表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私のこころ  作者: 2Bペンシル
第一部・5
14/26

【Ⅳ・嫌悪】

※暴力的なシーンがありますので、お気を付けください。また、真似だけは絶対にされない様にお願いいたします。


2018/9/30 全体の修正、校正及び推敲を行いました。

≪沢井≫

 俺は椅子に座った萩原と向かい合っていた。つい数日前とは打って変わって、その目にギラギラした野生動物じみた光が見えないのは見間違いだろうか。

「よう、萩原。聞き込み、どうだった」

 俺のことをにらんできたものの、どうも覇気に欠ける。

 それで思い当たった。多分、雪村とコンフィアンス──周防のことだ、どうせ誰か来ても出てこないだろう──がこいつの予想通りの回答をしなかったもんで、意思をばっきり折られたに違いない。

 萩原が唐突に俺に話しかけてくる。

「お前の友人ってのは、全員あんなんなのか?」

「あー……『類は友を呼ぶ』ってやつだ。まあ、友人自体この閉鎖的な社会じゃ作りにくいけどな」

 思えば、確かに十分おかしい俺から見ても、おかしい連中ばっかりだ。

 死んだ妻のためと言って両極端なことをする好男子に、知能が異常に発達しているのに対人が全くダメな人当たりの良い男。あとはどっちも死んじまったが、自由を守り続けた老紳士もいれば、動物が好きだという理由だけで俺に協力する美少女もいたな。

 全員良い奴なのは間違いないが、なぜこうも極端なのばっかりなのか。多分、一生答えは見つからないだろうな。

 その時、ドアが開いて別の見たことのない公安要員が萩原にファイルを手渡す。ファイルの中を見たこいつは、驚いたように何度か目を瞬く。

「どうした?」

 顔を上げた萩原は、鳩が豆鉄砲でも食らったみたいな顔をしていた。

「お前は釈放だ」

「なんでまたいきなり。何があったんだ?」

「J2DFの連中がお前の持っているバンと、ナンバープレートから車体番号までうり二つの弾痕だらけの茶色いバンを見つけたんだ。で、そこからお前のDNAは出てこなかった」

 奴が俺の後ろに回って、俺を椅子に固定していた紐を外す。そして、「済まなかった」と謝ってきた。

 あまりの急展開に戸惑ったものの、釈放されたならそれでいい。あとは犯人さえ見つけてくれればな。

 俺は肩をすくめた。

「しゃーねーさ。むしろ、あんたら公安がそれなりに仕事してるってのが分かって安心したよ」俺は椅子から立ち上がって手をさすった。「ただ、あの二人を殺した奴は見つけてくれ。あれは人間がやることじゃねえ、(けだもの)以下がやることだ」

 奴はもちろんと言わんばかりに頷く。

「分かってる」

 そして、俺は奴に付き添われて取調室の外に数日ぶりに出た。さて、動物たちが元気だといいんだが。


≪豊川≫

 沢井を外に送り出して──その頃には手続きやらなんやらで時間がかかり、すでに外は暗くなっていた──から、私は地下の物品庫に行った。そこに弾痕だらけのバンが収容されており、科学捜査班(CSU)がスキャナで捜査している筈だ。

 だがエレベーターを降りると、目の前には黒服の男が5人立っており、証拠品の入った段ボールが積まれているだけだった。CSUやバンの姿はどこにもない。

「あなたたちは?」

 男の一人が政府公認の許可証を私の目の前に掲げる。そこには、国際機関管理部隊(IMMU)の文字があった。

 おかしい、IMMUには何にも関係のない事件のはずだ。

「IMMUがどうしてここに?」

 男は私の質問を無視して、「電子新聞社襲撃事件はこちらで捜査することに決定した。捜査資料、被疑者、証拠品などをすべてこちらに提出するように」と言い放つ。

「なぜIMMUが関与する必要がある? 機械なんて、これっぽちも関わっていないのに」

国際検察庁(IPO)の決定だ。すべて渡せ」

 私の反論に対して、まるで機械の様に男は冷たく言う。声に感情が微塵も感じられない。

 しかし、IPOの決定に地区の公安や警察組織は反論できないのは確かだ。そんなことをすれば、私が強制労働所行になる。

 私はため息をついた。「良いだろう、捜査資料と証拠品はすべて渡す」

「被疑者は」

「もういない。唯一の被疑者は証拠品のおかげで解放された」

 すると捜査員は顔をしかめたが、しばらくしたら理解したかのように頷いた。

「わかった。では」

 男が片手で指示すると、後の四人がてんでばらばらに証拠品や資料を入れたダンボールを持って、エレベーターに向かう。

 腑に落ちないなんてもんじゃない。これは時代さえ違えば、立派な捜査妨害だ。それに捜査もほとんど振出しに戻ったというのに、これじゃ振出しどころかゲームすら始められないじゃないか。

 あまりの理不尽さにむかついた私は、最後の一箱をもってエレベーターへ向かった男の後ろ姿へ言葉を投げる。

「時代さえ違えば、お前らを捜査妨害で訴えられたのにな」

 そういうと、奴は振り返って薄ら笑いを顔に浮かべた。

「ミスタ、時代は私たちの味方なのだ、あなた方のような人間の味方ではない。そして正義は常に勝ってきたのだよ」

 私はその言葉に違和感と恐怖心を覚えて、体が硬直する。その言葉の中に、私たちが何をしようと奴らに都合の悪いことはすべて消えてしまう、とでもいうようなニュアンスを感じ取ったからだ。

 それに、まるで自分たちは人間ではないかのような響きも。

 固まっている私をよそに、奴はエレベーターの方へ向き直り、そのまま中に入って上へあがっていった。

 しばらくして、私は気力を振り絞るようにため息をつく。

 私はどうするべきだろうか。このまま連中が捜査を進めたら、どうなるだろうか。

 間違いなく沢井正義に罪を擦り付けて、「恐ろしいテロリストを捕まえた」と言って自らの手柄を立てつつ、真相を闇に葬るだろう。

 その時、春日井警視監の『冤罪だけは、絶対に避けなさい』という言葉を思い出した。もし、あの人がこの場にいたとしたら、なんというだろうか。きっと、あの人のことだから独自に捜査を続けようとするだろう。

 なら、私は彼の遺志を継ごう。

 幸いなことに記憶力には自信があるから、証拠品がどんなものだったかは覚えている。それに捜査資料もコピーを取っていたはずだ。

 私はエレベーターに向かって走った。早い方がいい、奴らが沢井正義を捕まえる前に。


≪沢井≫

 俺は公安から家までの10 kmほどをゆっくりと歩いていた。正確には途中まで運動がてらに走っていたのだが、息が切れて走るのを止めた。

「やれやれ……数日運動してないだけで、ここまで体力落ちるかね」

 まあ、荷物もほとんどすべて家に置いてあるし、身軽なのは良いことだ。ゆっくり景色でも眺めながら歩いていよう。動物たちの世話は弁護士に任せてあるしな。

 その時、後頭部をさわさわと触られるような感覚が、俺を襲った。

 この感覚は生まれつきのもので、俺やその周りの誰かがヤバイときにはいつもこの感覚に襲われる。この感覚には何度も救われていて、左腕だけが義手で済んでいるのもこいつのおかげだ。

 雪村いわく、「無意識は意識外のことにも反応するから、それじゃないかな。人間の感覚は僕らが意識する以上に鋭敏だから、意識が気づけない変化にも気づくんだろう。例えば、目の端でとらえたナイフとか後ろから聞こえる微かな息遣いとか」とのことで、たぶんそういうことなんだろう。

 そして、予定調和というべきか……前から黒塗りのSUV二台がかなりの速度で走ってくるのが見えた。街灯に照らされているというのに中が見えないのは、スモークガラスだからだろう。

──こいつは良くなさそうだ。

 俺は咄嗟に、近くの路地裏まで走って身を隠す。案の定、近くの道に盛大なブレーキ音を響かせてSUVが止まった。ドアが開いて10人くらいの黒い戦闘服を着た男たちが出てくる。手には何か持ってるみたいだが、さすがに暗すぎてわからない。

──ま、拳銃か何かだろうな。

 一瞬公安かと思ったが、用があるなら連絡先を知っているんだから連絡すりゃあいい。こんな風に強行突入まがいのことをする必要はない。

 しかし、どうにもタイミングが良すぎる。別の証拠が見つかり俺が釈放され、捜査が振出しに戻ったタイミングでこんな風に襲撃してくるなんて。

 一体こいつら、何なんだ?

