6
私が歌姫に歌うように提案した「土塊王の歌」はこの国の市井でも歌われています。
元が他国の作家がこの国の王を揶揄するための劇中歌として作成した歌です。その背景を知っていれば、この国の王が国民に侮られていると、そう思う者も多いだろう事は想像に容易いと言えます。
実際マリヘフはそう考えて、私の提案にあっさりと乗ったのでしょう。
でも、少しでも自分の目で、自分の耳で、周囲を観察して考えれば気づいた筈。
この国の王族は、さらに言えば王族を代表とした「地の民」は国民に慕われているのだと。
この国の国民が歌う時、「土塊王の歌」は少し歌詞が異なるのです。
貴族は宝石
騎士は鋼鉄
商人は黄金
そして我らが頂きに掲げる王は土塊
言葉としてはささやかな違い。「されど」が「そして」、「彼ら」が「我ら」に変わっただけ。
けれど、その違いと、彼らの「地の民」に対する態度を見ていれば、「土塊」がこの国の民にとっては侮蔑になり得ないと分かります。
他国では「農民」や「農奴」と呼ばれるであろう彼らのことを「地の民」と呼ぶのもそこに感謝と敬意があるからでしょう。
この国の「地の民」が農民と呼ぶには余りにも異質な事も確かなのですが。
「どうしてくれるんですか……魔道が動かないんですけど、本当に」
そう言ってため息を吐いたのは故国からずっと行動を共にしている青年です。
クレモンという名の彼は、クロフネ座ではタネも仕掛けもある奇術を披露する奇術師として働いております。ですが本来ならタネも仕掛けも無い魔術を得意とする魔術師です。
その彼が、今はほとんど魔術が使えないのだそうで。
「困りましたね。昨日からですか?」
「昨日の時点で随分動かしにくくなってましたが……少し前にほぼ動かなくなりました」
「おや、昨日からであれば王族の不興を買ったことが原因と考えられたのですが……少し前となれば何が原因でしょう?」
この国では他国の魔術師が力を振るいにくいというのは一部には有名な話です。それは実り豊かなこの国が他国からの侵略と無縁でいられる理由の一つ。
この国については、それ以外にも嘘か誠か判然としない話がいくつもあります。
この国に侵略した軍隊が、一夜にして体を腐らせて死に絶えた、やら。
地の民を虐げると死ぬ、やら。
その土地の地の民を全滅させると、そこは人の住めぬ土地になる、なんてものも。
そのうちの一つに、地の民の不興を買うと魔術が使えなくなるというものがあります。
さて、昨日の時点で魔術の使いにくさが増したというなら、ある程度は真実とみてよいでしょうか?
そんなことを考えていると、クレモンが実に嫌そうな顔で私を見ました。
「アンタもしかして、それを確かめたくてわざわざマリヘフにあんな歌、歌わせたんですか」
「さてどうでしょう?」
にこり、と微笑んで返せば、クレモンは疲れきった顔でため息を吐きました。
「アンタを慕ってたマリヘフが可哀想ですよ」
「そうですか? 私はとてもマリヘフに親切だった筈ですよ?」
「騙して捨てておいてよく言いますね」
騙して捨てたといえば、まあ確かにそうですが。
「クレモン、こんな言葉をご存知ですか?」
私は、母が子を慈しむような表情を意識して微笑みました。
「騙される方が悪いのです」
それを聞いたクレモンは屑を見る目で私を見ますが、クロフネ座から追放されたマリヘフを庇いもしなかったのはクレモンとて同じ。
人のことを言える立場なのか、我が身を振り返って欲しいものです。
それに私は本当に、あの子を親身に優しく、導いてきましたよ?
