27。やられたぁ。
「なぁジュニア。朝から太一が石化してない?」
机1つ挟んで隣の席に座る亮太が目の前に立つジュニアに声をかけた。
「悩み事だってさぁ。
亮太も学食行く? イチ、お昼だよー」
「昼? もう昼か」
うわ言のように呟く声に亮太が二マリと笑う。
「面白そうだからついてくべ」
外の柔らかい日差しにつられ、購買で買った昼食を手に外通路の木陰に入る。
「今年は空梅雨だよなぁ」
空を見上げて亮太が独り言ちた。
「そういえばさぁ、ジュニア先々週辺りデートに行くって言ってたけど、その後どうなった?」
「ああ。あれねー」
テリヤキチキンサンドを手に亮太に向き直る。
視界の隅に、パックのオレンジジュースにストローを挿すイチを捉えつつ、心持ち大きな声を張った。
「結局振られちゃったかなぁ。ヘコんで弱ってるのにつけ込んで、チューしようとしたら避けられちゃった」
「ブウゥゥッッ!」
ジュニアの不意打ち的な一言に、イチの口からオレンジジュースが勢いよく吹き出す。
「ゴホゴホッ」
「僕的に結構真面目に迫ったんだけどなぁ」
「お前。いつもニコニコ笑ってるくせに何気に黒いな」
亮太の冷たい声を聞きながら、乾いた地面にオレンジジュースがしみ込んでいく。
「ごはっ」
「ノンノン。亮太はまだ僕をわかってない。
オレンジって器官に入るとイガイガするよねー」
「まだ、付き合い2カ月だし。
引っ叩かれた? コップの水をかけられた?」
おかしな期待を込めて、亮太が続きを催促する。
「それ、古いドラマの見すぎだから。
僕は無傷だったよ。
避けようとしたカエが後頭部強打したくらいで」
(カエちゃん。ね)
亮太の頭に名前がインプットされた。
「こほっ。
いつの話だよ」
ようやく復活したイチがチラリとジュニアに視線を向けた。
「昨日。言わなかったっけ?」
(聞いてねぇわ)
「てか、ジュニアぶっちゃけ過ぎじゃない?」
薄いハムカツサンドにぱくつきながら、亮太が心配そうな顔をする。
「んー。まぁ、終わったことだし。黙っておくのもイチに悪いかなぁって」
「あれ。なにその発言」
乾き始めたオレンジジュースのシミ。イチの悩み事。
「あー。なんか分かったかも。
たいっちゃん。動かないと始まんないっスよ。いいねぇ。青春だぁねぇ」
ムスッとそっぽを向くイチの横顔に、亮太がいたずらっ子の視線を向けた。
「しかしジュニアの立ち直りの速さは尊敬するね」
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「イチ。放課後買い物付き合ってよ。駅向こうのモール」
結局放課後。ジュニアが声をかけてきたのに、いつものように亮太からのサッカー部への誘いを断り、なんやかんやとしていたら、教室はもぬけの殻。
「居ねぇし」
カバンに入れっぱなしのスマホにLINEの着信を知らせるライトが光る。
「『遅いから先に行くね』? ……まぁ、ジュニアだし」
歩くのが面倒だから自転車をアテにしたのかと思っていたのに。
モールの駐輪場に自転車を停めたイチは、スマホからジュニアに発信した。
「ジュニア? モール着いたんだけど、どこにいんだよ」
思い当たるのは電器屋か薬局か。
『お。やっぱりチャリは早いねぇ。中央広場のでっかい噴水ん所で待ってて。こっちも着くから』
通話を切って、現在地を確認する。
確か噴水はあっちか。
「そして居ねぇし」
6月も後半。暑いほどではないが、噴水の周りは水遊びを楽しむ幼児たちで賑わっている。
流石に制服のジュニアが居れば目に入るはず。
スマホを制服のポケットから取り出し、聞き覚えのある声にイチの手が止まった。
「着いたよ。え? 誰かって……。
あれ。イチがいる」
『じゃあねー』
「え? ちょっとっ。ジュニアの買い物じゃないの?」
あー。やられた。亮太もグルだな。
ちょっと気まずそうなカエと目が合い、同時に鳴ったLINEの着信音に画面に目を落とした。
「あたしたちのグループLINEだ。『インカム強制立ち上げしちゃったから、各自でおとしておいてね。よろしく』」
「なんでインカム?」
ポケットから出したインカムは、確かに持ち主を示す色を放っている。
『! GPSっ』
2人の目が合って声が重なった。
「電話で誘導しといてなんでGPSまで」
「リビングのパソで見てんだろっ!
