第十二幕 『異世界から召喚する理由は、他でもない。この世界をかき乱す“力”も持っているからさ』
最近暑いよね。でもクーラーつけたまま眠ったら健康に悪いよね。というわけで氷枕を頭の下に敷いて眠ることにしたわけよ。きっとめっちゃ気持ちよく眠れると思ったの。そしたら首の皮膚が枕にひっついてめっちゃ痛かったよ。痛みで眠れなくなったから今小説書いてます。クソが。
―――リン、
鈴の音がした。
「……? 誰か?」
ただの鈴の音であれば、気づかずにそのまま眠っていただろう。だけど、その音はこの皇国のあらゆる職人が作った楽器の音色よりも澄んでいて、眠っていた僕の意識をたちまち引き上げるほどに美しかった。
頭の芯まで染み入る音をまた聞きたくて、僕はそれを鳴らした者に声をかける。しかし、部屋を見渡せど姿はない。まだ馴れない皇帝用の寝室が硬質な雰囲気で僕を冷たく突き放すばかりだ。
―――リン、リン、リン
「えっ!?」
それは鈴ではなかった。この世のものではない生命の羽音だった。
僕の頭ほどの大きさしか無い奇跡の生命が、鼻先を掠めてくるりと宙を舞う。黄金の鱗粉が煌めき、流れ星のような尾を空中に曳きながら僕の頭上でキラキラと楽しそうに舞い踊る。
「妖精だ……本物の妖精だ……!」
本で読んだことがある。とても珍しく、ここ数百年でも誰も目にしたことのない幻の生き物であり、精霊よりも上位にあるヒトの導き手だと。エルフ教徒のヌモス大臣がこっそり差し入れてくれたエルフの言い伝えについての書物にもこう記されていた。“妖精は精霊神の友であり、使いである。エルフ様はその妖精を使役する。このことから、エルフ様は精霊神と同格であることがわかる”、と。妖精は“勇者とエルフの女の子のおとぎ話”には欠かせない重要な登場人物の一人だ。つまり、これが夢でないのなら―――僕は伝説をこの目で見るという途方もなく貴重な経験をしていることになる。
―――リリン、
「あっ、待って!」
おいで、と言うように小さく笑いかけ、扉へ向かって妖精が羽ばたいた。慌てて毛布を蹴り飛ばして追いかける。寝間着のまま外に出たら大げさな従者たちが大騒ぎするだろうけど、構うもんか。妖精が僕を誘っているんだ。それはきっと、大事な何かを知らせようとしているに違いない。
それに、もしかしたら―――妖精が導く先に、伝説の美少女がいるかもしれないのだから。
一行に囲まれながら案内されたのは、豪華絢爛なハイパースイートルームだった!
部屋全体を黒の下地で統一していて、金銀の輝きが強調されてる。だだっ広くて開放的で、そこら中の装飾品がキラキラしてる。高い天井から幾つもぶら下がったでっかいシャンデリアとか、純金で縁取りされた漆塗りの家具とか調度品とか、どれか一つでも質屋に持っていけばしばらく遊んで暮らせそうだ。20人くらいが囲めそうな長机は堂々としてて、その上に盛りつけられたカラフルで新鮮そうな果物たちが芳醇な香りを漂わせてる。
西洋宮殿の一室を思わせる豪華さに、思わず「ほふぁ」と変な嘆息が漏れる。トゥちゃんもうため息しか出ないよ。大隊長ってこんなところに住めるの!? いいなぁ。
「さあ、エルフ様。どうぞ執務室へ」
あ、執務室だったんですか。そうですか……。
てっきりここがクアムの部屋だと思い込んでたことが恥ずかしくて無言のまま扉をくぐる。そうだよね、コイツの屋敷ってすぐ隣だったもんね。わざわざこっちで生活しないよね。
オレの後に続いてカークが足を踏み入れると、背後で執務室付きらしい衛兵が扉を閉じた。樫みたいな材質の扉が重苦しい音を立ててガチャンと施錠され、閉じ込められたことを悟ったカークが身を固くする気配がした。
オレたちの身柄を自分の根城に抑えて安心したのか、余裕の笑みを貼りつけたクアムが慇懃な所作で腰を折る。
