76。いつものジュニアじゃないような
夕方の空は、夕陽の赤に深い蒼の差し色を入れて徐々にその色を濃くしていく。
軽いランニングをしながら、ジュニアと共に到着したのは新興住宅地。学校の帰りにも通りがかったりするこの一角は、何となく寂しくて、なかなか買い手のつかない更地で、つい最近も一悶着起きたいわく付きの場所で。
「ジュニア……?」
自分でもわかるくらいにかすれた声が、夜を感じさせる冷やされた空気の隙間に溶けていく。
両手を広げ、更地の奥へあたしを誘導する様な動きに、いつものジュニアを見ているはずなのに、いつものジュニアじゃない様な、不思議な感覚があたしの内側に広がっていく。
「聞きたいことあるでしょ?」
威圧すら含む低い声で、あたしの目を見ながらそう言ったジュニアが、不意にいたずらっぽく笑って舌を覗かせた。
ふ。ふざけてる。
そう。ふざけてる。ってことは、何かあるんだ。外面を作らなくちゃならない。真意はどこか他のところ。
辺りを見渡そうとしたあたしを止めるように、ジュニアの背後から女の声が響いた。
「ご苦労さま。と言いたいところだけど、この娘じゃない」
その不機嫌そうな声に視線を動かすと、敷地の影になっていた部分から、まるで湧き出したみたいに1人の女性が姿を現した。
足、出しおねーさん。
相変わらずスレンダーな体型に、丈の短いパンツからはスラリと引き締まった足が伸びている。
え。なんで? ここにいるってことは、ジュニアが呼んだ?
「あ。おねーさんが来たか。なるほどね」
んん? 予想外なの? ジュニアが呼んだんじゃないの?
スっと色が差すように、楽しそうな瞳がお仕事中のそれに変わる。小さく唇を動かしたジュニアと、仁王立ちのおねーさんを行ったり来たりするプチパニックなあたしの視線に、ジュニアは再びにこりと笑うとおねーさんを振り返る。
「あれれー。この子じゃなかったの? 用事があったのは『深海の姫君』に登録していた、髪の長いの『エミルちゃん』? 僕 間違えちゃったかぁ」
あからさまな棒読み台詞に、おねーさんの表情がさらに不機嫌さを増す。
「あんた達、この前の子ね。罠をしかけたつもりならやめておきなさい。こっちだって手ぶらで遊びに来ているわけじゃないの。それとも、間宮香絵を引渡しに来てくれたの?」
イライラを抑える気もなく話を進めるおねーさんの会話。もう、あたしは完全に置いてけぼりです。
「そんなこと言ってー。そっちは主戦力削がれてだいぶ痛手なんじゃないの? 色々聞きたいことはあるんだけど、とりあえず間宮香絵を狙うのはなんでか教えてくれる?」
そうだ、左側くんはカイリとの交戦で負傷したんだっけ。じゃあ今動けるのはキャリーバッグくんと雑魚モブ達。
ジュニアとおねーさんの話を聞くだけ手一杯のあたしの脳みそは、完全に注意力散漫。
そんな中でも真後ろに急に現れた人の呼吸音を感じとって、背筋に寒気が走り抜けた。




