5。飴あげる
イチとリカコさんが倉庫のドアを開けようとノブに手を伸ばすと、勢いよくドアが外側に引かれていった。
入って来るのは2人の男。
1人はあからさまに「その道の人っ」と力説している頭の悪るそうな男。
1人はパリッとしたスーツを着こなしてはいるものの、その瞳は一般人のそれではない。
あたしとジュニアが寝そべって隠れる梁の下、照明が煌々と光り出す。
「アイツら、自分から僕達の姿を隠してくれたね」
そっか、下から見れば眩しくてあたし達の事は見えなくなるよね。
「なんだテメェらっ。誰の許可取って入ってきてるんだよ。ああっ!」
薄暗かった倉庫の明かりを点けた頭悪男が精一杯の虚勢を張る。
「イチ、ああいう人種嫌いだよね」
あたしの真向かいでジュニアがポソリとこぼした。
「そうだねー」
まあ、リカコさんもいるし、突っかかったりはしないと……いいなぁぁぁ。
「今日はこちらの学生さんが、内覧を希望されてお連れしています。他の方の内覧予定は無かったはずですが?」
リカコさんがイチの一歩前に出て不動産屋さんのフリをする。
スーツがこんなところでも役に立ったね。
「俺たちは明日からここ、借りてんの。俺たちが優先に決まってんだろっ!」
訳の分からない言い分を出してくる頭悪男を、スーツが手で制する。
「急にお邪魔してすみませんね。でも、お仕事はもう終わったでしょう?
帰るところ、ですよね?」
声は穏やかに、スーツが睨みをきかせて言葉を放つ。
「リカコ。ここは引いた方がいいよ。下手に粘ると不信がられる」
あたしの隣で話すジュニアの声は、リカコさんの髪に隠れたインカムから伝わっているはず。
「行きましょう。もう十分見せてもらったし、借りるかどうかはまた後日連絡します」
たぶんあたし達を置いて行くことでの踏ん切りが付かないリカコさんを、話を合わせたイチが促した。
「こ、この事は会社に報告させて頂きますよ」
こちらも精一杯の虚勢を張って、リカコさんが捨て台詞を吐く。
「ちょっと待て」
2人組の間を通ってドアに向かうリカコさんとイチに、スーツが声を掛けてきた。
「学生さん。どこかで会ったことないか?」
っ!
一瞬。あたし達に緊張が走る。
もちろんあたし達はいままでにも何件かのヤクザ絡みの仕事もしているから、どこかで会っている可能性も全く無いとは言い切れない。
その声に、ゆっくりと振り返ったイチが低い声を出す。
「悪いですけど、お宅の様な仕事の方と絡む機会なんて無いですよ」
挑発的ぃぃぃっ!
リカコさんの顔がわずかにギョッとするのが見える。
「行きましょう」
さすがにこれ以上はまずい。
先を行くリカコさんがイチのカバンを引いて、2人はドアを抜けていった。
2人か外に出るのを見送って、悪男が口を開く。
「兄貴、あの小僧やけに場慣れしてましたね」
「最近……か。いや。けど、あの目には見覚えがある」
こちらに向かって歩いて来ながら、スーツが頭をフル回転させている様子が見て取れる。
「どこかの組の若頭……。
ダメだ。思い出せんが、引っかかっている程度じゃ大した者じゃないだろう。
組長の指示通り、仕事しておけよ」
「はいっス」
頭悪男が作業をしている様子を、スーツとあたし達が監視する。
「イチが若頭だってさー」
楽しくてしょうがないと言わんばかりのジュニアが背負ったデイパックに手を入れた。
「さてと、なかなか長期戦になるかもね。
はい。飴あげる」
「わーい。ありがとっ!」
緊張感がないというなかれ。
見つかる時は何したって見つかるし、見つかってないのにアレコレ悩むこともないのだっ!