ったく」
イチはブチっとインカムの電源を落とした。
「……っと。イチ。あのね……」
「カエっ」
ギュッと拳を握って、言葉を探すようなカエの仕草につい口が出た。
1日中考えてたけど、気の利く言葉なんて見つかんねぇ。
「カッとなって言い過ぎた。ゴメン」
イチの言葉に、カエの顔がホッとほころぶのがわかる。
「ううん。イチの言う通り、怪我じゃ済まなかったかも知れないもん。あたしもゴメン」
どちらからともなく笑みが浮かぶ。
「じゃあ、仲直り」
カエの出す拳にコツッと拳を合わせた。
「ジュニアになんか言われた?」
昨日の事を聞きたい気もしつつ、話を振ってみる。
「えっ? ああ。うん。ちゃんと仲直りしろって……」
「そか。まぁお互い見事に引っかけられたしな」
噴水の出力が上がり風に煽られた飛沫が2人の頬に届く。
「もう夏だね。来年はカイリもリカコさんも受験だし、今年はみんなで海とか行きたいなぁ」
海か。
男のサガと言うか、ついカエの水着姿が頭に浮かんだ。
「リカコさんは嫌がりそうだな。日焼けとか」
心の中が読まれたら。なんて焦りに視線を逸らす。
その目に入る、徐々に小さくなる噴水の中に妙な違和感。
「イチっ!」
声と共にカエが走り出す!
微動だにしない小さな子供がうつ伏せに倒れていた。
「キャアアァァァァッッ!」
母親らしい女性の悲鳴。
再び水柱が上がり、カエの姿を隠す。
「くっ!」
遅れて飛び込む噴水の勢いに痛みを感じた。
カエらしき腕から子供を受け取ると、そのまま腕を引き噴水を飛び出す!
子供の身体をうつ伏せに膝に乗せ、背中を叩きながら声を掛けた。
「聞こえるかっ!」
「イチ、頭」
スポバから出したカーディガンをタイル張りの地面に敷いてカエが声を掛ける。
「呼吸してない。唇にチアノーゼっ」
カエの足元に頭を置いて、自分の耳を子供の胸にあてた。
「心肺停止。シンマ(心臓マッサージ)しよう」
「誰かAED持ってきて!」
カエが声だけ掛けて、人工呼吸の為に大きく息を吸う。
「あっ! カエっ。シンマ代わって!」
「ええっ?」
頭側に回り込みカエを押し出す。
「いいから代われ!」
気道を確保し空気を送り込んだ。
カエが肺が膨らみ胸が動くのを確認して、利き手の甲に左手を重ねて心臓マッサージを始める。
「1っ2っ3っ4っ5っ6っ7っ8っ9っ10っ!」
30まで数えて、また人工呼吸。
「起きてっ!」
小さな心臓を強く押し続ける!
「こはっ。おええぇっ」
小さな口から水が溢れて大きな泣き声が響きわたった。
「よかったあぁぁ」
カエがぺたんと座り込んで天を仰ぐ。
「ありがとうございますっ! ありがとうございますっ!」
子供を、涙ぐむ母親の腕に帰しカエを振り返ると、安堵からかその瞳からぽろりと涙がこぼれ落ちた。
綺麗だ。
青い空、日の光にカエを包む水滴が光って見える。
全身ずぶ濡れ。夏服の白いブラウスは肌に張り付き淡いブルーの下着が透けて見えている。
相っ変わらず無防備だけどなっ!
イチは子供の下に敷いていたカーディガンを拾うと、カエの肩にかけた。
騒ぎに野次馬も集まり出している。
「カエ、上着の前、合わせろ。ブラウス透けてるぞっ。
人も集まってきたし掃けよう」
2人分のカバンを持ってカエの腕を引き上げる。
今になってAEDを持った従業員らしい男が走り寄って来た。