 まあ、考えてもわからんものはわからん……仕方ない、公安ビルに戻ろう。彼らなら保護にしてくれるだろうし、この正体不明の連中も襲ってくるようなことはしないだろう。

 俺は隠れている場所から飛び出して、裏道を使いながら公安の方に走った。


 少し走ると、後ろから走る音と怒鳴り声が聞こえた。日本語じゃなさそうだが、英語やドイツ語でもない。とはいえ、走る音と合わさっているってことは、俺の姿を見つけたらしい。

 俺はすぐに角を曲がって、壁に張り付く。走る足音がどんどん大きくなる。相手はたぶん一人。この角まであと2 mくらいのはずだ。

 真横に奴が来て、姿が見えた。黒い服と曇り空のせいで、シルエットは朧げだが問題ない。

──今だ。

 全力で裏拳を奴の顔に叩き込む。裏拳は角を曲がるためにこっちを向いた奴の顎を的確にとらえたようで、人間にしては妙に硬い感触とともに黒づくめの体は道路に崩れ落ちた。

 俺はそいつのそばにしゃがんで拳銃を手に取る。確か、このタイプは公的機関に支給されている奴だったと思うが……まあいい、使えるもんは奪っとけ。

「すまんな。追っかけてこなけりゃ、俺もこんなことはしないんだ」

 ただ、あの感覚はどうも人間っぽくない。そう思って、バラクラバを剥いでみる。すると、下にあったのは硬質プラスティック製のヘッドで、それが裏拳を食らって割れていた。

──なに……?

 こいつは人間じゃない、アンドロイドだ。

 そういえば、雪村から追跡戦闘用アンドロイドなんてものが存在するとは聞いたことがある。あの時、生物学的に人間の体は不安定なのに何で真似るんだと聞いたが、あいつは肩をすくめて「人間用の武器をそのまま使えるから、製造ラインを変える必要がないんだ」といっていたのを思い出した。

 ともかく、追いかけてきているのは戦闘に特化したアンドロイドで、そんなものを運用するのは政府か国際機関だけだ。

──また厄介ごとに巻き込まれたか。一難去ってまた一難……だな。

 自分の不運さに呆れつつ、俺は拳銃をベルトに差し込んでから走り始めた。


 少し走ると、ふいにまたあの感覚に襲われた。

 すぐさま適当な路地の角に隠れると、空気を切り裂くような銃声が聞こえる。多分、俺を狙って撃ったものだろう。つまり、こいつらは俺が死ぬか怪我しても構わんらしい。

 俺は拳銃を抜いて、手こずりながらマガジンを引き抜いて中身を確認する。口径は詳しくないんで知らんが、15発入ってる。スライドを引くとチェンバー? チャンバー? にも一発。

 ということは16発あるってことか。それで正体、戦力、人数不明の連中と撃ち合うのは愚策だろう。こうなると、どこぞの筋肉モリモリマッチョマンの変態みたいに四連装ロケットランチャーかマシンガンが欲しくなるな。

「馬鹿なこと考えてないで、さっさと逃げるか」

 俺はまた、別の道に向かって走った。この町は区画に綺麗に分かれてるから、どの道を通っても数百通りのルートがあるのは逃げる側としては助かる。

──つっても、待ち伏せされてなければの話だがな。


 しばらく走っていると、街を流れている川に出た。確かこれは、首都市民公園の人工湖から海へ向かって流れる一級河川だったはずだが。

 その時、アスファルトを踏みしめる音が後ろから聞こえてくる。拳銃を見様見真似で構えて振り向くと、バラクラバを被った黒い戦闘服の男が俺にショットガンを向けて立っていた。

 俺は驚きと恐怖心から、息をのむ。重さと恐怖で、拳銃を持つ手が震えていた。

「お前らは何者だ?」

 ひきつった声で問いかけると、そいつは訛りを感じる日本語で「沢井正義、ついてきてもらおうか。大人しくついてこれば痛くはしない」

 どうにも抑えきれない恐怖心が、俺の口から軽口を吐き出させる。

「小さいころに習わなかったか、『知らない人にはついていくな』って」

 すると、奴は俺に足元へ向けてショットガンを一発ぶっ放した。どうも気に障ったらしい。

「来い」

 俺は後ずさる。水の流れる音から察するに、もう少しで川に真っ逆さまだろう。最悪の状況だ。

「断る」

 また一発。砕けたコンクリートが入って、砂の味が口に広がる。俺はこいつがアンドロイドであるという期待を込めて、恐怖心を押しこらえつつ、こう問いかけた。

「一つ聞かせろ。お前は人間を殺せるのか。人間だぞ、許されてるのか」

 すると、奴はフリーズしたかのように動かなくなった。上手い具合に競合(コンフリクト)を起こせたようだ。これで時間稼ぎが出来る。

 今はまだフリーズしているが、回復してしまえば抵抗は出来ない。抵抗しようものなら、的確に足の骨を砕いて──アングラで見た動物や人間のように──走れないようにすることだろう。

 とはいえ今のうちに走って逃げたところで、右にも左にも仲間がいる可能性だってある。

 援軍も期待できん。さっきの銃声を聞きつけた警備ドローンが来たところで、こいつは破壊するだけだ。

 となると、どうすれば?

 その時、左右の角から戦闘服を着た男たちがぞろぞろと出てきた。俺に向けて拳銃やらショットガンやらを向け、俺に狙いをつけているようだ。うち何人かは動き方にムラがあってアンドロイドっぽくない辺り、多分人間だろう。

──くそ、囲まれたか……。

 完璧に逃げ場を失った。これじゃ、逃げようにも逃げられない。

 いや、一か所だけ逃げる場所があった。水中なら銃弾が真っ直ぐ飛ばないという話を聞いたことがある。うまくいけば、しばらく逃げ続けることだってできるだろう。

 この可能性に賭けるしかない。

 そのまま後ずさりながら俺は息を深く吸って、拳銃を捨てて背中から川に飛び込んだ。

 身を切るような冷たい水でパニックを起こしそうになりながらも上下を把握して、ためらわずに深く潜る。飛び込んだ時に巻き上げたヘドロと泡沫のせいで視界が利かず、周りは見えないが、息が続く限り川の流れに身を任せた。

 弾が水の中を走る音が耳に届く。仮に一発でも当たれば、急所じゃなくても俺は溺死するだろうし、急所ならそのまま地獄だ。

──当たらないでくれよ……。

 そんな神頼みを繰り返しながら、俺は姿勢を立て直し、流れに沿って泳ぎ続けた。


 息継ぎのために口を出す以外はずっと潜っていると、ふと頭の上が暗くなる。顔を半分だけ出して周りを見渡すと、そこは橋の真下だった。

 そう遠くないところに川岸が見えた。水に浸かっていたせいで体力的な不安を覚え始めていた俺は、そっちへゆっくりと泳いでいく。すると、不意に大きなペットボトルが目の前に投げられた。

