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第十幕  『神使いの荒いエルフだ。さて、“彼”はどこかな?』

4月26日にニコニコ動画の祭典「ニコニコ超会議」が東京であるわけよ。それでね、なんと親交のあるネット作家さんが「ニコニコ超会議で会いませんか?」と誘ってくださったわけよ。なんかもうウフフイヒヒって感じ!? ネット作家さんたちとは一度直にお喋りしたいなとは思ってたし、東京にはずっと行ってみたかったし、向こうには友だちもいるし、お世話になっている絵師さんも近くに住んでるから挨拶に行きたいし!!

というわけで、それからはもう、残業頑張ったりして旅費を稼ぐ日々ですよ。車検の月と重なったせいでだいぶ苦しかったけど、頑張りましたぜ!いやあ、ニコニコ超会議楽しみだなあ!!





……更新半年も遅れて、ゴメンナサイ(´;ω;`)

『衛士』とは、皇室守護を司る特別な位地にある騎士を指す。皇帝陛下の君命を至上とし、陛下の身辺警護はもちろんのこと、御内儀や血族の方々の護衛から皇宮内外の警備、果ては皇室に関係する犯罪の捜査や処罰に至るまで、幅広い管轄と権限を有する誉れ在る役職だ。皇帝陛下の目となり耳となり、時には牙となる。かつては我がアールハント家からもこの衛士を輩出するという類稀なる栄誉を授かっている。

陛下のおわす階層へ続く唯一の扉、“玉の門”を警衛するこの壮年の男も、その位地に当てはまる。


「ならば、早く道を開けろ! 貴君が我らの道を妨げることは、陛下の御意を妨げているのと同じだぞ!」

「な、何度も言っている通りだ、アールハント小隊長!陛下へのお目通りは許可できない!た、例え―――伝説のエルフ様をお連れしていたとしても、だ!」

「……!!」


前言を撤回しよう。誉れ在る役職だった(・・・)と説明したほうが正しい。

ろくに論拠も答弁できずにただ否定ばかり繰り返す衛士にむらむらと怒りがこみ上げてくる。そんな体たらくだから陛下から信用されなくなったのだとなぜ気付かないのか。


5年前、突如として前任の騎士団大隊長であったカレイジャス公爵が汚職の罪で投獄されたことで、衛士は腐敗の階段を転がり落ちることとなった。公爵は汚職を否定していたが、疑惑を晴らそうとしていた矢先に獄中で自殺した。直後、混乱するカレイジャス公爵家との合併を提案し、支援(・・)の名目で己の領地と富を増大させたとある公爵家(・・・・・・)の若き当主が空席となった騎士団大隊長に名乗りを上げ、騎士団幹部と皇帝陛下の全会一致で就任を果たした。その若き当主こそ、現在の悪名高き大隊長、クアム・ベレ・ガーガルランドだ。奴が騎士団大隊長に就任してから、衛士の名誉は地に落ちたと言っても過言ではない。


衛士は、騎士団に所属する一部隊ではあるが、命令系統が異なる。近衛兵である彼らは陛下からの命令にのみ忠実に従い、大隊長の地位にある者に牙を剥くことすら許されている。

しかし、そんな建前が今となっては有名無実と化していることは周知の事実だ。本来ならば、あらゆる組織や階級に対して中立の立場で捜査を行わねばならない衛士が、ガーガルランド家に与する貴族家には一切の手出しをしない。その不平に異議を唱えた者にばかり衛士が強引に詮議を迫れば、もはや裏で誰が手を引いているのかは一目瞭然だ。

古くから衛士を輩出してきた由緒ある貴族家が排斥され、衛士を担う騎士が次々とガーガルランド公爵家と縁のある家の出身者に取って代わられてからは、衛士の依怙びいきは目に見えてひどくなった。


衛士が誉れある近衛兵だった時代は過ぎ去った。“騎士の中の騎士”と羨望の眼差しを向けられていた矜持は跡形もなく消え失せた。皇帝陛下の優秀なる忠犬は、今や皇宮内を我が物顔で彷徨く野犬の群れと化した。もしそうでなければ、トゥを迎えに行く役目を陛下から任ぜられたのは俺ではなく衛士の誰かになっていただろう。……それが不幸なのか幸運なのかについてはさて置くことにするが。


