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私のこころ  作者: 2Bペンシル
第一部・4
10/26

Record of "Milky Way"

≪Record of “Milky WayⅡ” 21250707≫

 家事を終えた私は、何ともなしに紅く染まり始めた空を眺めていた。

 この時期には珍しく、今日は曇りじゃなくて晴れている。以前、「なんでこんな梅雨時期に空を見るイベントがあるのか」と聞いたときに雪村さんが教えてくれたのだけれど、旧暦の7月7日を現在の暦に当てはめると8月7日となる。

 つまり、時期自体がもともとの七夕と現在の七夕は違う。なので、七夕が梅雨時期にかかってしまうというわけ。

「最近、星なんて見る時間がなかったなあ……」

 思えば、空を眺めるよりは床を眺める時間の方が多かった。それはそれで家政婦アンドロイドとしては正しいのかもしれないけれど、なんとなく『寂しい』。

 加えて、星を見ても感動しにくくなってしまったように思う。例えば、砂場で見つけた透明な欠片を見て昔は宝石だと思っていたのに、それが石英だと知った瞬間、その石の価値がなくなってしまうというべきか。以前は空に浮かぶ、どうやっても手の届かない美しい宝石だったものが、今は自分の胸の中にある──尤もこれは常温核融合炉だけれど──ものと同じ存在になってしまった。

 そんなことを考えながら──やることもなかったので──星を最後に見たのがいつだったかを思い出そうと記録を漁っていると、変わった名前のログを見つけた。

「”Milky Way”……」

 ミルキーウェイというと、英語で天の川のことだ。

 でも、そのログの記憶がない。大体のログは見るだけで内容を思い出すようになっているのだけど。記録不良だろうか?

「なんだろう?」

 私はログを再生してみた。2113年7月7日の記録だった。


[PN] Liebe : Access “Milky Way”.

[System]: Permit. Bon voyage!

[PN]Liebe: What?

[System]: It’s joke :)

Now loading……


≪Record of “Milky Way” 21130707≫

 リーベは廊下を歩いていた。雪村に話したいことがあったからだ。

 ノックして書斎のドアを開けると、雪村がキーボードを打ちながら私の方を見た。

「雪村さん、今日は何の日かわかります?」

「え? 21?」

「はい?」

「冗談だよ、リーベ。七夕だよね」

「ええ、そうです」リーベは隠し持っていた五色の色画用紙──青、赤、黄、白、紫──を胸の前で掲げた。「短冊、書きませんか?」

 雪村はポカンとした顔で短冊を見る。少しして、笑い始めた。

「どこでそんなもの見つけてきたんだい? それに何処で七夕のことを?」

「物置に画用紙が数枚あったのです。あと、以前読んだ本に七夕の習慣が書いてありましたので」

 とはいえ、その本には七夕に何をやるということしか書いていなかった。

 それもそのはず、題名が『世界の祭り』だったのだから。何十年も前の図鑑とは違い、今の図鑑は必要最低限のことしか書いていない。なので、成り立ちや意味などはその本に載っていなかった。

「なるほどね。じゃあ、ちょっと待ってて」

 そういって、雪村は立ち上がって書斎から出ていく。

 しばらくリーベが書斎で待っていると、雪村が小さな竹の造花と何本かの糸を手にもって戻ってくる。そういえば、竹の枝に飾る習慣があるらしい。

 雪村が竹の枝を少し振る。

「リビングに飾ろうか」

 りーべはそれに、「はい!」と答えた。


 レーベンに目をつけられながらも、竹の枝はリビングに飾られた。とはいえ、植木鉢は持っていなかったので、透明な硬質生分解性プラスチック製のコップに差しただけだったが。

「さて、飾ろうか。そういえば、色にも意味があるんだよ」

「そうなのですか?」

「うん、五行説と風水説があってね。

 赤は仁と決断、つまり願い事に親や先祖への感謝を表したいときや決断の後押しをしてほしいときは赤色に。

 青は礼と信頼・冷静沈着、他人への感謝や自分を高めたい、冷静な人間になって信頼されたいと思ったときなんかは青だね。

 黄色は信と金、人を信じよう大切にしようと思ったり商売がうまくいったりしてほしいときには黄色。

 白は義と幸せ、決まり事を守ろうと思ったり人間関係で幸せになりたいと思うなら白だ。他にも、白は他の色の効果を強めたりすることができるんだ。

 紫は元々は黒で、これは智。勉強を頑張ろう学業に励もうと思うなら紫になる。若しくは、これ自身が強い色だから、書きたいことがどれにも当てはまらなくて迷ったら紫でいい」

