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第三十八話 心優しい頼れるヒーロー

最終話なので、ボリューム2倍。

○午前6時、ダンジョンショップ楽輝、二階居住スペース、霧島幸太郎自室○


チュンチュン、チュンチュンチュン


朝もやの中、雀の囀りが響く。


「うっ、ううぅ。」


 俺のベッドで横たわる彼女の瞼が少しづつ押し上げられて行くと、その瞳はまだ少しぼんやりとしていた。


「お姉ちゃん、大丈夫?しっかりしてっ!」


 傍らで見守っていた飛鳥ちゃんが声を掛けると、その瞳には次第に光が宿っていく。


「飛鳥っ!」


 突然叫びをあげた彼女は、ベッドから半身を起こし、最愛の妹を両手で抱きしめた。


「お姉ちゃんっ!」


「「うわぁ~~~ん。」」


 それに応える様に飛鳥ちゃんの方も姉の背に手を回すと、2人の号泣が部屋中を包み込んだ。


「ほら、美鈴、しばらく2人っきりにしてやろうぜ。」


 傍らで貰い泣きしている妹の後頭部にそっと手を回すと、2人で部屋を後にした。


 ふっ、苦労した甲斐があったな・・・


バタン


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


○リビング○


 流石に疲れちまったなぁ。

 あ~眠ぃ。


 部屋を出ると徹夜明けな俺は、ほどなくリビングのソファで、横になる。


「ねぇ、お兄ちゃん。どうして桃香さんが、お兄ちゃんの部屋で寝てるのよ?」


「我が妹よ。お前の兄は今猛烈な睡魔が襲ってきている。そういうのは、後で本人から聞いてくれ。」


「もっ、もしかして、お兄ちゃんが桃香さんを監禁してたんじゃ・・・」


「何でそうなるんだよっ、ったく。想像力逞しすぎるだろっ!」


「だったら何でよぉ~?」


 っとに、眠いってのに・・・


「うちの地下ダンジョンで倒れてたんだよ。

 きっと飛鳥ちゃんの姉を慕う切なる想いが、お姉さんの身体をうちのダンジョンへと運んでくれたんだろう。」


 長ったらしい説明なんか、してられっか。


「ほえ~、そうなんだぁ。ダンジョンって不思議なことが一杯だし、やっぱり願いって、通じるものなのねぇ。」


 うん、うちの妹が馬鹿で良かった・・・


「あ~、あと美鈴、お姉さんが落ち着いたら、後でその紙袋を渡してやってくれ。」


「えっ、何これ、お兄ちゃん。」


「きっとお姉さんの大事な物だ。」


「何よそれ、ねぇ、お兄ちゃん、ちょっと起きてっ!」


「渡せば分かる。」


 んじゃ、おやすみぃ。


「ちょっとお兄ちゃんっ!」


 くかぁ~。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


○お昼過ぎ、リビング○


ズルズル


 くんくん・・・この匂いは酸辣湯麺。


「なぁ、美鈴。俺の分もそのカップ麺あるか?」


「あっ、お兄ちゃん。やっと起きたぁ。

 もう飛鳥ちゃん達、マネージャーさんが迎えに来て帰っちゃったよぉ。

 お兄ちゃんにもお礼を言いたがってたけど、何したって起きないんだからっ。」


「そうか。お姉さんの様子はどうだった?」


「あっ、うん。ちゃんと笑顔も見せてくれていたから、少し休めば大丈夫なんじゃないかな。」


 う~ん、それならサインの一つも頼めばよかった・・・

 結局まともにお話すらできなかったし。


「ふ~ん。」


 そしてこの日の夜には早くも、三角さん生還のニュース速報のテロップがテレビに流れていた。


「で、俺のカップ麺は?」


 まあ何にせよ、今回の事件これにて一件落着である。


「ないよ。」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


○3日後、ダンジョンショップ楽輝、カウンター○


カランコロン


「ありがとうございました~。」


 三角さん失踪事件が解決しようが、俺の日常は変わらない。

 あれから3日経過した今も、こうして普段と変わらず店番である。


『ああっとここで、奇跡的に生還された三角桃香さんの緊急記者会見が始まった模様です。会場と中継が繋がっています。』