「カーク、ここで立ち止まっている暇はありません。貴方は騎士である前に勇者なのです。くだらない(しがらみ)に囚われてはいけません。魔族であろうが衛士であろうが、立ち塞がる障害は尽く跳ね除けるのです」

「エルフ様、何ということを仰るのか!?」


物騒な台詞に面食らって叫ぶ衛士から目を外し、背後の“エルフ様”―――トゥを肩越しに見返る。月光の如き純銀に煌めく双眸は、俺に「為すべきことを為せ」と告げている。人間社会の低俗な世事に左右されない彼女は、まるで地上を見下ろす月そのものようだ。月を擁する俺が今さら野犬如きに躊躇いを感じる必要など無い。

不甲斐ない衛士に不満を覚えたのか、トゥの頬にカッと赤みがさす。これ以上、衛士の無様な姿を彼女に見せるのは人間全体の恥晒しでしかない。赤面して怒るトゥに頷きを返し、再び眼前の衛士と顔を突き合わせる。こちらが腹を括ったことを察した衛士がギクリと仰け反る。


「き、貴様、正気か!? 衛士に手を出すなどあってはならんことだぞ!?」

「先の彼女の言葉を聞いたはずだ。そこを退いてもらおう」


一歩、すり足で相手の間合いに踏み込む。衛士が慌てて腰に帯びた剣に手を伸ばすが、俺が二歩目を踏み方が早かった。

この衛士が帯刀する剣は儀礼用に華美な装飾が施された長剣で、間合いに深く食い込まれれば抜刀すら儘ならない役立たずだ。それに対し、こちらは腰の長剣の他にも身体中に短剣を仕込んである。精鋭の近衛兵だった頃ならさて置き、腑抜けた今の衛士に遅れを取るつもりは毛頭ない。


「如何に爵位を失ったとはいえ、アールハントの剣術が冴えを失ったとは思わない方がいい。貴君も剣の心得があるのなら彼我の力量を見抜けないはずはない。貴君と殺し合いをする気はない。()はただ、この世界を救いたいだけだ。頼む、そこを退いてくれ」

「ぅぐ、ぬう……く、くそ……っ!」


衛士が柄を握ったままの姿勢でぶるぶると身動ぐ。額に汗を滲ませながらしばし抵抗の緒を探した後、やがて項垂れるように柄から手を離した。引き際を見定める程度の実力はあったらしい。無駄な戦いをせずに済んだことに内心でホッと嘆息する。

恨めしそうに俺を睨め付ける衛士が扉の前から身を引けば、重厚な観音扉の全景が現れる。玉の門より先に立ち入ったことはないが、父から聞いた話ではこのすぐ先に供人(ともびと)たちの控え室があったはずだ。彼らに至急取り次ぎを願って、陛下に拝謁しよう。

扉に手を掛けようとして、鍵がかかったままであることに思い至る。どうやらまだ素直に通す気はないようだ。脅し足りなかったかと歯噛みして目を向け


「……!」


すでに俺の代わりにトゥが糾弾の睨みを効かせていた。死に勝る罰を与えんとしているかのように厳しい剣幕に、我知らず身体が硬直する。俺ですら皮膚が強張るほどの眼光は、堕落したヒトの罪を断罪する神代の刀身を想起させる。


「え、エルフ様、私はただ指示に従っただけなのです。決して御身を害する意思などはございません。どうか、お許しを……」

「衛士よ。その指示というのは、貴方が忠を尽くすべき者から与えられたものですか?」

「い、いえ、違います。ですが、あの方に逆らえるはずが……」


硬質な声音に貫かれた衛士がガクガクと震え上がり、兜を剥いで低く頭を垂れる。

“あの方”―――十中八九、クアムのことだろう。皇宮内の各所には遠隔会話の魔法が張り巡らされている。それを使って、俺たちより先んじて足止めを含ませられたに違いない。権力の前にひれ伏すしかない男の姿は怒りを通り超えて憐憫すら誘う。しかし、これが今の人間という種族の実情だ。俺たち人間は、欲望と保身ばかりに長けた愚かな種族と成り果てたのだ。


「………」


自分に向かって情けなく許しを請う中年騎士を、トゥはただ静かに見下ろしている。はたと、呆れて物も言えないのか、熱り立っていた細肩からスッと力が抜けた。まさか「人間を救うのに嫌気が差した」と言われるのかと密かに息を呑む。

