汝の名は……
「だだっ広く、海だけが広がる空間……」
「ボスの居る部屋なのだろうとは思ったが、貴様ならば納得だ」
「ひたすらに大きく、全容が載った文献は無く。ゆえに、大きいということ以外は分からなかった存在」
「当然味についての記載もない。さて、一体どんな味なんじゃろうな?」
海底ダンジョンを進む『夢幻泡影』はその深部に辿り着く。
……と言ってもこの海底ダンジョン、階層で言えば三階層しかなく。
その代わり、一階層が広く、そして魔物たちの強さも一般のダンジョンとはかけ離れているのだが。
食欲によって突き動かされる『夢幻泡影』の四人にとって、そんなものは些細な事。
そして、その最後のボスのエリアへと入って感じたのは、これまで以上に広い部屋。
部屋一つだけで、日本で言う琵琶湖に相当するような広さのその場所に、君臨するのはとある魔物。
曰く、どこまでが顔で、どこまでが口で、どこからが体なのか不明。
曰く、見上げても何も見えない。
曰く、僅かに動くだけで津波を発生させ、近隣へと多大な被害を及ぼす。
そんな、大きさだけが突出しているらしいその魔物は、半ばおとぎ話に近い形で文献に示される。
その魔物の名は――、
「『バハムート』。海洋の大主、大地を支えるもの」
「デカくてこちらに気が付いているかすら分からん」
「――っ!? 来るぞ!!」
*
ふーっ、ただいま。
と言う事でね?
色々と食材は買って来ましたよっと。
今日のメニューは中華寄りだし、色々と、ね。
と言ってもスパイスとかではないけど。
「おかーりー」
「ちゃんとご飯食べた?」
帰宅し、姉貴の様子を確認。
炬燵でダラダラしている以外は大丈夫そう。
ご飯もちゃんと食べられたらしい。
「ゴー君で炊いた炊き込みご飯マジで最高」
「分かる。おこげを作ってくれてるのがいいんだよね」
「ね。日本人好みのいいゴーレムだよあの子」
そもそもゴーレムなのに、なんでしっかりご飯炊けるんだろうね?
しかもおこげ付きで。
まぁ、それ言うなら干物もだし、ピザを焼けるのもおかしいんだけどさ。
「ちなみに今日のデザートは決まってるの?」
「一応は。けどもし食べたいのあるなら日本出発前に作るけど?」
「じゃあ、お汁粉」
「……なるほどね」
お汁粉……確かにいいな。
中華料理と言えば、で胡麻団子を作るつもりだったけど、それは今度でいいや。
……となるとあんこが要るな。
買ってくるか……。
「ちょっと着替えて買い物行ってくる」
「なんで?」
「お汁粉用のあんこと餅買ってくる」
「いてら~」
なんでも何も無いよ。
材料無いと作れないでしょ。
*
「……ダメージ、効いとるんか?」
「恐らく……」
「一切通っていないという事はないでしょう。あまりにも大きすぎるだけで」
『バハムート』 と戦い始めて……と言うか、攻撃し始めて早一時間。
レンジでチンはもちろん、あらゆる魔法や物理攻撃を行ったものの、『バハムート』は微動だにせず。
攻撃も、身動き一つしない相手に、『夢幻泡影』は不安を覚える。
本当にダメージは入っているのか、と。
そんな中……、
「思ったんだが……」
提案されたマジャリスの案が、あまりにもな内容で。
「だったら、尻尾などはどうだ? これだけ図体のデカい相手じゃ。尻尾の先程度ならば意にも介さんじゃろう」
「尻尾はどれくらい先だ? リリウム、転移を」
「一度では行けそうにありませんわ。何度か繰り返しますわよ」
あまりにも大きい、クジラのような外見の『バハムート』の脇を、『夢幻泡影』は転移魔法ですっ飛んで。
転移魔法をおよそ六回。ようやく尻尾付近に到達。
「かなり魔力を食いましたわね」
「だがおかげで全長は分かった」
「後はさっさと尻尾の肉を頂いて帰ろう」
「動き始めそうになったら合図をくれ。ちょっくら解体してくるわい」
マジャリスの提案した考えとは、
「動かないのなら別に倒す必要なく、食べられそうな部位だけ切り取って持ち帰ろう」
である。
魔物の素材――しかも討伐記録の無い『バハムート』という非常に珍しい素材なだけに、ギルドマスター達が聞いたら何としても討伐して来いと言い出しそうな案件だが。
生憎そのギルドマスター達だけではこのダンジョンにすら辿り着く事は出来ないだろう。
「外皮はどうだ!?」
「再生力が異常に早い。切った直後からすぐに修復されるぞい!!」
「何とかなるか!?」
「カケルの世界の技術で作った武器が効果的じゃ。通常の刃物より修復が遅い」
「骨は切れるか!?」
「無理じゃ! 骨の周りの身を剥がして持って来る」
ラベンドラとガブロ。
声を掛け合いながら尻尾の剥ぎ取りを行っていると……。
「……? 今、身体が少し揺れませんでした?」
「そうか? ……いや、リリウムがそう感じたなら退却させよう」
リリウムが、『バハムート』の体の揺れを感知。
それを感じなかったマジャリスだったが、『バハムート』の存在を知らなさ過ぎるため、少しでも違和感を覚えたら退却が吉。と考えて、
「二人とも! いったん離れろ!!」
と、声を掛けた時。
――部屋全体が大きく揺れた。
琵琶湖程の広さの部屋全てが……である。
「……まさか」
それは、始めは何故かは分からなかった。
だが、改めて考えると、部屋全体の揺れは、『バハムート』が声を上げたからという結論に至り。
「あれだけ攻撃をしていたというのに……」
そこから導き出される答えは……、
「今まで寝ていた……だと!?」
ただただ、眠っているだけだったという事。
そして、
「リリウム!! 退避だ!!」
「展開済んでおりますわ!! すぐに魔法陣に!!」
睡眠から覚醒し、自分の身を刻んでいるこの部屋の侵入者へ。
『バハムート』の起こした行動は、単純明快。
自分に向けて、この部屋にあるすべての水分を津波のように押し寄せさせる。
水という物質が、とてつもない速度で襲ってくる。
その事に危機を覚えた『夢幻泡影』は、当然のように撤退を宣言。
……撤退先は、もちろん翔の居る現代である。




