お詫び
生サンマ料理を出してくれる店は、バスで行ける範囲にあり……すぐさま予約が行われた。
ハクトとグリ子さんとフォス、それと話を聞きつけたユウカとフェーの分も。
どうやらグリ子さんとフェーは、遠吠えに近いような……壁越しでの会話も可能らしく、どこかのタイミングで上げた鳴き声があちらに届いていたようで、フェーから話を聞いたユウカが、自分も行きたいと声を上げたからだった。
それだけでなく、
「アタクシも行きたいでやすねぇ。
魚は好物も好物、大好物なんで……ぜひともご一緒させてくだせぇ」
と、仕事から帰宅したタイミングで庭に降り立つなり、そんなことを言ってきたブキャナンも同行することになった。
「……いやまぁ、良いんですけど、大僧正なのに魚が好物で良いんですか?」
庭に面した窓の側に立ちながらハクトがそう返すと、ブキャナンは「何を今更」と、そう言ってからからと笑う。
「まぁ、最近は大僧正に色々とお世話になっていたようですから、このくらいは奢りますし来て頂いても構いませんよ。
……ただ、サンマですからね? 高級なものではないですよ? あくまで大衆魚ということをお忘れなく」
そうハクトが続けるとブキャナンは……人間には不可能な深い角度で首を傾げて頭を悩ませ始める。
「はて……そう言われてしまいますと、悩んでしまいやすねぇ。
確かにサンマは大衆魚、しかも今年は豊漁でお安い……けども、豊漁だからこそご家庭やそこらのお店に良いサンマが回ってもいやすからねぇ。
良い機会と言えば良い機会でもあるんでやすが……ふぅむ。
……んま、今回はサンマで満足しておきやしょう、そのお店は幻獣もOKなお店なんでごさいやすよね?」
「はい、予約が必須ではありますが、専用の個室があるそうです。
大僧正の分の料理も追加してもらえるよう、後で電話しておきますよ。
追加注文とか……お酒の準備はどうしますか? 俺達は当然飲みませんけども」
「流石にそこまでは遠慮しておきやしょう。
お二方と同じメニューでお願いしやす。
……それとハクトさん、今度吉龍先生が、良い機会にお会いしたいと仰ってまして、問題のない日付があれば教えて頂きたいそうで」
と、突然サクラ先生の名前が出てきたことに小さく驚きながらも、ハクトは淡々と答えを返す。
「先生なら用事があれば勝手にやってきそうですが……何かあったのですか?」
「そりゃぁまぁ、勝手に色々やろうとしたことを詫びたいんでございやしょう。
吉龍先生のやったことは、世間的にはそこまで悪いことではございやせん、この国と平和を守るために後継を探すのもまた大事なことでございやすからねぇ。
ですが、ハクトさんの意見を伺ってから行動しなかったのが問題でごさいやして、焦りすぎたと反省しているようでございやす。
……そしてまぁ、吉龍先生のことですから、恐らくどこかの機会でこちらに来ようとしたのだとも思いやす、が、この辺りにはグリ子さんの結界がございやすので……」
「……先生が弾かれたんですか? 結界に?
それはまた……グリ子さんに嫌われたというか、睨まれたというか……」
「いえいえ、グリ子さん程、懐の広いお方であれば、そんなことはねぇと思いやす。
……が、ちょっとしたお仕置きくらいの気持ちは持っているのかもしれやせん。
先生ほどのお方ならば、結界を強引に通り抜けたりすり抜けたりすることも可能でございやしょうが、今回はハクトさん達に一歩譲って敬意を示したという所でございやしょうか。
ですのでまぁ……日付だけでなく場もハクトさん達が指定しても良いと思いやすよ。
どこぞ、高級レストランでも指定してやって、ご馳走になってくると良いでしょうなぁ」
「……なるほど、大僧正が言うのであれば、その通りなのでしょう。
ではそうさせていただきます、後で詳細を詰めますので……連絡は大僧正にお任せしても?」
「了解しやした。
サンマ代分くらいは働かせていただきやす」
と、そう言ってブキャナンは翼を広げ羽ばたいて去っていく。
ハクトとしては、そこまでサクラ先生に思う所はなく、またその責任感と義務感も尊敬していて……何であれば無理に四聖獣に推されたことも、今まで忘れてしまっていたのだが……向こうがそうしたいと言うのなら、それに合わせるべきだろうと頷く。
……四聖獣、国を守るその席は、ただ才能や強さだけで務まるものではない。
相応の責任感や知性や責任感、皆の前に立つ覚悟なども求められて……ハクトにはそのいくつかが欠けている自覚があった。
四聖獣の誰かに、なんらかの競い合いで勝つことは出来るかもしれない。
しかしいざ何かがあった際に、どこまで四聖獣に相応しい行動が取れるかは……なんとも言えない。
たとえば目の前に死にそうな子供がいたとして、その子供を助けるためにグリ子さんに負傷させたり、命を失いかねない行動をさせたり出来るかは……恐らく無理で、その時点でもうハクトは四聖獣に相応しいとは言えなかった。
小さな町工場の経理が精一杯……それ以上の責任を負うのは難しく、いつか耐えられない時が来るに違いない。
下手をするとグリ子さんの方が、そういう覚悟を持っているのかもしれない。
グリフォンの女王として群れを守るための覚悟を示したこともあるのかもしれない。
所詮は小市民……自分をそう評したハクトが窓を締めて振り返ると、そこにはグリ子さんが、なんとも言えない表情で立っていて、
「クッキュ~~~ン」
と、声を上げながら体を縦に伸び上がらせてくねらせる。
意図が全く分からないが、恐らくはからかっているのだろう。
色々と難しく考えすぎよ、もっと気楽で良いじゃないの、貴方は貴方なんだから。
そんなことを伝えて来ているようで……ハクトは、そんな姿にもまたグリ子さんらしさと、女王の器を感じて小さく笑う。
「プキュン!?」
フォスがそれを見て、あんな笑顔初めて見たと驚く中、ハクトは更に笑い……それを見たグリ子さんも笑って、そうしてしばらくの間ハクト達は、意味のない笑いを上げ続けるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