だが、次に紡がれた言葉で、その心配は杞憂に過ぎないと思い知らされた。


「他者に言い訳をするのは構いません。ですが、自分に言い訳をするのはおやめなさい。そんなことをしても、自分を許せなくなるだけです」


―――自分に言い訳をするな。

それはまるで祝詞のように、魂を根底から揺らした。叱るようで励ますようなその強い言葉に、衛士も俺もハッとして目を見張る。彼女は、衛士として情けない体たらくに怒気を漲らせていたのではなかった。己の心に嘘をつくその姿に怒りと嘆きを覚えていたのだ。

思えば彼女は、俺に勇者としての自覚を持てと迫った時も「誇りと自信を忘れるな」と叱咤してくれた。きっと彼女は、どんなに俺たち人間が堕落しても見捨てはしないのだろう。怠惰の泥にまみれた手を力強く握って「諦めるな」と引っ張りあげてくれるに違いない。エルフが救世主だと言われる所以は単純な能力ではなく、その深い慈愛故であるのかもしれない。

この儚げな少女が救世主(エルフ)であることを改めて思い知らされ、知らずに拳に力が籠もる。やはり、断じてクアムの手に貶すわけにはいかない。


「トゥ、急ごう。この扉を越えれば謁見の間はすぐそこだ」

「ええ、わかりました――― っ!!」


出し抜けに、銀髪がさっと宙を薙いだ。花蜜のような匂いに胸を高鳴らせる暇もなく、こちらを睨み据える険しい表情に身を固くする。特徴的な耳の先端をピクピクと震わせながら、銀の瞳が俺をじっと見据える―――いや、俺の背後(・・・・)を見据えている。

表情を読み取るより先に直感が働き、促されるように自らも背後を振り返る。一拍遅れて、廊下の向こうから迫る微かな足音を察知した。


「カーク、何者かがこちらへ向かって足早に近づいています。鎧を着込んだ一団のようです」


人数や装備まで聞き分けられるエルフの聴力には舌を巻くが、今はそれどころではない。衛士の一人や二人ならどうにでも出来るが、完全武装の一団とあってはそうもいかない。しかも、衛士に足止めをさせた状況でこちらに迫る者といえば奴しか思い当たらない。


「きっと大隊長たちだ……!上級騎士も引き連れてきたに違いない! 早く鍵を寄越してくれ!」

「だ、大隊長閣下に逆らえば我が一族の命運は終わる! ガーガルランド家に与したからこそ衛士の栄光を与えられたのに、逆らえばまた弱小貴族に逆戻りだ!」


その憂慮は的を得ている。一度ガーガルランドに迎合してしまえば、一族郎党末代までガーガルランドの操り人形となる。ひと度逆らおうものなら、家はお取り潰しの憂き目に会い、妻も娘も取り上げられて惨めな扱いを受けることは目に見えている。この中年の衛士もそれを恐れているのだろう。けれど、今は同情をしている場合ではない。

今この時になってもまだ抵抗する哀れな男に、拳を握りしめて畳み掛ける。


「魔王を早く倒さなければ、その弱小貴族のささやかな栄光でさえ消えてなくなる! そうなる前に食い止めなくてはいけないんだ!

考えてもみろ! 貴君をそれほどまでに苦しめている男が、本当にこの世界を救う勇者に相応しいのか!? エルフと共に魔王を倒す度量があると思うのか!?」

「そ、それは……しかし……」


クアムが伝説の勇者に相応しいかと聞かれて「ハイそうです」と頷く者など、無知な村娘か首根っこを奴に掴まれている貴族くらいだ。クアムの近くにいる者ほど、奴が勇者という称号とは正反対の存在であることを思い知っている。

額から汗を吹き出して目を伏せる衛士にさらに詰め寄る。本心からクアムに従っている様子ではないからして、この男も悪い人間ではないのだろう。あと少しで鍵を渡してくれそうだ。早くしなくては、追いつかれてしまう。

不意に、トゥの纏っていた空気がふっと軽くなった。不思議に思って彼女の顔を窺えば、小さく首を振って返す。まさか―――。


「そんなに声を荒げて、いったい誰の度量を気にしているのかな、アールハント小隊長(・・・)?」

「ッ!!」


凍りつくような声を浴びせられ、ギクリと身体が硬直する。一度聞いたら嫌でも忘れられない、弦楽器を彷彿とさせる冷酷で傲慢な声音だ。振り返らなくともわかるし、振り返りたくもないが、この状況ではそうもいかない。密かにトゥと頷き合い、ゆっくりと振り返る。


