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砂の塔の一言主  作者: 九JACK
第1部
5/11

願え、夢の為に

 教えてください。それは一言の願いだった。

 我は一言主。一言だけなら願いを叶える神である。ならば、その願いを叶えてやらねばならなかった。

 話の流れからして、ミーネのさがしものの正体のことだろう。

「少し待て」

 我は神としての意識に集中し、人間が奇跡と呼ぶその力を行使する。我は一言の願いならなんでも叶える。叶える瞬間だけ、全知全能になる、と語っても過言ではない。

 この家の記憶を見た。まあ、ミーネの記憶とごっちゃになっているので、感応力の高いミーネはこれから我が見る記憶を夢に見るかもしれない。が、それはかまわないだろう。

 ミーネが失くしたのは何なのか。それのみが我にとって最重要事項であった。


 時は遡る。おそらく、幼少のミーネだ。家族らしい人物と暮らしている。今のミーネも充分に幸せそうだが、やはり幸せな家庭ならば、家族といるときの方がより幸せを感じられるのだろう。そういう顔をしていた。

「ミーネ、誕生日おめでとう」

「おじちゃん、ありがとう!」

 幼いミーネの笑みは無垢そのものだった。おじちゃんと呼ばれた人物は手にしていたプレゼントを渡し、母に手入れされて綺麗なのであろう髪を崩さないよう、優しく撫でていた。

 誕生日。サトーの誕生日は祝ったことがない。年を越すごとにこいつもまた一つ年を取ったのか、と思う程度だ。サトーは誕生日祝いを求めてこないやつだったから、こうして祝われるものなのだ、と知るたびに、申し訳なさが込み上げる。サトーにも誕生日はあって、こうして祝われるべきなのに、求められぬ限り、我はサトーの誕生日を知ることはないし、祝うこともない。……普通の人間というやつから、遠ざかってしまっているような気がする。

 そもそも、サトーが「普通の人間」になるのを望んでいるかどうかもわからないのだが。

 まあ、それはさておこう。記憶の中のミーネはとても嬉しそうにし、おじちゃんにプレゼントを開けてもいいかと問いかけた。もちろん、とおじちゃんが答えるなり、ミーネは袋の包装を丁寧にほどいていった。こういう妙なところで几帳面な辺り、ミーネは幼い頃からあまり変わっていないのだろうと感じる。いるかどうかもわからない我の分まで茶器を用意したときのようなものだ。

 包みを開けると、中から出てきたのは、数冊のノートだった。子どもに渡すには質素なプレゼントだと思ったが、おそらくこの頃からミーネは文字を書き列ねるのが好きだったのだろう。だとしたら、この上ない褒美だったにちがいない。

 そんな我の予想に違わず、ミーネは星の散らばりが見えんばかりの笑みを閃かせ、ぎゅう、とノートを抱きしめた。

「大切にするね、おじちゃん!」


 そこで、意識が依り代に戻ったのを感じた。サトーがじっとこちらを見ている。月の魔力でも宿したような目で。

「ノートだ」

 我は端的に告げた。

「ノート?」

「ああ。子どもが使うには少し大人びた、中に横線が列なっているノートだ」

「実体のあるものなんですね?」

「おそらく、この家の不思議の気配が悪戯をして、認識できにくくしているのだ。どこかにはあるが、ミーネには見えないようにしているのかもしれない」

 推測を告げると、サトーは溜め息を吐いた。

「厄介ですね。もしかして僕の目頼りですか?」

「ああ。ミーネには見えないようにされている」

「では、お風呂に入ってきます」

 サトーはわかっていたのだろう。きっと、不思議なものたちに愛されて、正と邪が入り乱れた中で過ごす人間のさがしものが、自分にしか見つけられないことを。

 疲れたような背中で出ていくが、そもそもこの仕事を持ってきたのはお前だということを忘れないでほしい。

 まあ、湯浴みは身を清める効果がある。やる気がないというわけではないだろう。

 我は窓の外の月を見上げた。サトーの目の琥珀のように見える月。

 月明かりのある夜は、我も力を発揮しやすい。だから今だったのだろう。

 サトーのさりげない気遣いに我は苦笑した。返せるものが何もないというのに、やつは与えたがる。

 自分が何もない子どもだと、気づいているのかいないのか。


 翌日、ミーネの部屋を見せてほしい、とサトーは探索した。まあ、探す場所としては適当だろう。それくらい、不思議の気配が寄りついていた。

 身近なものが見つからない、というのは、案外灯台下暗しなところがある。それにまあ、これだけ不思議の気配に囲われていれば、不思議の気配への感覚も少しは鈍る。鈍るというか、慣れてしまう。

 それは握りしめた小石やかけている眼鏡がわからなくなるのと同じだった。

「これ、ですかね」

 不思議の気配が濃い、とサトーが手に取ったのは、我が見たプレゼントのノートそのままだった。何年経っているのかわからないが、色褪せながらも、大切に使われているのがわかった。

 あとは仕上げをするだけだ。


 昼食を摂ったところで、食後のお茶を飲みながら、後片付けに勤しむミーネにサトーは投げ掛けた。

「あなたは、あなたのさがしものを見つけたいですか?」

 ミーネはきょとんとした後、幼さを宿した笑みを浮かべた。

「見つけたいです」

 それは、一言の願いだった。

 我は一言主。一言ならば、どんな願いも叶える神だ。

 というわけで、ミーネの大事なものを隠していた気配を取り払ってやった。そうすれば、サトーが差し出したノートがミーネにも見えたようで、ミーネは驚きと感動に目を見開く。

「これです……! いつの間にか失くして、後悔していたもの……なんで忘れていたんだろう?」

 サトーは軽く、不思議の存在についてミーネに語って聞かせた。

「嫉妬だったのかもしれません。あなたがどんな不思議もすんなり受け入れてしまうから、見てほしいとした悪戯なんだと思います」

「ふふ、じゃあ、みんなと仲良くしないとですね」

「ええ、そうしてください」

 さて、依頼が完了したから次の街に移るか、と既に支度を整えていたサトーが立ち上がると、ミーネがそれを引き留めた。

「あの、どうして私のあんなわけのわからない依頼を引き受けてくださったんですか?」

 何を探しているかわからないさがしもの、なんて、そうそう引き受ける物好きはいないだろう。我もちょうど気になっていたところだ。

 肩からサトーを見上げると、サトーは感情の乗った困ったような笑顔で答えた。

「僕も、探してるんです。形のないものを、ずっと」

「何を探しているんですか?」

「『自分』です」

 それだけ答えると正も邪も共生する奇妙な家を後にした。

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