性だろう。

伝説の勇者も、今の俺と同じような気持ちを抱いたのだろうか。伝説によると先代勇者は清廉潔白な理想の騎士であったという。エルフとの二人きりの旅の最中、彼はこの悶々とした欲情をどうやって制御していたのか。


「勇者様、あなたは誠に男の中の男だったのですね……」

「な、何か、言いましたか?」

「いえ、何でもありません。エルフ様、馬の乗り心地はどうですか?」

「あ、あまり良くありません。馬に乗るのは初めてなので、こ、このように激しく揺れるものだとは、思いませんでした」


震える声でそう応えたエルフが、俺の腰に回した腕をさらにぎゅっと強める。怯えた様子からしてその言葉は本当のようだ。少女のような愛らしい仕草に心臓がドキリと高鳴る。

馬に乗ったことがない者など、よほどの貧民か馬を必要としない特殊な亜人族くらいしかいないが、このエルフはきっと後者なのだろう。エルフの世界では空を飛んだり瞬間的に場所を移動するような魔術があるのかもしれない。


「も、もう少し、揺れを抑えることは、出来ないのですか?」

「申し訳ありません。最近は首都近辺の道路を整備する余裕もないもので。悪路が続きますが今しばしご辛抱ください。ハァッ!」

「ひゃぁあっ!?」


眼前に見えた小岩を飛び越えるために馬の脇腹を踵で蹴れば、訓練された軍馬が蹄を鳴らして高く飛び上がる。途端、耳元で甲高い悲鳴が上がった。予想外に間の抜けたその悲鳴に、思わずクスリと吹き出してしまう。

涼し気な表情をしているものだからてっきり何事にも動じない性格をしているのかと思っていたが、見た目相応の女の子らしい反応も出来るようだ。


「……今度、激しい動きをする時は、事前に一言私に伝えて下さい。いいですね?」

「ぜ、善処致します……」


細い腕がギリギリと腹部を締め付けてくる。細枝のようにか細いのに、まるで大蛇に捕まっているかのようだ。

それが俺に対する抗議なのだということは考えずともわかる。エルフの寿命は長いというが、子供っぽい仕草からして、このエルフは見た目とそれほど変わらない年齢の少女なのかもしれない。


しかし―――育つところはしっかりと育っているものだから、簡単に断定はできない。


まだ恐怖が引かないのか、エルフは相変わらず俺の背中に身体を押し付けている。首元にはふぅふぅと弾むような熱っぽい吐息が吹きかかり、背中で潰れた双球を介してとくとくと早鐘を打つ鼓動が感じられる。背に感じる柔肉の大きさは同年代(かどうかは定かではないが)の少女よりもだいぶ成熟している。

今の状況がいかに危ういものであるか、このエルフはこれっぽっちも理解していないに違いない。エルフは人間よりも高位の存在だから、もしかしたら人間が抱く邪な感情などとは縁がないのかもしれない。


我知らず熱を発しはじめた下半身から必死に意識を逸らし、操馬に集中する。精神鍛錬の要領で心を真っ白にすれば、冷却された思考が声を上げ始める。


なんとご無礼なことを考えているんだ、カーク・アールハント。相手はエルフ様だぞ。この世界を救う力を持つ救世主で、魔王を倒した暁にはセシアーヌ皇国の王妃になられるかもしれない高貴なお方だ。手を出すなど言語道断、邪な想いを心中に抱くことすら烏滸がましい。

身分を弁えろ、低級騎士よ。エルフと運命を共にするは、王に認められた勇者の役目だ。お前は使者として、彼女をクアム騎士団大隊長閣下の下に送り届けるのが使命だろう。


そうやって騎士の心が己を抑えようとするが、一方では別の声が囁きかけてくる。


よく考えてみろ、カーク。こんなにも美しい女を見て、クアムが天性の獣欲に抵抗できると思うのか?あの好色漢が、目の前のご馳走を我慢できると思うのか?一秒たりとも持ちこたえられないだろうよ。

