10。りんごの皮も剥けないくせに ✴︎
「先輩、穏便にね」
あたしが振っといてなんだけど、吹き飛んだままピクリとも動かない相手が可哀想になってくる。
残り3人。内1人は完全に腰が引けている。
呼吸の荒い深雪の背中をさすりつつ、相手の動向にも気を配っていると、1人が懐から小振りのナイフを取り出した。
「りんごの皮も剥けないくせに、こういう時ばっかりチラつかせるんじゃ無いよ」
そう言って、カイリの注意がそちらに向いた瞬間。
ヒュッ!
風を切る音と共に、反対側からカイリの脇腹に拳が入るっ!
取った!
って思ったんだろうね。ナイフを構えた男子生徒が近づこうとして、カイリの打ち出す拳のめり込んだ音に立ち止まる。
「あ。すまん。ケンカ慣れしてるなぁ。いい拳だったからつい、力加減が効かなかった」
軽い感じで言ってるけど、みぞおちに拳がめり込んだ彼は一撃ダウン。流石、チーム随一の馬鹿力。小技で稼ぐあたしとは根本が違う。
いいなぁ。でも素人とやりあっていいレベルじゃ無いんだって。
「ひぃっ!」
やっと置かれている状況のマズさに気づいたか、腰の引けていた男子生徒が踵を返す。
その姿にチラリと目をやったナイフ所持男。
こちらに視線を戻した時には、目の前に迫ったカイリに腕を捻り上げられる。
「もう一押ししたら、折れる。またこんな事をしたら、次は確実に無いと思え」
深雪もいる手前、獣の目で相手の耳元に囁いたカイリの言葉に、カクカクと人形の様にうなづいた。
ナイフを取り上げ刃をしまうと、ヘタリ込む相手には目もくれず、投げつけたスポバを拾い上げあたし達の元に歩いてくる。
「彼女は、どうする?」
深雪の様子に異常を感じて、カイリはあたしに顔を向けた。
「多分、渋谷の一件でPTSDに掛かったんだと思う。一旦うちに寄って、落ち着いてから帰そうと思って」
「心的障害後ストレス障害。だっけ。歩くのしんどそうだな。カバン頼んだ」
ほいっとあたしにカバンを放ると、座り込む深雪を軽々とお姫様抱っこで抱え上げる。
トサッ。
キャッチし損なったカイリのカバンが道路に落ちた。
右肩にはあたしと深雪のカバン。
咄嗟に出した左腕は、一旦カバンを支えたものの昨夜の摩擦火傷の痛みに耐えかねた。
「……左腕どうした?」
ヤバい。顔に痛みが出たらしい。
「今は……。早く深雪をここから離してあげよう」
話題をすり替えた事は、もちろんわかっているだろうけど、それ以上は何も言わずに歩き出すカイリの後ろ姿を追って、あたしも歩き出した。
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「ただいま」
事前に、家には連絡を入れておいた。
流石にお姫様抱っこは恥ずかしい。と訴えた深雪と、カイリを伴って玄関をくぐる。
「お帰りなさい」
奥のリビングから可愛らしい声が聞こえて、小柄で幼い顔立ちのせりかさんがパタパタとやってきた。
「いらっしゃい。話は聞いてるから、上がっていって」
カイリと深雪の分のスリッパを出すせりかさんに、カイリが声を掛ける。
「俺は送って来ただけなんで、ここで失礼します。
月曜だし」
「あら、残念。また遊びに来てね」
にっこりと視線を交わした後、カイリがチラリとあたしを見た。
月曜だし。
毎週月曜は寮での定例会がある。一昨日現場の報告はもちろん、さっきは触れずに逃がしてやった左腕の事も説明しろ。
と、一瞬の視線が語っていた。
ふと、ジュニアの「自爆までは責任もたないよ」が頭に流れてきた。
あー。こんなに早くバレるとは。世の中なかなか上手くはいかないらしい。




