第三十六話 宮廷魔術師の館
○とある宮廷魔術師の館周辺○
プロちゃんの星間転移術式を消去し、代わりに普通の転移術式を組込み、目的のお屋敷の屋根の上に転移を試みると、見事に失敗。
気付けば屋敷の上空10mほどで弾かれ、屋敷の外の石畳の通路に放り出された。
ボヨ~ンボヨ~ン、ドテッ
痛っつつぅ~。
(おいっ、Gさん、転移術式ならサテライトワールドマップで見た場所に、転移できるんじゃなかったのか?)
『えっ、ああ、はい。それは間違い御座いませんよ。マスター。』
(じゃあ、何で転移出来ないんだよっ。)
『そうですねぇ、これは転移術式が阻害されたと見るべきでしょう。』
(えっ、何だよそれ。)
『所謂結界といわれるものです。あの屋敷には、外部からの侵入を阻害する力が今現在働いているのでしょう。』
そんなんまであるのか、この星には。
にしても、はてさて、こっからどうしたものか・・・
三角さんの状況が分からない現状、出来ればこっそり彼女とコンタクトを取りたいところ。
こっちの星の人が友好的だとは限らん訳だし、現に結界まで張ってる用心深い手合い・・・
嫌な予感しかしないし、ここは疑ってかかった方が良いだろう。
とはいえ今は夜、これを利用しない手は無い。
気持ちは焦るが、ここは一先ずこの屋敷内の明かりが消えてくれるのを期待して、しばらく待つのが得策か。
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○宮廷魔術師の館主、リスカの部屋○
おやぁ、今上空の結界に反応があったねぇ。
死んだ鳥でも落ちて来たってのかい?
こんな夜更けにぃ?
ふっふっふ、そんな訳あるかい。
「チョップルっ!チョップルはいるかいっ。」
老婆が叫びをあげると、部屋の外からタキシードを着たひょろ長の中年執事が部屋に入ってくる。
ガチャリ
「はっ、お呼びでしょうか、リスカ様。」
「今夜はどうも、胸騒ぎがするから、屋敷の警備を厚くしな。それとあのお嬢ちゃんをこの部屋にお呼び。万が一にも死なれちゃ困るからねぇ。」
「はい、心得ました。」
「それと奴隷どもは外の警備、傭兵どもは全員この部屋の警備だ。分かったね。」
「仰せのままに。」
全くっ、折角手に入れた極上の貢物がこの屋敷にまだ居るというのに、迷惑な話だよ。
一体、何処の国の間者かねぇ。
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○宮廷魔術師の館、三角桃香が囚われし部屋○
あの精神に鎖が絡みついた日から、私なりに頑張ったと思う。
この大きな屋敷から逃げ出そうとする度、頭痛が襲った。
それでも我慢して、何とか玄関の所まで辿り着くと、毎回決まって気を失った。
気が付けば、何時もベットの上で、寝ている。
起き上がると、あいつが何時も私の顔を覗きこんでいた。
「おや、まだ目が死んでないねぇ。随分と気丈なお嬢さんだよ。
でも、それはそれであたしの好みさぁ。その分、長~くお前さんが落ちて行く様を楽しめるんだからねぇ。ヒーヒッヒッ。」
この声を聞く度、震えが止まらなくなる。
あの悍ましい笑い声が、私の心を蝕み続ける。
日に一度だけ出される透明でお湯の様なスープ・・・こんなもの飲んでやるものか。
このまま奴隷になるくらいなら、死んだ方がマシ。
そう心に決めていた。
「おやぁ、お嬢ちゃん。食事をとらないのはダメだよ。好色ジジイの所へ差し出す前に死なれちまったら、あたしも困っちまうからねぇ。
ああっ、そうだ、こうしよう。これからは毎日、私が命令して上げる。
ちゃ~んと飲んでねって。」
その言葉が放たれた瞬間、私の魂が拒否しても、身体が勝手にスープを口へと運んだ。
自然と涙が零れた。
ガチャリ
「女、リスカ様がお呼びだ。着いて来い。」
嫌っ!あいつのところになんか行きたくないっ。
その心とは裏腹に、私の身体は立ち上がる。
私が私でいられるのは、あとどれくらいだろうか。
バタン
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○宮廷魔術師の館、隣の建物、屋根の上○
おっかしいなぁ。
周りの建物の灯りが殆ど消えてるのに、この屋敷のあそこの部屋だけ灯りがついたまま。
もうこうなりゃ、仕方ない。
飛鳥ちゃんも心配してるだろうし、ここは腹をくくって突入してみるか。
(Gさん、この塀には、結界とやらは張られてないんだろ?)
