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誕生日からは1日過ぎているが、私にとっては今日こそが本番だ。
誕生日当日は朝から晩まで身支度と儀礼と貴族たちに気を張っていなければならず、単純に楽しむには義務の色合いが強い。色々と気を配ってくれたクラッセル卿には申し訳ないことではあるが。
その辺りの機微を分かっていたらしき過去の催事官長の計らいで、城下町では王族の誕生日の翌日に祭りがある。毎年、その祭りに出かけて遊ぶのだ。
昨日とはうって変わって、着心地のいい服を着て城下町に向かう私の足取りは軽い。
ドレスではなくとも普段より少し可愛い衣装である。今日初めて身に着けたスカートの布地は軽く、私の歩みの拍子に合わせてふわふわと揺れる。
髪には母が結ってくれた編み込み。髪に絡めた、普段は無いリボンの感触がどこかくすぐったい。
「おや、お姫さん、今日のスカートは可愛いねえ」
木彫りの人形を並べた露店から、そう声をかけて来たのは顔見知りの奥さんだ。普段は商家に卸している手作りの商品を直接売っているらしい。
「そうだろう? この裾の刺繍は母さんが刺してくれたんだ」
ひらりと裾の刺繍を見せびらかしていえば、奥さんはカラカラと笑った。
「相変わらずいい手だねえ。お姫さん、誕生日おめでとう」
「ありがとう!」
それから少しばかり雑談をしてから奥さんと別れ、更に賑やかな方へと歩みを進める。
こういった祭りの際には、幼馴染のエイミーの家のカラッカ商会も露店を出して小物を売る。まずはそっちに行くのがいいだろう。
半ば下町の顔役のような立場にあるカラッカ商会には色々な情報が集まる。
祭りを存分に楽しむためには、どんな店が出ているか、催しの内容や開始時間の情報は抑えておきたい。カラッカ商会に行けばそれらの情報をまとめた小冊子をもらえるのだ。
後は、知っているようだったらクロフネ座についても聞いておこうか。
カラッカ商会は下町広場の少し手前にある。近づけば近づくほどに賑やかになっていき、掛けられる祝福の言葉も多くなる。
道中、気になる商品もあるにはあったが、手持ちの小遣いの事を考えて我慢した。
かつて最初に開催された三代前の王女の誕生日の祭りでは王女は無償で全ての商品を手にする事ができたらしい。商品代は国庫から出されたのだとか。
そうと知った王女は結局どの商品も手に取らず、その決まりは廃止になったのだそうだ。
なんでも、と言われると何が欲しいか却って分からなくなる気持ちは大変よく分かるので廃止になって有難い事ではある。
もう少し小遣いが欲しいと思うことはないでもないが。
リリン リリリン リリン リリリン
知り合いから短文通信が来た際に鳴る音だ。不思議と祭りの喧騒に紛れない。
いつも身につけている首輪型の魔道具に指先で触れると、音が止んで空中に滲み出るようにカードが現れた。
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道具屋 より
下町広場でエイミーちゃんとお貴族様が睨み合ってるけど大丈夫?
褐色美人が足元に転がってるんだけど
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大丈夫かどうかは誰とどんな理由でどのくらいの険悪度で睨み合っているのかによる。が、まあ、そこまで珍しい事態ではない。
エイミーは普段から「貴族怖い関わりたくない」と言う割には貴族に喧嘩を売ることが多いのだ。本人曰く、「ちょっと反論しただけ」らしいが。
褐色美人、は多分昨日の歌姫だろう。となると理由は推測できる。
問題は相手だ。
魔道具に指を当て、浮かび上がったカードに短い文を綴る。
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道具屋 へ
相手は?
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道具屋は下町住まいの魔道具職人だが、貴族の中にも得意客は多い。王都にいる貴族だったらおおよそ名前を把握している筈だ。
道具屋が「お貴族様」という言葉を使うのは、大抵があまり良い印象を持っていない相手に対してだ。できれば最初から名前を書いて欲しいものである。
リリン リ……
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道具屋 より
宰相さんちの面倒な子の方
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ヴィクトル? 下町に来るとはまた随分と珍しい。人混みも喧騒も好まないヴィクトルが下町に居る理由は……考えるまでもないな。歌姫か。
昨日、エイミーに「できれば歌姫を気にかけてやって欲しい」と頼んでしまったしなあ……
相手がヴィクトルならエイミーにさしたる害は無いとは思うが。
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道具屋 へ
すぐ向かう
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道具屋へ一報すると、すぐに返事が返って来た。
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道具屋 より
じゃあさ、ついでに客寄せになってよ
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短い文を読み終えるほどのわずかの間を置いて、魔道具を通じて耳に直接響く、抑揚の乏しい声。
《道具屋 より 区内召喚の申請があります。
招び出し地点をご確認ください。
承諾しますか?》
同時に頭の中に、広場の光景が浮かんできた。
道具屋が広場で張り上げる声がどこか遠く聞こえてくる。
──さあさ、寄ってご覧、見てご覧!
──これより来たるは、はてさて誰か!
──世にも素晴らしき召喚魔具の力!
──篤とご覧じろ!
道具屋の前に魔法陣は光っている。直径は人の肩幅の倍。それが、私の到着地点になるようだ。
区内召喚は王都ではもうよく知られた技術だ。それでもまあ、余興としては悪くない。
王都以外にできる土地が限られている上、王都でも区内召喚の魔道具が一般販売され始めたのはまだまだ最近のことである。道具屋としてはもっと普及したいらしい。
エイミーとヴィクトルの事を連絡して来たのも、これを狙ってのことなのかもしれない。
逞しいことである。
大げさな身振りで人の注目を集める道具屋に、思わず笑ってしまう。
私は頭の中で是と答えた。
それに、抑揚の乏しい声が応える。
《メメリ の受諾により、区内召喚が成立しました。
これより、道具屋 招び出し地点への転移を開始します。
視界の白化、及び瞬間的な浮遊感がありますのでご注意ください》
霧の中に呑まれるようにして、視界が白く染まる。足下から地面の感覚がふっと消えて、次の瞬間には戻った。
とりあえず、余興とのことであるし、ポーズでもとっておこうか。
私は両手を上に挙げて、満面の笑顔で視界の白が晴れるのを待った。




