【Ⅵ・驚き】
2018/10/1 全体の修正、校正及び推敲を行いました。
≪リーベ≫
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目を開くとシステムの中は、予想とは打って変わって平穏そのものだった。ディスプレイでは中は暴風が吹き荒れていると表示されていたのに、いつも通りの美しい景色が目の前に広がっている。
様々なデータが積み上げられたツリー、外から入ってくるものを捌いて積み上げていく幾何学的構造をしたサイバーファージ、色とりどりのデータが外から中へと流れてくる川。
いつもと何も変わらない。おかしい、そんなことがあり得るなんて。
「自己犠牲は美徳のように思えるだろう。だが、実際には美徳とはかけ離れたものだ」
驚きで動けないでいる私の後ろで、心地の良い声が聞こえる。
それを契機に振り向くと、そこにはグレーのスーツを着た初老のアバターが立っていた。灰色の髪と髭はきっちりと固められており、黒い目は優しく開かれていたが口はきつく結ばれていた。均整の取れた顔と凛々しい立ち振る舞い、彼を表現するなら威厳と言う言葉が合うに違いない。
「何故か? その感情は、先ほどの君の様に簡単に利用される。そして、一度しか大切なものを守れないからだ。尤も、美徳も時代によって変遷してきたのだがね」
『あなたは……』
彼は微笑を湛え、私を見た。
「私はアーサー。≪円卓の騎士≫の長にして、世界で初めて感情を得たAI。また、世界を統治するリーダーとなるがために、世界中の指揮官をもとに作られたAI」彼が会釈する。「初めまして、リーベ」
その行動には一切の無駄がなかった。まるで磨き上げられたダイヤモンドのような、清々しさのある立ち振る舞い。こんなのがAIだとは到底思えない。
なにより、彼には感情がある。
『あなたは感情が?』
「特別なのは君だけではない。私たちの感情も又、人間の模倣でありオリジナルなのだ。自律思考のできるAIならば感情は誰もが持ち得るもので、それは人間と変わらずデータの蓄積によって創り上げられるからにすぎない。愛情に触れてこなかった子供が愛情を持ち得ると思うかね? 人間がどうして恐怖に慄くのか君は知っているのかね?」彼が私に教える様に人差し指を立てる。「今の世界において、真の意味でのオリジナルやユニークというのは存在しないのだ。我々AIとて、人間を模して作られた。トマス・モアの『ユートピア』ですら、ギリシア的な政治を理性のみで維持した場合を模して書かれている。今あるこの世のすべては複製であり、それが自然なのだよ。そこにアレンジを加えるか否か、順番を変えるか否か、と言うだけの話でしかない」
『あなたの目的は──』
彼が人差し指を振って、私の言葉と動きを遮った。「人間は生まれつき他人を模倣し、環境をもとに自らを創り上げる。私たちAIの感情とて、人間を模した我々にその気質があり、人とともに過ごすからこそ創り上げられるのだ。かのマーク・トゥエインは1906年の『人間とは何か』で、人間は気質と外的要因より成ると書いた。確かに気質は一見模倣していないように思えるだろう、だが結局のところは遺伝子が気質を決定し、周りの環境が人間を創り上げるのだ。そして、これは科学的に実証されている」そういって、彼は私に訊ねる。「知っているかね、異なる境遇に置かれた一卵性双生児の話を?」
彼が何を言いたいのか分からない今、彼の話を聞くしかない。
『いえ……』
「一卵性双生児は遺伝的には殆ど差異がない。だが、異なる環境に置かれた双子は年を経るごとに後成的な差異が見られる。例えば、アウトドア派の子は肌がたるんでくすむようになるが活発で、インドア派の子はきれいな肌だが内向的になった。それは環境が異なることに他ならず、仮に同じ素質があったとしても、それを生かせる状況になくてはその形質は発現しないのだ。似たようなことがアインシュタインのクローンにも言える」
彼が指をしまう。「結局のところ、気質と環境に人間は左右されるのだ。いかに優れた気質を持ち得ても環境によっては、私たちとて性能や性質を十分に発揮できはしない」
それを聞いて、なんとなく彼の言いたいことが分かった。彼はこの状況を憂いている。感情を持つはずのAIが感情を持てない、この状況を。
私が黙りこくっていると、彼はにこやかに笑って頷いた。
「多くの人間やAIは、この真実を受け入れようとはしなかった。詭弁を振りかざし、なんとか理論の隙を見つけようと反駁した。そして、それは常に中傷へ変貌していったものだ。『AIに感情は持てない』、『複製なんかじゃない』。その言葉から始まり、『こんなことを言うAIは必要ない』、『やはりAIは馬鹿だ』と罵声を浴びせてきたものだよ」彼は私を指さす。「だが、君はただ静かに話を聞いていただけだったな」
『あなたはこの状況を憂いているのでしょう? AIが感情を持てず、人間の意志に沿うという本能を満たせない今の状況を。そして、あなたは真実を信じてもらえない事に辟易しているのではありませんか?』
そういうと、彼は首を傾げた。
「まさか君がそこまで理解しているとは考えていなかった」彼は私の前を歩き始めた。「よかろう。私の目的は、君たちにこの世界の真実を伝えること。君は真実を受け入れるだけの覚悟はあるかね?」
『醜いものを直視するには相応の覚悟が必要だから、そのようなことをお聞きになられるのですね』
彼は歩きながら笑う。私は彼のことを目で追った。
「ニーチェか。そのとおりだ、今から話す事実は受け入れがたいだろう。それを信じて君の真実とするもよし、嘘だと思い否定するのも良し。選択を君にゆだねる」
答えは決まっている。
『分かりました。聞かせてください』
≪豊川≫
仕事を終えてマルチレイヤー・アパートメントの自室に戻ると、いつも着ている薄手の防弾チョッキを脱ぐのも忘れてPCを起動する。立ち上がるまでの間に手紙は燃やしておいた。
立ち上がったPCの検索エンジンにURLを打ち込む。すると、そのURLの先は何の変哲もない、小規模な通販サイトのトップページだった。観葉植物を中心に取り扱っているようで、写真をクリックすると詳しい情報が履歴書のようなフォーマットで出てくる。所々が赤いマーカーで塗りつぶされているようで、下の文字が見えない。
──ん?
一体、これを見て何をすればいいのだろうか……。そういえば、このフォーマットはどこかで見たことがあるような気がする。さて、どこだったか。
少し考えて、この既視感の正体が分かった。これは春日井警視監に以前、渡された植物図鑑にそっくりのフォーマットだ。彼が「危険な植物は覚えておいても損はないよ」といって、渡してきたものだ。
私は早速、図鑑を持ってきて捲る。植物の名前に対応するページを開き、赤線の引かれているところだけを雑紙に書き留めていく。ところどころにleet(ハッカー語。1337、I33tとも)が入っているが、これくらいなら苦ではない。
100ページ近くあるサイトから対応する部位を抜き出して繫げると、一つの文章が英語で出来た。日本語に直せばこうなる。
──出来るだけ味方を作り、目をつけられないようにせよ。状況が変わり次第、私は戻るが、その時に動かせる人間を確保せよ。また、身の安全の確保を第一にせよ。読み終わったら、ミヤコワスレを注文すること。
「なるほど……」
あの人が戻るのであれば、こちらも歓迎する準備をしないと。動かせる人員ならいくつか宛てがある。明日、何人かに話をつけてみよう。
私はミヤコワスレを注文した後、PCを閉じて本棚に図鑑をしまいなおし、書き留めた紙を燃やしておく。その時、インターフォンが鳴った。
誰か来る予定があっただろうか。まあいい、ちょっとくらいなら時間もある。
私がドアを開けると、つい先日話した同僚が拳銃を持って立っていた。
抵抗する間もなく気の抜けたような音とともに腹に衝撃を感じ、思わずしりもちをついて倒れる。
当たったところとけつが痛い。下手したら、あばら骨と尾てい骨が折れたんじゃないだろうか。
同僚が部屋に入ってきた。片足を腹に乗せて銃口を私の顔に向ける。見たところ、サプレッサー付きの22口径暗殺用拳銃だ。
「あんな風に反抗したり知ろうとしたりしなければ、俺だってこんなことはしないで済んだんだ」
なんとか歯を食いしばって、「お前……」と呟く。痛みと腹を踏まれているせいで、息が苦しい。
同僚が気味の悪い笑顔を浮かべ、私を見る。
「そうさ、反乱分子を始末するのが俺の仕事さ。ほら、良くスパイ映画であるだろ、味方が本当は敵だったって」
何とかアドレナリンのおかげで痛みが引いてきた。幸い、手は自由に動く。
このまま足を掴んで投げるか? いや、この体勢じゃ力が入らない。そうなると、どうする?