「ようこそ、我がセシアーヌ皇国騎士団大隊長執務室へ。私の代で伝説のエルフ様をお迎え出来たことは無常の喜びにございます。このような狭苦しく見窄らしい部屋に貴女様をお通しするのは気が引けますが、ここは皇宮内に割り当てられた私の唯一の部屋なのです。これでも私の代になってから多少は手を加えたのですが、あまり華美に過ぎるのも騎士としての―――いやさ、勇者としての矜持に反するので敢えて質素に抑えております。御気色を害されたなら何卒ご容赦頂きたい」
“勇者”をことさら強調して再び余裕の笑み。一緒に入室した上級騎士たちがうんうんとこれ見よがしに頷く。隣のカークからチリリと熱い気配が漂った気がするけど、オレはそれよりも別のことに驚かされていた。
たらりと背筋に汗を伝わせながら改めて部屋の内部を見回してみる。栄華ここに極まれりといった綺羅びやかな内装なのに、これでも質素にしているらしい。絨毯やカーテンに目を向けると、金糸が幾重にも編み込まれてるのがわかった。靴履いたまま金を足蹴にして平気でいられるブルジョアはすげえ。オレならもったいなくて踏めないね。
下手なことを言うと田舎者だってバカにされそうだから、別に興味ありませんよふふん的なオーラを装いつつさらりと礼に応える。
「生憎と、いちいち内装を気にする感性は持ちあわせておりません。お心遣いだけ容れましょう、大隊長殿」
お前を勇者と認めた覚えはない、と拒絶を含めて返した言葉に、クアムの双眸が驚愕にすっと窄まる。幹部騎士たちもオレの素っ気ない態度を見てざわりと動揺に波打つ。女は無条件で金持ちイケメンにクラクラキャーキャーすると思い込んでいたのかもしれんが、お生憎様、オレは立派な男の子なのだ。意外そうに片眉を上げるクアムをツンとした目でじっと見据える。見据えられたクアムは、だけど余裕の表情を崩さない。「それならそれで攻略のしがいがある」みたいな女の扱いに馴れた物腰に苛立ちが募る。女ったらしで金持ちでリア充とかなにそれ。エビフライぶつけんぞ。絶対にお前なんかを勇者と認めてやるもんか。
「……そうでしたな。まだ、貴女とは出会ったばかりで互いのことをよく知らない。名乗りあってもいないし、そもそも貴女はこの世界に来たばかりだ。もしかしたら私のことを誤解されているのかもしれない」
言いながら、傍にいた巨体の騎士に目配せする。クアムの屋敷の前でアタフタしてたモスコとかいう大男だ。モスコは一瞬ポカンと間抜け面で呆けて、見兼ねた他の騎士から何か耳打ちされて大慌てで円筒形の何かを戸棚から取り出した。ガシャガシャと鎧を音立ててそれを重厚な長机に広げる。大きな一枚の羊皮紙は、見てみると巨大な地図のようだった。
金糸で縁取られた豪華な地図を背に、オレの目前まで歩み寄ったクアムが仰々しい動作で膝を折って頭を垂れる。
「おお、間近で拝見すればその美しさを改めて思い知らされますな。貴女こそまさしく伝説のエルフ様に他なりません。
申し遅れました。我が名はクアム・ベレ・ガーガルランド。古くはこの皇国全てを支配していた皇家の末裔にして、皇国最大の貴族であるガーガルランド侯爵家の現当主の座に就いております。そして、皇帝陛下よりこの皇国を守護する騎士団の大隊長という御役目を拝命しております。何卒宜しく―――っと、」
こちらの手を取って手の平に口付けをされそうになったから、唇が触れる寸前でそうはさせるかとさっと腕を引いた。男にそんなことされても嬉しくない。じゃじゃ馬めとでも言いたそうに面食らうクアムを見下ろし、首だけでちょこんと返礼する。
「ご丁寧すぎる名乗りに感謝致します、大隊長殿。御存知の通り、私は此度にこのセシアーヌに召喚されたエルフです。私の名前はこちらの世界では正しく発音できないので、どうぞ“トゥ”と呼んで頂きたく思います」
「……トゥ様、ですか。実にお美しい名前だ。その柔らかな髪から漂う清純な香気と相まって、まるで精霊神そのもののようだ」
口付けを回避されたことに大して堪えた様子も見せずに露骨な御機嫌取りをペラペラと吹きかけてくる。上辺だけのお世辞の裏側にベタつく下心を感じて、ゾワワッと背筋が逆立つ。男に名前を褒められても嬉しくないわい!
