第十六話 日常
「何だよ気持ち悪い奴だな。俺の顔をジロジロ見て」
あ、カズマの顔を凝視してしまった。そりゃそうだ。船から蹴り落とされるし、奴がけしかけたゴブリンのせいで大変な事になってた。
ん、けど、アレは夢な訳で。
なんか頭がボーッとするな。寝てたからかな?
「お前、いつの間にシャツ脱いだんだよ」
カズマに言われて気付く。ん、いつの間にシャツ脱いだんだ? ブレザーの下はTシャツだ。
「んー、いつかなー?」
「寝ぼけてないで、準備しろよ。教室移動だろ」
そうだ、次の授業はプログラミング。IT室に行かないと。僕は立ち上がる。
授業を受けながら考える。それにしても明瞭な夢だったな。ていうかあと少し見せてくれても良かったのに。ゴブリンに気を取られてたおかげで、女の子たちを良く見れなかった。斜め前には裸のウルルがいて、ライラとマリンは僕に生尻を向けていた。それに、マリンはデカゴブリンに吊り下げられてたな。あと少しで、エロゲのようなシーンを見れたのに。
今日は金曜日、授業を終えて帰るだけだ。尿意を催してトイレに行く。そして気付く。パンツを穿いて無い! 僕はどんな事があっても基本的にパンツを穿く。まあ、当たり前の事だよな。けど、僕はパンツを穿いてない。そうだ。僕のパンツはマリンに貸したんだ。そう言えば、出来るだけ使わないようにしてた携帯も充電がかなり減っている。なんで携帯を使わなかったのかは、せっかくのファンタジーな夢を楽しむためだ。
もしかしたら、ただ単に、ボーッとしててパンツを穿かなかったのかもしれない。気を取り直して、便器と対峙する。そして、冗談で口に出す。
「ウォーターガン」
バシャッ。
うわきったねー。ションベンが弾けやがった。
ピキッ。
「ゲッ」
つい言葉が口をつく。僕の尿が小便器に罅を入れやがった。危ない。試しに少量放っただけでよかった。反射がかかったのは股間一帯くらいだ。よかった。もし、ハイメガウォーターカノンなど放ってようものなら、多分全身に尿を浴びた事だろう。
って、おい、そうじゃない。多分便器を爆散させた事だろう。
え、という事は夢で手に入れたスキルを手に入れてる? じゃあ、もしかしたら、アレは夢じゃない? 僕の体が寒くなる。背筋に氷柱を差し込まれたみたいだ。
ライラ。
ウルル。
マリン。
どうなんたんだ?
彼女たちは……
それ……より……も……
カズマ、コウタ、他のクラスメート。僕を見捨てたのは実際にあった事。しかも、僕がスキルを持ってるって事は、みんなもスキルを……
携帯を手にして、コウタに連絡しようとする。
まて!
みんな敵だ。これからどうしよう。まず、クラスメートが手に入れてるスキルで分かるものは、カズマの『魔王』。分かってるのは魔物を従わせる能力。けど、『魔王』だからそんなにしょぼい能力な訳無い。他にも隠し持ってるはず。
西園寺の『勇者』。効果は分からないけど、強そうだ。
あと、魔物を召喚する能力を持ってる奴がいる。
僕は自力でスキルを手に入れたけど、他のみんなは確実に1つは持っている。とにかく、僕がスキルを持ってる事は隠さないとだな。多分クラスメートは全員敵。それで相手にばれないように、スキルを探る。無理ゲーなんじゃないか?
情報を集めないと。
頭にライラの顔が浮かぶ。少しししか一緒に居なかったけど、彼女たちはどうなったんだろう。僕があそこで過ごしたのは1週間程。けど、こちらでは全く時間が過ぎてなかった。どうにかしたらあの場所に戻れるんじゃないか? 助けられるのなら助けたい。
僕は罅が入った便器を見つめる。まあ、色々あるが、まずはこの場はどうしよう。パンツ穿いて無くて、ズボンは尿まみれ。今の僕もなかなかピンチだな。この状態だと帰りのバスにも乗れないし……
とりあえず、僕はトイレの個室に入って考える。幸いそこまでズボンは濡れてないから、しばらくしたら乾くだろう。バスは諦めて歩いて帰るしかないか。知り合いにズボンが湿気ってるのを見られたくないな。暗くなって人が減ってから帰る事にしよう。
「ただいま」
「おかえりー」
玄関で母さんの声が出迎えてくれる。この当たり前の日常、家に帰ったら、暖かいご飯を食べられて暖かいお風呂に入れる。もう、夢の世界の事なんか忘れて、学校を辞めたら、ずっとこのまま平和に生きていけるんじゃないだろうか?
けど、僕のクラスメートのおかげで、ライラ達は危機に陥った。
父さん母さんといつも通り何気ない会話をしながらご飯を食べて、風呂に入る。夢の世界で1週間近く、水風呂に入り、クソまずい飯を食べてた事を思い出すと、恵まれすぎてて、涙が出そうになる。けど、ずっとぐるぐると夢の世界の事を考える。
なぜ?
許せない。僕を海に蹴りおとしたカズマを。見てるだけで助けてくれなかったクラスメートを。それに、ライラ、ウルル、マリンが酷い目にあってるかもと思うと自分も許せない。ウォーターガンがあるからなんとか成るだろうって甘い見通しで、3人をピンチに陥れた。僕があの時きつく止めていたら、危ない目には合わなかったかもしれない。僕は許せない。クラスメートを弱い僕自身を。
読んでいただきありがとうございます。
みやびからのお願いです。「面白かった」「続きが気になる」などと思っていただけたら、広告の下の☆☆☆☆☆の評価や、ブックマークの登録をお願いします。
とっても執筆の励みになりますので、よろしくお願いします。