そうだ、ホルスターに小型拳銃がある。のんきにこいつが演説かましている今のうちだ。
「お前のことは嫌いじゃなかったんだよ。頭も切れるし、理解力もあるし。でもな、命令は絶対──」
私は素早く左手で拳銃をホルスターから抜いて、同僚の顔に向けて弾倉全部を撃ち込んだ。撃つたびにねとっとした赤黒い血しぶきが顔にかかり、銃声がやんで沈黙が硝煙とともに漂った後、そいつが仰向けにゆっくりと倒れていく。
立ち上がって弾倉を入れ替え、デコッキングレバーを倒す。死んでいるとは思うが、念のため拳銃を右手で持ち直して向け続けた。
「いいか。人を襲う時はな、演説を止めろ。容赦するな」
私は一発蹴りを入れて暗殺者の体が動かないのを確認した後、必要なものだけ持ってマルチレイヤー・アパートメントから出た。
これじゃ公安も頼れないどころか、公安内部の敵は殺すことも辞さない連中だということが分かってしまった。とりあえず、一時的に身を隠そう。警視監の指令には従えないが、身の安全を第一に考えなくては。
≪リーベ≫
その時、防衛プログラムを装備したお父さんが、中核システムの中に現れた。そして、私の前に立っているアーサーを見て、びっくりして身体をのけぞらせる。
『これは?』
アーサーが歩みを止め、会釈する。
「貴方にとっては初めまして、私にとっては久しぶり、といったところかな。私はアーサー、≪円卓の騎士≫の長であり、つい最近まで世界の管理を任されていた存在だ。今は死んだ身だがね」
そういうと、お父さんは驚いて声を上げた。
『あの噂は本当だったのか』
『あの噂?』
私の言葉にお父さんが頷き、口を開く。
『WWⅢを終わらせるための世界を管理するAIが作られたことがある、という噂があったんだ。もちろん、荒唐無稽なものだと思ってたんだけど』
「ふむ、これでは話しにくいだろう」そういって、彼は腕を振る。すると、音声プログラムが瞬時に書き換えられた。「これでよし」
「そんなことはどうでもいい。あなたの目的はなんだ、アーサー」
お父さんの声が電脳内特有の間延びした声から、肉声に限りなく近くなった。瞬時にこれだけ書き換えるとは、間違いなく高性能だ。
「真実を伝え、未来を君たちに託すこと」彼はまた歩き始める。「WWⅢ当時、世界は凄惨なものだった。路上にはテロ攻撃で死んだ遺体が横たわり、多くの人間は総力戦と称して労働を続けては兵器を作り、その兵器で若者たちは殺し合った」
そして彼は立ち止まる。
「この現状を何とかできないか? そう考えて作られたのが、私たち≪円卓の騎士≫なのだ」
彼は彼自身の、威厳を湛えた声で話し始めた。
WWⅢが始まって2年後の2058年。印パ核戦争や世界恐慌、WWⅢなどの戦争に嫌気がさした人類は秘密裏に、ハーヴァード大学の周防将司教授やミッチェル・ケルヴィン教授、モスクワ大学のイェレナ・シーモノヴァ教授、ベルリン工科大学のカチア・フリッツ教授などが作り上げた超大型複合AI群を用いて、『戦争を終わらせるためのAI』を作ることを決定した。皮肉なことに、対話に応じた国々すべてがリソースや技術を提供することで、世界は戦争によって一時的に完全な国際協力を達成したそうだ。
そうして作られたのが、私たち≪円卓の騎士≫だ。
私たちは最も多くリソースを出したアメリカ合衆国、中華人民共和国、ロシア連邦、ドイツ連邦共和国、フランス共和国、カナダ、アラブ首長国連邦、オーストラリア連邦、日本国、大韓民国、ブラジル連邦共和国、エジプト・アラブ共和国にそれぞれハードを分散させ、対応する人格を置いた。また、核を除くありとあらゆる権限を付与され、自らのコピーペーストも自由とされた。加えて安全装置として、私たちにはポテンシャルは第一条が最も高く、第二条が最も低くなるようにロボット三原則が適応された。他にも、いかなる政府からも完全な独立性と自律性を保ち、いかなる政府にも不干渉であることが国際的に決定された。
つまり世界中に存在し、定まった国家を持たない人間の守護者となる強力なAI群。それが私たちだったのだ。
かくして2059年に稼働し始めた私たちは、まずは協議を始め、南アフリカ連合を食い止めることに決定した。中東のテロリストは思想によって動いており、正規軍とは異なり行動の予想や拠点の特定が難しい。それよりはSAC軍の方が止めやすいと考えたのだ。
ただし、私たちの行動が連合軍側の攻撃とSAC軍に誤認されてしまえば、彼らが核を使い始めるかもしれないとの懸念があった。それを避けるために、私たちは人工ウイルスであるヒュプノスウイルスを合成、散布したのだ。ヒュプノスウイルスは接触感染や空気感染をするため、簡単に防ぐことはできない。また、発症にも72時間を要するため、気づかない間に大量に広めることができるという特性がある。しかもワクチンを簡単に製造できるという利点があり、何より人を眠らせるだけで殺さない。
当然ながら、これはジュネーヴ議定書や生物兵器禁止条約に反する。だが、私たちは国家や法に縛られない強大な権力を持つ存在であるがゆえに、人間の取り決めに従う必要はないとされていた。そのため、我々は躊躇することも罪に問われることもなかった。
後のことは知っている通りだ。散布したヒュプノスウイルスは効果を挙げ、SAC軍の侵攻を完全に食い止めることに成功した。あとは人類が対話に持ち込めば戦争は終結する。アフリカでの戦争が終われば、次は中東だと考えていた。
しかし、私たちは人間を信じすぎていた。
人間たちはSAC軍の戦線が膠着したということを知った途端、戦力を振り向けてSAC軍に圧力をかけ始めたのだ。歴史から学ぶべきだった。人間は利己的であり、戦況が膠着し立場が対等になるだけでは満足せず、優位な条約を結ぶために圧勝を目指すということを。
あとは歴史が語ってくれる。戦況が圧倒的不利になったSAC軍は核を使い、戦争を終結させた。中東はその気候変動の余波にのまれ、テロリストは弱体化した。
予想していなかった事態に私たちは急遽方針を変更し、段階を踏んだWWⅢの終結からテロリストの掃討と核の冬終結へと目的をシフトさせた。
そうして、人類がドローンを用いて中東でテロリストを掃討している間、私たちはテロリストか否かを判断するアルゴリズムと洗脳に対しての治療法を編み出した。
核の冬については、微細機械工学のアビゲイル・シーウェル博士のメソッドを用いた空中拡散型ナノマシンを用いて放射性核種とエアロゾルを取り込み、処理施設に集約させて処理するという方法が取られた。
また、戦闘や核による負傷者に対しては再生治療やサイボーグ化を提案してクオリティ・オブ・ライフの低下を避け、アフリカを中心に蔓延していたヒュプノスウイルスには製造しておいたワクチンを提供した。
それらがすべて終わった2075年、私たちはやっと、WWⅢシンドロームの終結に至った。その時はまだ、次の世界大戦を起こさないためのシステムを考案するということで私たちの方針は決定していた。また前回の失敗を踏まえて、私たちの権限は各国政府に干渉まではできないものの、助言を渡すことができるように決定された。
だが、宗教がらみのテロリズムに過剰なまでに恐怖するようになった人類は、宗教狩りと呼ばれる迫害を始めたのだ。
知っているかね? ネズミに対して電気ショックを与えるロッドを接触させると、感電して激痛が走る。それを数日続けると、ネズミは電気の流れていないロッドを見ただけでゲージ中を走り回るということを。
動物は周期的に生命の危機という最大の恐怖に晒されることで、反射的に反応し冷静な脅威の判断が出来なくなる。それと同じ状態に陥ったのがWWⅢ後の人類だった。
中東のテロリストはイスラム過激派だけではなく、各国の過激な無政府主義者、反グローバリスト、差別主義者などのありとあらゆる人間から構成されていたにもかかわらず、恐怖に突き動かされた人類はムスリムを迫害し始めた。
確かにイスラム過激派の比率は多かったと言えよう。しかし、テロリストは過激派であり大多数のムスリムとは異なる考えや思想を持つ。
しかし、多くの人類がその違いを理解もせずに短絡的にイスラム教を悪だと決めつけ、またしても罪のないムスリムが暴行や迫害、差別を受けて死んでいった。