「それはどうも」と薄目で返せば、おべっかが肩透かしに終わったクアムがフッと嘲笑う。ヤロー、まだ余裕たっぷりだな。
「私について、そこの貴族崩れの不調法から何を吹きこまれたのかは甚だ存じ上げないが、それならそれで構わない。だが、一方だけの言い分ではなく、私の意見もお聞きになって頂けるのでしょうな? セシアーヌ皇国の命運が掛かったこの 大戦 に勝利を収める力を有しているのは誰か、勇者に相応しいのが誰か、それを今より仔細に説かせて頂きたい」
なるほど、早くも権力アピールと来たか。クアムにとっては印象を挽回するチャンスなんだろうが、オレにとってもこれは良い機会だ。図らずも、オレが知りたかった敵味方の戦力差とか騎士団が取る作戦とかを教えてもらえるわけだ。
「仰る通り、片方だけの言い分のみで判断をするのは不公平です。ぜひ貴方の口から、窮迫した現状を打破するための策をお聞かせ頂きたく思います。策があれば、の話ですが」
「言うまでもありませぬ。魔王軍など何するものぞ。反撃の構えはでに滞り無く終えております。 エクサニ、トゥ様にご報告の準備を急げ」
「はっ、只今!」
クアムの部下が収納庫らしきところから紙束や色付けされた積み木をせっせと運び出してくる。赤い積み木が地図の至る所に散りばめられ、一際大きな黒い積み木が真ん中にどかっと鎮座する。そこが首都ってことなんだろう。覗いてみると、たしかに『セシアーヌ皇国首都』と記されてある。あ、オレこの世界の文字もちゃんと読めるんだ。今まで見たことのあるどんな国の文字とも似てない。ミミズが這ったみたいなヘンテコな文字だなぁ。
「……トゥ」
カークの不安と苛立ちが混ざった耳打ち。とんがり耳は人間だった頃より敏感みたいで、先端に掛かる息がくすぐったい。
「心配いりません、カーク。私は一度決めたことは覆しません。我が種族に二言はないのですから」
日本男児に二言はないと口にしたつもりだったが、そこは修正された。
「もちろん信じてる。君がクアムを選ぶとは露とも思ってない。その可能性よりも俺が我慢できなくなって殴りかかる方が高い。だけど、時間が経つにつれてこちらはどんどん不利になる。今頃は奴の息のかかった不届き者が城中にいるはずだ。脱出が難しくなる」
「それも心配いりません。今頃、妖精が何とかしています」
「妖精が……?」
「ええ。あの者にもしっかり働いてもらわなければ。貴方もどんどんこき使って構いませんよ」
「その度胸はさすがにないよ」
言って、耳打ちを終える。同時に「準備完了しました」という部下の報告。
クアムの目配せに応じて、一人の壮年の騎士が一歩踏み出した。戦況報告書らしい紙束を手にしてることからして、こいつが参謀役だな。クアムよりも少し年上で、片目にモノクルを掛けてる。スンスンと鼻をひくつかせると、体臭というか纏っている空気がクアムと通じるものを覚えた。
「フュリアス子爵。今回の魔王討伐軍の軍師役で、大隊長の従兄弟だ。都合のいいことしか言わない男さ」
「なるほど」
カークの囁きに小さく頷く。やっぱりクアムの血縁者だった。オレの観察眼も捨てたもんじゃない。というか、この身体になってから鼻も効くようになったみたいだ。女は男よりも嗅覚が鋭いと聞いたことがあるけど、この感覚がそうなんだろうか。
「僭越ながら、このファレサ・ベレ・フュリアスが戦況のご報告を述べさせて頂きます。
賢くもエルフ様に於かれましては、卑しき魔王の毒牙に苛まれた我が皇国をお救いになるべくこうして御自ら御降臨されたことに我がフュリアス家末代までも謹んで御礼を申し上げたく―――」
「御託はいりません。早く本題に入ってください」
「は、はい。では、まずは我が騎士団の戦力について……」
ったく、いちいち周りくどいことを言わないと喋れないのか。うう、怒ったら余計に腹が減ってきた。机の上にある果物がすごく美味しそうに見えて目が離せない。真っ赤なリンゴなんか丸々と膨らんでて瑞々しく熟れてて、齧ったらジュワッと甘いんだろうなあ。こっそり食べられないかなコレ。顎に手を当てて考えこむフリをしつつ口端のヨダレを拭う。いや、ちゃんと考えることは考えてるんだけど、やっぱり本能には勝てないんだよ。ジュルリ。女の子は甘いモノに目がないって言うじゃん。男の子だった頃から甘党だったけど。
「我がセシアーヌ皇国騎士団の騎兵が約1万2千騎。各領地より徴収した民兵が8千名、魔術師団が3千名、および傭兵2千名を合わせれば、総兵力2万5千にまで達します。我が皇国有史において前代未聞の大軍団です。魔王討伐軍は堂々たる威容を持って魔王軍の前に立ちはだかりましょう。
さらに特筆すべきは、1000年前と比べて騎士団の武具の水準は大いに向上しているということです。剣帝と呼ばれた先代勇者が自らの剣に選んだイクシオンの刀鍛冶の名剣を今やほとんどの貴族家の騎士が所有していると述べれば、装備の質の躍進が目醒しいことがお分かり頂けるでしょう!!」
いや、そんなドヤ顔で捲し立てられても。多いってのは何となくわかるんだけど、関ケ原の戦いとか片方の軍勢だけでも9万人もいたし、地球人のオレにはイマイチ凄さが伝わってこない。セシアーヌじゃこれ以上ないほどの大軍なんだろうけど。でも勇者の名剣が広まってるってのはすごいな。伝説のロトの剣がモブ兵士の標準装備になってるってところか。……ところでカーク君、君の剣はどうなんだい?