 へぇ~、テレビに出れるくらい、もう回復したんだな。


パシャパシャパシャ


 にしてもやっぱ有名人は大変だなぁ~。

 あんな状態だったのに、もう記者会見とか。


 店にあるモニターには、沢山のフラッシュを浴び続ける三角さんが映し出されている。


『先ずは今回の失踪騒動で、ご心配、ご迷惑をおかけした全ての方々に深くお詫びを申し上げます。』


パシャパシャパシャ


『え~それでは、これからご質問を受け付けますが、今回は代表の記者さんからのみという事でお願いします。』


『はい、それではABCDテレビの神谷が、記者連を代表して質問させて頂きます。

 まずは三角さん、今回の失踪されていた期間、一体何処で何をしていたのかお聞かせ願いますか?』


『はい、それが私にもよく分からないんです。

 私は、富士ダンジョンの撮影中に、何処かに転移させられました。

 そして数日後、知人の持つプライベートダンジョン内で、気を失って倒れているところを発見して頂いたんです。』


 う~む、この内容は、俺が眠くて美鈴に言った適当な嘘だったはず・・・


『ですから、その間何をしていたかと聞かれても、気を失った状態でしたので、まるで悪い夢でもみていたとしか、答えようがないんです。』


 もしかして三角さんは、あっちの世界の事は、夢だったとでも認識してるのかなぁ。


『ということは、三角さん御自身も今回の失踪事件、何が起こったのか、理解できていないと?』


 まあ俺から何も説明してないし、加えて三角さんのあの精神状態・・・


『そうなっちゃいますねぇ。どうも済みません。』


 そう思ってしまうのも当然か。


『でも可笑しいですよねぇ。数日間もダンジョン内で気を失っていた状態で、一切魔物に襲われずに済んだなんて。』


『あっ、それについては、多分これのお蔭だと思います。』


 そう言うと三角さんは指にはめられた指輪を見せる様に、手の甲を前に突き出す。


『えっとそれは?』


『記者さんは、魔除けの指輪って御存知ありませんか?私はこれをダンジョン内で撮影する時はいつもつけているんです。』


『あ~なるほど、話には知ってますよ、自分のレベル以下の魔物を追い払ってくれるマジックアイテムですよね。』


『はい、そうです。』


『ではそのアイテムを着けていらっしゃったことが、今回の生還に繋がったという訳ですね?』


『恐らく、そうだったんじゃないかなって思います。』


 おお~、まるで真実とは違うが、まずまずの説得力。

 そしてこの星の固定概念を鑑みれば、異世界へ行ったなどという非現実的な真実より、余程信憑性がある。

 これではもう、誰も彼女が異世界に転移していたとは思わないだろうな・・・まあ別にいいけど。


『え~そろそろお時間の方が来ますので、次の質問が最後という事でお願いいたします。』


『あっ、はい。それでは最後に三角さんのファンの方々を代表してお聞きします。

 一説には関係が噂されるAランク探索者の赤羽浩一氏と雲隠れしていた、なんて報道もありましたけど。

 その知人のプライベートダンジョンってのは、赤羽さんの御自宅にあるダンジョンだったとか?』


 おおっ、そんな変化球で、その話題に持っていくのか。

 この記者なかなかやる。


『違いますぅ。赤羽さんはとても尊敬している方ですけど、そう言う関係ではありませんよぉ。』


『またまたぁ~。』


 またまたぁ~。


『え~それでは、丁度お時間の方が参りましたので、これで会見を終了させて頂きます。

 お越し下さった記者の皆様、どうも有り難う御座いました。』


パシャパシャパシャ


 う~む、会見時間の延長を要求する。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


○翌日、ダンジョンショップ楽輝、カウンター○


 朝のピークが終わり、ようやくひと段落といった感じの店内。


カランコロン


「いらっしゃいませ~。」


 来店したのは、目深に帽子をかぶり、小顔には大きすぎる丸型サングラスを掛けた女性。

 そして彼女は真っ直ぐカウンターの俺の前までやって来ると、サングラスを少しずらして小声で囁く。


「あのぉ、こんにちはぁ。」


 えっ、この声っ!