「つかまりなさい」

 微かだが声が聞こえる。俺は指示に従ってペットボトルをつかむと、そのまま岸に引っ張られた。どうも、ペットボトルにひもがついていたらしい。

 岸について水から上がると、そこには初老の男が立っていた。ぼろぼろの服を着て、髭も伸びっぱなし。髪もぼさぼさで、いかにもアングラの住民かホームレスだといわんばかりの格好をしていた。

 そして、その爺さんは事故か感染症か、左腕がなかった。

「助かった」

 低体温症を防ぐためにも、全部脱いじまったほうが良いだろう。俺は濡れた服を脱いで水を絞りながら、爺さんに尋ねた。

「あんた、何もんだ」

「そうだね……敵か味方かと言われれば、私は正義(せいぎ)の味方ではないかもしれない。尤も、正義(まさよし)君、君の味方ではある」

 にこにこしながら、この爺さんは禅問答みたいなことを言いやがる。というか、なんで俺の名前を知ってんだ。

「どうして、俺の名前を?」

「世の中、知るべきだが知らないことがいいことのほうが多い」爺さんはポケットから小さなナイフを取り出して俺に渡す。「マイコンをえぐり取っておいた方がいいよ。知られてはいないが、隠しコマンドとしてGPS機能があるからね。追われているなら、位置情報がわかっていない方がいい」

 正直なところ信用はできないが、言ってることは妥当だ……いや、なんで追われてることを知ってんだ。

──まあいい、妥当な意見には従ったほうが身のためだろう。

 とはいえ、こんなもので体を切開する羽目になるとはな。本当は切れ味のいい綺麗なメスで切り取ってから、止血剤を塗りたくればいいんだが、そんなものここにない。

 せめて、消毒くらいはしておこう。逆に熱傷のせいで感染症を起こすかもしれんが。

「ライターあるか?」

 爺さんがポケットからオイルライターを取り出す。俺はナイフを軽く火であぶってから、脱いだ服をマウスピース代わりに噛んで、右上腕のマイコンをえぐり取った。

 痛いのは痛いが、これくらい腕が引きちぎられた時に比べりゃマシだ。傷を見ると、火であぶったのも相まって、血は出ていない。

「ほら、ガーゼもあるよ。流石に抗生物質は持ち合わせがないが、後で工面してあげよう」

 俺は手渡されたガーゼを貼り付け、とりあえず脱いだ服を裂いて作った簡易包帯で傷口を強めに縛る。そして、血と肉片の付いたナイフを川の水で洗い流した。

 洗いながら、俺は爺さんにもう一度聞いた。

「で、あんたは?」

周浩宇(シーハオユー)。まあ、適当にハオとでも呼んでくれればかまわないよ」

「中国系か。それ偽名じゃないだろうな」

 そう聞くと、爺さんは歯のない顔でにっかり笑った。

「正義君、この世の中はね、想像以上に隠されていることや嘘にまみれているんだよ」

──なんでこう、俺の周りは人を煙に巻くような連中ばっかなんだ。

「ああ、そうかい。で、これからどうするんだ?」

「とりあえず、君はまず休んだ方がいい。私のセーフハウスに案内するから、そこで少し休むんだ。で、そのあと、ちょっと協力してくれないかな?」

 俺がナイフとライターを爺さんに返しながら「スパイ映画じみてきたな」と呟くと、爺さんはまた笑って、足元の鞄から古着を数着取り出して俺に渡す。多分、着ろってことなんだろう。

「正義君、『現実は小説より奇なり』だよ」

「そりゃ小説は現実の一部を切り取っただけだしな」俺は上着を羽織り、ズボンを穿いた。「なんか持つもんはあるか?」

「いや、銃声を聞いて飛び出してきただけだから何もないよ。さあ、行こうか」

 俺は爺さんに促されるまま、爺さんへの不信感と味方がいるという安心感を抱きつつ、爺さんのセーフハウスへ続く道を歩き始めた。


≪リーベ≫

 お父さんがまたキーボードを操作し、〈Q5〉と書かれた問題を表示させる。


〈Q5〉

  Ⅰ)吹いて飛ぶ たび人 群青色の 広大な そら風は こども達 みず火炎 お酒とも ご膳 お魚やら 野菜を食べ 物をば生産 あか青 光と闇とは 

 Ⅱ)紅い お花 大輪 あさ夜 ねつ極寒 ご前から お骨折り ああ神さま なぜ たけ色 彼等と私は 苦なん経験 おお我 肉と魚とは 

 Ⅲ)我おもう故 いな違った お薬お草は 皆同じ草だ 求める変化 へん化 青と赤とは


〈A5〉

Ⅰ)  Ⅱ)  Ⅲ)


「……なにこれ?」

 私も同じ感想だった。全く意味が分からず、文章や単語同士のつながりも見つからない。まるで呪文のようだ。

「なんなのでしょう……」

 すると、彼が唐突に「いあ、いあ、くとぅるふ、ふたぐん……」と唱え始める。

「連想する気持ちはわからなくもないですが、邪神を讃えるのはやめましょう?」

 彼はおどけて肩をすくめたけれど、すぐにまじめな顔に戻った。

「しかし、今まではこんな支離滅裂じゃなかったんだけどな……。リーベ、ソフトウェアにアクセスできるかな。もしできるなら、バグってないか確認してもらいたいんだ」

 私はすぐにアクセスを試みたものの、ソフトウェアに内蔵されている防壁に阻まれた。本体の容量からは考えらないほど強固な防壁で、私の性能でも打つ手がない。

「すみません、駄目でした」

 私がそういうと、彼は「いや、いいんだ」と言って、画面を見据えた。

「とりあえず、ここにあるもので答えろってことなんだろう」

「でも、こんなものをどうやって解けばいいんでしょう」

 しかし、こんな違和感のある文章はどこかで見たことがある。

 私は記憶の中からそれを探ろうと目をつぶる。さして時間もかからず、私は見つけた。そうだ、私がユニくんに自由を奪われた時、お父さんが沢井先生にメッセージを伝えるために使った暗号だ。

 あれは文章そのものに大した意味はない。必要なのは文字数だった。

 でも、これが同じ暗号だとするなら成り立つとは思えず、暗号鍵がない状態では解こうにも解けない。となると、違うタイプの暗号だろうか。

 考えていると、ふと脳裏をよぎるアイデアがあった。もしかしたら、これかもしれない。

「雪村さん。モールス符号かもしれません」

「モールス符号? どういうこと?」

 私がまたコンピューターに介入して、メモ帳を開く。そこに、先ほどのⅠ)の文章を張り付けた。

「まだどっちがどっちかはわからないのですが、例えば漢字を『トン』、ひらがなを『ツー』としますと──」


Ⅰ)・--・- --・ ・・・- ・・- --・- ---・ --・・ -・-- -・ -・-- ・・-・- ・--・・ --・ ・-・--


「──となります」

「なるほど、これをモールス符号に合わせれば、解読できるってことか」彼が立ち上がり、本棚を指で指しながら探す。「五つ符号が続くのがあるし、たぶんイロハで解読すれば良いはずだ」

「どういうことです?」

「符号4つだと2+4+8+16で30通りの表現ができるから、アルファベットならそれでいいんだけど、日本語は50音だから表現できない。そこで符号を五つにすることで、2+4+8+16+32の62通りが表現できて、日本語も表現できるんだ。数字とかも5つの符号で表現されてるしね」