お前は、世界を救ってくれるはずのエルフを、勇者とは名ばかりの最低な男の腕の中に突き落とそうとしている。そして、全滅必至の無謀な魔王討伐に付き合わせて、魔族の慰みモノに堕とそうとしているんだ。

涙と汚辱で穢されたエルフはきっとお前を死ぬほど恨むぞ。今度ばかりはいくら後悔しても遅い。

それでもいいのか、カーク―――


「いいわけないだろう……!」


閉じた口中で吐き捨て、手綱をぐいと持ち上げるように引っ張る。それに応じて嘶きを上げた馬が蹄を地に突き立てる。首都の正門まであと数分といったところで、馬は完全に歩みを止めた。

夜の帳が落ちた暗闇の世界では、頼れる光は向こうに見える正門の篝火と頭上の淡い月光、そして背中の儚い銀の輝きだけだ。


「……どうかしましたか?」


振り返れば、銀色の光を纏ったエルフと目が合う。こちらを見上げる大きな瞳は純真無垢そのものに澄み渡っていて、まるで磨きぬかれた鏡のようだ。

その鏡に、眉根を寄せて苦悩に歯噛みする男の顔が映る。なんと罪深い顔をしているのか。これでは、無念の内に死んでいった両親に顔向け出来ない。二度とあの悪夢を繰り返させないと誓った過去の自分を振り返ることが出来ない。

彼女を見下げていることすらいたたまれなくなり、逃げるように馬から降りて片膝をつく。突然の奇行に驚くエルフを見上げ、硬い声で切り出す。


「ここまでご足労頂いておきながら突然のご無礼をお許し下さい。ですが、勇者にお会い頂く前にどうしてもお耳に入れておきたいことがございます。御身にとって非常に重要なことです」

「……構いません。どうぞ、述べてください」


馬鞍に乗っていたエルフがスルリと眼前に滑り降りてくる。彼女も今代の勇者については気になっていたようだ。


「感謝致します。お話ししたいこととは、他でもない今代の勇者の資質についてです。

率直に申し上げまして、今代勇者―――騎士団大隊長閣下、クアム・ベレ・ガーガルランドは1000年前の先代勇者の足元にも及ばない男であるのは間違いありません。とても魔王討伐を遂行できる傑物とは思えません」

「なるほど。では、なぜそのような者が勇者に選ばれたのですか?」


瞬時に返って来た核心をつく問いに、ぐっと喉が詰まる。この聡明なエルフは、勇者の資質を全否定されても驚かず、直ぐ様その原因を探ろうとしている。

理由を説明することは、1000年に及ぶ人間の怠惰をも教えることになる。救世主に愛想を尽かされるかもしれないと一瞬だけ不安になったが、この尊い少女を無駄死にから遠ざけられるのならむしろ好都合かもしれない。どうせ滅びる運命なら、美しいものはそのままにしておきたい。


「このセシアーヌ界は、大陸唯一の国家であるセシアーヌ皇国によって統治されております。この皇国の君主にして象徴、ドゥエロス皇家は1000年以上前から続く万世一系の王朝にございます。そして、クアム・ベレ・ガーガルランド騎士団大隊長閣下もまた、その血族に連なる者の一人です。ガーガルランド家は他貴族の領土を取り込み続けることで富と領土を拡大し、皇家に匹敵する財と権力を有しております。

奇しくも先代陛下は心労にご昏倒あそばされ、急遽15歳で即位されたクォラ・ベレ・ドゥエロス陛下は経験不足です。ガーガルランド家には逆らえません。なし崩し的に勇者という栄えある称号を拝領させた(・・・)騎士団大隊長閣下は、なけなしの首都防衛戦力である騎士団と魔術師団を引き連れて魔族の軍団に真っ向から切り込もうという腹づもりでおります。

