25。えええっ?
「イチ。例の爆弾魔の続報」
寮のリビングでボォーッとソファに座っていたイチに、自室から出てきたジュニアが声をかけた。
「あ?」
「脳ミソのスイッチ入れて」
2人きりのリビングで、ローテーブルを挟みイチの向かいのソファに腰を下ろすと、仕事の顔で話し出す。
「この前捜一のデータベースにハッキングしたんだけど、僕たちが内偵に入る前日、4日の土曜日に製薬会社に爆弾を運び入れてるらしい人物が、防犯カメラに映ってたんだ」
一瞬にしてイチの瞳に光が入った。
「顔は?」
「さすがに帽子、メガネ、マスクの重装備で分からないよ。
顔認識システムでも判別不可能だったみたい」
ちょいっと肩をすくめる。
「ただねぇ、そいつが乗ってた車が問題で。
僕たちが使っている黒バンだったんだ」
「……。は?」
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「真影さん」
リカコさんの落ち着いた声に、リビングに沈黙が落ちる。
「と、考えるのは安直過ぎるかな?」
「捜一では警察関係車両って事でひとまず端に寄せられちゃったみたい。
あの車は基本僕たちが使っているけど、表向きは予備車で普段は警邏車両なんかと一緒に地下の駐車場に駐車されてるからね。
鍵はマスターキーが保管されてるし、真影さんじゃなくても持ち出せるけど」
リカコさんの言葉をジュニアが継ぐ。
「真影さんだった場合。目的は俺たちの殺害?」
「そんなっ」
イチの言葉に思わずあたしは声を上げた。
「ずっと一緒にやって来たのに」
「カエ。
田村さんも平野さんもそうだけど、ガキのお守りなんてやってらんないって思ってるのは感じてるでしょ?」
ジュニアがたしなめるように告げる。
「それは、分かって……」
「ないだろ?」
イチの低い声。
「分かってないだろ! カエっ。
榎本のとこもそうだ、余計な感情移入してるから身体が動かなくなるんだろうっ!
下手したら怪我だけじゃ済まなかったんだぞっ!」
っっ!
再びリビングが沈黙する。
何を言っても言い訳なのは分かってる。
でも、だからって。
もう。なんだかよく分かんない。
「……。ごめん。今日は、抜ける」
ソファから立ち上がってスポバを掴むと玄関に走った。
「もおぉぉっ。
カエが甘いのは今に始まったことじゃないでしょう?
僕、送ってくる」
「いってらっしゃい」
玄関に向かうジュニアにリカコが声をかける。
「っっ!
くそっ!」
イチも立ち上がると自室に向かい、力任せにドアを閉めた。
イチ部屋のドアを見つめ、カイリがリカコに視線を移す。
「なんかいろいろ込み入ってる?」
「みたいね」
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最悪。逃げちゃった。
エレベーターに乗り込んで1階のボタンを押す。
ガッ。
閉まりきる寸前のドアを男の子の手が掴んだ。
「間に合った。送ってくよ」
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何を話すわけでもなく、少し前を歩くあたしの横をジュニアはゆっくりと付いてくる。
街中に立つ大きなスピーカーが5時半の時を知らせて、子供達に帰りを促す。
「じゃあねぇ」
「また明日」
「お姉ちゃん待ってぇ」
バラバラと公園から飛び出してくる子供達に道を遮られて足を止めた。
小さい頃は何も考えなくても一緒に居られたのになぁ。
「カエ。ちょっと寄っていこうよ」
ジュニアは、子供達を送り出して一仕事終えた公園を覗き込む。
ブランコ、滑り台、ジャングルジム、砂場。
昔ながらの小さい公園。
「ジュニア、なんかごめん」
ジャングルジムの横棒に腰を下ろしてポツリと言葉が口をつく。
「僕に謝るくらいなら、イチと険悪にならなきゃいいのに」
「うん」
ジャングルジムの天辺で仁王立ちのジュニアが、ぐるりと辺りを見回す。
「ちっちゃい時はすごく高く感じだけど、今登るとそうでもないなぁ。
昔の方が遠くの方まで、日本の端っこまで見えてた気がしたんだけどなぁ」
身体は大きくなったのに、見えない物が増えちゃったてこと?
なんか変なの。
「よっ」
ジュニアがジャングルジムの天辺から飛び降りて、難なく地面に着地する。
「カエ」
ジャングルジムに座り、手近な縦棒に掴まっていたあたしの手にジュニアが温かい手を重ねてきた。
俯いていた顔を上げると、すぐ近くにジュニアの顔が見える。
仕事中でもめったに見ないくらい真っ直ぐな瞳。
「僕、その顔好きじゃない。
カエにはいつも笑ってて欲しいのに」
ジュニア……?
口を開こうとして、一瞬早くジュニアが斜めに顔を傾けて唇を近づけてくる。
「えっ。ジュニ……っ!」
とっさに、頭を思い切り後ろに引いちゃった。
ゴンッッ!
「あだぁっ!」
結果、ド派手な音とともにジャングルジムの横棒に後頭部を強打した。
「いいぃぃぃたぁっっ!」
「くくくくくっ」
頭を抱えるあたしの頭上で、さも楽しそうなジュニアの忍笑いが聞こえ、前髪に優しく唇の当たる気配がする。
かっ。
「からかったなっ!」
「カエはやっぱり可愛いなぁ」
公園の外へ向かって歩き出す後ろ姿。
「帰ろっ。早くイチと仲直りしなよぉ」
な。なんなのぉっ!
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ゆっくりと夕焼けに染まっていく空を遠く見つめる。
「あーあ。振られちゃったなぁ」
やっぱり日本の端っこまでは見れそうにない。