チラリとカークの腰の剣に目を落とす。飾りなんかついてない無骨な鞘と柄は名剣と呼ぶにはずいぶんと使い込まれてて、ハッキリ言っちゃうとボロボロだ。オレのじとっとした視線から剣を隠しつつ、罰が悪そうに唇を尖らせて囁く。
「一応、アールハント家にもイクシオンの剣はあったさ。どの家よりもとびきり古くて立派な“シィンの剣”ってのが。10年前にやむを得ない事情で故郷に置いてきてしまった。いつか取り返すつもりだ。でも、剣の腕は剣の質に大きく左右されるわけじゃないだろ?」
「ですが、その剣は質素過ぎるというか……」
「……見窄らしいってのは俺が一番気にしてる。これは“シィンの剣”を城下の刀鍛冶に再現してもらったんだ。見た目はあまり冴えないけど扱いやすい剣だよ。イクシオンの剣にだって負けないさ。……そりゃ、まあ、少しは劣るだろうけど」
負け惜しみ乙。弘法は筆を選ばずってコトワザもあるけど、モブ兵士のデフォ装備がロトの剣なのに肝心の勇者サマが古びた剣ってのは一緒に冒険するエルフとして恥ずかしい。もっと勇者らしい剣を帯びてもらいたい。
せっかくのスピーチを華麗にスルーされて表情を引き攣らせたファレサがめげずに説明を続ける。
「ま、また、1000年前の魔王侵攻時と大きく違うのは、当時が革と青銅を用いていたのに対して、現在の我々の装備が全て鉄で作られていることです。これはコサトカの大鉱脈地帯の功徳です」
コン、と自分の鎧を軽く小突いてみせる。重そうだけど頑丈そうなフルプレートアーマーだ。厚さも均一に整えられてるし、製鉄や板金加工の技術は地球の中世から近世レベルに達してるらしい。
「言い伝えによれば、この地を発見したのは先代の勇者とされています。魔王復活を見越しての我々への贈り物に違いありませぬ。先代勇者の先見の明により武具は大いに発展し、それに負けじと騎士たちの技と勇気も長い時を経て雄々しく洗練され、魔術の水準も遥かに上がっています。
今の我々は、魔王の力に恐れ慄くしかなかったかつての弱い人類とはもはや比べ物になりませぬ。勇敢なる猛者たち全てを総動員し、一個の鉄槌と化して挑み、1000年前の恥辱を晴らす所存です。そこに御身の輝きが加わればまさに鬼に金棒! 伝説の勇者とエルフに率いられたもののふたちの戦意は最高潮に達するでしょう! 一振りの剣となった我が軍の前には魔族など子ヤギの群れ同然! 必ずや、我が神聖なる討伐軍は邪悪な魔王に天誅を下し、その醜き首を高々と掲げながら輝かしき勝利を収むると確信しております!!」
「総動員……?」
「は? 戦える者は皆討伐軍に参加しますが―――それがどうかされましたか?」
「……いえ、何でもありません。どうぞ続けて」
「では、お手元の輿地図を御覧下さい。あれらが現在わかっている魔王軍の数と展開です」
疑念は一先ず置いておき、促されるままに視線下げる。机の面積いっぱいに広げられた地図上で、ファレサが赤い積み木の群れをひょいひょいと指差す。
「傭兵どもの斥候が一週間前に見てきたものです。左右にはオークやドワーフ、リザードやワーウルフといった魔族の軍勢が散らばっており、中央には魔王の直衛らしきゴブリンの一団があるだけです」
積み木の総数はかなりの規模で、東西に広く長く展開してセシアーヌの中心部を目指してる。頂点に一番大きな積み木―――これが魔王らしい―――があって、そこから山の裾野のように左右に軍勢が広がる形だ。首都からはまだずっと距離があるみたいだけど、カークの言い分ではそれも時間の問題みたいだ。ていうか、たった今軍師さんが自慢してたイクシオンとコサトカにも赤い積み木が山積みなんですが……?
「はわわ、このままじゃピンチです助けてくださいエルフさま~」みたいな慌てっぷりを予想したけど、ファレサはなぜかえっへんと胸を張って手近な赤い積み木を指先でペチンと弾いてみせた。劣勢を気にしてないみたいだ。訝しげに他の上級騎士の顔を見回すと、みんながみんな「な~にすぐに取り返せるさ」とばかりに肩をそびやかしてる。
史上初の大軍と進化した装備の話はさっき散々聞いたけど、それだけでこんなに自信満々な態度を取れるもんなのか?
「ご覧のとおり、まるでなっていないでしょう?」
「……“なっていない”?」
ドヤ顔パート2いただきました。だけどさっっっぱり意味がわかりません!
もう一度地図を確かめる。布を重ねてポコッと盛り上がってる茶色の膨らみはきっと山だ。山の高さはどれも曖昧だし、他にも不自然な地形や色彩がチラホラ目に付く。あまり探索されてないところは想像で描いてるんじゃないのかコレ。衛星写真とか地球の精確なそれに慣れてるとどうしても時代遅れなものに見えてしまうけど、これがこの世界の最高の地図なんだろう。欲しがりません勝つまでは。
「これが、セシアーヌ」
一歩下がって俯瞰してみる。セシアーヌ皇国ってのは海に浮かんだデカい大陸そのものらしい。緑豊かで大小様々な湖もチラホラあって、険しい山脈が縞々模様のように大陸を横切ってる。それらの山々の間を縫うように主要な街道の線が引かれて、心臓に繋がる動脈みたいに中央の首都に繋がってる。世界史の授業で習ったことのある古代ローマ帝国を彷彿とさせて、長い歴史があるだけあってけっこう立派な国だ。大陸の大きさは―――尺度が信用出来ないからなんとも言えないけど、北アメリカ大陸くらいだろうか?