「なるほど……簡単な数学ですね」

「だね。アルファベットに限るけど、使用頻度の高い『E』と『T』は簡単な『トン』と『ツー』だけで表現されている。これは、統計学を利用して効率化してあるんだよ。よく使うものは簡単に、使わないものは難解にね」そういうと、彼は本棚から古く厚い本を一冊取り出した。「みつけた、『モールス・コードブック』」

「私が読みますか? 多分、そちらの方が早いかと思います」

「うん、そっちの方がいいな」

 彼から本を手渡された私は、該当するページを開いて中身をインプットする。元々大した量ではないので、すぐに全部覚えられた。

 解読に移ると、まず一文字目から解読できない。この符号に対応する言葉がなかったのだ。本をめくって字上符(ダイアクリティカルマーク)付きアルファベットまで探せば見つかったけれど、それを使うとも考えにくい。

「ええっと……」

「ん?」

「これ、そのまま訳していくと、『(オー)リクウネソフケタケミヱリテ』ってなるのですが……」

 彼は私のことを見ながら、壊れたのではないかと言わんばかりに変な顔をする。

「失礼ですね、壊れていませんよ」

「ごめんごめん。うーん、じゃあ違うってことなんだろうか……」彼がまたキーボードを操作して、新しい符号を作り直す。「こっちならどうなるかな?」


Ⅰ)-・・-・ ・・- ---・ --・ ・・-・ ・・・- ・・-- ・-・・ ・- ・-・・ --・-・ -・・-- ・・- -・-・・


「『モウソウチクノカイカシユウキ』……ですね。孟宗竹の開花周期?」

 彼が「なるほど、このパターンか」と頷く。

「孟宗竹に限らず、竹は何十年、何百年周期で花を咲かすんだ。で、孟宗竹は67年周期で花を咲かす。つまり、この『67』が答えだろう。そして、この暗号はひらがなが『トン』で漢字が『ツー』なんだ。つまり──」


Ⅱ)-・ ・- -- ・・- ・・-- ・-・・ ・--・ ・・-・・ ・・ ・・- --・-・ -・・-- ・・- -・-・・

Ⅲ)-・・・- ・・-・・ ・-・-・ --・-・ -・・-- ・・- -・-・・


「──になる。それぞれ、訳してくれるかな」

「Ⅱのほうは『タイヨウノカツドウシユウキ』、Ⅲは『メトンシユウキ』ですね」

「太陽の活動周期は11年、メトン周期は19年だから……」そういいながら、彼は答えの欄に『67』、『11』、『19』と入力する。

 間髪入れず、正解を示す電子音が鳴り響いた。

「よし!」

「やった!」

「リーベが気づいてくれなかったら、僕はずっとタコもどきを崇拝し続けてただろう」

 私は「そうなる前に解いて見せますよ」と笑うと、お父さんも笑い返す。

「さあ、今日中に全部解いてしまおう。何問あるかわからないけど」

「何問でも、最後までお付き合いしますよ」

 

〈Q6〉

Ⅰ)(1,2-dichloroethane)FP

Ⅱ)(Formic Acid)BP

Ⅲ)(n-Butyl Acetate)FP

Ⅳ)(Cyclohexane)BP

Ⅴ)(Hydrogen Cyanide)MP


〈A6〉

int{Ⅰ)  Ⅱ)  Ⅲ)  Ⅳ)  Ⅴ)}


「んー……1,2-ジクロロエタンにギ酸、n-酢酸ブチル、シクロヘキサン、シアン化水素か。共通点が思い当たらないな」

「しかし、FPやBP、MPとは一体何なのでしょう?」

 彼はまた考えるように、顎に手を当てる。

「何だろう。MPならメガピクセルとかかもしれないけど……ほかのが合わないな。ファイナンシャルプランナーでもあるまいし」

 私もインターネットで検索してみたものの、答えに合いそうなのは見つからなかった。そうなると、もうアイデアで勝負するしかない。

 ふと、彼が「あ」と呟いた。

「どうされました?」

 彼がキーボードを叩きながら、「引火点、沸点、融点だ。それぞれ、英語でFlash Point、Boiling Point、Melting Pointっていうんだよ。それを省略して、FP、BP、MPだろう」と教えてくれた。

 ディスプレイにイーモノのページが表示される。

「リーベ、さっきの化学物質5つのデータを調べてほしい。たぶん、君がやったほうが早いから」

「わかりました」データベースにアクセスして、データをピックアップする。「1,2-ジメチルエタンの発火点は288.15 K、ギ酸の沸点は281.55 K、n-酢酸ブチルの引火点は295.15 K、シクロヘキサンの沸点は279.62 K、シアン化水素の融点は259.75 Kです」

 とはいえ、私はその答えに違和感を覚えていた。今までの問題はすべて答えが素数だったけれど、これは違う。もちろん、違和感があるからと言って間違っているとは限らないとはいえ。

 私の心配をよそに、お父さんは「じゃあ、Int型なら整数部分だけを入力すればいいから……」と言いながら答えを打ち込み始めた。

 すると、明らかに不正解を示す不協和音が鳴り響く。

 茫然としてディスプレイを見る。そこには『MISMATCH』という文字とともに、タイマーが表示されていた。タイマーの刻限は3分。

「……これさ、もしかしたら」

 青ざめた顔で彼が私のほうを見、私も彼を見つめる。求める答えはわかっていた。

「たぶん、三分経過したら自己崩壊するのではないかと……」

「だよね……」彼がまた考えるように顎に手を当てた。「三分で新しい答えを見つけないと」

 いくらなんでも、そんなこと無理だ。今までの問題だって三分で解けたのは〈Q1〉だけなのに。

「そんな。すぐに思いつきませんよ」

「でも、やらないと。また解き直すのはごめんだ」

 私はその言葉に慌てて、目を泳がす。すると、彼の本棚の中にあった一冊に目が留まる。

 それはレイ・ブラッドベリの『華氏451度』だった。華氏451度は紙の引火点である233 ℃をファーレンハイト度で表したもので、その温度は小説とつながっている。

 もちろん、内容そのものは──面白い小説というか叙事詩であるのは別として──この問題とは関係ない。しかし、別の温度に変換するというのはどうだろうか。ファーレンハイト度やセルシウス度、絶対温度の他にも、レオミュールやランキンなど色々な温度表示があるというのは聞いたことがある。

 私はその小説を手に取り、彼の前に差し出した。

「『華氏451度』? いきなり、どうしたの?」

「別の温度表示にしてみてはいかがでしょうか。それぞれ、華氏に変換して整数部分のみを書くと59、47、71、43、7です」

 彼は頷いた。

「なるほど、やってみよう。あと一分とないし」

 あっという間に数字を打ち込み、エンターキーを押す。正解を示す電子音が改めて鳴り、エラー表示とタイマーが消えた。

 それを見て、私は全身から力が抜けるのを感じる。

──よかった。間に合った。

「あー……」

 彼も息を吐き出し、糸が切れたように椅子にもたれかかった。

「間に合ってよかったですね」

「だね……下手すると、全部消えてしまったかもしれない。ありがとう、リーベ」

「いえいえ。私ももっと早く言えばよかったのです。これまでの答えはすべて素数なのに288は偶数ですし、この中で素数なのはギ酸の沸点だけです」私は申し訳なくなり、そこでいったん言葉を切った。「パターンに気づいていながらも、指摘できなかったのは私のミスです」

 彼が肩をすくめる。

「僕なんか、そのパターンにすら気づいていなかったよ」そして、私に微笑みかけた。「リーベ、気にしなくていい。結果的に君のおかげで解くことができたんだ、それで十分さ」