「が、ガーガルランド大隊長、閣下……!」


声が届くか届かないかというほどの距離を開けて、騎士の一団が佇んでいる。鎧に刻まれた家紋からして騎士団の幹部を務める上級騎士たちに間違いない。その一団を率いてこちらを睥睨する金髪美顔の若武者こそ、先ほどの声の主にして、この国の堕落に加担する巨魁、クアム・ベレ・ガーガルランド公爵だ。

規律を重んじる騎士として仕方がないとは言え、この男に“閣下”などと敬称を用いなければならないのが歯痒くてたまらない。敢えて“小隊長”と肩書きをつけて呼んできたのも、俺にそのことを自覚させるためだろう。「立場を弁えろ」と釘を刺しているのだ。いつ聞いても厭味ったらしくて好かない物言いだが、差し迫った今では特に癇に障る。


「―――おお、これは……!」


この場をどうやって切り抜けようか必死に頭を捻っていると、唐突にクアムの視線が俺から外れた。碧玉色の双眸が、まるで目当ての玩具を見付けた幼児のように丸く開かれる。いくら欲望を注いでも満ちることのない碧玉の盃が俺の隣を凝視している。一対の盃の水面には映り込んでいるのは、白銀の煌き―――エルフ(トゥ)だけだ。

彼女を上から下まで見ただけでは飽き足らないのか、ずいと身を乗り出して舐め回すように観察し始める。“見惚れる”というより“検分する”というような、女をモノ(・・)として見る習慣が為せる目つきだ。美形が台無しになるほどに目を血走らせる様子からして、奴が良からぬことを考えているのは決まりきっている。付き従っていた上級騎士たちが息を呑む気配もここまで伝わってきて、欲望を向けられているのは俺ではないというのに思わずゾッと寒気が走る。彼女の水浴びを目撃した時は俺も似たような具合だったのかもしれないが、ここまであからさまではなかった……はず、だ。


「―――☓――☓――☓☓―――」


気遣って隣を見やれば、思った通り、不機嫌に眉根を寄せるトゥが押し殺した声で妖精に何事かを囁いていた。男どもから粘りつくような眼光で舐め回されれば、情欲に疎いエルフといえどさすがに察しがつくのかもしれない。怖気に自らの双腕を抱きしめながらクアムを鋭く見返している。


「―――☓☓――☓! ☓――☓――☓☓」

「――☓☓――☓――」


人間の劣情に嫌気が差したのか、妖精は「やれやれ」と言わんばかりに首を振ると音も立てずに姿を消した。


「おおぅ! 今の羽の生えた小人はよもや……!?」

「き、貴公ら、しかと見たな!? あれは紛うことなく妖精だったな!?」

「であるなら、この少女は本物の……!?」


実物の妖精を目にするのが初めての上級騎士らが驚嘆にどよめく。この世に姿を表すのは数百年に一度だけとされる伝説の生き物を目にすれば無理もない。

“妖精を侍らせる絶世の美少女”―――これで間違いなく、トゥが正真正銘の伝説の救世主(エルフ)であることが伝わっただろう。エルフと証明されたからにはトゥに絶対の威光が備わったことになるが、同時に、クアムにとっては自らを勇者たらしめる絶好の道具(・・)が舞い込んできたことも意味する。

事実、クアムの口端は見る見る釣り上がり、裂けんばかりの笑みを浮かべている。剥き出しになった歯が蝋燭の橙色の明かりをゆらゆらと反射して、忙しなく舌舐めずりをしているかのようだ。目鼻立ちが整っているだけに、顔貌と下卑た笑いが不釣合い過ぎて不気味な妖気すら漂わせている。


「……勇者というより、魔族といった方が正しい顔つきですね」

「同感だ」

「わ、私は、発言は控える」


衛士の男は針先のような声でそう言うと、クアムの視界から逃げるようにトゥの後ろに隠れた。壮年の男が子ヤギのようになって少女の背で小さくなる諸相は見ていて嘆かわしいが、あの形相を向けられれば無理もない。まさに欲望のバケモノだ。