実を言って、あの子には期待していたので、多くの事を教えました。
異なる文化の国々を周る中で、国民性の見極め方も、反発されない所作の探り方も、観客の前に立つ際に自らの人格をどう魅せるかのノウハウも。
何より、己の目で見て、自分の頭で考えなさい、とずっと伝えてきました。
それでもあの子は、最後まで私のいうことを盲信してばかりでした。
課題として周囲の観察と考察をさせれば、そう鈍い子でも無かったのですよ。私の教えをよく吸収し、むしろ優秀だったと言っても過言ではありません。
問題は私がそうやって課題にでもしない限り、自ら考えようとしなかったことなのです。
昨日に至るまでに、マリヘフにはいくらでも機会がありました。
この国の王族が、民にとって、貴族にとって、どのような存在なのかに気付く機会が。
『王家の方々が貴族のように美しく無いのは当たり前ですわ。彼の方々には貴族の血は混ざっておりませんの。貴族にも王家の血は混ざっておりませんわ。
その点は他国の方から見ると奇妙に見えるかもしれませんね。けれども王家は地の民でございます。貴族とは全く別なのです』
貴族が王族について語る時はこんな調子ですので、たしかに聞きようによっては嘲っているようにも聞こえてしまうでしょう。
けれども目で、耳で、語る彼らの表情を、声を聞いていればすぐに分かったでしょうに。
町に住まう人々よりも、貴族が地の民に向ける感情の方がより崇拝に近い。それでもあからさまに崇め奉るのは避けているようで、妙に温度の低い言い回しをしがちなのですよね。
どうしてこんな態度になるのかと少しばかり不思議だったのですが、昨日王家が貴族の前に立つ姿を見て合点がいったように思います。
それなりに取り繕われているとはいえ、彼らがあの場に居心地の悪さを感じていることは見て取れました。壇上で儀礼の最中に頭を下げられる事にすら、僅かな当惑が滲む。
王家はきっと、祭り上げられるのを望んでいない。
その意を汲んでの貴族の態度なのでしょう。
そんな貴族の前で王家を愚弄すれば怒りを買うのは当たり前だということ。
気づかなかった貴女に、私も失望しているんですよ、マリヘフ。
「それにしても、手続き長く無いですか? ちょっと様子見てきます」
クレモンがそう言って東門の詰所へと向かいました。
確かに随分と時間がかかっていますが、何か揉め事でもあったのでしょうか?
それから程なくして、クレモンが戻ってきました。
「何か、出られないみたいです。マリヘフを置いてったらダメっつーことだそうで」
「出られない? 何故、マリヘフが」
「入国時に説明した筈だって向こうは言うんですけど……」
入国時の細かい説明は団長一人が聞いていました。
その際の担当官は全員で説明を聞くことを推奨してはおりましたが、この国の言葉が分からない団員もいることを理由に団長が自分だけ聞けばいいと押し通したのです。
団長は悪人ではありませんが、少々横暴なところもあります。特に自分の決断に異を唱えられるとまず最初に不機嫌になる類の方なので、私も大人しく団長に任せました。
後で団長に聞いた内容を尋ねましたが「問題を起こさなければいい」としか聞けていません。
団長の機嫌を損ねてでも、私も聞いた方が良かったのかもしれません。
「……私も話を伺いましょう」
私は団長が居るであろう詰所の方へと足を進めました。
詰所にいた担当官は「来訪者管理局」の職員だと名乗りました。
その彼から説明を受け、いくつかの質疑応答を経て状況を把握した私は、入国時の説明を聞かなかった事を心底後悔しました。
国内での移動……町を移るような移動は、基本的に全員揃っていないといけない。
本人がこの国への帰化を希望する場合に限り、団体を外れる事が許可される。
入国時に渡された「来訪者カード」は魔道具で、個人識別、同一団体内での通信、国からの通知の受け取り、入国時に説明を受ける規則類の閲覧、当人の許可がある場合に限っての位置情報確認、等、様々な機能を持つ。
来訪者が規則に反した場合、国の方でその位置情報を取得する。
その他諸々の説明も、全て団長からは聞いていません。担当官によれば、団長には説明義務があった筈ですが。
高機能の魔道具をいとも簡単に渡された事にも驚愕しますが、この、団長の手抜かり。
私は団長の評価を「やや有用」から「無能」へと修正しました。