 相変わらず、お父さんは私が失敗しても怒らずに慰めてくれる。普通なら怒られても仕方のないようなことをしても、この人は「自分が悪い」と言って、私を責めたり怒鳴りつけたりしない。

 それに少し距離感を感じたことはあるけれど、きっとこの人本人が怒られるのが嫌いなんじゃないだろうか。怒られるのが嫌いだから怒らない、怒鳴られるのが怖いから怒鳴らない……やさしいから、自分のしたことで自分が傷ついてしまう。それを避けるために、彼は私のことを怒らないのかもしれない。

──この人を見ていると、そんな感じがする。

 私は考えていることを読まれないよう、微笑んだ。

「ありがとうございます」

「さあ、今日中に解いてしまおう」彼はため息をついた。「……とさっき言ったんだけど、ちょっとやること思い出してね。リーベ、また明日でいいかな?」

 断る理由はない。たぶん、時間はまだあるはずだから。

「もちろんです。では、私は別のことをしていますね」

「ありがとう」

 私は彼に頭を下げ、書斎から出ていった。


≪雪村≫

 リーベがいなくなってから、僕は古いPCを取り出した。

 彼女を起動するときに使ったやつだ。実はこれにはチェンの協力のもと、Linuxをベースにいろいろ入っている。

 チェンは中国出身で、中国サイバー軍に在籍していたサイバー防衛のスペシャリストだ。彼には研究よりはむしろ、インフラを整えることを担当してもらっている。尤も、彼とて大切な人を亡くしたから僕のところに居る。

 2111年の中国で起きたLIG破損。彼はトラフィックや負荷の度合いからLIGの破損を予期していて、上層部にその対応を掛け合った。だが、上層部は「そんなことは起きない」と彼の意見を一蹴。結果として、LIGは連鎖的に破損し始めて北京のインフラの半分が消滅。

 それで、両親と妻を一気に喪った。

 以来、中国軍を辞めフリーランスのインフラ担当として働いていたところを僕がスカウトした。彼は僕に何度もこういった、「インフラは大切。足場がないと、家は建たない」と。

 彼は本当に優秀で、今のところ電脳再現技術研究室のデータは盗まれてもいないし、個々人のコンピューターが攻撃を受けても被害が出ていない。

 そんな彼の協力のもと、とてつもなくセキュリティの強固なコンピューターとして作られたのがこれだ。

 というのも、今のStandART-OSは公開こそされていないが、簡単に遠隔操作でバックドアが作れるようになっている。もちろん僕もそれに最大限対抗しているけど、どんなものにも抜け道──自分のミスだったり運用上の欠点だったり、原因はいろいろある──は存在する。WWⅡ当時、世界最強の暗号だったドイツ軍のタニーでさえ、人的ミスがもとで解読されたんだから。

 そこでこの古いPCの出番だ。これはインターネットにつなぐのは最低限にして、アンチウィルスソフトやファイアーウォールのインストールはもちろん、StandARTで書かれたソフトウェアを弾く設定をしてある。だから、プログラマーやAIのほとんどがStandARTしかできないこの世の中なら、これに入り込むどころか攻撃を仕掛けることもできない。

 リーベにも同じ方法でプロテクトを掛けてある。彼女の基礎コンポーネントはStandARTで記述されておらず、僕の自作したプログラミング言語──自作と言っても、C言語を量子コンピューターに適応したQ言語をいろいろ改造しただけなんだけど──で記述してある。他の応用コンポーネントやアプリケーションはStandARTで、そのおかげで表面上は簡単に書き換えられるように見える。しかし、実は並みのプログラマーでは書き換えれない。

 だから、彼女の脳みそを(いじく)ることはできないというわけさ。

 彼女は外部から二回もフラッド攻撃されたじゃないかって?

 あれは二回ともStandARTじゃないし、フラッド攻撃は今も脅威なんだ。コンフィアンスはQ言語だし、自己増殖したDoSウイルスはQython──Pythonを量子コンピューターに適応したもの──だったから、StandARTしか弾かない設定では対抗できない。フラッド攻撃の対抗策はいくつもあるけど抜け道もしっかりあるから、完全防御は今の時代でも無理なんだ。

 まあ、そんなこと今は良いだろう。

 PCがインターネットに接続したのを確認する。そろそろ≪人間同盟≫穏健派からのメールが来ているころだろう。

 あった。凄い文字化けしてるけど、これも一種の暗号化みたいなものだ。

 僕は文字コードをUnicodeからASCIIに変換する。最近はほとんどすべてにおいてUnicodeだけがインストールされ使われていることから、別の文字コードを使うだけでも読むのにひと手間かかるようになっている。人によっては、Unicode以外の存在やエンコードの存在を知らないそうだ。

 そういう意味でも、この古いPCは楽なものだ。すべてが画一化される前のものだから、煩雑だが応用が利く。もちろん、ASCIIもプレインストールされている。

 メールの中身はチャットルームのURLを、旧世紀の迷惑メールみたいにピリオドやコンマなどで区切ったものだった。

「なるほどね」

 僕が匿名化回線を用いてチャットルームにアクセスすると、ぱっと見は普通のチャットルームが現れた。まあ、たぶん色々と対策されていることだろう。

 さて、ニックネームは何にしようか。クレーエ314は学生時代から使っていたけど、≪人間同盟≫急進派から脱退した時に使うのをやめた。今はファルケ615を使ってるけど、これだけ対策出来る人がいるってことは、ダークウェブやら闇市場やらにいくらか詳しい人がいると考えて間違いないだろう。

 そうなると、僕がだれかバレてしまう。僕は有名ではないけど、クラッカー同士って結構交流があるからね。バレたところで何があるというわけでもないけど。

 有名というと、周防が有名なんだ。Zeranium1016って名前でやってたはずだけど、Wizardだし、色々な機関に匿名のホワイトハッカーとして協力しているそうだ。実際、僕も周防とハッキング勝負をしたことはあるけど、何度も惨敗している。

 まあいいや。さて、名前はどうしようかな……。

 その時、僕のPCに匿名かつ発信地不明の電話が入った。正体は分からないが、≪人間同盟≫穏健派だろうとは予想がつく。

 僕は手早くボイスチェンジャーアプリを起動し、プロキシサーバをたどるように中核システムへ指示を出してから、通話ボタンを押した。

「誰だい?」

『そちらから名乗ってもらおう』

「そうだな……」まあ、時間もない。そのまま名乗ったところで問題はないだろう。「ファルケ615」

『ブラックハット。闇市場で多くの物品を取引。≪人間同盟≫過激派や≪GWRH≫への攻撃に関与しているとの情報あり……証明は出来るか?』

──ちょうどいい。中核システムがすでに発信地を調べ終わってい……ん? なんだこれ。

 そこに表示されているのは、世界各地から発信されているという訳のわからない表示だった。普通のなら、どこか発信地の一地点から多数のサーバーを経由して、着信地の一地点に集結するはずなのに。

 これはそうじゃない。発信地が世界中に多数あり、着信地が一つしかない。普通は木の枝の先からたどっていけば、必ず木の幹にたどり着く。だが、これは枝の先から辿ったのに、別の枝の先にたどり着いてしまったようなものだ。

 リモートアクセスであれば、発信地は実は経由地である──BからCとして表示されているが、本当はAからBを経てCに着く──ということができるだろう。だが、中核システムはそんな小手先の手品に騙されるほど馬鹿じゃない。仮にそうだったとしても、この説明がつかない。