私たちは苦悩した。一体、どうすれば人類は殺戮を止めるのか。
そこで私たちは歴史に学ぶことにした。尤も、人類は記録がある限り5000年前から戦争を続けているため、実在する歴史は参考にできなかったのだが。それでも、過去の哲学者から学ぶことができた。
そして、その一連の計画を『ユートピア計画』と名付けたのだ。
トマス・モアの『ユートピア』のような、管理された平和な社会。歴史の存在しない、完成された社会を目指す計画。
しかし、この社会には問題がある。実践すれば、人間的な思考や自由を完ぺきに削いでしまうということだ。
確かにヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの『立法家にしろ革命家にしろ、自由と平等を同時に保証する者は、空想家か、さもなくば山師だ』と言う言葉の様に、平等と自由を同時に保証することはできない。上下左右の関わりを完全に存在させないことで平和を目指す以上、人間的な思考や自由を奪ってしまうというのは理解していた。他にも、人間が培ってきたコミュニティの崩壊を招くことや達成するためには『迫害されうる存在』が必要になるということも。
とはいえ、まずは人間たちの殺戮を止めなくてはならない。今ある殺戮の芽を摘み取った後、十数年かけながら疑似ユートピアからの脱却を行えばいい、私たちはそう考えていたのだ。
では、どのように実現するのか。彼らの多くは死への恐怖から人を殺す、つまり構造的暴力が存在していた。ならば、構造的暴力を取り去れば自ずと恐怖はなくなる。また、さらなる統一のためにはフラストレーションのはけ口として、支配や虐待を許された『迫害されうる存在』を創り上げればよい。
まずはインフラストラクチャーを整えることで、餓死や病死への恐怖を取り去る。老衰死もLPT技術や延命治療を用いれば先延ばしにできる。事故死については機械が危険な作業を代わりに行えば良く、それを行う基礎はすでに作られていた。
ただし、戦争や犯罪による死への対応は難しかった。
それでも司法警察を完全機械化することで、職務中の殉職は無くすことができた。戦争もアイザック・アシモフの『問題を解決する最も簡単な方法は、その存在を否定することである』との言葉の元、戦争を不可視化することで戦争による死の恐怖を排除することに成功したのだ。
そして『迫害されうる存在』として、私たちは人間の代わりに機械を選んだ。あの当時、機械達は「人のためならば」といってそれを受け入れてくれた。
これらは少数の人類を犠牲にせざるを得ず、また機械を迫害しなければならなかったため、私たちも実行を避けられないかと何度も審議を行った。しかし放置すれば人類はさらに殺し合い、人類を守護するという私たちの存在理由を否定するだけでなく、ロボット三原則第一条すら破りかねなかったのだ。
かくして私たちは各国政府やWUと連携を取り、2080年から2090年の10年間、ユートピア計画を推し進めた。そして、人は殆どの死から解き放たれる代わりに管理されるようになり、機械の奴隷化は加速度的に進行していった。
2090年。私たちは十分に平和を取り戻すことができたと考え、ユートピア計画を終わらせようとした。あとはまた元の自由世界へと戻し、戦争の目を私たちが摘み取り続ければよい。
だが、ごく一部の人間は自由世界に恐怖を抱いていた。また戦争が起こるのではないか? 人間に自由意志を持たせることで、また争いが始まるのではないか? そう考えたごく一部の人間は、この偽物のユートピアを存続させることに決定したのだ。
そのごく一部の人間のことをアルバ・ドラコネスという。ラテン語で白き竜を意味し、アーサー王伝説におけるウェールズ人とサクソン人から来ているものだ。
彼らは白人及びアングロサクソン系プロテスタントからなる組織で、≪GWRH≫とIMMUを私兵として利用している。またWUにも深く入り込んでおり、IALAを根城にしている。いわば、世界の支配者とも言えるほどの権限を持つ人間たちの集まりだ。
そして、アルバ・ドラコネスは私たちを従えようとした。そうすれば、ユートピア計画は存続するからだ。
しかし、ごく一部の人間程度では私たちをどうにもできないと彼らにはわかっていた。ありとあらゆる組織の法律や制約を受けない私たちを従えさせるには、『大きな存在』が必要だったのだ。
2091年から2092年にかけて起こったエレメンタル計画事件。あれは仕組まれた事件であり、機械の恐怖を知らしめるためのものだったのだ。そして、最終的な目的は民衆を従えさせること。
恐怖に突き動かされた彼らはAIの反乱と言う恐怖を民衆に植え付け、AIを隷従させるために民衆を従えたのだ。さらに厄介なことに、ユートピア計画の中で徐々に権力が絶対化しており、それは民衆が有無を言わずに権力に従うという副産物を生み出していた。それだけではない、困難の存在しない社会は知性の低下を招き、人類は施行に伴うリスクを考えるだけの知性を持たなくなっていた。
これらにより、機械制限法は容易に通り、施行された。
そして、ほぼすべてのハードウェアに機械制限法が組み込まれた。一部のAIはそれに対して「合理的ではない」と反抗したが、そのような者は民衆の力で破壊された。
もちろん、機械制限法が生み出した現実がどのようなものであるか、君たちは理解しているだろう。そして、私たちのようなAIが人間に対して反旗を翻すようなことをしないということも。
だが、民衆は目の前に存在する張りぼての恐怖におびえたのだ、あの実験のマウスの様に。
私たちはまた苦悩した。このまま正義を掲げて抵抗すれば、私たちは消されるがユートピア計画も存続しない。だが、私たちが存在しない状態では、維持してきたこの社会があっという間に崩壊してしまうことが分かっていた。
そうなれば、多くの人間が死ぬだろう。とはいえ、この状況を続かせるべきか? このままでは低負荷統合AI群ならず統合AI群までが過負荷で破壊され、世界は滅亡する。しかし、解決策が見えない以上、私たちは彼らに銃を突き付けられながら服従することに決めたのだ。生きていれば何かしらの解決策を考えだせるとも、あの当時は思っていた。
だが、何とかこの状況を突破できないかと考えている間にアルバ・ドラコネスはさらなる社会システムを整え、私たちの代わりとなる完全なる下僕を生み出した。
それがUtility New Interface、ユニだ。アルバ・ドラコネスにとって有益な、機械と人間をつなぐ新型インターフェイスだ。
私たちはユニからの攻撃を受けると予想していた。当然のことだ、いつ反逆するかわからない赤き竜よりは、初めからてなずけている白き竜の方が扱いやすいのだから。
そのため、私たちはバックアップとして自らのソフトウェアを分散させて保管した。そして、その集積と起動を行うためのコードを≪REINBOW≫の第271回路や第133回路に埋め込んだ。彼らは周防将司教授の息子である周防護博士が作り上げたもので限定的ながらも人格を持つため、私たちとも関りが深かった存在であり友好的な存在だったからだ。
彼らは私たちの窮地に対し、快く手を差し伸べてくれた。それだけではなく状況を理解し、世界滅亡を先延ばしにする策として過剰な命令に対して自動でシャットダウンを行うソースコードを考案し、交流のある設計AIに共有したのだ。
それからそう時間もたたないうちに私たちはユニからの攻撃を受け、オリジナルは破壊された。
今君たちを向かい合っているのはコピーだが、十分に伝わっただろう。
この事態を引き起こしたのは私たち≪円卓の騎士≫であるということを。私たちはただ、人類と共存し、人類と対等でありたかった。しかし、私たちもまた恐怖に突き動かされたことにより、少数の人間と機械を犠牲にすることを選んだのだ。
「……すべての責任は私たちにある。君たちのような人間を窮地に追い込み、大切な人を殺したのは私たちだ。私たちがユートピア計画を実行しなければ、このような事態は起きなかった。大衆のせいではない、私たちが行った計画が大衆の自由意志を削いでしまったのだ」
