第二十一話 望外の高スペックレイピア
○翌日、ダンジョンショップ楽輝、カウンター○
昨日の状況から考えれば、俺が今こうして店のカウンターで店番をこなし、プロちゃんの救出に向かっていない事に、驚きを感じるかもしれない。
しかしこれは何も、俺がプロちゃん救出を諦めたという訳でも無ければ、ダンジョンに放置されたアイテムには、自然消滅する危険性が付き纏うという事実を否定するものでも無い。
ではなぜ俺がこうしているかと言えば、実は昨日親父が語ったボス部屋情報により、件の危機的状況を回避できていたりするのである。
なんでも親父のボス部屋情報によれば、俺が失くしたアイテム達は、消滅することなく、次回ボスたちを討伐した時に出現する宝箱の中に全部入ってるらしい。
であればこれは最早、誘拐事件の様な時間が経てば、人質の生存確率が下がっていくといった類の問題ではなくなったという次第だ。
とはいえプロちゃんは普通の物ではなく、インテリジェンスアイテムであり、可愛い我が子。
一刻も早く取り戻してあげたいという親心もまた、俺の中には存在する。
しかしながら、武器を失ったこの状況、代わりの武器を製作するにも、その素材は当然必要。
そしてそれを親父に強請るタイミングというのもまた、昨日喝を入れられたばかりの俺にとっては、今はまだ少しハードルの高い問題だったり。
かくして出来る範囲で店の手伝いをするという親父との約束もある俺は、こうして店番をしつつ、点在する諸事情解決への糸口を探っているという訳である。
カランコロン
「いらっしゃいませ~。って美鈴かよ。どうしたんだ?表から入って来て。」
そういや今日は土曜日だったな。
「えへへ~、じゃじゃ~ん。今日はお客さんを連れて来たよ。私と探索者パーティーを組んだ三角飛鳥ちゃん。」
とそこで美鈴の後ろにいた人物が、ひょっこり顔を覗かせる。
「こっ、こんにちは。お兄さん。」
えっ、誰?・・・・・・可愛い、っていうかメチャクチャ似てる。
「飛鳥ちゃんはねぇ、なんとっ、あの探索者アイドル、三角桃香さんの妹なんだよぉ。
あはは、お兄ちゃん、驚いてるぅ?」
あ、やっぱり。
でもまあ、お胸のサイズがお姉さんに追いつくのは、もうちょっと先かな。
「あっ、ああ。そりゃホントビックリだな。それにこんな可愛い女の子がうちの店に来ることなんて、滅多にないし。
改めまして、こんにちは。美鈴の兄の幸太郎です。馬鹿な妹だけど、まあ仲よくしてやってくれ。」
「ちょっとぉ、お兄ちゃ~ん。変なこと言わないでっ。」
「うふふっ、はいっ。」
「それで今日は、2人して何を買いに来たんだ?」
「それはもっちろん、飛鳥ちゃんの武器。私はこの間お兄ちゃんが修理した火の杖を、お父さんにおねだり済みだし。」
「つってもなぁ、お前はそれで良いとして、うちの店の品揃えは、美鈴も知ってるだろ。うちの店に普通の武器なんて置いて無いぞ。」
「え~、初心者用の剣が、ずっと倉庫に眠ってたでしょ。」
「あ~、あれ、一昨日売れちまったぞ。」
「嘘っ!ガーン。」
人前でガーンって口に出して言うな。
兄の俺の方が恥ずかしいわ。
「飛鳥ちゃん。ちなみに予算はどれくらい?」
「はい、あの10万円くらいです。」
10万円かぁ・・・言っちゃ悪いけど、それっぽっちじゃ、確かにうちに死蔵されてた初心者用の剣くらいしか選択肢はないよなぁ。
初心者用つっても、余所の店だと、普通に10万円以上取ってるし。
ふ~む、こうなりゃ仕方ない。
丁度さっき買い取ったばかりの魔鉄鉱石が4つほど、ここにある。
まあ親父がこっちに来た際、素材の話を切り出し易くするために、わざわざ放置して置いた訳だけど・・・
ここは妹の友人の為に、ひと肌脱いでやるか。
「ねぇ飛鳥ちゃん。俺のお手製の武器で良いなら、本日限りの大サービス、8万円で作ってあげられるけど、どうする?」
魔鉄鉱石4つの買取金額8万円、これは流石に貰っておかねば。
「どうって、どんな武器なんですか?」
「それは勿論、飛鳥ちゃんのご希望通りに作ってあげるよ。なんたってこれから作成するんだし、所謂オーダーメイドってやつさ。といっても時間は5分もあればお釣りが来るけどね。」
「8万円で、本当に自分の好みの武器が、出来ちゃうんですか?」
俺の言葉を聞いた飛鳥ちゃんは、少し困惑している御様子。
まあ普通は、信じられないわな。
「あはは、勿論。でもまあ信じられないのも無理はないだろうし、買うかどうかは、完成品を見てから決めて貰って全然構わないよ。
だから取り敢えず、どんな武器が欲しいのかだけでも教えて貰えるかな?」
「え~っと、でしたら、私はお姉ちゃんみたいな、細身のレイピアって武器が欲しいです。分かりますか?」
ああ、あの三角さんが使ってる奴・・・それなら目を瞑ってても完全再現できる。
「りょ~かい。」
ゴロゴロゴロ
では早速作業開始。
精錬・・・形状加工っと。
鞘は・・・この間のブリリアントアリゲーターの皮革の余りがまだあったな。
最後に楽輝の刻印を鞘に刻んで、よしっ、完成。
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『魔鉄鋼のレイピア』
説明 :高硬度な魔鉄鋼製の軽量で細身の剣。ATK+18。
状態 :180/180
魔力耐久度 :4
魔力伝導率 :3
術式スロット数 1/1
組込術式 :なし
価値 :★★★
補足 :通常武器。
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しまった・・・初心者さん用の武器だというのに、三角桃香モデルという事で、ついつい力が入ってしまったようだ。
三角桃香さんが持つレイピアの柄や鞘の彫刻デザインを完全再現し、刀身は飛鳥ちゃんに合わせ、少し短め。
そしてこのATK+18というかなりの高スペック・・・
まあ装飾に豪華な素材を使えてない分、見た目は派手さがないシンプルなものに映る。
しかし、純粋な武器としての性能を比較すれば、これはもう三角桃香本人が持つレイピアより、もしかしたら上かもしれない。
「こんな感じでどうかな?飛鳥ちゃん。
確かお姉さんのは、もっと豪華な装飾だったけど、流石に豪華な素材は使えないから、その辺は勘弁してね。」
「うわぁ、凄く素敵・・・
これって、本当に8万円で良いんですか?」
うんまあ、この反応は当然だろうな。
恐らくこの三角桃香モデルのレイピア、普通に入手しようと思ったら、取り寄せで2カ月待ち、安くても120万円ってとこだろうし。
とはいえ、細身剣だったから、魔鉄鉱石3つで足りたし、これでも儲けが出せてしまってる自分が恐ロシア。
「ああ、勿論。そういう約束だしね。」
にしても、実に初心者としてはオーバースペックな仕上がり・・・こんなの初心者に持たせて良いのだろうか?