「三角さんっ?」


「はい、幸太郎さん?で良いんですよね。今日はこの間のお礼に伺いましたぁ。」


 えっ、嘘っ、ビックリ。

 今俺、三角さんと初めて喋っちまったぞ。

 あ~心臓がヤバいことになってきた。


「かっ、母さ~ん、ちょっとっ!店番代わってぇ~。」


 突然の来訪に緊張しまくった俺は、裏返った声で夏子さんを呼び立てると、彼女を丁重に二階の客間へとお通しした。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


○ダンジョンショップ楽輝、二階居住スペース、リビング○


「まあまあ、三角さん。良くお越しくださいました。今回は大変でしたねぇ。」


 と言いつつ、我が母君の夏子さんが、ショートケーキと緑茶をテーブルに置く。


「はい、有難うございますぅ。今回は大変お世話になりましたぁ。」


「いいのいいの、それに、こんなにお高そうなケーキまで、お持ち頂いて。」


 うわぁ、ヤバい・・・

 やっぱ全然違う。

 目の前に三角さんが居ると思うと、緊張感が半端ない。

 この間は、意識の無い状態だったからか、不思議と彼女を見ても、全然大丈夫だったんだが・・・

 今日はもう可愛いオーラが溢れまくってる。


「じゃあ幸ちゃん。母さんが店番代わっといてあげるから、あんたはしっかりやるのよっ。」


 うんっ!


ガチャリ


「では、改めて、この度は助けて下さり、どうも有り難うございました。」


 いやぁ、お礼何て良いのにぃ・・・もう過分な報酬も頂いていますし♪


「いっ、いえ。お身体の方は、もっ、もう大丈夫なんですか?」


 にしても、憧れの三角さんと2人っきりかぁ。

 こんな妄想してたよなぁ、昔。


「はい、お蔭様で、もうすっかり。」


 この間とは別人の様に、明るい表情で答える彼女。


「あっ、そう言えば幸太郎さんって、飛鳥のあのレイピアも作ってくれたんですよね?」


「ああ、はい。そうですよ。」


「あのぉ、厚かましいお願いなんですけど、できればそのぉ、私の武器も今度作って頂けませんか?

 私の使ってた武器、今丁度失くしちゃってるので。」


 あ~、向こうで取り上げられたのかなぁ。


「それは構いませんけど、俺なんかが作った武器で良いんですか?

 探索者アイドルの三角さんなら、ブランドイメージなんかも大事でしょうし、有名な武器職人さんとかにも伝手はあると思いますけど。」


「それは遠回しに断ってるんですかぁ?

 私にだって、あのレイピアの価値くらい、ちゃ~んと分かるんですよっ、もう。」


 ふくれっ面で、俺を睨む三角さん。


「勿論、妹みたいに8万円なんて言いませんから、何とか作ってくださいよぉ。」


 こんな顔されたら、断れる三角ファンなど居ない。


「あはは、はいはい、俺の作った武器で良ければ喜んで。」


「あっ、でも幸太郎さん、飛鳥のレイピアより、ちょっぴり豪華にして下さいね。」


「これでも私、プロ探索者ですし、お姉ちゃんですから。うふっ。」


「承知しました。プロ探索者のお姉さんに相応しい三角桃香モデルのレイピアをお作りしますよ。あはは。」


 いや~、三角さんとこんなに楽しく話せるなんて、夢のようだなぁ・・・


「で、そんな優しい私のヒーローさんに質問です。」


 えっ、いきなりどうしたの?

 急に真剣な表情になっちゃって・・・


「あなたは、どうやってあの太陽の2つある星まで、私を迎えに来てくれたんですか?」


 おや?


 三角さん的には、俺が霧島ダンジョンで、たまたま発見したって認識だったはず・・・

 彼女にとっては、あっちの出来事なんて思い出したくもないはずだし、敢えて俺から説明するつもりは無かったけど・・・

 何だろう・・・この責められてる感じ。


「帰還石を使っても、あそこから戻ってくることが出来なかったのに、ホ~ント不思議。」


 この様子じゃ完全に、惑星モースに転移した事を現実のものとして、認識していらっしゃるみたいだけど・・・

 まあでも冷静に考えれば、自分の所持していたスキルをスキルスクロールとしてお土産に渡されたんじゃ、夢だったと思う方がおかしいか。


 う~ん、とはいえこれは一体どう対応したら良いんだ?