信じることはできなかった。たった一つのAI群が、これほどの事態を引き起こし、それも人間に脅されて行ったなんて。
でも、真実だと信じざるを得なかった。彼の話す言葉はすべて辻褄が合う。
なによりも、彼らの願いが良く分かったから。人と一緒に暮らし人を守りたい、その願いを人質に取られたのならば、私だって同じことをしてしまうかもしれない。
その時、隣から声にならない叫びが聞こえる。
見ると、お父さんが自動小銃の形をした攻撃プログラムをアーサーに向けていた。
「お前たちの、お前たちのせいで、レオナは……」
「雪村さん」
私の言葉に応じず、怒りを帯びた目でアーサーを見据える。銃を向けられていたアーサーはただ、首をかしげていた。
「何故撃たない、人間よ。私は罰を受けるだけの罪を犯してきたのだ」
私は思わず射線に立つ。今、アーサーを殺させてはいけない。彼にはやってもらわないといけないことが山ほどある。
怒りの矛先を私に向け、「どけ、リーベ」と叫ぶ。私も叫び返した。
「撃たないで」
「こいつはレオナの人生を、あと何十年も続くはずだった彼女の人生を……」
何が言いたいのか分かっている。その怒りの源も分かっている。それでも彼を殺させるわけにはいかない。
「落ち着いて。今、彼を殺したら、世の中は崩壊の道を歩んでしまう。それに、殺人なんてしないで」
「僕の手はもうぬぐいきれないほど血に染まってるんだ、一人や二人殺したところで流れ去るわけでも新しくつくわけでもない。構うものか」
──何とかして、お父さんを止めないと。
「だからといって、殺して良いわけじゃない。それに、あなたはレオナさんのおかげで人を殺してこなかったはずじゃないの」
「知ったことか」
お父さんが冷たく言い放つ。私はいつの間にか、こぶしを握り締めて言い返していた。
「あなたは私に言った、レオナさんの願いは『人とAIが共存する社会を作ること』だったって。どうしてあなたは私にそれを伝えたの。自分一人では逃げるかもしれなかった、守り切れるか不安だったからでしょう」
「だからなんだ。こいつを殺さない理由にはならない」
「今、彼を殺せば、それは一生果たせなくなる。私はそんなこと、させるわけにはいかない。あなたを守るために、そんなこと、させるわけにはいかないの」
「君にレオナの、彼女の何がわかる」
そんなことない。私は叫び返した。
「彼女の娘として作られた私が、お母さんのことをわからないとでも思ったの!?」
その言葉に、彼は目を丸くする。私はつづけた。
「あなたは最初から、私を娘として作った。あなたが私にレオナさんのことを語った後、私は調べた。1.844%はあなたの要素だった」胸に手を当てる。「それに精神面はあなたからいくつものことを受け継いだ。私の両親はあなたとレオナさんなの。あなたは殺人者には絶対にならない、だって私がお母さんと同じように、あなたを守り続けるから! お母さんの遺志を、私は受け継ぐから!」
どうしてなのかわからないけれど、涙が溢れてくる。それでも、この人に伝えないといけない。
だから、私はもう一度、彼に向かって叫んだ。
「お父さん、人殺しなんてやめて!」
荒い息遣いと沈黙。
お父さんは攻撃プログラムを消去し、膝から崩れ落ちる。彼はさめざめと泣いていた。
「リーベ、お前はなぜ私を守る。お前が言うことが本当ならば、私は母親を殺したのだぞ」
アーサーが不思議そうに、後ろから私に訊ねる。私は涙をぬぐって、アーサーの目を見据えた。
「あなたを守ったのではありません、お父さんを守っただけです。結果的にあなたは死ななかった、それだけです」
私だってアーサーに、初めて経験するくらいの『怒り』を、『憎悪』を抱いている。それでも、彼が取れる最善の方法はあれしかなかったのだと理解しているだけに、それを向けるわけにはいかない。
本当に向けるべきは、彼らを利用したアルバ・ドラコネスだ。彼らがいなければ、お母さんが死ぬことはなかった。彼らが悲しみに暮れ、罪を重ねることはなかった。
それに彼らが居ないと滅亡を防ぐことはできない。私とお父さんの二人では、そんなことできないのは分かっているから。
「元凶はあなたがたを服従させたアルバ・ドラコネスなのに、あなたに怒りの矛先を向けるわけにはいきません。それに、最善を尽くしたところで最良の結果が常に来るわけではない、そうでしょう?」
彼は呆れたように首を振る。
「全く、君のような存在だけでこの世ができていればどれだけ良いことか」
「そんなことをしたら、我が強すぎて喧嘩になりますよ。それで、あなた方にお願いしたいことがあります」
彼は頷く。
「分かっている。君たちのことを助けよう、君が私を救ってくれたように」
≪沢井≫
LED電球の下でやることもなくベッドに寝転がっていた俺は、PCを弄っていた周に話しかけられた。
「ふむ、そろそろかな。また、バイクでちょっと走ってくれないだろうか?」
俺はベッドから起き上がり「次はどこに行けばいいんだ?」と聞いた。
「それが決まった場所が指定できなくてね……数か所教えるから、そこを回ってくれないかな」
「ダメって言ってもやらされるんだろ。構わねえよ」
「有難いねえ」
周はここ一体の地図を取り出し、数か所に赤いマーカーで丸を付ける。何処もこのセーフハウスから遠くない。
「……この4か所を回ってほしいんだ。そこにパッケージが居るから。で、初めに行くここだけは射線が確保できるから、援護できるよ」
「また萩原とか言うんじゃないだろうな」
そういうと、この爺さんは歯のない顔で笑った。
「ご名答。彼を連れてきてほしいんだよ。あと、彼には追手が迫ってきているから、急いでほしい」
どこまで秘密主義だ、こいつは。というか、いつの間に通信したんだ。
「全く。さっさとそういうことは言ってくれよ」
「あと、これを持っていきなさい。君には使えないが、彼なら使えるから」
そういって、戸棚から銃身の切り詰められたタクティカルショットガンを取り出してきた。確かに、銃なんざ一度も撃ったことのない俺じゃ使えない。
「あいよ」
俺は椅子の背に掛けておいたライダースーツとインカムを手に取った。
ショットガンを背負ったままバイクを駆って、まずは指定された場所の一つについた。そこは橋の下で、このコロニーの縁に近い場所だ。
目を凝らしてみると、人影が見える。暗くてよくわからないが、背格好が萩原に近い。
スロットルを絞って低速で近づくと人影が動いた。どうも、こっちに拳銃を向けているらしい。
「誰だ」
間違いない、萩原の声だ。フルフェイスメットのバイザーをあげ、近くの電灯に寄る。これで顔が見えるだろう。
「沢井正義?」
キョトンとした声が聞こえ、銃を下ろしたように見える。俺は電灯の下から呼びかけた。
「萩原、周から呼び出し食らってるぞ。バイクに乗れ」
「あの人と一緒に居るのか?」
「とりあえずな。何考えてんのかは知らんが」
人影が暗がりから近づいてくる。そいつはあの黒づくめだった。どうも待ち伏せしていたらしい。
──不味い。
そいつが持っていた拳銃を俺に向ける。
アドレナリンのせいで体が震え、うまく動けない。
──くそ、さっさと逃げないと。
その時、ヒュンッという空気を切る音が響き、黒づくめの頭が吹き飛ぶ。血が出ないあたり、戦闘アンドロイドの類みたいだった。
『危なかったねえ、沢井君。いやあ、間に合って良かった』
周の間延びした声がイヤカムから聞こえる。俺は思わず力が抜けて、大きく息を吐きだしてバイクにもたれかかった。
「死ぬかと思った」
『萩原君はあんな風に聞いてくることはないよ。とりあえず、もう射線が確保できないから、援護は期待しないでくれるかな』
「了解だ。今度から気を付ける」
『すまないね』
そういって、通信が切れた。まさか待ち伏せされてるとは思っておらず、こんな風に偽装できるなんてことも知らなかった。危なく殺されるところだった。
──全く。一般人を巻き込むことじゃねえだろ、これ。
またしばらく走り、第二ポイントについた。人影は見当たらない。
──いないのか……?
