30。非常ベル
リビングにとって返したせりかは、奥の和室に入ると、クローゼットの中から長い柄を持ち薙刀を引っ張り出してくる。
「勇ましいね」
和室の入り口にはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべたキバ。
せりかは落ち着いた瞳で薙刀を横一文字に払った。
「誰に用事があって来たのかしら」
「さっきも言っただろう。カエちゃんだよ」
そのせりかの姿に、キバは眼光鋭く身体を構えた。
(伊達じゃないな。このおばさん、格闘技経験者だ)
立てた薙刀でおもむろに天井を突く。
「何してんの?」
キバからは電気の傘があって見えていない。
「父親が、困った方向に革新的な人でね。その仕事上、昔から何かと狙われる事が多いの。
だからこそ自分の身は自分で守る。それでも心配性な旦那さまが、私と娘の為に付けてくれた、非常ベルよ。
すぐに警察が来るわ」
薙刀を構える。
「とりあえず、住居不法侵入で収監されて来なさい」
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帰宅路を逆走する中で、あたしのスマホが聞いたとこのない警報音を鳴らし出した。
「ええっ。何々?」
慌てて探るスポバの中からスマホを引っ張り出す。
〈緊急警報発令。間宮家〉
うち?
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「間宮家」
スマホの画面を見ていたイチが、視線を上げる。
「うっわ。僕がだいいいぶ昔に取り付けた非常ベルだ。間違えて押すようなところには取り付けてないから、何かあったんだ」
視線を路地の男達に向け、イチを見る。
「ここの受け渡しは僕が待ってるから、イチは間宮家に行って。カエか、せりかさんに何かあったのかも。
あっ。この通知、僕たち5人と巽さんのところに行ってるからね」
止めておいた自転車に向かって走り出すイチの背中に声をかけた。
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どうしよう。うちで何かが起きている。
だとしたら連絡してきたのは?
せりかさん。
「んーっ!」
イチ達も気になるけど、2つは駆け付けられないし。
うん。やっぱりせりかさんが心配。
あたしは再び方向転換すると、家に向かって走り出した。
「カエっ!」
背後からかかる聞きなれた声に振り返ると、自転車を飛ばすイチが近づいてくる。
「イチ! スマホ見た? 先に行って、せりかさんのことお願いっ。
すぐに追いつくからね」
「おうっ」
あたしのことを抜き去り際に短く返事を残していく。
ほんとは乗せて行って欲しいけど、重くなるとスピード落ちるだろうし。
ジュニアはどうしたんだろう。
後からくるのかな。
とりあえず振り返る視線の先に人の姿はない。
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スピードを上げて自転車をこいでいたから、だけではない鼓動の苦しさが、カエを見つけたことで大分軽減された。
(不謹慎なのはわかってる。でも、カエじゃなくて良かった。
追いついてくる前に、片付ける)
見慣れた間宮家の玄関で、ブレーキと共にスライディングした自転車から飛び降りた。
自転車はそのままポーチにぶつかりなにかのカケラを飛ばして停止する。
飛び付く玄関のノブは、予想通り施錠されていた。
(庭からリビングに入れる)
玄関の左側、庭に飛び出したイチは、裂けて垂れ下がったレースのカーテンの隙間からリビングを覗き込んだ。




