2020年5月23日 不眠の日 ~秘密にしてくれる?~ 聖美(きよみ)編
2020年5月23日
最近、あなたには姉が出来た。少し年が離れた義姉だ。それがまた可愛らしい人物で、学年で一番可愛い子が毎日家にいるような状況になっている。
聖美お義姉さん。よく出来た人だと思う。まずキレイだし、慎ましくて優しくて、勉強も丁寧に教えてくれるし一緒に遊んでくれるし、連れてくる友達も本当に可愛い子ばかり。外国人の友達までいて、血は繋がっていないがあなたの誇りになっていた。
だがあなたは、そんな完璧だったはずの聖美の裏を顔を知ってしまったのだ。
きっかけは聖美の部屋に勝手に入ってしまったことからだった。と言っても、しょっちゅう侵入しているわけではない。部屋には招待されるし、一緒に遊んだりもするのだから入り慣れている。普段ならちょっと入った程度で何も怒られることはない。
部屋もキレイだし、あなたがタンスを漁ったりする人ではないことを聖美もわかっている。
だからあなたはなんの邪気もなくて、ただ貸していた漫画を取りに入っただけだった。そのときに、収納のクローゼットの扉が少し開いていたのを見つけた。そこから一枚の写真がひらりと落ちていて、あなたは戻してあげようとそれを拾い、クローゼットを開けた。
そこで知った。中一面、可愛い少女たちの写真で埋め尽くされていた。少し病的なまでに撮影された写真には全て日付と時間、一言コメントが添えられている。ほとんど『可愛い♡』という文字が入っていて、愛という字は書かれすぎて上手い略字を編み出されているほどだった。
そしてそれに唖然としているという、最悪のタイミングで聖美が帰宅したのだ。お互いに止まる時間、聖美も見せたことのない焦燥した表情で、あなたが部屋を出ていくのを黙って見送っていた。
部屋でベッドに倒れ込んだあなたは、一人でその光景を思い返す。アイドルの写真だったかと言えば、多分ノーだ。ほとんど全て目線はなかったし、物陰から撮影されたものやフレームが真っ暗になっているものもあった。真っ先に浮かぶ撮影方法はそれこそ盗撮しかない。
あなたは姉が大好きだった。だからこれについて問い詰めることは出来ない。そのまま悶々と考え続けた。晩御飯、聖美は外で食べる用事があると抜けていったが、あなたと同じ様に顔を合わせるのが怖くて外へ逃げたのかも知れないと思った。
そうして迎える夜。考えすぎて眠れない。駆け巡る考えは聖美への疑念や、見なければもっと仲良しでいられたのにだとか、これでもう話せなくなるのだろうかという不安だ。あなたは聖美が大好きなのだから。
どうしようもなく、軽くミルクでも飲もうとリビングへ起きていくと、それに合わせたように聖美も外に出てきたのだ。偶然だったのか、それとも気配を窺っていたのか、とにかくドキッとした。
聖美「ね、ねぇ……さっきみたあれなんだけど……」
あなたはぎこちなく頷いた。
聖美「気になる、よね……?」
気になって眠れなくなったと正直に伝えるあなたに、聖美は表情を渋らせてごめんねと言う。
聖美「あれはその……私、ちょっとおっかけみたいなのしてて……アイドルの子達っていうか……ママとパパには秘密にしてくれる……?」
困った表情の聖美にあなたは素直に頷く。ホッとしたように「良かったぁ」と胸を撫で下ろしている。それから二人でぎこちなくミルクを飲み、ベッドに入る。と、そうして小一時間。やっぱり眠ることは出来なかった。
もう一度起きて、今度はトイレにも行かないと。あなたは再び寝る準備を済ませて部屋に戻ろうとすると、隣の姉の部屋の前に聖美が立っていた。
聖美「あの、眠れない……?」
頷くあなたに、聖美もどうやら同じ状態らしい。
聖美「じゃ、じゃあもし良かったら……」
聖美はなんと、自分の部屋の扉を開けたのだ。入れという意味にほかならない。
聖美「一緒に寝よっか」
心臓が高鳴る。好きな姉にこうして誘われてしまうと入るしか無い。姉はベッドを開けて、どうぞとあなたを横にして軽い毛布を掛けさせた。ほんのりとぬくもりと香りが残っていて、それがあなたの鼓動を更に強めた。
のだが。
聖美「よいしょっと」
聖美はクローゼットを開け始め、そこにある懐中電灯を取ってからあなたの横に入り込んだ。ベッドの配置から言って、横を向くと例の写真空間がしっかりよく見える。
聖美「知られちゃったから……もっと知ってもらおうと思って……ほら見て、これは五人少女ちゃんって言ってね?」
何を言い始めたのか最初はわからなかったが、どうやら写真に映る子たちの解説を始めたらしい。
聖美「で、毎回趣が変わったりするの。例えばこの留音ちゃんは脳筋だって割にただの脳筋じゃ考えつかないようなことをしたりね」
よその知らない子を突然耳元で解説されるというのは、一種の子守唄になるのかもしれない。あなたは少しずつだが、うとうとし始めている。
聖美「それでこの前なんてクローン人間を生み出して死んじゃってね。でもイノベーターだから……ごにょごにょ」
これまで見てきた丁寧で可愛いと義姉と、後ろから懐中電灯片手に嬉々として語る義姉は本当に同じ人物なのだろうか、と考えてしまう。
聖美「でね、怒らせると怖いのはこの子なんだけど、でもこっちのこの子は何度怒らせても凝りないの。だって怒らせてる自覚がないんだもん。可愛いよねっ」
もう相槌も打てなくなってきたあなた。聖美はまだ楽しそうに喋っている。あなたにとってはどうでもいい話を、長々とよく続けるものである。
可愛い義姉の声を聞きながら、あなたは少しずつ微睡みに落ちていく。
どうでもいい話、もう忘れそうだ。聖美の好きなアイドルなら勉強しておくべきだろうか。興味はなくても話ができる。
しかしあなたにとってのアイドルは、今一番近くにいる聖美だ。これからも仲良くやっていけそうだと思ったら安心感が増して身体がほかほかしてきた。
最高の子守唄に身を任せてぐっすり眠れそうだ。