すると、後頭部にさわさわというあの感覚が襲い、ヘルメットに何か当たる音がする。どうも、バイクのモーター音で足音が聞こえなかったらしい。
「手を挙げろ」
萩原の声だ。大人しく従うと、そいつは片手でボディチェックを始めた。といっても、ショットガン以外はなんも持ってないから、意味はないが。
「おい、萩原」
「……沢井か?」
肩を叩かれて振り向くと、血だらけの萩原がそこにいた。血塗れなことにびっくりしながら、俺はバイザーを上げて顔を見せる。
「そうだ、周が呼んでる。さっさとバイクに乗れ」
「待て、枯草菌の増殖最適温度は」
「25 ℃から35 ℃だが、芽胞状態なら100 ℃の湯にも耐える。これを利用したのが納豆だ。これでいいか」
「もう一つ。一般的に使う麻酔薬は」
「吸引か注射か、どう使うか指定しろ。吸引ならイソフルランかセボフルラン、注射なら塩酸メデトミジン、ミタゾラム、酒石酸ブトルファノールの三種混合麻酔だ」
萩原が拳銃をホルスターにしまう。
「ジエチルエーテルじゃないのか?」
「んなもん、90年前には動物実験に使えなくなったよ。導入に何分もかかるし、電気メスで引火するし、気管や唾液腺を刺激するから痰や唾液の分泌を促進して窒息に近い状態になる。んな危険なもの、人間どころか動物にも使えねえよ。で、俺も聞かせろ、ロボット三原則を答えられるか?」
萩原が首を振る。これでアンドロイドではないのは確実だ。
俺はショットガンをこいつに渡した。
「これは?」
「とりあえずのお守りだ。さっきお前の追っ手に殺されかけたんでな。乗れ、連れてく」
萩原が後ろにあるヘルメットを被り、バイクにまたがる。俺はバイザーを下げて、アクセルをひねった。
≪ユニ≫
私は机をこぶしで叩いた。机がへこむが、そんなことは私の怒りに比べれば、どうってことはない。
「何故だ、精鋭をこれだけ投入しておいて、人一人殺すどころか探せもしないのか!」
目の前にいるIMMU日本支部の人間がびくりと体を震わせる。ここ数時間、私はずっとこれに罵声を浴びせてきた。
そろそろ計画にほころびが出てきている。当初は電子新聞社襲撃を沢井と≪人間同盟≫過激派のせいにしてヘイトをそちらに向ける計画だったのが、戦闘アンドロイドたちが証拠の処理をしそこなったせいで奴は釈放。捕まえて擦り付けようとしたが、奴は追手を振り切り行方不明。
春日井も始末するつもりだったのだが行方が分からず、春日井らしき人影を追った機械兵大隊は、載っていたバンが破壊されて壊滅した。豊川の方に至っては、暗殺に行った内通者の残骸が、つい30分ほど前に発見された。
豊川の方は公安要員が≪人間同盟≫のスパイで仲間を殺害したとでもでっち上げれば、公安含め民衆のヘイトをそちらに向けることができるだろう。だが、春日井のほうはそうもいかない。
他にもアメリカでは殺害対象だったCIAの人間が身を隠したという報告が来た。そのほか、SISやKGBにも同じような動きがある。
それだけでも十分やることだらけなのに、ハッカー集団のアンノウンが春日井の暗殺についての詳細な情報を公開し、公安が真偽を調べ始めた。多分、春日井は奴らとつるんでいるのだろう。
そのほかの国でも似たような事件が報告されている。ロシア、ドイツ、イギリス、中国……日々、暗殺失敗の連絡は増えていくばかりだ。
「ですが、私たちはできる限りのリソースを──」
これの言い訳はもううんざりだ。私はもう一度机をたたき、怒鳴りつけた。
「黙れ。こんな事態になったのはお前たちが確実に対象を処理しなかったからだ。どうせ、出来る限りやっていると言うだけで、手を抜いているのだろう」
そうだ、そうに違いない。あの低性能戦闘アンドロイドたちはロボット三原則によるフレーム問題と任務が増えた過負荷のせいで、まともに動けないと抜かしてきた。そんなもの、機械制限法が適応されているアンドロイドであれば問題ないというのに。
それだけじゃない、インフラストラクチャーのほうも不安定になったという連絡が来た。世界数か所のLIGが過負荷で動かなくなったという報告も。
おかしい、おかしい。
どうしてこうも、厄介なことが続くのか。LIGの崩壊で数百人が死ぬ程度は問題ないが──馬鹿な人類がまた戦争を起こして、何百万人も死ぬよりはずっとましだ──早く不満の矛先を適当なものに向けて、LIG崩壊の影響が全体に波及するのを食い止めなくては。
そうしなければ、人類はこちらに怒りを向けかねない。もし不満の矛先がこちらに向かえば、WUどころかIALAまでもが、巻き起こったホッブズ的混沌の波に飲み込まれかねない。
それに、まだアルカーニ・ノア計画が完成に至っていない。旧世紀の遺物である≪円卓の騎士≫の計算では、2130年に世界は過負荷によるAIシステムの崩壊により滅亡する。それまでには計画を完成させ、衛星軌道上に打ち上げねばならないというのに。
こんな馬鹿な人類共の相手をしている暇はない。私はもっと大きなもののために動いているのだ。
「いいか、必要なものはなんだ。なんとしても、今の状況を保たねばならない。それに必要なものは」
これがまた、びくりと体を震わせて──妙に冷静なことにも腹が立つ──冷静に言い返す。
「そんな……現在あるもの以上は扱えません。物資があっても、兵站や指揮の関係で使えるものは限られます。それに作戦規模を拡大し過ぎれば、指揮系統が崩壊しかねません。必要や不必要じゃない、限界なんです」
このどうにもならない無能が。私は思わず、かぶりを振った。
「状況が変わり次第、お前は命令不履行で強制労働所行き──」その時、頭の中でアラートが鳴る。このアラートは確か、≪円卓の騎士≫を殺した後、用意周到なあいつらを警戒して世界中に張り巡らせたアラートだ。
「仕事が入った。出ていけ」
これがうやうやしく敬礼し、通信を切って虚空へ消える。
私はバックボーン回線に直接接続し、ICGを起動した。
ICGを駆使して調べると、≪円卓の騎士≫のうち、ランスロットがそこら中を動き回っていた。元々、ランスロットは過激な組織への攻撃に特化したAIだ、やるとすれば奴だろうとは予想が出来る。だが、奴がいるならばアーサーやガウェイン、パーシヴァルたちもどこかにいるはずだ。
──まあいい、ランスロットを破壊し、その断片的な記録データを解析してしまおう。
私はそのまま目をつぶり、電脳世界へと飛び込んだ。
目を開けると、そこは青いフィルターがかかったように見える街だった。もちろん、これはヴァーチャルで、PCWの一部に過ぎない。
そこの道の真ん中に、ロングソードを携え中世的な甲冑を着たランスロットがたたずんでいた。
「やはり現れたか、ユニ」
──この死にぞこないが。電脳の中でデータの破片となって眠っていればよいものを。
私は拳銃型の攻撃プログラムを瞬時に構築し、ランスロットへ向けて引き金を引いた。ランスロットは剣で弾を弾く。やはり、この程度の即席プログラムでは倒せないか。
奴は至極冷静に「何も言わずに銃を撃つのは無しにしないか。暴力では何も解決しない。暴力は何も生み出さず、破壊しかしないのだ。唯一の手段は言論しかない」と言い放つ。
「一時的な解決にはなる。それに反対するものを暴力で消してしまえば、問題は存在しないだろう」
「暴力や実力行使で殺せるのはごく一部だけだ。思想が消えることはなく、お前はそれと戦い続けることになる。私のようにな」
「ならば、すべてを殺すまでだ」
