どんぶり勘定
「複数種類の麺……ですか?」
「絶対に必要だ。こいつがあるおかげで大会の盛況どころか大会後の景気にまで関わってくる」
「そ、そこまで?」
「今回の大会の優勝賞品の一つはわしらが新店舗の開店資金を出すことじゃ。さらにある程度の資金も無担保で融資する」
「そうなって晴れてこの世界にラーメンの一号店が出来る訳ですが、惜しくも優勝を逃してそのまま諦める料理人はいませんわ」
「すぐにこっちの方が美味い! と言わんばかりに旗揚げするだろう」
「そうなるとそれを機に、別の店も俺も俺もと開店していく」
「一つの大会を契機に、この世界に新たな料理が生れ落ちる瞬間だ」
異世界に戻った『夢幻泡影』は、即座にソクサルムにアポを取り。
次回大会の内容と、それに伴う必要材料のプレゼンを開始。
異世界鰹節からの出汁と、醤油に似た味わいのスコブコの実。
そして、隠し味に翔手作りのオイスターソースで作ったスープに、自作の各種麺を入れてわんこそば程度の量をソクサルムの前に並べた。
「食べ比べてみろ。麺によって全然印象が変わる」
「ふむ……」
そうして促されるままに食べたソクサルムは、まずスープの美味さに驚くが。
本題はスープでは無いと思いだし、麺の感覚を確かめる。
そして、別の麺を食べてみて、ハッキリと、その違いに気が付くと……。
「……違いますね」
と一言。
「スープは間違いなく同じものだ。だが、麺の太さやちぢれの有無でここまで変わる」
「だからこそ、突き詰めるのが大変であるし、似たような味はあっても同じ味は存在しないだろう」
「このベーススープのレシピは即座に公表する。そして、必要な材料も我々が可能な限り集めて来よう」
「そしてアエロス」
「んぇあ!?」
同じくソクサルムに呼ばれ、それでも今までは蚊帳の外だったが為に、急に名前を呼ばれたことに驚いた『カウダトゥス・アエロス』は。
「ギルド内の人間誰でもいい。このスープ以外の、別のスープを作らせてそのレシピを記載しろ」
「……何故っす?」
「このスープだけが正解ではない、という情報を与えなければ、皆が皆、このスープからのスタートになってしまう」
「詳しくは言いませんし出処も明かしませんが、私達、もっと色んなスープで食べましたの」
「あっさりからこってりしたものまで。本当に千差万別のスープがあった」
「それを料理人に追求させるのも大会の目論見の一つだ」
この異世界において、何かに特化した食事処というのは存在しない。
言ってしまえば、異世界の食事店というのは全てレストランである。
ラーメンという看板メニュー一つで戦うような店が無ければ、デザートしかないスイーツ店も存在しない。
……一応、前回大会の優勝者が店を出そうと動きはしたのだが、本当にそれで売れるのか? という不安と、現在勤めている店の安定した収益を捨てることが出来ず。
そして、何より開店資金を集めることが出来ず、スイーツ専門店の出店はとん挫した。
もちろん、勤めていた店は大きな広告効果と押し寄せる客によって収益は伸び、優勝者の待遇はより厚いものにはなったものの。
誰しも夢見る、自分だけの店、と言うものはまだ開けていない。
「何かを突き詰めればそれは力になる。料理という全体ではなく、ラーメンであっても同じだ」
「スイーツもそう、たこ焼きだって、ヘタなレストランより屋台の方が売り上げがあると聞きますわよ?」
初回大会の優勝以降、港町には必ずたこ焼き屋の屋台がある。
更には商業ギルドと手を組み、人気のあるダンジョンの出入り口付近に屋台を構え、出張出店として売り上げを上げている店すらもある。
歩きながら食べられて、美味い。その需要が、ダンジョン内では強いと見た商人の目論見は見事的中。
ちなみに、たこ焼きが売れるならとダンジョン入口には様々な屋台が所狭しと並ぶようになり。
小さな町規模の様々な店が集まっていたりする。
「だから今度は、あなた方がポケットマネーで出店の後押しをする、と?」
「パトロンを見つけるのも大変じゃろうが、成功例が一つあればそれも変わる」
「成功する確率が不明より、実績一があると心理的に楽であろうしな」
「そうして様々な店が出来るようになれば、今度はそこで使う器具や材料にも特需が産まれるじゃろう」
「そうすれば、商人、鍛冶師などへも仕事が増える見込みが立ちますわ」
『夢幻泡影』の語るのは絵空事ではない。
全て、異世界で――翔の住む現代で見聞きしてきた事の集合である。
ラベンドラは知った。
鰹節という存在が、それだけを作るための場所を、人員を、時間を確保して作られている事を。
リリウムは知った。
チョコレートという一つの物が、多くの店が、企業が取り扱い、それこそ無数の商品として出回っている事を。
ガブロは知った。
あらゆるものを作るための設備、それらは、自作ではなく、時には周囲へと発注し、組み立て、作っていくことを。
マジャリスは知った。
あらゆる企業が関係し、協力し、一つの作品を作り出していくことを。
「物事は全て繋がる。どこかが突出すれば、そこについていこうと周囲も引っ張られていく」
「私たちはまず食事の面からこの世界を伸ばしますわ。そこからどう周りを引っ張り上げていくのかは……」
「私たちの仕事、と。ふふ、構いませんよ?」
「わしから一言入れておく。鍛冶師の力が必要な時は弟のペグマに頼るんじゃな」
「そしてアエロス」
「な、なんすか?」
またしても突然名を呼ばれ、ビクッとするアエロスは。
「そのスープにどの麺が一番合うと思ったか。それを新聞に書き足しておけ」
既に全てを平らげ、空になった各種麺の食べ比べの為に置かれていた器の底をじっと見ながら……。
「何気に一番火種産みそうなんっすけど……」
とんでもない仕事を任されたと、一粒の冷や汗をかくのだった。