「へえ……」

 それを聞いて、リーベはどの色にしようか選び始める。

 だが、なかなか決まらない。

──雪村さんに感謝もしたいし、もっと落ち着いても居たいし、雪村さんをもっと大切にもしたいし、いろんな人と話せるようになりたいし、もっといろんなことを知りたいし……。どれにしよう?

 雪村の方を見ると、すでに黒いペンを手に取って紫の短冊に何かを書いている。何を書いているのか気になったけれど、これは後で飾られたらじっくり見よう。

 まずは自分だ。

「うーん……」

「中々迷ってるみたいだね。まあ、時間はあるからゆっくり考えるといいよ」

「ですね……」

 そういわれたものの、中々いい願い事が思いつかない。というか、あの中から選べないのだ。どれも大切で捨てがたい。

 考えあぐねたリーベは、とある妙案を思いついた。

──あ、これなら……!

 リーベは近くにあった鋏とのりを手に取る。それを見た雪村が物を書く手を止めて首をかしげていたが、気にせずに続けた。

 各々の色の短冊を一枚ずつ手にとり、それらをさらに細く切る。細い帯状になった短冊を平織の要領で五色が綺麗に並ぶように重ね、それをまた短冊状に切って、のりで固定する。

 数分後、できたものは五色のチェック柄をした短冊だった。

 それを見た雪村が、呆れるような感心するような笑顔を浮かべた。

「……決められなかったんだね」

 リーベはその言葉に「綺麗だからいいじゃないですか」とむくれる。

「まあ、願い事がたくさんあるってのはいいことだしね。で、何を書くの?」

「飾ってからのお楽しみです」

 そういって、リーベは短冊に小さな文字で書き始めた。


 さらにそれから数分後、竹の枝には二枚の短冊が飾られた。

 一枚は雪村の〈研究と生活がうまくいきますように〉と書かれた紫色の短冊。もう一枚はリーベの〈雪村さんが長生きして、もっと落ち着いていられるようになって、雪村さんを大切にできるようになって、いろんな人と話せるようになって、もっといろんなことを知ることができますように。ともかく、いいことがありますように〉という五色の綺麗な短冊だ。

 それぞれ、最後に自分の名前を書いてある……のは雪村だけで、リーベはスペースが足りなくて裏面に名前を書くことになった。

「欲張りだねえ、リーベ」

 雪村は懐かしむように短冊を見る。

「さっき、たくさんあるのはいいことだって……」

 リーベの言葉に、雪村は笑って「悪いとは言わないよ」と言った。

 窓を開けていたため、風が吹き込み、短冊をひらひらと揺らす。そして、その隣にはその動きを目で追うレーベン。

 外に目を向けた雪村が「あ、晴れてるから天の川が見えるね」と呟いた。

 リーベも外を見ると、形容しがたいほど美しい光景が頭の上に広がっていた。それはとても美しく、壮大で、まるで自分が小さく見えるようだ。

 なんと表現すればいいだろうか。まるで黒い画用紙の上に、色とりどりに染めた水を流したような光景? 違う。シャボン玉の中に入った? 違う。漆黒の空にガラスの破片をばらまいた? 違う。

 良い表現の言葉が思いつかず、リーベは「わあ……綺麗ですね……」とだけ呟く。それが一番、表現できているような気がしたから。

「だね。英語でMilky Wayというのも頷ける」

「ですね……」

 リーベはあまりの美しさに、言葉を失っていた。

 出来るものなら、ずっと眺めていたいような光景。その川底に何かを隠しているような、なにか見えないものがあるかのような、美しさ。言葉にできないけれど、目には見えないけれど、そこには何かが有った。

