厳しく
ブキャナン主導による細かい詰めの話が終わると、サクラ先生は深い一礼をした後で、部屋を後にした。
後はハクト達だけでゆっくり寛いで欲しいということのようで……それに甘えてハクト達は、そば茶を飲みながらの静かな時間を過ごす。
極上の部屋と庭、ただ茶を飲んでいるだけでも癒やされるもので……どのくらいそうしていたか、何度目かのそば茶のおかわりを飲んだ所で、ユウカが声を上げる。
「でもちょっとだけ心配ですね、先輩が指導とか。
……普通に良い指導してくれるんですけど、容赦がない部分があるっていうか、落第生にあんまり優しくないじゃないですか」
「そ……んなこともないと思うがなぁ。
そもそも俺が指導がしたことがあるのは学院の生徒や風切君だけ、落第が許されるような立場ではないだろう」
ハクトが言葉に詰まりながらそう返すと、ユウカは半目となってハクトのことを不安視する。
そんなやり取りを同じく半目で見ていた人間姿のブキャナンは、小さく笑いながら口を挟む。
「まぁ、厳しさもまた愛でございやすからねぇ。
ただただ甘やかすばかりが良い訳ではございやせん、と言いますかただ甘やかすだけならどなたにでも出来やす。
ただただ相手のことを考えず甘い言葉だけを囁いていれば良いのですから。
厳しく相手のことを考えながら接し導くというのは、相応の責任感や愛情がなければ出来ないことでございやすよ」
「……と、言うか、指導に関しては大僧正の本領でしょうに。
大僧正という立場もそうですが、過去何人もの英雄を育て上げたことがありますよね?
いっそ大僧正が指導されたら良いのでは?」
するとハクトがそう返し、ブキャナンは頭を人差し指でポリポリとかいてから言葉を返す。
「それも一つの手でございやすが、アタクシが育てた方々は大体の場合で失脚してしまっておりやすからねぇ……。
果たして指導が上手かったのか下手だったのか、成功だったのか失敗だったのか、判断がつかねぇ所でございやす。
それにアタクシは時代遅れの残滓でございやすから、若者にとってはデメリットの方が多いんじゃないかと思いやすねぇ」
そんな会話を聞いていたユウカは、改めてブキャナンの凄さというか歴史の深さを認識したようで……拳を構えて一度手合わせをという空気を出すが、ブキャナンは手をひらひらと振ってそれを躱す。
そんなやり取りを見て苦笑したハクトは、少しだけ言葉を選んでから口を開く。
「まぁ、結果がどうなるかは分からないけども、やれと言われたことをやるだけの話だよ。
それで上手くいくかいかないかまでは責任は取れないかな。
精一杯やりはするけど、そこから先は指導を受ける側の問題でもあるし……合う合わないはどうしてもあるからね。
向こうがそれ以上の指導を望むのか、受けた指導をどう吸収するのかを判断したら良い話さ。
ああ、あと大僧正、直接の指導はしなくても良いですが、監督はお願いしますね。
ここまで話に絡んで条件決めにまで口を出したのですから、無関係無責任は通らないでしょう」
「ほげ……ま、まさかそう来るとは思いやせんでした。
……しかしまぁ無関係ながら口を出したのは事実でございやすからね、分かりやした、監督はさせていただきやしょう」
と、そうブキャナンが返すとハクトは満足そうに頷き、ユウカは感心したような顔になる。
「……なるほど、こうやって偉い人に責任を押し付けるのも社会人なんですねぇ」
そしてそんな言葉を口にし、ブキャナンはまたも半目となって呆れたような顔になる。
……が、それはそれで真理の一つではあると何かを言うことはなく、それから少しの休憩をしてからハクト達は蕎麦屋を後にし、帰路につく。
そうして数日後、サクラ先生からの改めての連絡があって今度の休日に指導をという話があり……そして休日。
ハクト達は役所の体育館を借りてそこで指導を行うことになり、しっかりと戦闘用のハクトは狩衣、ユウカはスーツに着替えて必要な装備も用意して……ブキャナン、グリ子達と幻獣も一緒に体育館に向かった。
結界が張られていて、屋根も壁も天井も幻獣素材。
ちょっとやそっとのことでは壊れないそこは、召喚者の鍛錬のための場所だったが、使えるのは一部の者のみ。
相応の貢献なくして許可がでない場所だったが、ハクトとユウカは貢献十分と見なされての許可が出ていて……ハクト達が待っていると、サクラ先生が用意したという生徒達がゾロゾロと体育館に入ってくる。
学院の生徒かと思っていたがそうではない、それぞれ別の制服を着ていて……どうやら近隣の公立学校の生徒達のようだ。
20人程で男女半々、どういう話を聞いてきたのかは分からないが挑戦的な顔をしていて……挨拶などはなし。
それを見てハクトはどうしたものかと悩み……一度実力を見てみるかと糸を展開し始める。
「あっ、ちょっ……先輩、私がやります、大丈夫です、道場通い長いので。
という訳で皆さん、私は指導役の風切ユウカです、とりあえずまずは手合わせをしましょう。
全員同時でおっけーです、基本寸止めで、あんまりな行為したら容赦なく制圧します。
それだけ自信満々なんですから、それなりの結果は出してくださいね」
と、そう言ってユウカが拳を突き出して構えを取ると、足元のフェーも立ち上がって似たようなポーズを取る。
それを見て笑った生徒一同は、なんとも舐め腐った態度で攻撃を仕掛けようとし―――瞬間、踏み込んだユウカの拳が、一番舐めた態度だった生徒の眼前で寸止めされる。
「これで一本、実戦ならもっと速く動きますよ」
そうユウカが声を上げると生徒達はようやく本気の顔となり、すぐさまバラけて行動を開始しようとする。
が、すぐさまユウカの寸止め拳を見せつけられることになり、ついでに顔の高さまで跳び上がってきたフェーの寸止め拳すら対応が出来ない。
フェーも幻獣は幻獣、最近は魔力も充実し、それなりに動けてはいるが……それでもまだまだ未熟でもあり、動きはそれほど速くない。
だけども対応しきれないというのは問題で……それを見てハクトは小さなため息を吐き出し、何分持つかな? なんてことを思うのだった。
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