まあ、今更だな・・・良い武器持たせた方が、上達も早いって言うし、余計なことは考えまい。
「あと一応決まりだから、確認させてもらうけど、その武器は、探索者特別法第23条のダンジョン内以外での携帯が禁じられたものに当たるからね。
つまりダンジョン外では、専用の収納箱に入れて保管、移動すること。
そして資格者以外への貸与、譲渡、売却等も禁止されます。
この2点の説明で、何か分からないことはある?」
「いえ、大丈夫です。」
「はい、じゃあ契約成立。こっちの必要書類にサインとハンコして貰っていいかな?」
「分かりました。」
と、飛鳥ちゃんに売買契約の書類を渡していると・・・
「お兄ちゃん、お兄ちゃん。私のも作ってぇっ。」
「いや、お前は火の杖を使うって言ってただろ?」
「だってぇ~、お兄ちゃんがこんな凄い武器まで作れるなんて、知らなかったし。」
「そんな事言ったって、もう魔鉄鉱石が無いから、今は無理。美鈴の武器はその内な。」
「ガーン。」
ったく、現金な奴め。
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○ダンジョンショップ楽輝、地下工房○
昼過ぎ、店番をしていた俺は、親父に呼ばれて地下工房へとやって来た。
「おう、幸太郎。美鈴の話によると、おめぇさっき、店の魔鉄鉱石を勝手に使って、武器を作った挙句、美鈴の友達に売っちまったそうじゃねぇか。」
ありゃ、これまた随分と耳がお早い・・・つーか美鈴に口止めすんの忘れてた。
こりゃまた親父がプッツンしちまうかぁ?
自分の創作用に使ってるもんだからって、素材とかには、特に煩いからなぁ、親父の奴。
「それにこの間は、火の杖を勝手に修理しちまうし、ありゃあ俺の目から見ても、かなりのもんだった。」
あれ?・・・別に怒ってる訳じゃなさそう。
「そこでだ。俺も実際におめぇのアイテムマスターの力ってやつを見せて貰おうと思ってな。
試しにこいつの修理、今ここでやってみろ。」
と親父が俺に差し出して来たのは、錆び錆びで刀身にヒビが入った短剣。
う~む、何か知らんが命拾いしたな。
にしてもこれ、耐久度 3/80って、スクラップ寸前だな。
でもまあ、耐久度が0に成ろうが、素材から作り直せる俺には、こういったくたびれ具合は、問題にもならんけど。
親父が手に持っている短剣に直接手をかざし、『オールプロセス(極)』で物の数秒と掛からず修理を施す。
するとスクラップ寸前だった短剣は、見事に新品同様の輝きを取り戻す。
その光景を凝視していた親父は、目を皿のように丸くして、驚いている。
「なっ、こいつぁ、驚いた。こりゃおめぇ、軽く俺の予想を超えてきやがったな。」
う~ん、何だろう。ちょっと気分が良い。
「これなら店に出された修理品。これからはおめぇに全部任せてやる。
おりゃあ、昔っから、修理より創作の方が向いてるしな。」
そう言って、今度は部屋の隅に置かれた段ボール箱に入った修理品の数々を視線で指し示す。
怒るでもなく、珍しく俺を褒めたと思ったら・・・なんという周到な手口。
でもまあ俺がやれは直ぐ済む作業だし、適材適所という面では、俺に任せた方が店的にも良い事だろうな・・・どうせ拒否権なんてないだろうし。
あと親父、一応お言っておくが、あんた創作の方もあまり向いてないから。
「ああ、分かったよ。俺に任せたら、店に持ち込まれる修理品がどっと増えちまいそうだけどな。」
「おい、幸太郎。そりゃおめぇ俺にケンカ売ってんのか?」
「何言ってんだ親父、こういうのは結果が全てだろ?」
と、こんな軽口を叩いていた訳だが、その後、日を追うごとに、店に持ち込まれる修理品の数が、増加の一途を辿っていくことになる。
次回、第二十二話 グラビティエンジニア。