「カーク、この国の外側―――海の向こうには何があるのですか?」
「何もない。精霊神がまだお創りになっていないのだとされてる。少なくとも今まで外海から攻められたことはないし、奇特な冒険家が何かを見つけたこともない。君の世界では違うのか?」
「ええ。世界は丸く閉じていて、海の向こうには幾つもの大陸があって、100以上の国々がそこに点在しています。気候も言葉も文化も食べ物も住んでいる種族も違います」
「……やっぱり、エルフの世界って凄いんだな。俺には想像もつかない」
こっちの世界のほうがオレには想像もつかないって。そういえば、妖精が「この世界は陸地が少なくて国家はセシアーヌしかない」って言ってたっけ。他に大陸があっても国が出来る条件が整ってないのかもしれない。
セシアーヌの東西南は海に囲まれて、北はある線まで行くとそこから先は灰色で塗り潰されてる。“魔の領域”と朱書された地域は人類が踏み入ることの出来ない北極みたいなとこかもしれない。そこから下に南下すると、魔王軍の布陣に至るまでに赤い☓マークがあちらこちらに引かれてる。うっすら名前が透けてるから、もともとはそこを所有してた貴族家の名前が書かれていたんだろう。一番魔の領域に近い貴族家は……あー、る、は…ん…と? むむ、どっかで耳にした気がする。
はて?と首を傾げて記憶を探るオレを見て、ファレサが得意気にニヤける。
「聡明なエルフ様も軍略には浅いようですな。一見するだけで我らの優勢が容易に見て取れるでしょうに!」
「無礼なことを申すな、ファレサよ。我らのような生まれながらの武人ならいざ知らず、か弱き婦女子が軍略に疎いのは当然のことではないか」
「おお、誠に仰る通りです、大隊長閣下。エルフ様の世界といえど、女人が 軍事 に浅慮なのは変わらぬようだ。やはり、世界が違えども華々しき戦場は益荒男の領域なのでありましょう。いやはや、可憐なるエルフ様に対しての不躾な問いかけ、平にご容赦頂きたい!」
ファレサとクアムが目を見合わせてくつくつと喉を鳴らす。ナメられてる感が半端ない。すっげえムカつくんですけど!
妖精(神)からはアホの子扱いされたけど、こう見えても世界史の成績はそれなりに良かったのだ。悔しさに目をかっ開いて穴が空くほど地図を凝視する。けれども、人類側に余裕があるような要素はまったく見当たらないし、魔王軍に落ち度があるとも思えない。
積み木の数を数えるに、人類軍と魔王軍の比率は1:10くらい。25万の大軍団が包囲網を敷きながら南下してきてるってことになる。連なる山脈が天然の城壁になって魔王軍の南下を阻んでくれても、時間稼ぎでしかない。昔の兵隊さんの行軍速度はたしか一日で20キロ前後だったはずだ。つまり、あと何ヶ月かもしない内にこちらの10倍の規模の魔王軍が山脈を乗り越えてこの首都を飲み込むことになる。とてもじゃないけど、まともにぶつかったら勝ち目は無いはずだ。
むぎゃー、わからん! ぎぶあっぷ! コイツラの余裕の源はなんだ!?
「まったく、兵を分けるなど愚の骨頂ですな。まったくもってなってない。魔王軍は有象無象の集まりよ」
「左様! 魔族など理性を失った獣人どもの成れの果て。しょせんは正々堂々と名乗りも出来ぬ野蛮な獣の寄せ集めに過ぎんということだ! 敵陣に挑んでこその兵を無闇に散らばらせ遊ばせるなど考えられん!」
「さすがはファルコ伯爵だ。討伐軍の一番槍を担った豪の者なだけはある」
「がはは、お褒めに預かり光栄です、大隊長閣下。しかしこれしきのこと、平民どもでもわかる理屈にございまする。密集させてこそ兵たちは誰よりも先に武勲を挙げんと競い合い、常以上の力を発揮するというもの。分けてしまっては士気も上がらぬし、命令も届かぬことは自明の理!」
称賛されたことが嬉しくて熱弁を振るい出した男に鬱陶しさを覚えたクアムが「もういい」と言わんばかりに手を振って制する。
「如何にも如何にも。その通りだな。貴君の勇猛さと慧眼は我が騎士団になくてはならぬものだ。他の者たちも、他の家に負けぬ奮戦を期待しているぞ」
「ははっ! 我がセシアーヌ騎士団創設以来初の戦争、腕が鳴るというものです!」
……なんだろう、この妙な違和感は。戦意はめっちゃ高いんだけど、危うさがパない。追い詰められてるのに危機感がないなんてもんじゃない。10倍の敵を前にして、ここにいる連中はみんな楽観的すぎる。芝居に見えないのが逆に不気味だ。どいつもこいつも、その気になればすぐに戦況を覆せると思ってる。まるで知識のない子どもが妄想する“ボクのかんがえたカッコイイ戦争”みたいだ。
……あれ? 他に国がなくて、外敵といえば魔族くらいで、たくさんあった城壁が必要なくなるくらいずっと平和が続いて、唯一軍隊組織らしい騎士団は今まで首都を護ることしかしてこなかったって、もしかして―――。
「……ファレサ軍師殿。つかぬことを伺いますが、騎士団は自ら進軍して戦争を行った経験はあるのですか? というか、戦争自体の経験は?」
「ありませぬ」
きっぱりのたまって下さいましたよこの人!?