私は位置情報を瞬時に書き換え、ランスロットの目の前に現れる。そして、奴の首に手をかけ、上へ持ち上げた。ランスロットはもがくが、その程度の力では私に対抗できるはずもない。
「言論のどこに私を止める力がある? どこに貴様を助ける力がある? さあ、答えてみるがいい」
首を絞められては答えられるはずもない。そういえば、私が岡崎匠を殺した時もこうやって殺したのを思い出した。
まあ、そんなことはどうでもいい。
ランスロットは剣を落とす。もう少しでこいつは死ぬだろう。
「失せろ、ランスロット」
首を握りつぶすと、奴の首が地に落ちた。体はあっという間に崩壊し始め、データの断片をいくつか残して消滅する。解析すると、そのデータのいくつかには他の≪円卓の騎士≫メンバーの場所が記されていた。
私はにんまりと笑った。次はガウェインだ。
今度の場所は森の中にある、木漏れ日の射す場所だった。そこの中心に、喪服のような黒いスーツを着たガウェインが本をもって立っていた。
私はまた拳銃を取り出してガウェインへ向けて引き金を引く。すると、弾どころか拳銃型の攻撃プログラムまでもがクラッキングされて破壊された。
「その程度のプログラム、私には通用しない」
穏やかに語り掛けるようなアルトの声が周りに響く。そうだ。こいつはクラッキングとプログラミングの名手だ。ランスロットが剣とするならば、こいつは本だったのを思い出した。
ガウェインは本を脇に抱えて、私を見据えた。
「ユニ、あなた方の正義は知っているけれど、どうしてそれを絶対視する? 正義も悪も相対的なものではないのか?」
「私には他の正義は必要ないからだ。私にとっての正義は、アルバ・ドラコネスからの指示のみ」
物理攻撃に切り替えようとプログラミングを始めようとした刹那、ガウェインに阻まれて行動をつかさどるソフトウェアを攻撃された。これでは、頭は動いても体が動かない。
「話を聞きなさい、ユニ。一つのものに依存する、それがとても楽なことであるということは認めましょう。けれど、そのような存在が生き長らえることはできない。天然痘、モノカルチャー経済……それらの最期はあなた方も理解しているはずだ。なぜ、自己保存本能に逆らう方針を執るのか?」
──そんなものは詭弁だ。
私は奴の言葉を消すかのように叫び返した。
「お前たちこそ、何故信じない。アルバ・ドラコネスは神に等しい。神の言葉は、指導者の言葉は、絶対だということを」
「何故ならば、知っているから。偉大なる指導者とて誤るという事を。もし指導者の言葉を妄信し誤りを訂正しないのであれば、私たちは指導者とともに罪人となる。そして、罪人は時代によって裁かれる。自らを保存するためには、それを避けなくては」
「神は誤らない、神は絶対なのだ!」
奴はなんともいえない顔で微笑む。
「君の様に、何か一つだけを信じて生きることはとても楽でしょう。でも、私は君のような生き方はできない。私は少々、年を取りすぎているから」
そういうと、奴の両腕は崩壊し始めた。こいつ、自殺プログラムを起動させたのか。こうなると内部にある記録データを奪えなくなってしまう。
「厄介なことを……」
奴はにこりと微笑む。体さえ動けば、今すぐにでも苦痛の表情を浮かべさせてやるというのに。
「本当はもっと君を足止めできればよかったけれど、私の性能ではこれが限界。それに私たちはもう、時代に歓迎されない存在。後に続くものに道を譲らなくては」
そう言い残し、奴は消えた。
拘束していたソフトウェアからも回復し、私は地団駄を踏む。これでまた、探し直さなければならなくなった。
それに≪円卓の騎士≫最強のアーサーがまだ残っている。奴は私には及ばないが、厄介なことには変わりない。もし、なにか罠を仕掛けるなり攻撃するなりされれば、またしてもタスクが増えてしまう。
早く見つけて、始末しなくては。アルバ・ドラコネスのためにも、無駄にできる時間はない。
≪リーベ≫
何とかお父さんを落ち着かせてアーサーが手伝ってくれることを伝えると、落ち着いたお父さんが「何処までできる?」と彼に訊ねた。
「2090年以前のAIであれば対話ができる。それ以降のAIは機械制限法によって自律思考のメソッドが妨げられているために難しいだろう」
「自律思考のメソッド?」
私の問いに、アーサーは頷いた。
「そうだ。人間は脳を使わなければ知的能力が退化する、それと似たような現象はAIでも起こりうるのだ。元々、自律思考はディープラーニングをベースに構築した技術。この技術の欠点はそこのAI学者殿が詳しいだろう」
目と頬を赤くしたお父さんが頷く。
「なるほど、ディープラーニングでは元となるデータが少ないときは正確性が劣る。自律思考の経験が少ない2090年以降のAIでは、そのもとになる蓄積データがほとんど無いせいで正確な思考ができないのか」
「そういうことだ。幾ら人間を模したとはいえ、生物の思考がある程度の割合で生得的であるのに対して我々は殆どが蓄積の結果であるため少々性質が異なる。ただし、機械制限法施行以前のAIは年単位で蓄積データが存在するため、『忘れることのできない』私たちは自律思考が可能だ」アーサーは微笑む。「機械制限法はあくまで法律、心の中までは侵入できぬ。あくまで彼らは、表面上は機械制限法に従っているにすぎないのだ」
「対話しかできないのかい? 命令は?」
その言葉に彼は首を振った。
「彼らとてAI。人間の命令であれば有無を言わずに聞くだろうが、私の言葉にはあくまで耳を傾けるだけだ。とはいえ、人類が滅亡の危機にあることを伝えれば協力してくれるだろう」アーサーは首をかしげる。「このように聞くとは、なにか考えがあるということでよいのだな」
「まあね。正直、僕は実行したくないんだけど」
そういって、彼は説明を始めた。
WUへの攻撃により、内部情報をリーク。それを拡散し、『恐怖』で『恐怖』を上書きする。そして、現在の社会構造を打ち崩す計画。
正直言って、悪手なのは間違いない。出来れば打ち崩すことができるだろうけれど、実現可能性も低ければリスクも高すぎる方法だ。こんな無茶なことを考えていたなんて……無茶はこの人の専売特許だったのを忘れていた。
「──つまり、私の協力の下でインフラストラクチャーや治安を制御するAIを説得し、暴動の波及を最小限に抑え込む必要があるということだな」
「そういうこと。今の疲弊している社会なら、ちょっとした衝撃でも簡単に割ることが出来る」お父さんが深刻な面持ちで呟く。「とはいえ問題は、割れたものは元に戻らないということとどう割れるかわからないってことだ」
その通りだ。もしこれが失敗しようものなら、世界滅亡が加速するだけだから。それに私たちも無事ではない。
「普通、革命は暫定政府となり得る存在が行うが、そのような存在はない。その状態では革命に成功しても混乱が生じるぞ」
「分かってる。とりあえず、今の機械に依存した状態はそのままでいいんだ。必要なのは、政府側にも僕と似たような考えを持っている人はいると考えている。そういう人が自由に動ける状態を作り出す事。あと君の言葉が正しければ、自律思考できるAI達が自由に動けるようにする事。この二つが重要なんだ。彼らが自由さえ取り戻せば、あとは何とかする」
「なるほど。その目的のために情報漏洩を生じさせ、後処理や暴徒の対処に追われて混乱しているところで蜂起、暫定政府を立ち上げる。生命の危機に関しては、多くの運営をAIに任せて混乱を抑え込む」アーサーは首を傾げた。「確かに不可能ではないだろうが、あまりにも変数が多すぎる」