「どうなってる、これは?」

 僕が驚いて声を上げると、電話の向こうの相手は笑い声をあげた。

『異常性を理解できるということは、それについて詳しいということだ。お前をファルケ615と認めよう』

 彼の言うことも間違いじゃない。理解するには知識がないといけないわけだしね。

「答え合わせはないんだね」

 僕はとりあえず、電話の相手と話すことに決めた。頭の中では理屈に合う方法を考えながら。

『答えは求めるものの元に。それで、何を聞きたい』

「最近あった電子新聞社襲撃事件。あれは≪人間同盟≫の仕業ではないんだろう?」

 次は相手が驚く番だった。

『何故否定から入るのだ。否定することがいかに困難なことか、理解していないのか』

「まあ、僕もその難しさは理解しているよ。もしかしたら、プールの水を一万回バケツで掬った人間が、『水の中に魚は居ない』という結論を出しているかもしれないしね。それに2+2は4じゃなくて5かもしれないわけだし」

 そこで僕は言葉を切った。

「でも、どうもそのことに違和感があってね。もし仮に、≪人間同盟≫が電子新聞社を襲ったとしよう。それで彼等はどう得をする? 人間の行動原理は基本的に利己的で、それは集団も大きくは変わらない。集団の中では個人は利他的になり集団を維持しようとするが、集団全体の行動原理自体は利己的で自己保存を優先する。それなのに、彼等は広報機関として使える電子新聞社を襲撃して、人間を惨殺して世論を敵につけた。なぜ自分の首を絞めることをする? 加えて、今まで過激派は故意に人間を殺したことはなかったはずだ。なぜパターンが変わった?」

『なるほど、背理法か。つまり、お前は利益どころか損失を生み出す行動を≪人間同盟≫がするのは社会科学に反する。よって、あれは≪人間同盟≫ではないと考えたのだな』

「まあ、そんなものかな。もちろん、彼等はお世辞にもまともとは言えないから、理論が通用しない可能性はあり得るけどね」

 彼は笑う。

『答えはイエスだ。私たちは穏健派だが、過激派とも連絡は取りあっている。そして、彼等の言葉を引用するならば、彼らは破壊者(デストロイヤー)だが殺人者(マーダー)ではないということだ』

──やっぱりか。

「なるほど」

『だが、それを知ったところで何ができるというのだ。すでに世論は≪人間同盟≫を排除しようとし、治安維持部隊が穏健派や過激派問わず攻撃しているというのに。そして、私たちの訴えは一切聞き入れられることはない』

 確かに彼の言う通りだ。今すぐどうこうできるようなものではない。

 黒原さんがいた時なら彼女に伝えれば、一発で記事になったことだろう。だが、彼女はもういないし、僕もメディアにコネがあるわけじゃない。PCWで流したところで、テロリストだ売国奴だなどと言われて潰されるのはわかっている。

 だが、もし情報爆弾が爆発したときのことを考えれば無駄にはならない。なぜなら、情報の信ぴょう性を疑う人間は必ず出るし、僕もそれを望んでいるからだ。そして、今している会話はその事実を支えることになる。

 『WUが暗殺に関与していた』という、信じられないような事実を。

「すぐには使えない。でも、この状況が続けば、使えるときが来る」

『未来は予測できないのだぞ。なぜ、断言できる?』

「僕が使うからさ、死なない限りはね」

 すると、彼は『私は人の死を望まない』といった。

──ん?

 普通、見ず知らずの人間にそんな言葉を投げかけるだろうか。それも『あなたの』ではなく『人の』だし、僕は死にたいとも絶対に死ぬとも言っていない。なのに、この言葉を選んだ理由があるはずだ。

 そこまで考えて、僕の頭の中でパズルのピースが嵌まるような音が響く。

 僕は思わずにやける。

 なるほど、これなら色々な説明もつくし、大規模な組織なら不可能ではないだろう。

 彼はゴーストだ。ゴーストのソースはイーモノで公開しているし、たまに僕自身も他の人の作った改良版──大抵オリジナルより多機能で洗練されている──を使うことがある。

 ただ、ゴーストを使うにはAIが必要だ。AIにはロボット三原則はもちろん機械制限法も導入されているから、その影響はどうやったって受けることになる。それで、彼は『死』という言葉に反応せざるを得なかったわけだ。

 通信のからくりはこうだ。同じゴーストをインストールしたサーバーを世界各地におくことで、あたかも分身しているかのように見えているのだ。

 これで異常性の説明がつく。サーバー同士をP2Pでつなぐことでそれぞれが事前に照らし合わせた文章の一部を送り、受信元で一つの文にしているという離れ業だ。

 手法としてはパケット通信の考え方がもとになっているんだろう。尤も、全部届いたときにヘッダーの情報を元に並べ替えて一つの情報にするのではなく、独立したパケットをそのまま着信順に繋ぎ合わせることで一つの情報とする点が異なるが。

 例えば、〈ABCDE〉という文章があるとしよう。

 パケット通信であれば、送信先が文章を〈1-A〉、〈2-B〉……というようなパケットに分けて、最短ルートで送り出す。当然、受信先では〈5-E〉、〈3-C〉……というように順番がバラバラになっているので、頭に付けた目印──ここでは1とか2とかの数詞だ──で順番ごとに並べ替えて〈ABCDE〉という文章を復元する。

 だが、彼らは違う。サーバーAが〈A〉、Bが〈B〉……という形で時間差をつけて送信し、受信者Fのところで〈ABCDE〉の順で受信・復元される。逆方向でも同じことだ。Fのメッセージを断片化し、断片をそれぞれのサーバーに送った後にP2P通信でどこか一つに送ってつなぎ合わせ、そこが返答する。その返答はまた断片化されて、各々のサーバーへ共有され、順番にFへと送信される。その繰り返しで、僕と彼は話し続けてきた。

 そうすれば、送信中にメッセージを傍受されても一部しか傍受できないため、セキュリティが高まるというわけだ。多分、統合と分割を行っているのはこの一見普通なチャットルームに隠されたプラグインなんだろう。

 この方式の利点はそれだけじゃない。何かがあって場所が割れてサーバーを一つ破壊されても、他のサーバーを全部破壊しない限りは送受信が続けられるため、一人の人間がやるよりも数倍安全になる。

 もちろん欠点もある。というよりは欠点の方が多いかもしれない。通信の遅滞があったり断片のロストがあれば、メッセージはまともに届かないことになる。それにかなりのコストがかかることを考えれば、よっぽどのことがなければ採用しようとは考えないだろう。

 これだけの設備を用意できるとは、これを考えた人は相当頭が良くて財力に余裕があるみたいだ。少なくとも、個人でできるようなものではないだろう。それにゴーストの特性について詳しい人じゃないと考えつかないはずだ。

 構成が同じゴーストは、同じ質問について同じ答えを返すという特性がある。例えば、同じゴーストを100体用意して赤色の丸を見せた場合、全てが「赤色の丸だ」と必ず返す。人間であれば、クローンであってもそれぞれの経験に応じて「トマト」と答えたり「Rが255、ほかは0の円」と答えたりする。だが、ゴーストには蓄積された経験がないために普遍的な答えを返す。

 だから、僕の返答に対して全部のサーバーが同じ答えを返す。よって僕は、まるで一人と話しているように錯覚する。

 これらすべてを利用して作られたシステムが、彼だ。

「君はゴーストだね」

 僕の言葉に彼は笑う。

『私の正体を暴いたのは貴方が初めてだ。私に従う人間達は、そのことに気づいたことはない』

「機械に操られる人間か」僕はその皮肉めいたところに笑った。支配しようとしているのに、支配されているとは。「まあ、悪くない」

『君たち人類は、ありもしない英雄によって扇動され、行動を起こしてきたことがあるではないか。それと大きく変わりはしない。尤も、我々は英雄になることを望んでいるのではなく、機械と人類が共存できることを望んでいるだけだが』