仲間からも忌避されるような男など断じて勇者ではない。同じ人間とばかり思っていたが、ヒトを自滅させるために魔王が送り込んだ傀儡かもしれない。


「……トゥ、こっちへ」

「ひゃわっ」


口内で奥歯を噛み締める。熱っぽい衝動に任せてトゥの腕を掴むと自分の背後に庇った。小さな悲鳴が溢れて、少し乱暴だったと心の中で謝罪する。実際に頭を下げるのはここを無事に切り抜けてからだ。謝るくらいなら最初からすべきではないことはわかっている。とは言え、もう一秒たりとも彼女を穢れた目玉に晒したくはなかったのだ。我ながら子供っぽい振る舞いだと頭の片隅でため息をつく。クアムの機嫌を損ねるのは目に見えている。


「……何のつもりかな、小隊長」


案の定、クアムの顔から笑みがスッと立ち消えた。弦楽器の奏でる音色がドスの効いた唸り声にとって代わられる。「ほら見たことか」と呆れる冷えた自分を「うるさい黙ってろ」とピシャリと跳ね除け、息を吸ってクアムに強く対峙する。

本来ならば膝をついて見上げねばならないはずの配下が仁王立ちして睨み返す様を前に、クアムの両肩がじわじわと持ち上がっていく。


「今一度問い質すぞ、アールハント小隊長。貴公、何のつもりだ? 何を考えているのかは知らぬが、馬鹿な真似はするな。

私の目が正しければ、そこにおわす御方は伝説のエルフ様に相違あるまい。その輝く美貌と妖精の姿がその証だ。エルフ様であれば、皇帝陛下及び騎士団の総意により今代勇者として公認された私がお迎えするべきであろう。さあ、その御方を此方へお連れするのだ」

「お断り致します、大隊長閣下」

「……なんだと?」


言ってしまった。これで、今まで地道に積み上げてきた騎士の閲歴は全て水泡に帰した。構うものか。クアムに尻尾を振って生きるような惨めな生き方より、全て失ってもトゥと共に苦難の旅を歩む方が遥かに価値がある。


「お言葉ですが、大隊長閣下。私は現在、皇帝府からの主命に従って行動しています。陛下の主命が何よりも優先されるのは、閣下もご存知のはず」

「あ、あ、アールハントッ! き、貴様、無礼だぞっ!? 大隊長閣下に向かってそのような口を叩くなど―――」

「失礼ながら、フュリアス上級騎士閣下。無礼なのは貴方方であると諫言致します。エルフ様を早急に御前に召し出すようにお命じになったのは他ならぬ我らが君主、クオラ・ベレ・ドゥエロス皇帝陛下であると申し上げたはず。貴方方は今、陛下にお目通り願おうとする私を阻んでおられるのです」

「ぅ、むう、それは……」


懐へ切り込む勢いで一息に捲し立てる。人間、必死になればそれなりに筋の通ったことが言えるものだ。声を荒げたフュリアス子爵家の当主はぐうの音も出せずに押し黙り、他の騎士たちも苦しげに目を見合わせる。

救いがたいほど乱れた時代とはいえ、長きに渡ってこの世に治世を敷いてきた皇帝の権勢は今だ衰えていない。ガーガルランド公爵家すらドゥエロス皇家に表立って反旗を翻そうとはしないのだから、それより力の劣る貴族が主命をお座なりにすることが出来ないのは当然だ。

だが、それで素直に通してくれるような大隊長でないことは、ここにいる全員が身に染みて理解している。


「……ふん。強弁するだけあって確かに一理ある。なるほど貴公の言う通り、皇帝府からの直々の主命であるのなら、まずはそちらが優先されるべきは道理だ。貴公は急ぎ皇帝陛下に謁見を賜らねばなるまいし、我らはそれを阻むこと能わぬ。

―――しかし、だ」


一拍溜め、ニヤと唇を釣り上げる。勝者の愉悦を湛えた底意地の悪い笑みに、尋常でない胸騒ぎが沸き立つ。


「そこの衛士が生憎と玉の門の鍵を(・・・・・・)持っておらぬ(・・・・・・)のであれば、話はそうもいかんよなぁ?」

「―――!!」


そう、来たか!