騎士団も騎士団です。我々は、実戦どころか演習すらろくに行なっておりません。だというのに、貴族で構成された騎士団は自分たちの力を過信しております。まるで自分たちは虎の子の戦力であると言わんばかりです。

そこへ御身が現れれば、間違いなく彼らは『神の助力を得た』と増長し、冷静な考えが出来なくなるでしょう」


長口上で乾いた口を唾を飲み込んで潤し、エルフを強く見上げる。神々しい月光すら背景の一つと化してしまう少女はあまりに清らかで、美しい。

やはり、彼女をクアムの下に送るわけにはいかない。


「低級騎士の身にありながら御忠言を申し上げることをご寛容ください。

私は、今回の勇者には御身と共に旅をする資格はないと断言致します。権力で他人を従わせることばかりに長けていて、剣の腕では私にすら及びません。これでは、意味もなく御身を危険に晒すだけです。

もし可能であれば、どうかセシアーヌから御身の世界へとお逃げください。例え魔王の軍勢に全てを焼き払われようとも、御身を護れたのであれば一抹の救いはあります」


率直な想いだった。今さら勇者を変えることなど出来ないし、クアムに考えなおせと諭すことも出来ない。陛下にすら出来ないというのに、奴に嫌われている俺などに出来るわけがない。

ならば、ここは見て見ぬ振りをしよう。エルフなどやはり言い伝えに過ぎなかったと報告し、彼女を逃がすのだ。これほどまでに美しい存在を護れたというのなら、それはこの世界を犠牲にしたとしても惜しくない“勝利”に違いない。

俺の懇願を受け止めたエルフは、以前変わらぬ涼しげな表情を浮かべたまま何かを思案しているようだった。固唾を飲んで見守る中、彼女の耳元で妖精がキラキラと煌めき、ヒトには理解できない音域の声で何事か囁く。何かを相談しているのだろうか。

やがて、エルフの首が無情にもゆっくりと横に振られた。


「ご忠告はありがたいのですが、それは出来ません。私は勇者と共に魔王を倒さなくてはならないのです。それに、今の私には帰る場所はありません。私の世界に帰ることが出来るようになるのは、魔王を倒した後なのです」

「そんな……!」


なんということだ。俺たちは自業自得によって最期を遂げるに飽きたらず、この世で最も美しい存在まで道連れにしようとしている。

愕然として言葉を失う俺の肩にそっと手が触れられる。柳のように細くしなやかな腕に視線を滑らせれば、優しげな微笑みに辿り着いた。初めて見るエルフの笑顔に勝手に心臓が高鳴る。


「安心してください。私も無駄死にをするつもりはありません。その役に立たない騎士団大隊長よりも適当な者を勇者に見繕えば良いのでしょう?」

「それは……確かに、そうでしょう。しかし、心当たりがおありなのですか?」


陛下以外に勇者を変えることが出来る者がいるとすれば、それはエルフ本人だろう。伝説の救世主の言葉であれば、クアムの奴も耳を傾けざるを得ないかもしれい。

だが、「では勇者に適任の人間は誰か?」と問われれば、答えようがない。勇者に相応しい騎士など、不抜けた貴族の次男三男ばかりの騎士団にはいない。かといって、騎士団の外から猛者を探し出すには猶予がない。この世界に来たばかりらしいエルフに知り合いがいるとは思えないし、俺にも心当たりはない。


「もちろん、ありますよ。広い視野を持ち、現実的な思考が出来て、剣の腕が冴えていて、他者を慮ることのできる心優しい騎士をよく知っています。

ところで、むらび―――じゃなかった、使者さん。よろしければ貴方のお名前を聞かせて頂けますか?」

「は、はい。首都西地区第29小隊隊長のカーク・アールハントと申します」

「そうですか。良い名前ですね。では、カーク」


エルフが再びにっこりと微笑む。今度の微笑みからは、なぜかとても薄ら寒いものを感じる。


「貴方を勇者に任命します。私と貴方の二人で、魔王討伐の旅をしましょう」

「―――は!?」






「低級騎士の身にありながら御忠言を申し上げることをご寛容ください。

私は、今回の勇者には御身と共に旅をする資格はないと断言致します。権力で他人を従わせることばかりに長けていて、剣の腕では平民出身の私に及びません。これでは、意味もなく御身を危険に晒すだけです。