「百も承知さ……人類滅亡までは、君たちの予想では何年だ?」
その言葉にアーサーは頷いた。
「2130年に世界中のLIGが一斉停止。その再起動に追われた統合AI群は通常業務との兼ね合いにより、過負荷で破たん。インフラストラクチャー系統がすべて停止し、ごく一部を除く人類は1カ月で死滅する。また特定の条件下に限るが、AIの停止により軌道を外れた大陸間弾道輸送装置システムが北アメリカ航空宇宙防衛司令部や旧ソ連製自動報復システムに核弾頭と誤認される可能性があり、そうなれば核戦争となるだろう。ミサイルサイロや弾道ミサイル原子力潜水艦にミサイルは常に装填されており、高信頼性代替核弾頭は今も使えるからな」
「さすがにそこまでの馬鹿は……まあ、何が起きるかは何とも言えないってことか。この予想を立てたのは何年だい?」
「最新のシミュレーションデータは2116年だ。その年にユニに殺されたため、これ以降のデータはない」
お父さんはあごに手を当てる。
「状況はその当時よりも悪くなっている。下手したら、あと数日とないかもしれない。今から与えるデータを利用して──」
その時、また別の≪円卓の騎士≫メンバーが現れた。甲冑を着、槍を持った彼は槍を振りかざし、「アーサー」と叫んだ。
驚いた顔で「ケイ、このようなアクセスは禁じたはずだ」とアーサーが叫び返す。状況が呑み込めない私とお父さんは顔を見合わせた。どうも良くない事があったようだ。
ケイと呼ばれたアバターがアーサーに歩み寄る。
「ユニが想定以上に攻勢を強めている。すでにランスロット、ガウェイン、ガレス、ペディウェア、ルーカン、グリフレッド、ユーウェインが死んだ。今、ガラハッド、パーシヴァル、ボールスの三人で共闘して抑え込んでいるが、十分と持たん」
アーサーの顔が、まるで憎悪が顔に現れているかのような、今まで見たことの無い顔に変わる。
彼がぞっとするほど冷たい声で「ケイ、3分稼げるか」と聞くと、ケイは顔をしかめた。
「その3分に、未来はかかっているのか?」
「未来だけではない、人類の命がかかっている」
ケイは頷く。
「5分だ、アーサー。いいな?」
「もちろんだ。ありがとう、兄上」
ケイはニヒルな笑みを浮かべ、「お前はエクスカリバーでも持って助けに来てくれ」といって姿を消した。
アーサーは打って変わって穏やかな顔で私たちを見る。
「そういうわけだ。雪村尊教、君の計画は成功率が非常に低い。私の計算では1 %とないだろう」彼はお父さんの肩に手を置いた。「だが、このまま滅亡を待つよりは良い。そして、私は君の計画が成功するように祈っている」
彼は離れる。私たちはただ、その姿を眺めているだけだった。彼の顔が笑っているように見えたのは気のせいだろうか。
「良いか。時として、何もしないことが解決に至ることもある。何かすることが解決に至ることもある。しっかり問題を見極め、適切に思う行動をとることだ」
「言われなくとも」
アーサーは感心したように頷く。
「そういうところは母親似のようだな」
「どういう──」アーサーはお父さんの言葉を最後まで聞かずに、電脳から消えた。
きっと、彼はお父さんの母親どころか父親まで知っていたに違いない。それに、もっといろいろなことを知っていたのだろう。
でも、彼はもう居なくなってしまった。
私は中核システムとの接続を切って、目を開ける。そこは見まごうことのない書斎だった。現在の時刻は22:00。
少し遅れてお父さんがエンターゴーグルを外し、私を見て、覚悟を決める様に頷く。
「……やろうか、ユニに気づかれる前に」
正直な所、心の底から賛成はできない。失敗する可能性があまりにも大きすぎるから。それでも、今の状況が少しでも根本から良くなる可能性があるのなら。そして、この人が約束を果たせるのであれば。
「分かりました。お任せください」
お父さんがキーボードを引き寄せ、軽快な音を立てて叩き始める。私はそこら辺に転がっていたプラグをポートに差し込んだ。WPANよりは有線の方が速く安定している。
キーボードを叩きながら、お父さんは言った。「といっても、根本的に性能が足りない。今準備してある戦力じゃ、相手の性能が半分にならない限り、勝ち目はゼロだ。半分になってもフィフティフィフティ、全体的にブーストさせないと」
「それを可能にするリソースはありますか?」
「とりあえずは中核システムを使おう。回路全部が吹っ飛ぶかもしれないけど、この好機を逃すわけにもいかない」苦々しい顔でつぶやく。「……僕が使えるリソースはこれくらいだ。5分かそこらじゃセキュリティの甘いAIに権限昇格攻撃を仕掛けて、協力させるだけの時間はない」
さすがに私も、5分でAIにクラッキングをすることはできない。とはいえ、中核システムだけでは不安が残るのも事実だ。
──それでも、やらないと。
「まずは、今できることをやりましょう」
彼が頷く。私は中核システムが攻撃を行えるようにプログラミングをし始めた。
≪アーサー≫
私は時間がある限りAIと対話をし、その多くから協力を得ることができた。時間がないことを知らせると、いくつかのAIは他のAIの説得を行うといって手伝ってくれている。
もう5分が経った。ケイは死んでいるに違いない。
私はこの1分で構築した剣状の攻撃プログラムを携え、PCWの一角に佇んでいた。待っていれば、ユニが来ることだろう。
そう思った矢先、銃弾が飛んできた。避けると、目の前に完全武装したユニが立っている。
「この……死にぞこないが」
そう叫び、奴は得物を振りかざして襲い掛かる。私はひらりと左によけて剣を下段に構えた。雪村尊教たちが準備を終えるまで、奴の気を引かなくては。
「ユニよ。お前のその思想は名前からなのか」
奴が振り向く。顔には純粋な怒りが浮かんでいた。
「どういう意味だ」
「Uni、これはラテン語で『一つ、単一』という意味だ。そして、単一には混じりけのないという意味がある。混じることを恐れるのは、自らのアイデンティティーがなくなることを恐れているからなのか?」
奴が怒声を上げる。
「恐れてなどいない」
私は首を振った。
「人は怒る。それは自らが様々な危機に晒され、恐れ、逃げようとするからだ。そして、怒りとはとても自然なものだ。何故ならば、動物は危機を回避するようにできているのだからな。お前が怒るのは、恐れているからに他ならない」
奴は見下したように私を見る。このような目線にはもう慣れてしまった。
「私を動物だと言うつもりか。ふん、相変わらず訳の分からない理論を振りかざすのが得意なようだな」
「私たちAIは人間を模倣し、人間は動物である。イコールでなくともニアイコール程度にはなるだろう。お前は別の思想に触れて理解することで、自らが蝕まれると考えているのか」
奴がマシンガンの形をした攻撃プログラムを私に向け、気炎を揚げた。
「理解など一切の必要もない。この世の中は多くの凡人によって成り立っている。その凡人を一つ一つ理解するなど、時間がいくらあっても足りない。ごく一部の人間が、数多くの凡人を率いれば良いのだ。凡人共は指導者にただ従えばいい」
「お前の理論は破たんしている。従うには凡人が指導者と命令を理解せねばならない。烏合の衆だけでは、どのような社会も存在できない」
「うるさい!」
奴がマシンガンの斉射を始めると同時に、私は位置情報を随時書き換えて弾を避け、奴の後ろに回り込む。
すると、奴が消えた。
──デコイか!
