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毛玉幻獣グリ子さん  作者: ふーろう/風楼
第三章

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実戦



 ユウカが拳を突き出して構え、構えた拳でゆっくりと円を描くと、足元のフェーもそれを真似をする。


 ユウカのそういった動きはルーチンでありフェイントであり、間を作るためのものである。


 それをする間に呼吸を整え狙いを定め、今後どう動くかを考え……相手には威圧感を与える。


 何か凄いことをしているような気分にさせ、迂闊に近付けない空気を漂わせ、自分のペースに巻き込み、今後の流れを有利に運ぶ。


 そして目の前の生徒達は全員がそれに飲み込まれてしまって……それを見て呆れたハクトが声を上げる。


「フェー、手加減なしで良い、風切君は手加減を続けるように」


 ユウカの動きを完璧に真似していたフェーは、その声を受けてタッと床を蹴る。


 フェーの手足はとても短い、戦闘を行うのであれば体当たりや噛みつきの方が良いのだが……それでもユウカの真似をし、


「わふー!!」


 と、元気いっぱい声を上げながら、その手足でもって生徒達に襲いかかる。


 生徒達はそれを受けてようやくまともな動きを見せる。


 構えを取って魔力を練って、フェーの動きに対応しようとするが、フェーは空手のような構えのまま空中を飛んで加速、フェーの短い腕による拳が生徒の一人に突き刺さる。


 その衝撃で吹っ飛びそうになる生徒だったが、どうにか魔力を練ることで耐えてフェーを押し返す。


 するとフェーはあえて吹き飛ばされて更に加速、結界の中をピンボールのように跳ね回って、縦横無尽に動き回っての拳をまた放つ。


 威力自体は然程ではない、魔力を練ってさえいればダメージはない、だけども何度も何度も上下左右から殴られるのは相当鬱陶しいもので、生徒達は苦々しい顔でなんとか攻撃を避けようとする。


 しかしフェーの動きを読み切ることが出来ない、対応することが出来ない。


 なんだかんだと実勢経験を積んでいる上に、ユウカの鍛錬に付き合っているフェーの方が圧倒的に格上のようで生徒達はただただ翻弄されるだけ。


 学院などで教育を受けて才能を見出された子達であるはずなのだがこれかと、ハクトは呆れを隠すことが出来ない。


 それと同時にどうしていけば良いのか、どういう鍛錬をさせたら良いのか道筋が見えてくる。


 まずは基礎鍛錬、そして魔力の向上、そして実戦経験。


 学科や魔力の使い方などは他でも習えるだろうし、とにかくその辺りを鍛えてやれば良いということが分かった。


「フェー、もっと頑張って良いぞ、皆に経験を積ませてやるんだ」


 結論を出したハクトがそう声を上げると、フェーはなんとも楽しそうに動きを速めて跳ね回る。


 笑顔で楽しげに、ポンポンポンと元気いっぱい。


 そんな中ユウカもまた動いていて、やる気を見せない、あえて後方に下がってフェーに対応しようとしない生徒なんかに狙いを定めて軽く拳を振るっている。


 あくまでユウカにとっての軽くで、生徒達にとってはそうではないのだが……だからといって手加減しすぎては意味がなく、ユウカなりの力加減で動き回り、拳を放っていく。

 

 全てが寸止め、しかし威力は凄まじく、無理をすることは出来ず、相応のプレッシャーとストレスがある。


 そうやってフェーとユウカに翻弄された生徒達は、段々とストレスがたまってきたのかイライラし始め……八つ当たりという訳でもないのだろうが、ただ指示だけを出して動きを見せていない、ハクトに攻撃を仕掛けようとする。


 しかしそもそもユウカが動き出したのは、ハクトに手出しをさせないためだった。


 ハクトの厳しさを知っているユウカなりの優しさによるものだった。


 ハクトは自他に厳しい、学院の生徒であるならば幻獣召喚をするのであれば、このくらいは最低限だと考えて、鍛錬や試練を与える男だった。


 他人にだけ厳しいのではなく自分にも厳しく、自分に出来ているのだからと他人に対しブレーキを踏まずに、アクセル全開にすることがある男だった。


 そんなハクトに攻撃を仕掛けようとしてしまったのは明らかな失策で……ハクトはすぐさま展開していた糸を操作し始める。


 糸に魔力が満ちて輝きを放ち、まるで刃物のような鋭さを持って鞭のようにしなる。


 それが生徒達へと襲いかかって……自分の腕や足、首が斬られると思った瞬間、糸は動きを止めてくれる。


 傷つけるつもりはないが、恐怖を与える気は満々で、映画でよく見る人体を切断してくるレーザーのように、あるいはミキサーの刃のように生徒達をズタズタに斬り裂かんと動き続ける。


 下手に魔力が見えているものだからその恐怖は凄まじく……生徒達の相手をしながらユウカは、なんで手を出しちゃったかなぁと小さなため息を吐き出す。


 自分にやられていればよかったのに、ハクトに手を出さなければ平和に終われていたのに……。


 そう考えている間に、どんどん生徒が心折られてへたり込むか気絶するかしていき……立っている生徒の数がどんどんと減っていく。


 ユウカとフェーが暴れまわる中、結界内全体に張り巡らされた糸が蠢き続け……それを見ることが出来ている生徒はどれだけいるのだろうかと、ユウカはそんなことも思う。


 ピンボールばりに動き続けるフェー、それに糸が当たることは一切ない。


 かすることも、フェーの毛を僅かに切ることもない……ハクトは完璧にコントロールをしてみせていた。


 その光景を見るだけでもかなりの価値があり、修行になると思うのだけど……とんでもない修羅場の中にあってそうすることが出来ている生徒は何人いるのやら。


 勿体ないなぁと思いながらユウカは、そんな状況にあってもちゃんとした指導をするように努めて……そうやってなんとも言えないカオスな時間が過ぎていく。


 ……そうして何分経ったか、一人のスーツ姿の男性がやってきて声をかけてくる。


「……あ、あの、監督官として派遣されたものです。

 学院からの依頼でやってきたのですが……その、この惨状は一体?」


 40代くらいか、オールバックに髪を固めて黒縁メガネ、いかにも真面目そうな外見が印象的だった。


「……挨拶もなし、態度が悪い、そして動きも魔力練りも、全てが悪いので、基礎の基礎から叩き直している所です」


 と、ハクト。

 

 それを受けて男性は何かを言おうとするが……ハクトの放つ威圧感と操る糸の勢いを見て何かを諦め、口を閉じる。


 生徒達の未熟さに思うところがあるのかもしれない。


 それを見てユウカはあの人が監督で大丈夫かなー、なんてことを思いながら、この状況を落ち着かせるというか、一旦リセットするために、この場にいる全員の動きを止めるための力と魔力を込めた一撃を、上空に向かって放ってみせるのだった。


 

お読み頂きありがとうございました。

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