もし出来るのであれば、どうかセシアーヌから御身の世界へとお逃げください。例え魔王に全てを焼き払われようとも、御身を護れたのであれば一抹の救いはあります」


こいつ、生真面目だし、いい奴なんだなぁ。ガクガク馬を揺らしやがるから絞め殺してやろうかと思ったんだけど、勘弁してやろう。馬なんて初めて乗ったけど、怖すぎワロタ。出来ればあんまり乗りたくない。原付が懐かしい。


さて、困ったことになった。こいつの言によると、今度の勇者は権力に物を言わせて勇者になったクソ野郎で、ろくに戦えないらしい。騎士団も使い物にはならないだろう、と。でもまあ、剣の腕がこいつ以上に凄い奴とかは想像出来ないんだけどな。飛んできた豪速球を弾くとか人間業じゃねーぞ。


『この男の言っていることは本当だ。今度の勇者は1000年前より質がだいぶ落ちている。死にたくなければ他の勇者を選ぶことだな。ああ、ちなみに言っておくと、魔王を倒さない限り元いた世界に帰ることはできんぞ。帰る気はさらさら無さそうだがな』


と、耳元で妖精(神)がニヤニヤしながら助言してくれました。なぜかこいつはこの状況を楽しんでいるようだ。神さまのくせに、ずいぶん責任感のない奴だ。世界がヤバイんじゃねーのかよ。

まあ、いいや。勇者候補ならもう見つけてある。


「ご忠告はありがたいのですが、それは出来ません。私は勇者と共に魔王を倒さなくてはならないのです。それに、今の私には帰る場所はありません。私の世界に帰ることが出来るようになるのは、魔王を倒した後なのです」

「そんな……!」


そんな地球の終わりみたいな顔すんな、村人Aよ。俺は、元いた世界では絶対に実現できない超絶最高セレブライフを手に入れるために頑張るのであって、犬死にする気はこれっぽっちもナッシングなのだ。「オーホッホッホ!跪け愚民ども!」ってやってみたいしね!


「安心してください。私も無駄死にをするつもりはありません。その役に立たない騎士団大隊長よりも相応しい者を勇者に見繕えば良いのでしょう?」

「それは……確かに、そうでしょう。しかし、心当たりがおありなのですか?」

「もちろん、ありますよ。広い視野を持ち、現実的な思考が出来て、剣の腕が冴えていて、他者を慮ることのできる心優しい騎士をよく知っています。

ところで、むらび―――じゃなかった、使者さん。よろしければ貴方のお名前を聞かせて頂けますか?」

「は、はい。首都西地区第29小隊隊長のカーク・アールハントと申します」


村人Aあらため、カークだな。小隊長ってことはまあまあの地位なのかな?名前も、どこぞのエンタープライズ号の船長みたいじゃん。いいね、冒険には打って付けの名前だ。


「そうですか。良い名前ですね。では、カーク」


安心させてやるために、できるだけ優しそうな顔をしてやる。

ふふふ、白羽の矢はお前に立ったのだよ、リア充君。お前にはこれから、俺のウハウハセレブライフ実現のために必死こいて働いてもらうぞ!


「貴方を勇者に任命します。私と貴方の二人で、魔王討伐の旅をしましょう」

「―――は!?」


まあ、頑張ってくれや!!

「良い小説を描くためにはまず最終回を考えろ」が持論である僕ですが、今のところこの作品の最終回は漠然としています。これはとても悪い状況です。早くハッキリさせなくては。

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