 彼女がもう既に、夢から覚めた状態であるならば、俺が変に気遣って、隠す必要など最早ないのだけれど・・・う~む、分からん。

 相変わらず、ちょっと不機嫌そうだし。


「まあ、そのなんて言うか、帰還石にはその星の中でしか転移出来ない制限みたいなものがあったりするんですよ。

 そんな訳で、あの星に行くには、それなりのアイテムが必要になったりするんです。」 


 ん~、こんな感じの回答で、ご満足頂けましたか?


「はぁ~、良かったぁ。」


 へっ、なにが?


「あなたにまた惚けられちゃったら私、どうしようかとちょっぴり心配してましたぁ。」


 またって・・・あっ、もしかして美鈴に言ったあの適当なつくり話のことか?


「飛鳥もマネージャーも私を精神科に連れて行こうとするし、ホ~ント大変だったんですよぉ。」


 あ~なるほど。

 俺が適当な事言ったもんだから、周囲の誰からも信じて貰えず、その挙句に精神科・・・

 記者会見では、自分の認識とは違う発言を強要され、遂には彼女自身、疑心暗鬼な状態になってしまっていたと・・・


 う~ん、なんかちょっと罪悪感を感じるな。


「そっ、それは大変でしたねぇ~、あはは~。」


「ホ~ント、大変なんてもんじゃありませんでしたよぉ、もうぉ。

 幸太郎さん、責任取ってくださいっ。」


 へっ?


「責任と言われましても・・・」


「私をまたあの星に連れて行ってください。」


 えっ・・・何で?


「幸太郎さんが、またあの星に行く時で良いですから。」


「あのぉ~、本気ですか?」


「もっちろん、本気も本気ですよぉ。」


「いやだって、三角さんはあの星に良い思い出何て無いでしょう。

 普通だったらそんなところへ、二度と行きたいなんて思いませんよね?」


「そこはほら、これでも私、高校生の時から精神的に鍛えられてるんです。

 探索者アイドルなんて、ポジティブじゃなきゃやってられないんですよぉ、幸太郎さん。」


 まあああいう世界は、そういった苦労も多いって聞くけども・・・


「それにこっちじゃ、どこへ行くにも人目に付いちゃうし、のびのび出来る異世界を自由にお散歩とか、最高じゃないですかぁ。」


 そりゃあっちでは、有名税は取られないけども・・・


「いやでも三角さんを捕えていた連中みたいなのばっかりだったら、あっちの世界もかなり危険だと思いますよ。」


「それは大丈夫ですよぉ。今度は私を守ってくれるヒーローさんと一緒ですもんねぇ。」


 いやそう言ってくれるのは嬉しいけども・・・


「本当に大丈夫なんですかぁ?」


「あれれ~、もしかして幸太郎さん、私と一緒にあの星に行くのが嫌なんですかぁ?」


 いやそういう訳じゃないけども・・・


「う~ん、もしかしてあれは、気のせいだったのかなぁ♪」


 へっ?!


 彼女は意味深な視線を俺に送りつつ、人差し指を唇にトントンと当てた。


「いっ、いやぁ、いつ行きますかぁ?三角さん。」


 まるで・・・・・・


「いつでもこの心優しい頼れるヒーロー霧島光太郎さん20歳に連絡してくださいっ!あっはっは。」


 「キスした癖に」とでも言わんばかりに。


「うふっ♡、いつにしよっかなぁ~♪」


 う~ん、寝てたはずなんだけどなぁ、この探索者アイドル。

 最後までお付き合い頂き、有難う御座いました。

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[良い点] 面白かったです [気になる点] 駆け足感あったのと 自分の好きなアイドルが誘拐された上に奴隷にされていた割には 相手の被害少ないなぁって思ったくらい
[気になる点] スキルをスクロールに変える術式は入手もしくは開発しないの? 冒険者引退後にスキル売れたら面白いかと(^^; [一言] 布教活動の様子読みたいです。
[一言] オカワリ希望です!!! 是非続きを作ってください
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