 その時、ばさり、ごとんという音とレーベンが走り去る音が聞こえる。

 見るとレーベンが飾っていた竹の枝を床に落としていた。多分、揺れる短冊とじゃれ合っていたら、落ちてしまったのだろう。

 それを見た雪村が頭を掻く。

「猫は動くものに興味を持つから、仕方ないね」

「もう……」

 リーベは星を見るのを中断して、また竹の枝を飾りなおす。その時、時計を見るとすでに20:00を回っていた。

 いつもの夕食の時間をとっくに過ぎている。星に夢中になりすぎたようだ。

「あっ!」

 それを見た雪村は微笑んだ。

「いいよ、ゆっくり作るといい。本当は僕が作ればいいんだけど、何にも作れないからね」

「ありがとうございます。できるだけ早く準備します」

 リーベはそういってキッチンに向かい、夕食の準備に入った。


[System] : “Milky Way” playback ended.

[PN] Liebe: Thx.

[System]: You're welcome. Au revoir.

[PN] Liebe: What happen to you?

[System]: That's a whim.


「なるほどね……」

 すっかりこの記憶のことを忘れていた。どうして、こんな記憶が抜け落ちてしまっていたのだろうか。

 いや、記憶だけじゃない。

 思えば、年を経るごとに数字や理論、倫理、常識に縛られていったような気がする。ここ最近で、『楽しい』と心から思ったことが有っただろうか。若しくは、『美しい』と思ったことが。

「無かった気がするな……」

 ただ「そこにある」というものを、『楽しんだ』のはいつだったろうか?

 星を見て『美しい』と感じずに、それに理論を求めていなかっただろうか?

 形容しがたく言葉に表せないものに、『恐怖』を感じていなかっただろうか?

 ここ何年も、説明できなければ、数式で表せなければ、そこに存在しないかのようにふるまっていた。「何とも言えない」、そのことに『楽しさ』や『好奇心』ではなくて、何か『不安』や『恐怖』を覚えてしまっていた。

 それがあの『寂しさ』の正体だったのかもしれない。

 まさかそのことを、昔の私が教えてくれたなんて。今よりももっと機械に近い、そしてもっと純粋な「私」が。

──そうだ。

 時間が巻き戻らないのは──それこそ、理論である熱力学第二法則だ──重々承知している。でも、私は思い出すことができる。なんなら、昔を模倣することだって。

 私は外を見るのを止め、ある本の一節を思い出しながら、物置に向かった。


 それから30分もしないで、私は雪村さんの書斎に向かう廊下を歩いていた。

 ドアをノックし、返事も待たずにドアを開ける。すると、あのころよりも幾分も老け込んだ雪村さんが私の方を見た。

「どうしたの、リーベ?」

 私は五色の短冊を胸の前に掲げ、彼に笑いかけた。

「雪村さん、今日は七夕ですし……短冊、書きませんか?」

【後書き】

 はい、どうも2Bペンシルです。今回も読んでいただき、ありがとうございます。


 しかし、この話は耳が痛いですね……書いてる中でもかなりいい出来だと自画自賛していますが、反面、自分への戒めにもなってしまいました。

 年相応に理論や常識に縛られるのは悪くないと思うのですが、あんまり縛られすぎるのもな……とも思うのです。アインシュタインの『常識とは、二十歳までに集めた偏見のコレクションである』という言葉もあるくらいですし。

 たまには子供心を思い出して、わけのわからないものに手を突っ込む無謀さがあってもいいのかな、と。こんなことをキケロに言ったら、「だから若者は政治家になれないんだ」とか言われそうですね、はい。

 今では、自分の行動が何を引き起こすか考えすぎたり、責任の所在を考えたりしてしまって、行動を起こすのに時間がかかるようになってしまったあたり、子供心を失ったのかなとも思います……これ、半分愚痴ですね。失礼しました。

 さて、口を開けていると愚痴が流れ出そうですので……参考文献、参考にさせていただいたサイト様はいつも通り、最後に掲載しておきます。

 では、皆さま、今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございます。私は短冊書いてきます。


【参考文献・参考にさせていただいたサイト様】

七夕関連:http://afun7.com/archives/4245.html

文献:Le Petit Prince(星の王子様) 作:サン=テグジュペリ 訳:河野真理子 新潮文庫

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