「我が騎士団は、神聖なるセシアーヌ首都を守護する虎の子の戦力にございます。言うなれば、国の命運を掛けた時にのみ眠りから覚める雄々しき獅子のようなもの。普段はその威光を持って世に平穏を齎しめることが役割であり、名誉ある戦でしかその力を示すことはありませぬ。まさに“セシアーヌの切り札”といったところでしょう。よもや魔王も、セシアーヌにこれほどの強力な軍が待ち受けているとは露とも思っておりますまい」
ちょ、ちょっと? まさか、冗談だよな……?
最悪の予想が首をもたげてきて、ゾクっとした寒気が背筋を走り抜けた。
「で、では、ええと、騎士団は演習などを定期的に行なっていますか? 仮想的な机上演習とかは?」
「机上での演習など、何度やっても騎士団の勝利に終わるので誰もやらなくなりました。実際の演習に関しては、過去に数度ほど歴代の大隊長の気まぐれで行われたそうです。とは言えそれぞれの家の事情もあり、ほとんどの騎士が集まらなかったと聞き及んでおります。
……どうされました、お顔色が優れぬようですが……?」
―――くらっ。
「と、トゥ、大丈夫か?」
「え、ええ、ちょっと目眩を感じたもので。もう大丈夫です。ありがとう」
咄嗟に肩を抱いて支えてくれたカークに礼を言って気を取り直す。たしかにこの連中がマジメに演習してそうには見えない。首を仰向けて背後のカークの顔を覗きこんでみる。
「……?」
オレが何を気にしてるのかわからず、丸くした目でオレを見返してくる。騎士団の危うさには危機感を持ってはいるものの、蔓延している異常については思考が至らないらしい。常識人で頭のよさそうなカークですら何が深刻なのか察しがつかないってことは、この病気はカークを含めた騎士全体の問題ってことだ。いよいよオレのイヤな予感が現実味を帯びてきて、胸中でダラダラと汗をかく。
あ、さっき聞こうと思ってたことがあったんだ。それも確かめておかないと。これもイヤな予感ビンビンだけども!
「一応、聞いておきましょう。先ほど、貴方は兵士を総動員させて魔王軍に挑むと言っていました。それでは、首都の防衛や、軍の補給の確保は誰が引き受けるのですか?」
もしも討伐軍が突破された時に首都を防衛できるだけの戦力を置いておくのは当たり前だとして、首都でしか活動してこなかった奴らが初めて遠征するっていうんだから、兵站の管理がかなり重要になってくると思う。素人でもそれくらいわかる。何万人もの人間が動くんだから、食料・装備・人員・衣料医薬品から野営地用のテントや薪まで、大量の補給品が必要になってくるはずだ。旧日本軍とかその確保に失敗して負けた部分も大きいし、補給が途絶えた軍隊ってのはいつの時代どこの国でも悲惨な目に遭うと相場は決まってる。
だというのに、コイツラはみんな揃いも揃って前線に出たがってる。一番槍だの二番槍だの早く首級をあげたいだの他の家に負けないだの、敵に突っ込むことしか考えてない。ここにいるのが騎士団の幹部全員なら、防衛担当や補給担当が2,3人いたっていいはずだ。
オレの質問に、ファレサは鳩が豆鉄砲を食ったように当惑して首をひねった。おい、まさか。
「防衛と補給、ですか? 我々が敵を破れば防衛など必要ありませんし、それぞれ食料や衣類が足りなくなれば各貴族家が勝手に民兵に命じて自領から持ってこさせますが……それがどうかされましたか?」
え゛え゛え゛え゛え゛え゛!?