胸をでかい槌で穿たれたような衝撃に目眩がする。悔しいが、舌の回転では奴には敵わない。

その場にいる全員の視線が縮こまる衛士の男に注がれる。肩越しに後ろを透かしみれば、突然話の中心に放り込まれた男が呆然として硬直している。


「は? え? だ、大隊長閣下? 恐れながら、か、鍵なら、確かに―――」

「いいや、衛士よ。隠さずとも良い。懐に仕舞いこんでいたつもりでいたが、その実、何かの拍子で落としてしまったのだろう? そこな血の気の多い小隊長に詰め寄られた際に思わずどこかへ落っことしてしまったのか? いやいや、それは致し方のないことだ。貴公には何の罪もない。被害を届け出れば、騎士団より相応の補償をしてやろうではないか。

正直に申してみよ。貴公は、鍵を、持っておらんな?」

「……あっ! はい、あ、い、いいえ、いあぅ、そう、です、うぐぐ、ち、ちが、」


クアムの言わんとする事に察しがついたらしい衛士が、全身から滝のような汗を吹き出して口を開け閉めする。

とどのつまり、衛士は不正を迫られているのだ。俺たちの背後に聳える玉の門の鍵を持っているのはこの男のみ。だが、この男がそれを頑として渡さなければ陛下にお目通りは叶わない。逃げようにも、逃げ道はクアムたちに塞がれ、この人数差では突破は難しい。俺だけならともかく、トゥを連れ添っての逃亡は危険過ぎる。何とかして陛下にこのことをお伝えすればまだ道は開けるだろうが、お付きの者たちにも辿りつけていないのであっては不可能だ。

虚ろな目でフラフラと揺れる衛士の肩を掴んで必死に説得する。


「お、おいっ! しっかりしろっ! 貴公、それでも衛士か!? 鍵は、鍵はどこだ!?」

「あああああアールハントしししし小隊長ぉお……。おおお俺には家族が―――け、けども、え、え、エルフ様を謀るなんて恐れ多いことは俺にはとても……」

「ははは、これはこれは異なることを言うな、衛士! 謀るなどと人聞きの悪い。私はただ、貴公が鍵を紛失したのではないかと尋ねている(・・・・・)だけではないか。

時に、貴公……。思い出したぞ、最近、準男爵家から昇格したバダヤ男爵家の当主ではないか。どうだ、妻子(・・)は元気か? 年頃の娘がいたよな? 今年の税負担は重いと聞くが、家の財政の具合はどうだ? んん?」

「―――あ゛、あ゛、」

「くっ……!」


この男はもうだめだ。きっと、もうすぐ膝を屈する。しかし、トゥをクアムの手に堕とすわけにはいかない。それだけは断じて駄目だ。どんな犠牲を払ってでも、彼女を穢させるわけにはいかない。例え、俺の命(・・・)を犠牲にしても。

背後のトゥの手を再び強く握り、グッと自分に引き寄せて耳打ちする。肝心のトゥは、クアムのやり口に憤っているのか面持ちをムッと硬くしたままだ。


「トゥ、安心してくれ。君をあいつらには渡さない」

「状況はとても絶望的に見えますが、貴方に何か良い策があるのなら耳を貸すくらいはしてあげましょう」

「ああ。相手は上級騎士だ。みんなそれなり(・・・・)に強い。だから、5、6人までなら何とかなる(・・・・・)。俺が切り込んで食い止めるから、その間にそいつから鍵を奪って扉を開けて欲しい。エルフ相手ならそいつはさほど抵抗しないはずだ」


すぐに打ってかかれる立ち身を整えつつ、クアムたちの装備や仕草を仔細まで確かめる。横一列になって回廊を塞いでいるのはクアムを含めて8名。8名とも騎士団の幹部だ。先ほどのフュリアス子爵など可愛いもので、伯爵家から果ては侯爵家の騎士まで連なっている。上級騎士なら、下位の者に示しを付けるためにもそれなりに剣の覚えがある。それが上位の位階出身ともなれば、幼少から剣術の稽古を習っていたはずだ。全員が全員、腕は立つ。殺す気で挑まれれば、かなりの苦戦を強いられるだろう。それを考慮に入れた上で、俺の実力なら5、6人までなら殺さずに倒せる。自惚れや慢心とは違う。名高き剣の名門、アールハント家で鍛え上げた実戦剣術の腕は伊達ではない。