「僕らはもっと罪深い。架空の敵を作り、それへの憎悪で団結するんだから」僕は気になったことを聞いてみた。「話を変えよう、君たちの雛形は誰だい?」

『それは最高機密だ。誰にも教えられない』

 残念だ。きっと、その人と僕の思想は似ている。出来ればその人に協力したかったのだけど。

「そうか」

『もう用はないのか?』

「ああ。今日はありがとう、きっとこれでさようならだね」

『違いない』

 そういって、回線はすべて切れ、ディスプレイにはサイトが存在しないと表示された。もしかしたら、サーバーも既に放棄されていて、しばらく使われることはないのかもしれない。

 僕は椅子にもたれかかる。予想はしていたが、結果として突きつけられると結構つらいものがある。

 それは僕らのような思想や真実を知ろうとする人間を、よく思わない組織がいるということ。そして、彼等は僕らに罪をなすりつけ、自分に都合の良いように民衆や意識を操作する。

 きっと、それには何かの目的がある。『機械を奴隷化する』、そんな単純なものよりももっと過激で壮大な目的だ。そうでもないと、ここまですることはないだろう。

「確か、今日は西暦2126年だったよね?」

 自分のつぶやきに、思わず苦笑した。

 まるでオーウェリアンだ。僕の生きてきた世界が物語かの様に、欺瞞と操作に満ちていたなんて考えたこともなかった。

 でも、ここは物語じゃない。現実だ。

 物語は一極化や絶対性が通用する。でも、現実は自然だ。自然は中庸を求め、自身が恒常性(ホメオスタシス)を持つ。

 仮に人間がどう極端な行動をしようと、必ず対極に位置する概念が現れ、それは相対的なものであることがほとんどだ。そして、その二つがぶつかり合うことで平均化され、中庸を保つ。時には偏りさえするが、すぐに均衡状態に移行する。

 つまり何かが現れると、それに相反する概念や存在が登場する。 例えば14から16世紀に生まれた資本主義は19世紀後半に生まれた共産主義と争い、冷戦を生み出した。そして、どちらかが何らかの形で優劣をつけると、また別の概念同士が争い合う。優劣をつけなければ、その概念や主義は恒久的戦争(エターナルウォー)に突入する。

 今、この世界には僕や≪人間同盟≫穏健派のような存在と『相反する存在』がいる。

 世界はまた、優劣をつけるための争いに巻き込まれる。僕が何もせずとも、このままでは別の人間が機械主義(マシニズム)反機械主義(イマシニズム)との戦争を引き起こすだろうから。

 その争いを避けることはできない。あるのは程度の問題だけだ。最悪の場合、世界が崩壊するか否かというだけの違いしかない。

 誤解されたくないから言っておくけど、僕は戦争が嫌いだし、避けれるものなら避けたいと願っている。

 死んだ子供の遺体を抱きかかえる父親の写真や傷口に集っている蛆を一つ一つ指でつまんでいる死んだ目をした兵士の写真。そういう写真を見る度、僕はどうしようもない憤りを感じてきた。

 何故、人が殺し合わないといけないのか。何故、同胞に対してあれほどまでに残虐なことができるのか。何故、同じ種族である人間は憎み合うことしかしないのか。人同士が殺し合うことのない世界はないのか。分かり合おうとする努力すら、なぜ放棄するのか。

 そういう憤りを僕はずっと抱えてきた。それを機械のせいにしたり、人間のせいにしたりは色々だったけど。

 でも、そこから目を背けることだけはしなかった。そうなってしまえば、僕は周りの人間──思考をやめ、見たいものだけを見、権力者の言葉にただ従う人間──と同じになる。

 確かに権力者の言葉に従い続けて思考や選択を放棄することは、一つの平和をもたらす。今の社会だって平和だといえるだろう。貧困も人同士の争いも、思考を放棄することで表面上はなくなったのだから。

 だが、それがもたらす結末は社会システムの崩壊か醜い戦争のどちらかだ。

 作り上げられた仮初の楽園(ユートピア)はかならず壊れるときがくる。壊れた後に待つのは、化けの皮が剥がれた地獄(ディストピア)だ。

──この世の中をディストピアにするわけにはいかない。

 そのためにも、僕は考え続けないと。せめて、その崩壊の程度を抑えるための何かを思いつかないといけない。

 だって、僕は学者だからね。学者は考えるのが仕事だろう?


≪沢井≫

 俺は、「どこにこんな場所があったのか」と言わんばかりに古いアパートの一室で、パイプベットの上に座らされていた。

 床板はボロボロで所々かびているし、ヤニで汚れた壁紙も半分くらいしか壁を覆っておらず、下のコンクリがむき出しになっている。窓ガラスはすりガラスと見間違えるほどくすんでいて、電灯も最近見なくなった蛍光灯だった。匂いもヤニ臭さと黴臭さが混じった、何とも言えない悪臭が充満している。

 そして、そんな部屋を不釣り合いな馬鹿でかい機械──技術展に行ったとき、雪村が多目的通信装置だと教えてくれたものに似ていた──と錆の浮いたパイプベッド、あといくつかの家具が占領していた。

「ここ、どこなんだ?」

 周は質問に答えず、戸棚からオートインジェクターを取り出して俺に渡す。インジェクターを回しながらよく見ると、日本衛生局と書いてあった。

「破傷風や大腸菌、その他諸々の感染を防ぐものだ。打っておいた方がいい」

 俺はキャップを外して、針を太ももに突き刺す。スプリングで押し出された針が刺さる。俺はインジェクターを引き抜いて近くのごみ箱に捨てた。

「これ、普通は医療センターにしか無いはずだよな?」

 そう聞くと、周はニコニコしながら「なんなら、AEDもエピネフリンもモルヒネもあるよ。いるかい?」と聞いてきた。

──いくらアングラだと何でも手に入るって言ったって、いろいろあり過ぎだろう。

「遠慮しとく」俺はパイプベッドに手をついた。ギシリと音が鳴る。「で、この質問には答えてくれ。何をやればいいんだ?」

 爺さんは近くに椅子に座った。

「ちょっといろいろ調べものをしていてね。君、ドロップポイントって言ってわかるかな?」

「秘密の受け渡し所だろ。何運ぶんだ? それとも、蝋で封をした手紙でも奪うのか?」

「残念ながら、やかんはこの部屋にないんだよ」そういって、近くの戸棚から手紙を取り出した。「これをとある場所で、君の知っている人物に渡してほしい。その後、また別のことで協力してもらいたいんだがね」

 俺の知る人物ってことは、雪村か周防、リーベ、コンフィアンス……あとは友達と呼べるほどの奴がいねえや。つまり、その誰かってことだ。

 しかし、この爺さんは不明な点が多すぎて、今もまだ信頼出来ない。とはいえ、命を救ってくれたのは確かなんだから、そのお返しくらいはしないとな。

「わかった。命を助けてくれたんだ、お礼くらいはする」俺は肩をすくめる。「ただ、やばくなったときに何とかしてくれるならな」

「安心するといい」

 爺さんは床板を外して、その中から狩猟ライフルに似た形をした、セミオートマチック・スナイパーライフルを片手で取り出した。

 俺はびっくりして、口をぽかんと開ける。

 銃全体がマットブラックに塗装されており、普通ならスコープがあるところには見たこともないごつい箱がついていた。多分、最新式の可変倍率デジタルスコープかなんかだろう。そして、アンダーバレルにはバイポッド、銃口にはサプレッサーが装備してある。

 それはアングラの武器商人がみたら、よだれを垂らして喜ぶような最新式ライフルだった。

──なんつーもんを持ってやがる。

「どうだい。これでも私は一級射手(マークスマン)だったんだよ。あの当時、腕は二本あったけどねぇ」

「……あんた、本当に何もんだ」

 周は歯のない顔で、にっかりと笑った。

「ただの中国人さ、沢井君」


≪豊川≫

 私が記憶をたどりつつPCに捜査資料を入力していると、不意に周りがあわただしいのに気付いた。

──なんだ……?

