月曜 3
今朝の華は、髪はボサボサだったけど制服姿で出てきた。
広い部屋ではまた何かが形作られ始めてる。今回はどんな絵になるんだろうって考えながら、可愛い黒猫の餌やりと毛繕い。またスマホで調べて、前髪を二本の三つ編みにして後ろは下ろした髪型。これなら絵を描く邪魔にならないし、めちゃくちゃ可愛い!
仕上げにイチゴリップと桜のハンドクリームを塗って完成。
「可愛い。華、大好き。」
可愛い過ぎてどうしよう!って気分でぎゅって抱き締めた。嫌だったら華は逃げるから、嫌じゃないんだろうなって自己完結。
今日も手を繋いで、華の歩幅に合わせて登校した。
なんだか、スタートラインからだいぶ前進出来たんじゃないかって、ちょっと感慨深い。
「華?」
呼ぶとオレを見てくれる。
「大好き。」
首を傾けてオレの言葉に反応してくれる。
「秋は、変。」
名前呼んで、答えてくれる。
オレは変でも構わない。
可愛い、可愛い、守りたい。
「野良猫、順調?」
「まぁな。」
机に鞄投げ捨てるオレに祐介が声を掛けてくる。
「なんか、可愛くなってるな。」
そんな事言いやがるから、オレは鼻で笑ってやる。
「元々可愛いんだよ。やらねぇからな。」
華はもうスケッチブックに絵を描いてる。そんな華を眺めてるのが、堪らなく好きだ。
「秋?」
四時間目の移動教室。
オレは華にくっついて美術室に来た。美術室は第二校舎の一階。音楽室は二階だから、予鈴でダッシュすれば間に合う。
華はくっついてきたオレに首を傾げてる。
そんな華にオレはにっこり笑い掛けて、さりげに周りを警戒する。付き合った事あって、オレを刺したいって思ってそうな子は見当たらない。なら誰だろ?って考えてる所で予鈴が聞こえたから、華にあとでねって手を振って二階の音楽室に走った。
「おー、ギリだな。」
駆け込んだオレを祐介が笑う。
教師もオレと同時に来て、挨拶して授業が始まった。今やってんのはギターの授業。ペアになって一曲完成させる。
「なんかありそう?」
「いや、美術選択してる中に知ってる顔いなかった。」
オレのペアは祐介だから、練習しながらの会話。
「ならやっぱファンクラブかもなぁ。」
「この前も言ってたけど、ファンクラブってなんだよ?」
「王子様の秋くんを愛でる会、みたいな?」
「はぁ?わけわかんねぇ。」
イラっとしたオレを祐介は笑ってる。馬鹿にしてる感じじゃなくて、憐れまれてる気がする。
「秋がさ、相手して付き合えるような子達じゃなくて、影で見守りたいタイプの子達がファンクラブ作ってこっそり愛でてるらしいよ。」
「アイドルかよ。」
鼻で笑うオレに祐介が頷く。
「アイドルなんだよ。秋は。」
マジで意味わかんねぇ。
人を勝手にアイドルにすんなよ。
オレを刺したいって思ってる子だけじゃなくて、そんなんまでいるとか、なんかそれって…
「怖ぇな。」
「だな。ガンバレ。」
他人事だと思ってやがる。
くっそー!って気持ちを込めてギターを掻き鳴らした。
授業が終わるチャイムと同時に音楽室飛び出して、段飛ばしで階段駆け下りて美術室に飛び込む。
「華!」
振り向いた華はまだ机の上を片付けてる所だった。
「それ、授業の課題?」
机の上には色鉛筆と、数枚の絵がある。
「絵本。」
「絵本作ってるの?」
華は頷いた。
「でも、それ、絵の具使ってないね?」
華が描いてる絵は全部色鉛筆だ。
色鉛筆で描いてる授業なのに、転んで絵の具の水被るなんて有り得ないだろ。
華は答えないから、周りを見回してみたら、絵の具で描いてるっぽいのもいた。水道で絵の具の後片付けしてる
とりあえずそいつらの顔覚えておこうと思ってこっそり観察した。地味目の子達だ。その子達に刺したいって思われるような事した覚えはないし、顔も知らない。
「華、お腹空いた?」
片付け終わった華に聞いたら頷いたから、手を繋いで教室のドアに向かう。
チラッとその子達を見たら三人、目が合って逸らされた。あいつら、怪しいかも。
至福の餌付けタイムも終わって、華はまた絵を描いてる。
オレは華の前の席借りて、背凭れに顎のせて眺める。
やっぱり今日の髪型正解だ。似合ってるし可愛い過ぎてやば過ぎる。
イチゴリップで唇つやつやだし、キスしてぇ。なんて事考えてたら、華が鉛筆置いて立ち上がる。
「オレも行く。」
この前はトイレ帰りに怪我してたし、美術室の怪しい子達は隣のクラスでトイレ行くのに前通る。だから益々怪しいんだよな。
女子トイレの前で壁際でしゃがんで華を待つ。したら、横目で視界に入れといた隣のクラスからあの三人が出て来て、オレを見てちょい停止した。そんでそのまま女子トイレに入って行く。これは確定か?
「華、お帰り!」
出て来た華に抱き付いた。とりあえず外見問題無し。
「ね、今トイレ入った三人組になんかされたりしてない?」
手を繋いで教室戻りながら聞いてみた。華は首を傾げてる。
違うのか?って考えて、思い出す。
「華ってさ、人の顔覚えてる?」
他人に興味がない事、思い出した。でもまさか、自分になんかした奴の顔は覚えてるよな?
「秋は覚えた。」
「すっげえ嬉しい!けど、他は?」
「パパ。」
「……オレとパパだけ?」
「持って行く人。」
「だけ?」
頷いた。マジか。
「教師とかは一人一人覚えてないの?」
「先生は先生。」
「クラスの人は?」
首傾げてる。クラスの奴らって、もしかして華からしたら背景の一部なのか?
「もしかしてさ、学校で先生は先生。生徒は生徒って大まかに認識してたりする?」
当たり前みたいな顔で頷いてる。
「秋は、秋。」
あーもうなんかどうでも良くなる可愛さだー。
「華大好き!」
きゅって抱き締めた。
でもそうなると犯人探しややこしいかも。華は犯人の顔覚えてないんだ。やられた事すら、もう忘れてたりしそうだな。いやまさか。でも華だし。
「秋は、王子様?」
腕の中で華がオレを見上げてきた。
「また、誰かが言ってた?」
華が頷いた。今それを言うってことは、多分女子トイレでなんか言われたか?
「どこで、誰が言ってた?」
「さっき、知らない人達。」
「見覚えない人達?」
首を傾げてるから、知らないか覚えてないかなんだ。
ちょっと溜息吐く。
「もし、オレが王子様なんだったら、華だけの王子様が良い。」
勢いで華のおでこにチュッてしてみた。華はきょとんてしてる。
「いや?」
「………嫌じゃない。」
「そっか。」
デレデレに締まりのない顔で、オレは予鈴鳴るまで廊下で華をぎゅーってし続けた。




