閑話:美味しいパンを作ろう
久しぶりの『ヴァルキリー』登場()
「久しいな。息災か?」
ダンジョンからも、町からも。
村からさえも離れた、森の中。
そんな所へと呼びだされた『ヴァルキリー』のメンバーは。
本来ならば、文句の一つでも言いたくなるものなのだろうが、この時だけは別。
『夢幻泡影』の呼び出しであり、しかも呼び出し内容が未流通の食べ物の試食となれば、文句をつける筈もなく。
むしろ、よく呼んでくれたと感謝すらし始める。
「おかげさまで。皆様には随分とお世話になりましたわ」
「私たちは、何も。というか、そっちの活躍……目を見張る」
「大体どの町に行っても、やれ新たなレシピだ、新たな調味料だ、食い物だってあんたらの話が耳に入って来たからな」
「お食事の方も、町中で食べられるお料理が凄く美味しくなってたりしましたし」
もちろん、『ヴァルキリー』のメンバーも、昨今の新しく出てき始めたレシピなどを、全て『夢幻泡影』の手柄と思ってはいない。
ただ、これまででは考え付きもしないような、斬新な料理を見る度に、『夢幻泡影』が頭をよぎるのだ。
あぁ、あいつらが与えた影響でこの料理が出来たんだろうなぁ、と。
「それらは料理人の手柄だろう。アレンジなどで腕を振るっているはずだ」
「それは理解している。ただ、その発想の源が、そちらだという話だ」
などと会話をしながらも。
ラベンドラは作業を始めている。
と言っても、やっている事は粉に水を加え、捏ねて……とパンを作っているだけなのだが。
「それで? 今捏ねてるパンは新レシピ?」
『ヴァルキリー』の調理士、ヘスティアがラベンドラの手元を覗き込みながらの質問。
見たところ、特に変わった様子はない。
そう思いつつ、一応声をかけたのだが……。
「今は米粉を使ったパンを作っている」
この世界の常識に無い事を当たり前にしている辺り、ラベンドラも意地が悪い。
「米粉……米粉!?」
「米って、今研究中の作物だろ? あれって粉にして食うもんだったのか!?」
「本来は炊いて食べるもんじゃ。じゃが、こうしてパンにするやり方もあると知ってな」
パンを焼く用のかまどを即席で作りながら言うガブロに、『ヴァルキリー』の面々は眉をひそめる。
(……どうやって知った?)
(わざわざ……粉に?)
(発想だけで、どうにかなるものなのでしょうか?)
そんな『ヴァルキリー』の考えとは裏腹に、テキパキと作業を進めていくラベンドラは。
「よし。あとは発酵させて焼くだけだ」
材料を捏ね終わったらしく、捏ねたタネを容器の中へ。
「ん? その容器は……?」
「近場に居たストーンジャイアントから加工した。耐熱性に優れ、頑丈じゃからな」
シレっと自分専用のパン型を作らせている辺り、抜け目がないというかなんと言うか。
「アタランテ! 私も欲しい!!」
「じゃあストーンジャイアント狩って来いよ。一人で狩れるだろ?」
「別に素材ならやるぞい? 食えん素材には興味ないからの」
「……ストーンジャイアントって、防具や盾の材料で結構人気ではありませんでしたっけ?」
なんて会話を背中に聞きつつ、即席かまどに火を入れて。
その火から離れたところにタネを置き、発酵させ始めたラベンドラは。
「さて……ここからが本番だ」
一気に周囲の空気がピりつく一言を放つ。
「これより、チョコレート作りを開始する!!」
*
「というわけでまずは必須道具のストーンジャイアントの喉だ」
チョコレートを作る。
その宣言をした後、リリウム達……既にチョコレートを食べたことのある者たちは一気にテンションが爆発し。
『ヴァルキリー』側……チョコレートの存在を知らない者たちは首を傾げた。
「『夢幻泡影』が、そんなに喜ぶ食べ物……?」
「一応、王族への献品などには無かったはずだが……」
「下手すりゃ極秘とかの代物じゃねぇよな?」
「楽しみな反面、不安もあるのですけど……」
「ま、まぁ、変な食べ物じゃないはずだから!」
と、どちらかというと大丈夫、と自分たちに言い聞かせながら、『ヴァルキリー』はラベンドラのレシピに耳を傾ける。
「中の果汁を抜き、さらには身も取り出した『シャジャの実』が材料だ」
シャジャの実――それは、紛れもなく翔がバカデカアーモンドッポイミルクと呼んでいるあの木の実であり。
その木の実の殻を使ってチョコレートを作るらしい。
ちなみに、シャジャの実の果肉は、現代で言うナタデココのような食感であり。
果汁を絞り、乾燥させ、そこに水分を吸わせ、水筒代わりに使う冒険者もいる代物だったりする。
乾燥した五グラムの果肉に、水が一リットルも保管できるというのだから圧巻である。
「このシャジャの実を、一度軽くローストする」
そう言いながら、米粉パンを発酵中のかまどにシャジャの実を入れ、数分待ち。
「薄皮が捲れてきているのが分かるな? ああなれば大丈夫だ」
指を差し、状態を全員に確認させたところで取り出して。
「薄皮を剥き、液状になるまでストーンジャイアントの喉を潜らせる。ここから先は忍耐が一番大事だ」
そう言って、近くに置いていた『ストーンジャイアントの喉』へシャジャの実を乗せる。
「ストーンジャイアントじゃないと……ダメ?」
「鉱物を砕いて摂取する性質のあるストーンジャイアントでなければ、液状になるまで粉砕することが出来ない。……マテリアルジャイアントなどの上位種ならば問題は無いだろう」
文字通り、石並びに鉱物で出来た魔物、ストーンジャイアント。
その食事は、当たり前のように岩であり。
喉に当たる部位に、魔力により稼働する粉砕機のような機構が存在し、そこで、摂取した岩や鉱物を粉砕し、中の魔力や成分などを吸収する。
言ってしまえば、魔力で稼働する、岩すら粉砕するミキサーがこのストーンジャイアントの喉である。
「リリウム」
「お任せを」
そして、そのストーンジャイアントの喉を挟む形で転移魔方陣をリリウムに展開させたラベンドラが、ストーンジャイアントの喉に魔力を流し込み稼働開始。
粉砕され喉を通ったシャジャの実は、転移魔方陣により喉の入口に戻され。
また粉砕され、入口に戻り……。
こうして、ドロドロになるまで繰り返されたシャジャの実は……。
「凄くチョコレートっぽいですわ!!」
リリウムの鼻息が荒くなるくらいには、チョコレートに仕上がっていて。
「後はここに砂糖を加え、何度か温め、冷やす工程を繰り返して完成だ」
テンパリングを行い、最終完成。
そのテンパリングを行う前に、発酵を終えた米粉パンも、オーブンの温度を上げて焼成に入り。
ほぼ同時に出来上がる様に、ラベンドラはテキパキと作業をこなしていく。
……そうして出来上がった米粉パンとチョコレートの異世界食材による朝ご飯は。
『夢幻泡影』も『ヴァルキリー』も、誰一人例外なく腹の虫を騒がせるのだった。




