プロローグ2
貴族たちは美に拘る様子から、享楽的だと思われがちだ。
確かに、彼らは華やかな催しが好きだし、美しいものを持て囃して熱狂的な賛美を送る様は、享楽的にもみえる。
でも、彼らの「美しさ」を磨く事に対する姿勢は、求道者のそれだ。お陰でこの国の美容業界は結構な発展をしているわけだけれど、それだけじゃない。
彼らが求める美は、何も目に見えるものに限ったものではないのだ。
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「本日はありがとうございました。お陰で何とか無事にパーティを終える事ができました」
パーティ終了後に私の元を訪れたクラッセル卿はそう言って頭を下げた。
それにかぶりを振って答える。
「感謝するのは私の方です。不足の事態なのに迅速に対応してくれてありがとう。私が彼らの退場を促した事は迷惑ではありませんでしたか?」
クラッセル卿はパーティの時のままの正装だ。そもそもが歳を重ねてより一層深みを増したと評判の、優しげな美貌である。それに柔らかく笑みを浮かべられれば、それだけで何やら神々しい。
一方、私はといえば、贅を尽くした正装に、着るというより着られている。
ドレスに隠れてこっそり靴を脱いでいることがバレないといいのだが。
「迷惑などと、まさか。クロフネ座を招いたのは私の失態です!」
クロフネ座の名前を出しながら険しい顔になるクラッセル卿だけれど、あまり怖くない。パーティの時の無表情は怖かったけれど。
「何を言うんですか。クラッセル卿は私を楽しませようと彼らを招いてくださったんでしょう?」
「しかし、彼らの人品についての調査が不充分でした」
「貴族たちの間で彼らを流行らせて評判を集めてましたよね? 充分、慎重にして下さったと思いますよ?」
元々、彼らは城下町で興行していた。そんな彼らが王宮の舞台に相応しいかどうかを確認するために、催事官たちが何やら色々やっていたことは耳に入っている。
クロフネ座を採用したのだって、多分私が城下町で見た彼らの芸を絶賛したことが理由なのだろう。
城下町へこっそり遊びに行ったことも、そこで見た彼らが素晴らしかったことも、貴族に言った覚えはないけれど。宰相あたりはどうやってか私の行動を大体把握しているから、伝わっていてもおかしくはない。
「……あの歌い手たちにつきましては、使用人などへの傲慢な言動が目に付く事が懸念されてはいたのです。議論の上、採用する事にはなりましたが……」
目上には礼儀正しく、目下に傲慢になるタイプだろうか。
問題は「目下」と思われてしまう王家にもある。侮られやすいのは王としては欠陥だろう。
「あれはクラッセル卿が責任を感じる事ではありません」
これ以上は議論しない、という調子を声に込める。
クラッセル卿は納得のいかない様子を見せつつも静かに頭を下げた。
「承知致しました」
「クロフネ座にも報酬を与えて、これまで通りに芸を披露できるようにしてくれますか?」
城下町で見た彼らの芸に感動した事は、今でも色鮮やかな思い出だ。
こんなしょうもないことが原因で、彼らが城下町で興行できなくなるのは余りに惜しい。
これについては王族間での合意は既に得ている。もとより私たちは面子を気にするような気質でもないのだ。それもまた王族としては相応しくないのかもしれないけれど。
クラッセル卿は如何にも渋々、といった様子ながらも頷いた。
「そのように手配は致しますが、貴族たちはもう彼らを招きはしないでしょう」
「あの場に居た皆様の心象については致し方ないと思いますが、城下町に今回の件が広まらないようにして欲しいんです。宰相とも相談しながら対処して頂けますか?」
「……お望みとあれば、できる限りは。しかし、あの場には多数の使用人もおりました。完全には難しいでしょう」
それもそうか。人の口に戸は立てられないというし、噂を無理に押さえつけるのも望ましくない。
城下町で悪評が立った場合に備えて、友人にも相談しておいた方がいいかもしれない。
「はい、無理のない範囲でお願いします」
これで話すべきことは一通り話せただろうか。
そう思った途端に少し緊張が緩む。そのせいで表情に疲れが滲み出たのか、
「お疲れですね」
とクラッセル卿に言われてしまった。声はどこまでも穏やかで、それなのに微笑む顔が悲しげで、私は思わず目を泳がせた。
「今度こそ、楽しんで頂きたかったのですが」
「クラッセル卿はよくやってくれています」
慰めるつもりで口にしたそれは、かえって彼を悲しませたようだ。優しげな顔に似つかわしくなく、頑なに首を振る。
「何もよくはありません」
食事、内装、段取り、余興、人の配置まで、クラッセル卿はその全てを監修したのだと聞く。
連日連夜、催事官たちと激烈な議論を交わし、料理も全て味見して、配置人員の一人一人と面接した挙句の何度ものリハーサル。
尋常じゃない。本来なら部下に任せるべきところまで手を出している。
そして、こうまで彼がこだわった理由というのが、
「祝われる方が楽しめない祝い事など、美しくないではありませんか」
という彼の美学なのである。
パーティは人が楽しんでこそ、というクラッセル卿にとって、王族がああいった場で楽しんでいないことは許しがたいことらしい。
私からすればあれは一種の儀式で、楽しむ楽しまないにそこまで拘らなくてもいいと思うのだが。
催事官たちにも、クラッセル卿と同じく楽しむことを重視する一派と、様式美を重視する一派とで対立があるらしい。
貴族たちは彼らの美学に抵触する部分ではなかなかに頑固なので、催事官たちの議論もさぞかし熾烈を極めただろう。
きっと、貴族のパーティに馴染めない王族さえ関わらなければ、それほど酷く対立することもないだろうに。
「会場も貴族たちも美しかったですし、見ているだけでも楽しめましたよ。緊張して疲れてしまったからといって、それが楽しくなかったというわけではないのです」
嘘……ではない。言ったこと自体は本当だ。記憶を振り返ったときの総合的な印象が、「ああ疲れた」なだけで。
「ありがたきお言葉」
クラッセル卿は軽くおどけるようにそう言って頭を下げた。顔を上げた時の表情は到底晴れやかとは言いがたいものだったけれど、私はただ笑ってそれに返す。
表面上は朗らかに退室していったクラッセル卿を見送ってから、私はふう、と息を吐いた。
きっと、私たち王族の血はある意味で頑固なんだろう。
200年近く共にあっても貴族の文化に馴染めない。
まがりなりにも大国である、この国の頂点に相応しい威厳も身に付かない。
容姿も頭脳も凡庸な、ただ大地の上に立つ、人の子であるだけの私たち。
王に相応しい器じゃない。父だって玉座に座るよりも畑を愛でる方が余程好きなのだ。
そんな、似つかわしくない私たちがこの座にいるからこその、あの歌だ。
私たちにとって土は命を育むものだ。土塊と言われること自体は決して嫌な事ではない。むしろ誇ってもいいくらいだと、思う。
でもだからこそ、それを蔑称として歌われると、なんとも言えない気持ちになる。
土塊であることは、王族じゃなければ別に責められるようなことでもないのに、と思ってしまう。
歴史的な経緯で私たちは王族になった。
でも今の時代に、王族で居続ける意味がどれだけあるのだろう。