「ほ、補給物は一括して管理していないと? 騎士団に補給専用の組織はないのですか? 物品を運ぶ者たちの護衛は誰がするのです?」
「敵を前にしておきながら、騎士に平民を護れと仰るのですか? ご冗談を! 我らはパンやワインを守るための兵ではありませぬ。そのような不名誉な役割、名誉を重んじる騎士なら決して受けはしないでしょう。防衛についても同じです。騎士にとっては敵と戦うことこそ最大の誉れ! 補給品を運ぶ民兵が襲われて力尽きたなら、それはその者たちを管理する貴族家の責任にございます。もちろん、手柄を競い合う他の家と物資を共有するような情けのない真似など、我ら騎士は誇りにかけてしませぬ」
―――くらくらっ。
「え、エルフ様!?」
「と、トゥ!?」
激しい目眩で意識がサーッと遠のく。またもやカークに支えられたけど、今度ばかりは大丈夫じゃない。ようやくわかった。コイツラが余裕だと錯覚してる理由をようやく理解できた。その正体に察しがついて、怒りと呆れのダブルパンチが絶え間なく襲ってくる。ちょっと考えればわかることだった。日本だって、戦後からたった50年で平和ボケしたとか何とか言われてた。自衛隊は実戦経験がないから本当の戦争になったら経験不足が仇になるとかテレビ番組で取り沙汰されてた。
もしも、そのまま1000年間平和が続いたら日本はどうなるだろう? 大地震だか何かで日本以外には国がなくなって、地球には日本という国だけになって、かつての戦争の記録も水没して、自衛隊が形骸化してしまったら? きっと、その頃には誰も彼も戦い方を忘れてしまって、取り返しがつかないことになってる。使わなくなった用兵も戦術も燃えるゴミの日に捨ててしまって、自分たちが世界で一番強いという自惚れに浸って、井戸の中でゲコゲコと高笑いすることになってる。
要するに、何が言いたいかというと―――この国の兵士たちは、戦争の仕方を知らないってことだ!!
額に手を当ててうんうんと顔を顰めるオレに、カークを含めた騎士全員の戸惑いの視線が集中する。自分たちの何が間違っているのかがわからないからだ。
戦いといえば、異種族や魔族との小競り合いだけ。
自領だけ護ってればよかったから、遠征の経験はない。
遠征をしたことがないから、補給の重要さも方法も知らない。
名ばかりの集団組織で演習もろくにしないから、仲間意識も低い。
幹部も軍師も大隊長のイエスマンばかりだから、誰も異論を挟まない。
他国との戦争なんてしたことがないから、陣形や作戦の大事さを知らない。
敵に向かって突っ込むことこそが唯一絶対の戦い方だと染み付いてしまってる。
何も知らないから、何も怖くない。今まで何とかなってきたから、今度も何とかなると思ってる。
ダメだ。1ミリだって騎士団は役に立たない。戦える人間を全部連れて行って全滅するのがオチだ。一緒に動いたら間違いなく巻き込まれる。
「どうやら、軍師殿の非の打ち所のない論説にトゥ様は驚愕されたらしい。無理もない、もはやトゥ様のお力なくしても、我らの勝利は決まっているのだから。御身の御降臨が無駄足となれば、その衝撃は察するに余りあろう」
「おお、そういうことでありましたか」
なにを勘違いしたらそうなるんだ、外見ばっかりのリア充め! 逆だっつの!
「魔王は力ばかりで頭が空っぽのトカゲのバケモノに過ぎぬ。火蜥蜴種族の連中がそうであるように、魔王は戦いの基本も知らぬ虚け者だ。なにせ、斥候が間近まで接近しても気付かぬほどの阿呆の軍隊の王だからな!」
「うむ、その通りですなファルコ伯爵! 1000年前とは違うということを思い知らせてやりましょうぞ!」
「応とも! 騎馬試合で栄光を重ねたこのファルコ家を相手にする不幸をしかと味あわせてやるわ!」
斥候が接近しても放置されただぁ?
ハッとして地図に視線を落とす。本来もっとも分厚いべき魔王本隊が、もっとも手薄な状態で晒されている。さも狙ってくれと言わんばかりだ。それを敢えて見せつけるように斥候に手出しをしなかった。これって、つまり―――。
「あなた方は、この期に及んでまだそのようなことを……!」
沸々と燃え上がってくる苛立ちに頬を引き攣らせていると、何かに我慢ならなくなったらしいカークが声を荒げた。ムッとした視線を浴びても怯まずに一歩身を乗り出す。
「魔王が1000年前と同じような姿形だと決め付けるのは尚早です! 私は何度も、魔王はヒトの―――女の姿をしていたと具申したではありませんか! それに、魔王軍は今までの魔族とは明らかに違います! これほどまでに統率された動きが出来る奴らではなかった! 武装をしていたという話も―――」
「ええい、黙らんかっ! エルフ様の御前で見苦しいとは思わんのか、貴族崩れのひよっ子め!」
さっきまでガハハと笑っていたオッサン騎士がカークの話を遮って怒鳴った。チラッとこっちに向けられた目が女の子にいいカッコ見せようとするガキンチョみたいで、見ていて痛々しい。空腹の苛立ちも相まって神経がざわざわと逆立つのを自覚する。
