第二十九話 遠い世界の出来事
○二階、居住スペース、リビング○
富士ダンジョンから昼ごろ帰還した俺は、そのまま自室で熟睡モード。
流石に徹夜で動きっぱなしはキツイ。
そして4,5時間ほどの睡眠を終え、洗面所で顔を洗っていると、リビングから親父と美鈴の話し声が聞こえてくる。
「ねぇ、お父さ~ん。良いでしょ~。ねぇ。」
「まあ、そういう事情なら仕方がねぇな。」
「どっ、どうも済みません。」
「いやいや、嬢ちゃんがそんな気を使うこたぁねぇからな。まあ狭い家だが自分の家だと思って、気兼ねなく何日でも泊まってってくれ。」
えっ、誰?
と、リビングを覗いてみると、飛鳥ちゃんの姿がそこにあった。
夕食を終え、飛鳥ちゃんがお風呂に入っている間に、俺も美鈴から詳しい事情を聞いてみる。
すると飛鳥ちゃんのご両親は、もう既にどちらも他界し、現在はお姉さんである桃香さんとマンションで2人暮らし。
そんな中、昨日の放送事故が起きてしまった。
今朝になるとマンションの部屋を監視するかのように、望遠カメラを持った数人の男が付近のビルの屋上に・・・
通学時にもストーカーの如く付き纏われてしまったらしい。
俺同様、あれはやらせで、実は自宅にひょっこり現れるなんて事を期待した記者達が居たのだろう。
しかしその行為は、唯一の家族を失くしかねない不安で一杯の幼気な女子高生にとっては、耐え難い苦痛に他ならない。
それを見かねた自称彼女の心優しい親友、霧島美鈴さん16歳が、彼女を我が家へご招待したそうだ。
「あとお兄ちゃんは、必要以上に飛鳥ちゃんと接触しないこと。
話題に困って、お姉さんの話とかされても迷惑だし。」
おい、心優しい親友ってのは、兄には冷たいもんだな。
「へいへい。」
いくら俺でもそんな話題、出す訳ねぇだろ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○午前2時、二階、居住スペース、幸太郎自室○
カチカチカチカチ
昼過ぎから寝ていたこともあり、目が冴えてしまっていた俺は、こんな夜中にもかかわらず、三角さん失踪事件に関するの情報を閲覧中。
あ~、やっぱ見つかってないかぁ。
つーか、見つかるはずないんだよなぁ。
あの転移トラップに組み込まれていたのは、星間転移術式。
そしてGさんの話によれば、その転移先は惑星モース・・・つまりはあの女神像の在った星。
であれば、帰還石を持っていようが、普通の転移術式で帰って来れる訳がない。
そんな姉の帰りを、祈るような気持ちで待っている飛鳥ちゃん。
だがそれも、あと一週間もすれば、絶望に変わっていく・・・かぁ。
とはいえ俺にしてみれば、お姉さんは遠い雲の上の存在であり、お姉さんからしてみれば、俺はまるで知らない自分のファンの一人。
このあまりにも遠く隔たった距離感は、どうにもこの大事件を、どこか他人事の様に思わせる。
恐らくこの事件、迷宮入り濃厚だろうな・・・
俺も近々惑星モースに行くのを目指してはいるが、それが何時になるやら目途すら立ってない。
仮に行けたとしても、何処に居るかもわからん人間1人を探す術などある訳ない。
万が一お姉さんの元に辿り着けたとしても、もうその頃には・・・
やっぱ、俺みたいのが、出る幕じゃねぇよな。
コンコン
「えっ、誰?」
「こんばんは、お兄さん。」
ん、飛鳥ちゃん?
ガチャリ
部屋のドアを開けると、飛鳥ちゃんが一人で立っていた。
「どうしたの?飛鳥ちゃん。妹にこの部屋は、危ないから近寄るなとか言われなかった?」
「あっ、はい。うふふ、少しだけ。」
冗談のつもりだったのに・・・美鈴の奴め。
「それで、美鈴は?」
「はい。もう寝ちゃってます。」
「あいつ、折角来てくれた親友をほったらかしで、自分だけ御就寝とは・・・」
「いえ、私が寝付けなかっただけですから。」
・・・そっか。
「あっ、あのぉ、この間は素敵な剣を作って頂いて、有難う御座いました。」
な~んだ、この間のお礼を言いに来たのか・・・お兄さん、ちょっとドキドキしてしまってたぞ。
「姉に見せたら、8万円なんて信じられないって、驚いてましたよ。」
そりゃそうだろうな・・・
「いやまああれは、何て言うか、我が妹の可愛いお友達価格って奴だな。」
「え~そうなんですかぁ?そんな事言ったら、またお願いしちゃいますよぉ。ふふっ。」
「はい、その際は是非またこの心優しい頼れる兄貴、霧島幸太郎20歳にお任せください。」
「やったぁ。約束ですからね。えへっ。」
「りょ~かい。」
「それじゃあ、お邪魔しました。おやすみなさい、お兄さん。」
そう言うと飛鳥ちゃんは踵を返し、廊下を歩き出す。
「うん、おやすみ、飛鳥ちゃん。」
ほっ、意外と明るかったな・・・飛鳥ちゃん。
そんな俺の束の間の安堵は、直ぐにピリオドを打たれた。
「あっ、あのぉ、姉は無事に帰って来ますよね?」
えっ・・・・・・。
不意に立ち止まった少女の口から零れる震えた声。
張り詰める空気と暫しの静寂。
唐突な問いに頭は真っ白になり、キーンと耳鳴りが襲った。
「あっ、すっ、すいません。お休みなさい。」
我に返ったように言葉を一つ残し、足早に妹の部屋へと去っていく少女。
バタン
「・・・・・・あっ、飛鳥ちゃん。お姉さんはきっと・・・。」
喉元で止まっていた言葉を俺は最後まで吐き出す事が出来なかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
バタン
あ~心臓が止まるかと思った・・・
もう心が折れる寸前じゃねぇか、あの娘。
この間の剣のお礼を言いに来た?
そんな訳ねぇだろ、こんな時間に・・・
別に飛鳥ちゃんがああなってるのは、俺の所為じゃない。
お姉さんだって俺の事なんか、まるで憶えてないだろう。
でもあんな絵空事の様な真実に、辿り着ける奴が他にいるか?
あの少女の姿を見て、これ以上放っておけんのか?
あぁぁぁ、くそっ!
そんなの無理に決まってんだろっ。
だったらもう・・・やってみるしかねぇよな。
この星で唯一俺だけが、この遠い世界の出来事をなんとか出来る可能性があるんだから。
次回、第三十話 お色気ムンムン。




