ブキャナンなりの
鍛錬を一旦中断することになって、ずっと静かに状況を見守っていたブキャナンが動き出した。
こうなると分かってはいたのだろう、そしてそれなりに準備もしていたようで、すぐに役所の職員達がその準備を配り始める。
スポーツドリンクとパンなどの軽食、休憩の時のために用意していたもので、それを生徒達に手渡し栄養補給をさせる。
更にタオルや休憩用クッションなどもあり……怪我をした場合などに備えてか、医薬品も用意してあるが、今は必要ないので隅に置かれている。
当然ハクト達の分も用意してあるのだが、今ハクト達は監督官との話し合いで忙しく、ドリンクも軽食も受け取っていない。
そんなハクトとユウカは汗一滴かいておらず必要はないのだろうが、それでもブキャナンはハクトとユウカと、グリ子さん達の分のドリンクと軽食を入れたバスケットを両手で抱えて、じわじわとハクト達の下へと近寄っていく。
そうやってどんな話をしているか探ろうとしているようだった。
ブキャナンの立場であれば普通に聞きに行っても問題がないのだが、盗み聞きのようにコソコソと。
その動きがあまりにも怪しくて付近の生徒がうろんげな目を向ける中、ブキャナンはじわじわとハクト達の下に近付く。
「……その、ですから、まずは理論など座学から始めては……」
「座学なら学院で十分にやっているでしょう。
まさかそれすらしていない、赤ん坊を連れてきたとでも?」
監督官の言葉に返すハクト、両者にはかなりの温度差があるようだ。
そしてブキャナンはこうなる原因を知っていた、何人かの英雄を育て上げたという経験から分かっていた。
ハクトとユウカは優秀な召喚士であり、戦闘能力もあり、役所で働き凄まじい成果を残している偉大な人物ではあるが……教師ではないということを知っていた。
教育の素人、未経験者。
先輩として後輩を指導したことはあるが、教育をしたことはない。
全くの0から誰かを育てたことはない……それも当然、ハクト達はまだまだ新社会人、若くして社会に出たばかりの雛鳥だった。
そんなハクト達のことが気になって人間姿のブキャナンは、バスケットを両手で抱えたまま近付き……ひょこひょこと動き回り、老婆心からハクト達の様子を観察しようとする。
右に左に動き回って……流石に鬱陶しくなったのか、ハクトが声を上げる。
「大僧正、どうかしたんですか?」
「ああ、いえ、どんな状態かと気になりやしてね……で、どんなもんでしょうか?」
仕立ての良いスーツに質の良い靴、革手袋に長めのストール。
何故だかペストマスクを首から下げた高齢の紳士……それが風変わりな口調で喋ったものだから、監督官は目を丸くする。
外見としては明らかにハクト達よりも上の立場なのだが、仕草は何故だか下っ端のよう。
口調もまたそう思わせるもので……監督官が困惑する中、ハクトが言葉を返す。
「やはり面倒ですね、そもそも生徒にやる気がなさ過ぎる。
どういう説明を受けてここに来たのかは知りませんが、一体何をしに来たのかと問いかけたくなります。
真面目に学ぶ気があるのなら、もう少し態度も動きもよくなるはずです。
それとサクラ先生の言葉では彼らは有望株ということでしたが、まるで才気を感じません。
あれは本当に有望株なのですか?」
「あー……確かに、あれなら道場の子達の方が戦力になりますよ。
心技体、いずれも上回っていると思います」
ハクトとユウカにそう言われて監督官は言葉もなく……それを見て同情的な表情となったブキャナンが言葉を返す。
「いえ、確かに有望株ではありやすよ。
魔力が多く、魔力を溜め込むための器が大きい……生まれついての才能でございやす。
これに関してはハクトさんもユウカさんも同様でございやすから、気付きにくいのかもしれやせんが、お二人同様、あの子達も十分四聖獣になれるだろう器を持っておりやす。
確かにまだまだ心も体も未熟なようですが、その才能は認めてあげても良いと思いやす」
「……魔力だけですか。
そのレベルを押し付けれても困るというか、それこそ本職の教師の仕事でしょう?
俺はてっきり卒業直前レベルなのかと……四聖獣の器というからにはせめてそのくらいかと」
「えっと……そのレベルだと私も基礎トレーニングをしなさいくらいしか言えないんですけど……」
そうハクトとユウカが言葉を返すと、監督官は軽く頭を抱える。
何を思ってここに来たのか、どういう答えを期待していたのか……。
そんな視線をハクト達が向けたことで監督官が口を開く。
「えぇっと……こちらもようやくお二方がどういうレベルの方なのかを理解してきました。
吉龍先生の秘蔵っ子とは聞いていたのですが、お二方とも四聖獣の登竜門とも言える役所や警備隊、幻獣研究の道にも進んでいなかったものですから……その、無意識で侮っていたのだと思います。
申し訳ありません……。
……しかし思っていた以上にレベルが高く、そのせいでこちらとのミスマッチが生まれてしまったのかと。
確かに今日連れてきた子達は吉龍先生に認められた器ではありますが、未熟な子が多く……えぇっと、その、申し訳ありません」
「アタクシの方でハクトさん達の功績は知らせておいたと思うんでやすが……。
幻獣災害レベルの事件を解決、その幻獣についても非凡、普通に考えて侮るだなんてありえないし、こちらとしても全くの予想外でございやす。
……恐らくですがグリ子さんの可愛さで侮ったのでしょうが、子供達はまだしもアナタもそれでは困ってしまいやすねぇ」
それは中々トゲのある言い方だった。
下っ端のような態度や言葉遣いだが、一番上の立場にいるのはブキャナンで……そんなブキャナンが苛立っているらしいことに気付いて、ハクトとユウカは一瞬動揺する。
そしてそれを見て監督官もなんとなく立場を把握したらしく、自分の目が鈍っていたことを悔いているのか、また頭を抱える。
「……んまぁアタクシのことは構いやせん。
今はあの子供達のことに集中しやしょう……ということで、休憩後はアタクシがやってみたいと思いやす。
この中で唯一の経験者のようですし、それなりの結果は出せるはずでございやす」
その言葉に否と言う者はなく一同が頷き……そうしてブキャナンによる授業が決定されるのだった。
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