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砂の塔の一言主  作者: 九JACK
第1部
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願え、月の夜に

「自身の願いを独り善がりと認識できる人間の何と希少なことか」

 部屋に案内されたサトーが荷物を整理し、ベッドに腰掛けたところで、我は素直にそうこぼした。感嘆である。

 願いというのはそもそもエゴイズムというもので生み出される。「自分がそうしたいから」という明確な理由があるにも拘らず、人間の大半はそれを認められず、もっともらしい言い訳をして独り善がりを否定する。だからこそ、願いを叶える側からするとそれは愚かしいことで、呆れを覚える悪足掻きに見えるのだ。

 しかし、サトーもだが、ミーネは自分のためだ、と自己満足を肯定した。なかなかできることではない。おそらく元からこうだったか、ミーネという人間の性質上、こうならざるを得なかったかのどちらかだろう。

「そんなにすごいことですか? 願いなんて大体自分のためでしょう?」

「サトーよ、その通りなのだが、人間は屈折した生き物なのだ。素直に自分の欲望を認められない。そもそも『欲望』という言葉を悪い意味合いでしか捉えられない者の方が多いのだから」

「欲望、と言われると、確かに聞こえは悪いですね」

 サトーでさえ、そう思うのだ。自分の中に悪があるのを認められないのは大抵の人間に言えることだろう。

 ただ、だからこそ、ミーネは真っ直ぐに自己満足などと言えるのだろう。曲がりくねるには純粋すぎた。サトーとは似て非なる存在だ。

「それで、サトー。どうするつもりなんだ? 何かもわからないさがしものをどうやって見つけ出す?」

「それで、コトの意見が聞きたかったんです」

 ほお、我の意見とな。

 我がミーネという娘のことでわかっているのは不思議の気配に敏感で、不思議の気配に若干振り回されている、というのがとても面白い人間だ、ということくらいか。

 そんな我にサトーはどのような意見を求めるのだろうか。

「では、いくつか疑問を投げ掛けてみるので、コトの見解を聞かせてください」

「いいだろう」

「では一つ目。そもそも、彼女のさがしものは実在するのでしょうか」

 鋭い切り口、というか、根本的問題から引っくり返すやつだな、と思う。

 実在云々の話をしたら、どこまでが実在でどこまでが架空なのか、という話になる。途方もない内容だ。

「実在するかしないかで言うと実在寄りだな。ミーネはあったはずのものがない、と言っていた。人間は握りしめた石やかけている眼鏡を見失う。そういうことなのではないか?」

「つまり、何を失くしたのかわからない、というのは身近すぎてわからないということですか?」

「そうなるな」

 ただ、我の論だと、それが実体を持つか否かがはっきりしない。ミーネのように感応力が高いと、実体のないものも認識して等しく「物」として扱っているかもしれない。

「コトはミーネをどう思いますか? いい人、悪い人、嘘つき、など」

 どう、というととてもあやふやなのだが、具体例が思ったよりざっくりしている。

「善し悪しは計りかねるな。嘘つきはないだろう。ミーネの心が純粋だからこそ、この家には正も邪も渦巻いている」

「ミーネの心が純粋……」

 何故不思議そうな顔をするのだろう、とサトーを見て思う。サトーはミーネを好意的に捉えているように見えたのだが。

 まあ、サトーも旅の最中、色々あった。色々の一言で収めていいようなことばかりではなかったが、その分の経験は得ている。依頼人に慎重になるのも頷けることもあった。

「サトーよ、この依頼を持ってきたのはお前だ。何を惑っている?」

「いえ……ミーネが、あまりにも……」

「よく聞こえん」

「聞かれたくないんですよ」

 サトーからはっきりとした拒否の意思が飛んできて、我はきょとんとしてしまった。サトーは心が不安定なためか、不完全なためか、肯定的な答え方や考え方に寄ってしまうことが多い。それが、聞かれたくないとは。

 今更、隠すようなこともないだろうに、と我はサトーを見るが、サトーは珍しく困り果てたような表情をしていた。

「サトー?」

「……なんです?」

「何を抱えている。疑問は解消するのだろう?」

「これは依頼に関係ないので」

「ふむ」

 依頼優先、自分そっちのけ。まあ、今までのサトーと何ら変わりないが、どうにも煮え切らない様子だ。

 まあ、このことは後で聞いても遅くはあるまい、ということで、依頼の話に戻すことにする。

「それで、気になることは他にもあるか?」

「はい。この家、どう感じますか?」

 とても抽象的な問いかけだった。どう、というと? などと聞き返すことはなかった。

 我と話すことができる時点で、サトーも普通の人間ではなかった。異なる色の目で生まれてきたのも、そういう暗示だったのかもしれない。

 サトーは普通の人間が見えないものを見ることができた。雰囲気を感じ取ることも。つまり、この家がまとう奇妙な気配にも、当然気づいていたのだろう。

「サトーはどう思う?」

「いいものも悪いものもごちゃ混ぜになっていて訳がわかりません」

「だろうな」

 この家には正も邪も分け隔てなく存在する。正はミーネの感応力を補助し、邪はミーネの感応力を鈍らせている。どちらもミーネのことは好いているらしい。

「正も邪も彼女を好くなんて……厄介な人ですね……」

「そうでもない。ミーネの生活が充実しているのは、正と邪が競り合うこの家に住むからだ。無から有が生まれることはないが、ミーネは感応力があって、常に不思議のものに影響されてきたから、小説なんて書けるのだろう」

 見えないけれど、そこにあるもの。それを感じ取れることが、たまたまあの人間の好みに合った。家族と離ればなれになったとはいえ、恵まれた生活をしている。

 だが、そんな中に生まれた欠落……本人すらわからないさがしものとは何だろうか。

「さがしものが何かわからなければ、探しようがありません」

「そうだな」

「この部屋、月が綺麗に射し込むんですって」

「ほう」

 夕食も食べ、今は寛いでいるところだ。湯浴みはいつでもかまわない、とミーネは言っていた。それでもサトーがここを離れないのは、風呂場ではできないことをするのだろう。

「コト、教えてください」

 サトーは願った。月明かりが射した琥珀色の目は月よりも妖しく輝いた。

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