夕焼けの
タコ料理専門店で料理を堪能し、少しの休憩をしてから外に出るとそろそろホテルに向かう時間ということで、ハクト達は散策ついでの帰路についた。
来た時とは違う道をゆっくりゆっくり、周囲の景色を眺めながら進んでいく。
その途中ユウカは、少しずつ傾く日差しに照らされた街並みの写真を撮っていって……なんでもない光景でも満足なのだろう、嬉しそうにシャッターを切っていく。
なんでもない家並み、故郷ではみない細い路地、入り組んだ道の先にある小さな公園。
そうした光景をカメラに収めていく中で、不思議な子供を見かけたユウカが変な声を上げる。
「え!? なにあの子!?」
ファインダー越しに見たその子供の頭の上に、犬のような耳があったように見えて、慌ててカメラを離して肉眼で見てみると、確かに着物姿の耳を乗せた子供が路地を駆けている。
……が、
「子供? いや、その先には誰もいないが……」
と、ハクト。
そんな馬鹿なとユウカはハクトの方を見やり、一体どこを見ているんだと指摘しようとするが、ハクトの視線は確かに子供の方を向いていて……だけどもハクトには見えていないらしい。
「クッキュン!」
そこで声を上げるグリ子さん。
「ん? グリ子さんにも見えているのか? そうすると……」
私には見えてるよ! そんなグリ子さんの声を受けてハクトは顎に手を当て……それから視線を周囲に彷徨わせる。
そうしてハクトが見たのは二点、大きな道の向こうにある小山と、少し歩いた先にある駄菓子屋。
「そう言えば以前大僧正がそんなことを言っていたっけ……。
風切君、その子供のことはひとまず置いておいて、あそこの駄菓子屋に向かうとしよう」
「え? は? へ? はい?
いやまぁ、良いですけど、駄菓子屋行って何するんですか?」
「それはもちろん、駄菓子を買うんだよ」
と、そう言ってハクトは駄菓子屋に足を向ける。
木造ガラス戸、奥に居間があり、そこで店主と思われるお婆さんがテレビを見ているという、いかにもな駄菓子屋で、ハクトは店主に向けて声をかける。
「夕焼けの子供達にお菓子をあげたいのですが」
すると店主は一瞬驚いたような顔になるが、すぐに笑顔になって「はいはい、おまちください」と、そう言って立ち上がり……店側へと出てきてカラコロと女性用の下駄を鳴らしながら買い物かごを手に取り、その中に店に並ぶ駄菓子を次々に放り込んでいく。
みりんせんべい、タコ足の酢漬け、水飴、ミニドーナツ、よく分からないキャラクターのカード付きチップスに、葛餅、きなこ餅、ラムネ、そして7本のジュース。
それらを複数、カゴいっぱいに入れて、まるで最初から合計金額を知っていたかのようにハクトに、
「2132円ですよ」
と、そう言ってから袋詰めを始める。
ハクトは素直にそれを支払い、大きな買い物袋二つを受け取り……それを持ったまま今度は、先程見やった山へと足を向ける。
駄菓子屋を出て少し歩いて、信号のある横断歩道で信号が青になるまで待って……大きな道を回ったら山の横を進む道を少し歩き、そして入口に石碑と灯籠が立っている長い階段を見つけると、手にしていた二つの袋をユウカに差し出してくる。
「俺がこの先に行くのは無礼に当たるだろうから、風切君だけで行ってくると良い。
……ああ、グリ子さん達は大丈夫だろうから、グリ子さん、風切君のことをよろしく。
で、階段を登った先にはお寺があるから、そこで遊んでいる子供達にそのお菓子をあげてくるんだ。
……あとはまぁ、遊びに誘われたら遊んでくると良い。
日暮れまでは……1時間もないはずだから、日暮れまでは遊んでくると良いよ」
差し出しながらそんなことを言ってくるハクトに、ユウカは色々と聞きたいことがあると、そんな顔を返したが、ハクトは立てた人差し指を口の前に構えて、静かにしなさいと、何も質問をするなと、そう示してくる。
それを受けてユウカは、ハクトのことだから少なくとも悪ふざけでやっている訳ではないだろうと考え、素直に買い物袋を受け取り、グリ子さんとフェーとフォスと共に階段を登っていく。
色々と疑問を抱きながらも不安はなく、元気いっぱいのしのしと階段を登っていくと……子供達の歌声が聞こえてくる。
『ゆうやけこやけで~』
聞き馴染みのある童謡だなぁと、そんなことを考えながらユウカが更に階段を登ると……階段の先にあるお寺が視界に入り込み、同時に境内で遊ぶ、獣の耳を構えた子供達の姿が視界に入り込む。
犬、狐、猫、熊、狸……そしてどんな獣の耳なのかよく分からない子で合計6人。
着物姿の子供達は、追いかけっこや縄跳び、お手玉などで遊んでいて……ユウカ達の気配に気付くと視線を向けてきて「だれだれ?」なんて無邪気な声を上げてくる。
「えっと……風切ユウカって言います、お菓子持ってきたんですけど、食べますか?」
「クッキュン!」
「ぷっきゅんー」
「わふー」
ユウカがまずそう言って、グリ子さん達が続くと、子供達は満面の笑みを浮かべて「わーい!」と元気いっぱい駆け寄ってきて……何人かが買い物袋を受け取って駆け出し、そして狐耳の、女の子がユウカの手をそっと握って……休憩所なのか、境内の隅にあるベンチの所まで案内してくれる。
案内されるがままユウカがベンチに腰を下ろすと、子供達は口々に、
「ありがとー!」
「おかしうれしい!」
「たくさんありがとー!」
なんてことを言いながらお菓子を食べ始める。
食べて食べて、ジュースを飲んで……食べ終え飲み終えたならグリ子さんに抱きついたり、フェーと追いかけっこをしたり、フォスと一緒に縄跳びをしたりと、なんとも自由に遊び始める。
そんな子供達の中央には残されたお菓子があり……その組み合わせを見るにあえて一人分を残しているように見える。
(そう言えば買ったジュースは7本で、ここにいる子供は6人……私の分って感じでもなさそうだし、他の子の分なのかな?)
と、それを見てユウカがそんなことを考えていると……黒い翼に黒いコート、黒い帽子に黒い靴という、黒尽くめの大人……男性が突然空から降りてきて、そのお菓子へと手を伸ばす。
(……ぶ、ブキャナンさんによく似ている……)
黒い翼を見て一瞬天狗だろうか? と、思ったユウカだったが、翼以外は普通の人間で……その魔力も気配も人間のように思えた。
ブキャナンによく似ているのだけども、明らかに別存在と分かる気配があり……20代か、30代前半か、女性のようにも見えるテレビでも中々見ない整った顔立ちのその男を、思わずじぃっと見つめてしまう。
すると男性は、2つの棒でもって練ってから食べる水飴を手に取り、ぐにぐにと練りながらユウカの方へと顔を向け、言葉をかけてくる。
「大僧正の関係者にしてはよく弁えている。
あの連れもちゃんと自重していたようだし……評価は出来る。
この子らを目にした者が、この子らにお菓子を用意したなら、幸運を得られるというのがこの地に伝わる言い伝え……あの連れはよそ者だろうに、よく知っていたものだ。
……どれ、稽古をつけてやろう……お前はそれを一番望んでいるのだろう?」
と、そう言って男は水飴を口に運んで……2つの棒をしっかりと歯で噛んで抑えながら、拳を握っての構えを取り……かかってこいと顎をしゃくり、ユウカを煽ってくるのだった。
お読みいただきありがとうございました。