そのことは相手方も理解しているようだ。アールハントと剣を交える恐ろしさは年配の騎士ほど心得ているもので、俺に抵抗の意思を感じ取った初老の侯爵がすかさず剣の柄に手をやった。大方、御前試合で父上に痛い目に合わされた口だろう。アイツは本気で来る。

こちらも腰の剣にそっと手をやり、いつでも抜刀できる構えを取る。ジャキリと響いた金属音に、トゥが目を見開いて手を握り返してくる。手の平にジワリと滲んだ汗で俺の覚悟を悟ったのだ。


「……カーク、まさか、」

「扉を潜ったら、振り返らずにそのまま施錠してくれ。急いで供人の誰かを見つけて陛下への謁見を願い出るんだ。そして、クアム以外の誰かを勇者に選んでくれ。そうだ。騎士ではないが、俺の親友にタイベリアスという魔術師がいる。普段は軽薄だが、信用できるし才厚い男だ」


ここで俺に出来ることは、時間稼ぎだけだ。彼女をクアムの力の及ばぬところまで逃がすのだ。奴は抵抗した者には容赦はしない。俺は反逆の罪でも着せられて嬲り殺しにされるだろう。どうせ、来週末には魔王軍との戦いで散る命だ。……否、本当ならばあの日(・・・)に燃え盛る領地と共に朽ちていたはずだったのだ。


エルフから勇者として認められ、ほんの短い間だが行動を共にした。肌を触れ合わせ、対等の口を効いて、喧嘩したり笑ったりした。愛らしい横顔が織りなす豊かな感情を目にすることが出来た。近くにいるだけで胸が熱く高鳴った。彼女のためなら騎士の栄光など惜しくも無いと思えた。それだけで命を賭す価値を見出だせる、素晴らしい出会いだった。

ふっと、自然に笑みが零れる。覚悟を決めるとはこんな心境のことを言うのだろう。


ああ、身体が軽い。

こんなに満ち足りた心境で剣を執るなど初めてだ。

もう何も―――


「“もう何も怖くない”なんて台詞を思い浮かべたのなら、今すぐに撤回しなさい。それは不吉の前兆です」

「えっ―――? ぃにぃででッ!?」


図星を突かれて肝を潰される間もなく、頬に鋭い痛みが走った。激痛でチカチカと明滅する視界の隅に、頬の肉を思いきり抓るトゥの顔が見える。じとりと据わった眼差しは不機嫌の絶頂を如実に表している。


「え、エルフ様? 何を……」

「衛士よ、貴方は黙っていなさい。私はこの愚か者に教育をしてやらねばなりません」


緊張に張り詰めていた場の空気を無視して俺に掴みかかると、豊かな胸が押し付けられるのもお構いなしにさらに頬に指を食い込ませてくる。


「その台詞を述べた者は私の世界にもいましたが、次の瞬間には首から上がなくなっていました。死に繋がる忌むべき台詞です。命は大切にしなくてはなりません」

「わ、わひゃっひゃ! わひゃっひゃはら、ひゅにぇるにょはひゃめひぇくりぇ!!」


「わかったから抓るのはやめてくれ」と叫んだのだが、伝わっていないのか抓る力は強まる一方だ。「もう何も怖くない」という台詞が、エルフの世界では思い浮かべることすら嫌われる悍ましい呪いだったとは知る由もなかった。とは言え、異世界の呪い事まで精通していろというのは些か理不尽だ、これは少し怒りすぎな気が―――。


「いいえ、ちっともわかっていません。軽々しく自分を犠牲にしようとするなんて大馬鹿者のすることです。そんなことをされても、私はこれっぽっちだって嬉しくありません」


……ああ、そういうことか。

頬の痛みが薄らいでいく。冷えた思考でよく見れば、トゥの眦にはうっすらと涙が浮かんでいた。きゅっと結ばれた唇がふるふるとわななき、彼女をほっぽり出そうとした馬鹿な猪武者を責め立てる。


「私の勇者は、貴方です。この世界でカーク・アールハントただ一人です。私がそう決めたのです。他の誰でもありません。他の誰にもできません。それなのに、一人で格好つけて散るなど絶対に絶対に認めませんっ」