『どうでしょう、一度試してみないことには、分かりません。』
あっそ。まあもう落下する訳でも無し・・・
スタッ
隣の建物の屋根の上から飛び降りると、屋敷の敷地を囲む石垣の塀に近づき、そっと手を当てる。
形状加工っ。
グガガガ
人ひとり通れるほどの穴が出来上がる。
・・・あら、意外と簡単、全然問題なかったなぁ。
う~む、でもこれは結界が無かったというより、スペシャルスキルの効果が結界力を上回ったって気がするんだが・・・まあどうでも良いか。
その穴から敷地の中に入ると、近くにあった木の陰に隠れて、しばらく周囲の様子を窺ってみる。
ふぇ~、警備らしき剣を持った男5人がグルグル周って警戒中ってかぁ。
ホント、どうなってんだ?この屋敷。
まるで俺がここに来るのが、ばれちまってるみたい・・・
って、そんな事・・・無いよね?
え~っと、警備の人のレベルは5平均ってところかな。
・・・にしても、あの首輪ってなんだろ?
みんなつけてるけど・・・う~ん。
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『奴隷の首輪』
説明 :奴隷契約を締結するための首輪。外すには鍵が必要。
状態 :80/80
魔力耐久度 :4
魔力伝導率 :4
術式スロット数 1/3
組込術式 :魔素吸入術式、奴隷契約術式。
価値 :★★★
補足 :通常アイテム
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『ピロン。『奴隷契約術式』を術式リストに追加します。』
あ~こいつ等、奴隷さんな訳か。
よく見ればステータスにも状態異常が出てるし。
ってことは・・・奴隷の首輪を解除してやったら、警備止めてくれたりして。
異世界に来たと言っても、流石に人殺しをする訳にはいかんだろうしな。
よしっ、ここはひとつ、試してみるか。
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○宮廷魔術師の館地下、召喚の間○
お婆さんの部屋に入ると、執事の人は出て行った。
2人きりになった部屋で、お婆さんが、床の窪みに宝石を嵌めこむと、下へと伸びる階段が現れた。
階段を下り、狭い通路をしばらく歩いた。
「お前さんは朝までここで大人しくしてな。いいかい、余計なものには絶対に触るんじゃないよ。」
そう言ってお婆さんが部屋から出て行くと、鋼で出来た重い扉が閉まった。
ギィィィ
窓も無い石造りの部屋。
床には赤い魔法陣。
間違いない・・・ここは私が召喚された部屋だ。
あれはっ・・・私が奪われたスキルスクロールっ!
心拍数が上がり、今すぐにでも、手に取りたい衝動に駆られ、気が狂いそうになる。
もう・・・なんで・・・私の身体は、言う事を聞いてくれないの。
私は絶望に只立ちつくし、薄明りの部屋の中で涙を流し続けた。
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○宮廷魔術師の館、裏庭○
様子を窺いつつ、1人の男がこちらに近づいてきたところで、木の陰から飛びだす。
男の不意を突き、魔鉄鋼棒に横薙ぎに一振り。
グルグルグルゥバチンッ
そのまま形状変化で男の身体に魔鉄鋼棒を巻きつけ身動きを封じる。
そして背後に回り込むと、首輪にそっと手を当てた。
・・・術式消去。
奴隷術式を瞬時に消去してやると、男は放心状態となって立ち尽くす。
その後は巻付けた魔鉄鋼棒を回収し、奴隷の首輪を形状加工で外してみたのだが・・・男はそのままへたり込んだままだった。
奴隷の首輪ってのは、外しても直ぐには元に戻らないのかな?
うん、この様子なら、このまま放置しても、特に障害にはならんだろう。
剣戟の音を聞きつけて、もう一人の警備奴隷がやって来た。
キーンキーンキーン
魔鉄棒で3号打ち合うと、隙をついて横薙ぎに一振り。
グルグルグルゥバチンッ
・・・術式消去。
ここまで音を立ててしまうと流石に・・・あ~やっぱり。
こちらに向かって、何か叫びながら駆け寄ってきた男達は、そのまま奇声を上げて剣で襲いかかってきた。
「うぉりゃぁぁぁ。」
「きぇぇぇぇいっ。」
「そりゃぁぁぁぁ。」
ひょい、そりゃ、あらよっ。
代わる代わる襲ってくる男の振り下す剣を、まるで剣筋が事前に分かっているかのように躱して行く。
・・・何か避けられそうな気がしたんだよなぁ。
体術スキルなんてないのに、これもDEX値が上がった効果かなぁ。
そして3人の奴隷剣士の攻撃を躱しつつ、首裏に手を当てる。
おっと、術式消去。
よっと、術式消去。
さっ、術式消去。
ふぅ~、にしても流石に、この人数相手に一々手加減するのも大変だな。
プロちゃん使わないと、大した実力無い訳だし。
『父さま、もっとあたしを使って欲しいでしゅ。』
(あ~ごめんごめん、後で使ってやるから。でもプロちゃんを人に使っちゃうと、流石に殺傷力が強すぎるんだよなぁ。)
『さっしょうりょくぅ?』
うん、ごめん、後にして。
次回、第三十七話 怒りの救出劇。