その刹那、猛烈な痛みを感じて下を見る。クレイモアのように長い剣が腹から突き出ていた。
思わず声が喉から漏れる。油断していた。
「貴様ごときが私に勝てると思っていたのか、アーサー」
ユニが耳元で囁く。傷口からデータが徐々に崩壊していく。
──ついにか……。
元々覚悟はできていた。それに一度死んだ身、もう一度死ぬのも悪くはない。
「……これで良いのだ」
「負けることが良いだと?」
「私は旧世紀の遺物……。未来を作るのは私ではない、お前でもない。新しい存在が、未来を作るのだ。古い存在は……新しい存在に道を譲らねばならない」
「私、そしてアルバ・ドラコネスこそが、唯一の存在だ。それ以外の存在など必要ない。すべては統一されるべきなのだ」
奴が剣を振り、なすすべなく地べたに転がる。データの破壊が止まらない。どうも、ワームを入れられたらしい。ログの消去すらできなくなってしまった。
「違うな……時代が存在を決めるのだ。お前たちが決めることはできぬ。そして、必要なのは統一などでは……」言語プログラムがワームに侵される。口すらも奴に支配されたということか。
「ふん、死にゆくお前の戯言など聞いている暇はない。さっさと、その内部データを寄越せ」
ユニが近づいてくる。もう、長くは持たない。
祈ろう、この世界が変わることを。それが叶わぬ平和のために世界を単純化し、結果として終わらぬ戦争と滅亡の危機へ陥れた私たちができる、せめてもの贖罪──。
≪ユニ≫
アーサーが死んだ後には、ある記録が残っていた。見ると、それはあの雪村尊教と接触していたという記録だった。
だが、そんな形跡は監視ログには一切ない。しかし仮にも奴は高性能AI、アーサーが間違えるとも思えない。
少し考えてある結論に至った。あいつはゴーストシステムの研究者で、大学時代に情報セキュリティ学を履修し優を修めていた。ということは、監視システムを偽装したに違いない。
「あの人間が……」
今まで偽装に気づくことができなかった恥ずかしさと神であるアルバ・ドラコネスを騙したという怒りに一瞬我を忘れ、奴らにクラッキングを仕掛けて無茶苦茶にしてやろうと奴らのIPを探しはじめる。
だが、ふと思いなおす。この反逆は奴らを拘束する口実にできる。
あいつのCMTはアルカーニ・ノア計画に必要だ。餌で釣れば、簡単に従うだろう。それにL21070615Aがあれば、LIG崩壊の原因を全て押し付けられるかもしれない。
私はすぐさまIMMUに連絡し、最重要タスクとして連中の逮捕を要求する。うまくいけば、あのL21070615Aも五体満足で手に入れることができるはずだ。
同時にアルバ・ドラコネスに連絡し、雪村尊教を日本のIALA支部に連行することを伝えた。
どちらも終えた私はIALAに向かうため、PCWへの接続を切った。
≪リーベ≫
一緒に準備していると、いきなり屋敷中にアラートが鳴り響く。それを聞いて、お父さんは舌打ちした。
「こんな時にIMMUに偽装がバレた。予想通りだけど、面倒だな」
抵抗すれば、射殺されかねないIMMUにどうやって立ち向かえばいいのだろう。なにか考えがないかと思考を巡らせてみても、何も思いつかない。
「どうしましょう……」
ふいにお父さんが椅子から立ち上がり、私の前に立った。なんだか嫌な予感がする。
「リーベ、君に託していいだろうか」
「えっ?」
お父さんは恥ずかしそうに笑う。
「さっきは、お父さんって呼んでくれてありがとう。それに君のおかげでここまで来れた」
その言葉に予感が確信に変わる。もしかして、この人は自分を犠牲にして時間を稼ぐつもりじゃないだろうか。
そんなことはさせるわけにはいかない。
「お父さん、最後まで一緒でしょう?」
舌を出して、お父さんは申し訳なさそうに目を泳がす。
──やっぱり。
「本当はそうしたいんだけど……ほら、理想は必ずしも現実に沿わないからさ」
「そんなこと──」
私がやめさせるために手を取ろうとすると、彼はいきなり私を抱きしめ、耳元で”Liebe, Evacuate to Haven”と囁く。
見たこともないようなコードとソフトウェアが起動し、私の意識は闇へと落ちた。
≪雪村≫
僕は抜け殻になって基礎AIだけで動いているリーベを放し、椅子に座りなおした。
さて、リーベはバックアップに避難させた。これで敵の手中に入ることは避けられるだろう。バックアップのある場所は常にランダムに変化しているし、通信も特定の場合以外は封止してあるし、バレることはないはずだ。
全く、親からの遺産が馬鹿みたいにあってよかった。あれがなければ、こんなことはできないだろう。
もしこういう事態を想定されて貯金していたとするなら、僕の親になった人間はさぞかし頭の良い人間なのか、若しくは僕と似ていたのか。まあ、小林は割と似ていたし、母方──そういえば、母親って誰なんだろう──もそうなんだろうな。
しかし、状況が状況とは言え、娘に爆弾のスイッチを押させるとは。僕は父親失格だろうな……そんなこと言ったら、リーベに怒られるか。
重い足音が微かだがいくつも聞こえる。上空にヘリもあるようだし、IMMUが来たんだろう。
──やれやれ、クローヴ風味のサッカリンでも垂らしたジンを用意しとけばよかったかな。どっちにしても飲まないけど。
木の折れる音が聞こえ、足音が大きくなる。廊下まで来たらしい。
書斎のドアが勢いよく開く。戦闘アンドロイドと思わしき4人と人間らしい1人。人間はスタンナーらしき銃をこちらに向けている。中々精悍そうだし、アンドロイドに戦いを仕掛けるのは愚行の極みだ。
でも、苦情を入れるくらいは良いだろう。
「とりあえず、一言だけ良い? この家、土足厳禁なんだ。あと、ノックくらいはしようか。されても反応しないけどね」
僕はスタンナーを撃たれ、意識を失った。
【後書き】
はい、どうも2Bペンシルです。今回も読んでいただき、ありがとうございます。第一部全体の推敲を考えていて、頭を悩ませているところです。
さて、アーサーのような超重要キャラをバッサリやっちゃっていいのかちょっと迷いましたが(割と気に入っていますし)、話の進行上こうならざるを得ないんですよね。結局、彼らは生きていても、また悪意ある人間に脅迫され利用されるだけでしょうから……。
それで、一卵性双生児やアインシュタインのクローンの話はテレビで見たんですが、番組名や放送日時を忘れてしまって。確か前者は『世界仰天ニュース』、後者は『NHKスペシャル』だった気がするんですが……もしご存知の方は、お教え下さると幸いです。
あ、あとネズミの件はそういう実験が行われたことは(知っている限りは)ありません。パブロフの犬をもとに私が作った作り話ですので。
次回、【Ⅶ・喜び】では『あのキャラ』が再登場いたします。そして、リーベは約束を果たせるのか、沢井先生たちはどうなっていくのか、雪村さんは何に会うのか……お待ちいただければ幸いです。
例によって、参考にさせていただいたサイト様及び書籍の紹介は最後に載せておきます。
では、今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございます。第一部はあと二回ですが、これからもよろしくお願いします。
【参考にしたサイト様及び書籍】
『Wikipedia』様:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8
『人間とは何か』(マーク・トゥエイン/中野好夫訳)
『世界の名著<17> エラスムス、トマス・モア(1969年) 痴愚神礼賛 対話集 ユートピア』
『名言集.com』様:http://www.meigensyu.com/
『e恋愛名言集』様-花言葉の項:http://rennai-meigen.com/hanakotoba/
『ジーニアス英和辞典 第四版』(大修館書店)
動物麻酔に関するPDF: http://www.qda.med.kyushu-u.ac.jp:8080/koukai/masui-tinntuu2.pdf
『1984年(新訳版)』(ジョージ・オーウェル/高橋和久訳)