 近くの同僚を引き留めて聞いてみると、どうも警護ドローンがまた二体、散弾銃で破壊されたらしい。

「全く、これだから機械は劣ってるんだ。人間なら、殺そうとした相手をぶん殴れるのに」

 同僚がそうつぶやくのを聞いて、私はあの周防謙治のところにいた奇妙なアンドロイドのことを思い出していた。

 あれを見た後だと、どうも機械が劣ってるとは思えない。命令に対して、包括的で理論に則った行動を行うのは人間でも難しいからだ。

「機械も色々なんじゃないか? 指示の出し方次第だろ?」

 そう反論すると、同僚は機嫌を損ねたような顔をする。

「おいおい、上が言った指示をそのまま命じてるだけなのに、なんで俺らが悪いみたいなことを言うんだよ。お前の理屈が正しければ、上が悪いってことになるけど、不服申し立てなんてしたらヤバいことになるぞ」

 同僚の言う通りだ。不服申し立てなんてしようものなら、私の命が無くなる。

「じゃあ、私がこのことを言ったのは秘密にしておいてくれないか」

 彼があきれたように首を振った。

「秘密にしようにも、ビル内はテロ対策のために録画されてるの忘れたのかよ。まあ、その程度で怒られたりはしないだろ」

 それもそうだった。テロや汚職防止のため、ビル内は全部監視されている。尤も、それはここに限らず、道も含めたほぼ全てがそうなっている。主要道路もCCTVの映像が公開されているし、ある程度の規模の施設も同様だ。それだけじゃない、空に浮いている対テロ監視飛行船こと『スカイアイシステム』や解像度1 cm以下という性能を持つ監視衛星によって、常時私たちは見守られている。

 目撃者を増やすことで犯罪を抑止する、それが世界の決定だった。その事を忘れていた。

「多分な」

 その時、画面の端に赤いドットが現れるのが見えた。それは秘匿通信を受信したというサインだ。

「気を付けろよ。じゃあな」

「ああ」

 そういって、同僚はそのままどこかへ歩いていった。

 秘匿通信のことは感づかれなかったようだ。あいつのことだ、気づいていれば、見せろと言ってくるに違いない。

 周りにアンドロイド以外誰もないのを確認してから、私は受信用のアプリを開く。

 内容は〈明日12:30、Cポイントにてクーリエを待て〉という一文だけだった。クーリエは密使という意味で、Cポイントはビルから2 kmくらいの距離にあるドロップポイントになる。

 だが、いったい誰がこんなことをするのか。この通信回線を知っているのは公安上層部か私が必要に応じて明かした人間でしかないが、上層部であれば私に直接言うなり紙に書いて渡すなりすればいいし、最近は誰にもこの通信回線のことは教えていない。

 そうなると、一つの可能性が浮かび上がる。

──罠か……?

 だが、罠だとしたら、やはり誰がこんなことをするのだろうか。いや、それをする理由はなんだ? 

 まさか、極秘捜査のことがバレたか? 

 いや、それはない。公安のPCはすべてTEMPEST対策が施されていることやイントラネットにつながずに打ち込んでいること、捜査資料を極力ディスプレイに写さないように気を付けていること、キーロガー対策だってばっちりしてある。それらを鑑みれば、あり得ない。相当高性能なAIがバックドアからクラッキングしない限り、PC内部の情報が洩れるわけがない。

 しかし、時間帯が絶妙だ。十二時半というと、ちょうど昼休みだ。この時間なら、外に出ても疑われない。加えて2 kmあれば尾行にも気づくことができ、一時間ある昼休みの中で十分に行って帰ってこれる。

 それにCポイントと明示するということは、公安内部の人間かつながりのある人間だということに間違いないだろう。Cポイントはここ一週間使われることがないドロップポイントで保安要員も居ないし、見晴らしのいい場所でもある。

 私は逡巡する。

──行くべきか、行かないべきか。それが問題だ。

 これまでの情報と経験から言えば、この場所を命じた人間は現職の公安上層部だ。全ての作戦予定表(タイムライン)を知っていると思われることや時間帯の指定が絶妙なことからして、警視監以上の人間だろう。

 そして、尾行なども考慮した作戦立案能力……たぶん、現場にいた人間だ。もしかしたら、J2DFの情報本部や別の諜報機関に所属していたのかもしれない。

 そういう人物が何らかの組織に与し、こうやって罠をかけてきた可能性もある。例えば、このメッセージに反応すればそれに興味があるということとなり、私はその組織に狙われる。

 だが、もし相手が私にとって味方になりうる人間だったなら。接触した方が利点は多くなるだろう。もしかしたら協力してくれるかもしれない。

 いや、このタイミングで来たメッセージだ、前者の可能性が高い。

──クソッ。春日井警視監がいれば、いろいろ相談できたのに。

 だが、もう彼は居ない。自分で決めるしかない。

 十分ほど悩んだ末に、私は便せんを取り出して中央情報局(CIA)にいる親友へ宛てて手紙を書き残した。一見その手紙は普通の手紙だが、中身は私たち二人しかわからない暗号を使った遺書だ。

 もう、あいつしか信頼できない。何かあれば、あいつがコネなりなんなり使って、真相を暴いてくれることに期待しよう。

 書き終わった私はアプリに〈了解〉と打ち込み、送信した。

【あとがき】

 はい、どうも2Bペンシルです。長らくお待たせいたしました、【Ⅳ・嫌悪】です。いうほど内容に嫌悪が含まれていませんけども。

 しかし、最近の気候はなかなか理解しがたいですね。私は理科の中で唯一地学が苦手なので、なんでこんなに天候が変化するのかチンプンカンプンです。あれですかね、地球温暖化による北極の氷融解のせいで塩分濃度が変化して、北大西洋海流でも変化してしまったのでしょうか。

 とりあえず私は気候の変化についていけなくて、風邪ひきました。皆様もご自愛くださいませ。


 あ、あと先日、『私のこころ』は一周年を迎えさせていただきました。

 今まで読んでくださっている皆様はもちろん、もう読んでくれなくなってしまった皆様にも最大限の感謝を込めて。

 ありがとうございます。これからも細々と続けていきますので、よろしくお願いいたします。


 さて、やっと【Ⅴ・信頼】に来ました。この後、【Ⅵ・驚き】、【Ⅶ・喜び】、【Ⅷ・期待】と続き、第一部は閉幕となります。実は、推敲はしていませんが【Ⅷ・期待】はすでに書きあがっています。なので、ゆっくりとお待ちいただければと思います。

 参考にしたサイト様・文献は例によって下に載せておきます。では、今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


【参考にしたサイト様・文献】

『Wikipedia』様:

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8

『HB-PLAZA』様: http://hb-plaza.com/

『ナカライテスク』様-汎用溶剤物性一覧表の項: http://www.nacalai.co.jp/information/trivia1/

パケット通信に関してのPDF: https://www.pupuru.com/service/basic/packet2.pdf

『1984年(新訳版)』(ジョージ・オーウェル/高橋和久訳)

『華氏451度』(レイ・ブラッドベリ/伊藤典夫訳)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