子供の守護者
「……おっふ……」
階段を降りて、帰ってきたユウカがまず上げたのは、そんな声だった。
「その様子だと、子供達を遊んだというよりは、あの方々と手合わせでもしてきたようだね?
……良い経験は出来たかい?」
そうハクトが問いかけると、ユウカはげんなりとした様子で言葉を返してくる。
「……手も足も出ませんでしたよ。
なんですか? あの人……一度も攻撃当てられなかったし、本気で避けようとしてるのに団扇でパンパン頭を叩かれちゃうし……。
……あそこまで差があるっていうか、勝てる気が全然しないのって初めてなんですけど……」
「……と、言うことは今日はあの方がいらっしゃったのか。
良い勉強になったね……身軽さにおいては天下一のお方だから、その結果も無理はない。
逆に攻撃を当てられたなんてことになったら、大騒ぎになっていたかもしれないねぇ」
「……えっと、あの人って誰なんですか? それとあの子供達は?」
「そうだね、まずあの子達なんだけども、幽霊みたいなもの……かな。
正確には幽霊ではないんだけども、まぁその辺りの細かい定義の話は今は良いだろう。
あの子達はね、こちらの世界に未練を残して死んだ、幻獣達なんだよ」
「……はい? 幻獣ですか? あの子達が?
……だから獣耳が? えっと、幻獣が化けているんですか?」
そう問いかけるユウカにハクトは、ユウカに続いてやってきたグリ子さん達を撫でながら説明を返していく。
「こちらの世界にやってきて、こちらの世界が好きになって、そしてこちらの世界で暮らしていきたいと思いながらあちらの世界に戻ってしまったか、命を失った幻獣が稀にああなるのさ。
こちらの世界の……人間のことを好きになって、人間になって暮らしていきたいと強く望んだ結果、というのかな?
こちらの世界で死んだ幻獣もいれば、戻った先で死んだ幻獣もいて……死後魂となってもこちらの世界で暮らすことを望み、人になることを望み、ああいう姿になったという訳だね。
……そして魂の状態でしばらくの間、ああやって過ごして……自分が幻獣だったということも忘れて、完全に魂が人間に成り切ると、人間として誕生するというか転生するというか……世界のどこかで赤ん坊として生まれ変わることになっているんだ。
……召喚されてこちらの世界のために尽くした幻獣へのご褒美というか、報酬みたいな形で、こちらの神々がそういう仕組を作ったそうだよ」
「……なるほどー……えっと、そんな子達に駄菓子をあげちゃって良かったんですか?」
「むしろあげた方が良いんだよ、子供が駄菓子をもらって食べるというのは、普通のことだからね。
普通の玩具で遊んで、普通に暮らして……そうするうちに幻獣であることを忘れていく、そのためのお手伝いをしたって感じかな。
それをして良いのは、あの子達を見ることが出来た人だけで、今回は風切君がそれに当たるという訳だね。
あの子達の周囲には常にあの子達を守る誰かがいて……それに違反するとその誰かに激しく攻撃されることになる。
風切君が手合わせをしたのは、そういったお方という訳だ」
「……そんな凄い方だったんですか。
……私でも名前を知っている人なんですか?」
「俺なんかがその名を口にするのは憚れる訳だけども……そうだね、大僧正のお弟子さんで、身軽さに関する逸話をいくつも残しているお方だよ。
たとえば……そうだな、八艘飛びとかが有名かな」
そこまで言われて流石に思い至ったのだろう、ユウカは目を丸くし、ハクトは立てた人差し指を口に当てて静かにするようにと、ユウカに伝える。
「あのお方はなんと言うのか……大変気難しいお方だから、迂闊にその名を口にしないように。
他の方ならもう少し気さくというか、多少の無礼も許してくれるんだけどね」
「……他って、どんな方がいらっしゃるんです? 私でも勝てる人いたりします?」
そんなユウカの発言に、ハクトはなんともギリギリの発言だなぁと冷や汗を浮かべて……その冷や汗を拭ってから言葉を返す。
「風切君で勝てるかは……難しいんじゃないかな。
……そうだね、勝手に名前を出して良いかはなんとも言えないお方も多いんだけど、まさかり担いで熊にまたがったお方とかもいらっしゃるかな。
あのお方は自分のことを子供の守護神のように考えているからね、ああいう子達には特別優しいんだよ。
五月人形として祀られたのがそう考えるようになったきっかけらしいけども、元々子供好きなのもあるんだろうね。
同じ五月人形繋がりで、立ち往生で有名な方もいて……風切君が出会ったお方は、その繋がりという感じかな」
「……あの、これ聞いて良いことか分かんないんですけど、その、寿命とかはどうなってるんです??
大昔の人達ですよね??」
「そこはまぁ……幽霊に寿命とかはないからね。
いや、あの方々を幽霊と定義してはいけないんだけども、かといって神々と言い切ってしまうと、本当の神々から色々言われたりもするから……まぁ、難しく考えないで、そういうものと受け入れてしまった方が良いよ、色々と楽だから」
そう言われてユウカは、これ以上突っ込まない方が良い話なのだろうと理解する。
何しろすぐ側の階段を登った先に本人達がいるのだから、こんな所で迂闊な話をすべきではないのだろう。
しかしそれでもどうしても、気になることがあってユウカは、ハクトに問いを投げかける。
「……まさかり担いだ方って強いんですか? お願いしたら手合わせできたりします?」
「……出来るとは思うよ。
その方に出会う可能性もあると考えた上で、行くことを勧めたからね。
ただ出会えるかどうかはなんとも言えないからなぁ……あの方がいらっしゃるタイミングで、子供達を見ることが出来るかどうかは、本当に運次第だからね。
あとは子供達と遊ぶのに夢中で手合わせを拒否される可能性もあるか……まぁ、あまり期待しないことだ。
そもそもとして明日には他の街に向かうってことも忘れないでくれよ?」
そう言われてユウカは小さく肩を落とす。
今日出会えた方との手合わせも勉強になりはしたが、怪力無双で知られる方との手合わせの方がユウカとしては興味がある。
きっと色々なことが学べるはずで……どうにか出会える方法はないものかと、頭を悩ませながらユウカは、ハクトと共にホテルへの帰路につくのだった。
お読みいただきありがとうございました。