「魔王が女だと? 糞尿を垂れ流し涎を撒き散らすあの魔族が、騎士のように剣を帯びて鎧を纏っているだと? 馬鹿馬鹿しい、領地を失った動揺で幻でも見たに決まっている! 斥候の知らせでは、魔族は皆裸体を晒し、手には何も持っていなかったと聞いておる! それに見よ、この哀れな布陣を! 魔王本隊の防御を手薄にしてしまうような能なしの軍勢になにが出来るというのだ?」
「しかし、私はたしかにこの目で―――」
「喧しいわ! そもそも10年前、アールハント子爵家が最初に魔王軍を撥ね退けていれば、穢らわしい魔族どもが調子づくこともなかったのだぞ! 恥を知れ、貴族の面汚しめ!」
「くっ……!」
思い出した。さっき塗り潰されてた名前は“アールハント”だった。魔王軍は北からやってきて、最初にカークの領地を襲ったんだ。カークが魔王や魔族に詳しいのもそれで頷ける。アールハント子爵領は魔王軍に屈して滅ぼされ、カークは貴族の地位を剥奪されることになった。
でも、だからって、カークがここまで責められていい理由にはならない。こんな大軍を一つの貴族の力で抑えろだなんて無茶もいいところだし、当時のカークはまだ10歳くらいだ。同じ状況に遭遇したら、こいつらだって敗北するに決まってる。だというのに、誰も彼もカークに肩入れしようとはしない。むしろ当然だと言うように嘲笑を浮かべてふんぞり返ってる。
―――気に食わない。自分が標的になってるわけじゃないのに、あまりに理不尽な扱いに機嫌がグングンと悪くなる。オレはいつの間にか拳を握りしめてカークを挑発する騎士を射抜いていた。
息を詰まらせて悔しげに黙るカークに顔を近づけ、オッサン騎士がニヤと陰険な笑みを刻む。
「それとも何か? 一夜にしてまんまと領地領民を滅ぼされた責任を誤魔化そうとでも? 跡取り息子がそのザマでは、パイク子爵の死に様もたかが知れておるなぁ」
粘着質な物言いに、カークの全身が怒りに揺らいだ。
「伯爵、どうか今のお言葉だけは撤回して頂きたい! 我が両親は―――パイク・ユイツ・アールハントとウィノナ・ユイツ・アールハントは、押し寄せる魔王軍相手に最後の最後まで踏み止まり、私を逃してくれた。魔王相手に単身で挑み、誇らしい戦死を遂げたのです!」
「女の魔王相手にか? ふん、おめおめと逃げてきた者の話、果たしてどこまで信用に足るものか。大方、領民を放ったまま家財を背負って逃げおおせるところを夫婦ともに後ろからバッサリ、といったところかではないか? せっかくの剣の腕も家財で塞がっていては役に立たんだろう。
まあ、貴様の言に多少の真実が紛れていたとしても―――家族領民を見殺しにして逃げ出した卑怯者が、我が討伐軍でどれほどの働きが出来るのやら?」
おどけるように発せられた残酷な台詞を浴びせられ、ブルブルとカークの肩が震える。爆発一歩手前の石油タンクのように悔しさで破裂寸前だ。頭がどうにかなりそうなほどの怒りで、本心は今にも殴りかかりたくて仕方ないに違いない。カークの背中に、まだ幼い少年の背中が重なる。約束されていた将来を奪われ、養うはずだった領地領民を奪われ、大切な家族を奪われ、絶望に打ちひしがれて、それでも必死になって二本足で立とうと踏ん張ってる子どもの健気な背中がそこにある。貴族たちから何を言われても歯を食いしばって努力してきた子どもが、今にも泣きそうな顔を俯き隠して震えてる。
何もわかってないくせに調子に乗って、大勢の人間を道連れにしようとしている上級騎士たちには腹立たしさしか感じないし、こんな馬鹿げた状況を良しとして全部を自分のために利用しようとするクアムには憎たらしさしか感じない。自分たちの不甲斐なさを棚上げして、頑張ってるカークをあざ笑うコイツらの顔を一人残らずぶん殴ってやりたい。
だけど、そんなことよりもずっと気に喰わないのは―――
「―――仰る通り、私は家族領民を見殺しにしました。分を弁えない言葉でした。出過ぎた真似をお許し下さい」
カークの背中から怒りの気配が消えていく。全部自分のせいだと一人で抱え込んで、こんなひどい目に遭うのも必然なのだと自分を無理やり納得させたからだ。
ビキッと、亀裂が走るような音が胸の内側から聞こえた。
気に喰わないのは、こんな連中に言われるがままにして堪えてしまうカーク自身だ。
ズドン、と砲撃のような爆音が執務室に響いた。
全員の視線が集中する中、オレが振り下ろした拳が長机にめり込み、ミシミシと軋みを上げる。自分でも怖くなりそうなほど冷酷な声で、驚愕に仰け反った役立たずどもをギロリと威圧する。
「黙りなさい。この、救いようのない、愚か者どもめ」
12回目にして、異世界転生の特徴がようやく発揮されてきた気がする。そろそろTSでありがちなネタも織り交ぜていきたい。でもその前に寝よう。氷枕にはタオルを巻こう。お兄さんとの約束だぞ。四捨五入したらもう30のオッサンだけどな。虚しい。