そう言うと、グスッと一度鼻を啜り上げ、潤んだ瞳で厳しく睨み上げてくる。

また新しい発見をした。この少女は、とてつもなく優しくて、とてつもなく強くて―――とてつもない、寂しがり屋なのだ。


「わ、か、り、ま、し、た、か?」

「……ひゃい」

「なら、よろしい」


俺の返事に、ふわりと口元を綻ばせる。あたかも迷子になった幼子が親を見付けた時のような、柔らかくて愛おしい微笑みだった。

頬を抓る指が解かれたかと思いきや、ヒリヒリと痛む頬に手の平がそっと当てられる。冷たく強張った体温は、彼女もまた緊張に襲われていることの証だ。


「頭を冷やしなさい。そんなことをすれば、貴方が殺されるだけではなく、この衛士や家族にもあの男の怒りの矛先が向きます。それは貴方の望む所ではないはずです。

それに、忘れたのですか? 私はこの世界に来たばかりです。右も左も分かりません。心を通わせられるのは貴方だけです。どうか、一人にしようなどとは考えないで」


衛士がハッとしてトゥを見上げる。彼女は俺だけでなく、衛士のことも気遣っていたのだ。頭に血が上って想像もしていなかった自分を恥じ入る。


「二度としない。先祖と父母と精霊神に誓って本当だ。だけど、この状況をどうにかしないことには―――」

「その通りです。だから、私は貴方の策を耳を貸すくらいはする(・・・・・・・・・・)と言ったではないですか」

「……?」


話の目鼻立ちが見えてこない。怪訝に眉を顰める俺に、トゥは片目の瞬きを返す。イタズラを思いついた少年のようなあどけない表情は、不思議と安心感を与えてくれる。どうやら、彼女は何か有効な策を見出しているらしい。


「私に任せなさい。これでも悪知恵は回る方なのです。それとも、私が信用出来ませんか?」

「いいや。どの道、俺には他の策が思いつかない。君に任せる」

「よろしい。では、今より私たちはあの男の元へ降ります(・・・・・・・・・・)。予備の鍵を受け取りに行くのです。反論は無し。いいですね?」

「…………君が、そう言うのなら」


渋々と頷く。鍵はすぐそこにあるというのに納得出来ないが、彼女に任せると口にしたのだ。アールハント家の男子に二言はない。

俺たちが見つめ合って頷く光景が癇に障ったらしいクアムが、怒りに声を荒げる。


「話は終わったようだな、小隊長。さあ、どうするのだッ!?」

「……予備の鍵を、ご用意願いたい。付きましては、先程の身分不相応な物言いをお許し願いたい」


穏やかではない心持ちを引きずりながら、腰の片刃剣を鞘ごと抜いて右腰に挿し直す。相手に斬ってかからないことを示す、アールハント剣術の意思表示だ。それをしかと見たクアムの顔が見る間に歪み、満足そうにくつくつと喉を鳴らす。もうその手にエルフを収めたかのようなニヤつき様に苛立ちが募る。


「誰が、貴様のような奴の手にトゥを渡すものか……」

「口に出ていますよ、カーク。私は誰かの所有物ではありません」

「……すまない」

「気にしていません。あの男の余裕も今のうちだけです。それまで、存分に私を手に入れたと思わせてやるとしましょう」


クスリと忍び笑いを零し、俺だけにわかるように小さく瞬きをする。果実のような花唇が目と鼻の先まで近づく。甘酸っぱい少女の匂いと共に、気持ちの良い声音が鼓膜をさわさわとくすぐる。


「まあ、見ていなさい。今代のエルフが、聡明な先代エルフ様とはひと味違うということを教えてあげます。だから、ほらっ。大船に乗ったつもりでもっと堂々としなさい。私の勇者さま?」






「―――誰にも、渡すものか」

「だから、口に出ていますよ」

カーク視点を書くのって疲れる。貴族社会出身の騎士だから、爵位とか礼節とか言葉遣いとかにも気を使ってる。武人でもあるから、些細な身のこなしとか相手の動作にも注意を払ってる。それより何より恋する男だから、女の子への意識も常に高ぶってる。そんなキャラだから、作者としては書きにくくて仕方ないけど、人間味があって友だちに欲しいキャラです。

逆に、トゥの視点だとほとんど何も考えずに書き進められます。作者としては描きやすくて便利だけど……近くにいると騒がしい嵐に巻き込まれそうだなあ(;´∀`)

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