古都のアーケード街
古都のアーケード街は、ハクト達が暮らす竜鐙町の商店街とは全く違った雰囲気となっていた。
古都と言うからにはより古めかしい店が並んでいると思っていたが、そんなことはなく、むしろ真新しい……2・3年前に建てたというような店がずらっと隙間なく並んでいる。
そしてどの店も外壁は黒く、看板も質素、派手な色使いはどこにもなく、落ち着いた雰囲気となっている。
「古都の雰囲気を守るためなのだろうが、あまり商店街という感じはしないねぇ。
……それでいて通りを覆う透明な天井は綺麗で……あれは定期的に磨いているのだろうねぇ」
歩きながらハクトがそんなことを言うが、誰も耳を貸そうとはしていない。
それよりも店に並ぶ品々の方に興味津々で……特にたまらない香りが漂ってくる食べ物店には目も鼻も奪われてしまう。
基本的なメニューは竜鐙町の商店街と変わらない。
コロッケ、からあげ、とんかつにメンチカツ。
サラダに惣菜、フルーツサラダ……どれも食べたことがあるはずのものなのに、妙に興味を引かれてしまう。
どうしてなのかと考えてみると、香りが良い、すごく良い……商店街では嗅げなかった特別な香りが漂っていて、グリ子さんがそのことを訝しがってハクトを見やると、それを受けてようやく街並みではなく香りに意識を向けたハクトが答えを口にする。
「……ん? ああ、なるほど。
多分だけど、まず油が良い油なんだろうね……何を使っているかまでは分からないけども、安くないものを使っているのだろう。
そして……多分だけど揚げ物の衣に小麦粉などではなくて米粉を使っているんじゃないかな?
米粉の揚げ物は食感が良いだけでなく香りも良くなるからねぇ……油と粉が良いからこそのこの香りなのだと思うよ」
するとそれに言葉を返したのはグリ子さんではなく、話を聞いていたらしい惣菜屋の女性店主だった。
「香りだけでそこまで分かっちゃうなんてねぇ、驚きだよ。
そこのぼっちゃんの言う通り、ここらの店は油と米粉にこだわった揚げ物作ってるからね、他所にゃぁ負けないよ。
もちろん他の惣菜だって全部こだわりもんさ、サラダのドレッシングでさえこだわって選び抜いたものしか使ってないよ!
どうだい? 食べていかないかい?」
それを受けてグリ子さんとユウカ達は、もうそこの店の商品を食べるつもりなのだろう、店の前まで駆け寄って……ガラス張りのショーケースに顔をぐっと近付け、中に並ぶ惣菜の吟味をし始める。
揚げ物が並ぶショーケース以外にも、縦長のサラダやフルーツサラダが並ぶ冷蔵ケースもあり……ハクトとしてはそちらに興味津々だったのだが、揚げ物の魔力に逆らえないユウカ達に袖を引っ張られて、強制的に揚げ物を眺めることになる。
その中でハクトが注目したのは揚げ鶏だった。
俗に言うフライドチキン、それを米粉で作っているらしく、表面が普通のものよりもデコボコとしていて、傍目にはとても硬そうに見える。
しかしまさか見た目のまま硬いものを商品にはしないだろうし……値段が少し高いのも気になる所だ。
鶏肉ならばそう高くならないはずなのに、より大きく肉厚に見えるとんかつより高いのは妙だった。
「コロッケと、メンチカツ、それとからあげください!」
「クッキュン!」
「ぷっきゅーん」
「わふー!!!」
そんな声を上げながらユウカ達が全く同じ注文をする中、ハクトだけは、
「揚げ鶏を一つ」
と、注文をし……それを受けてか女性店主はにっこりと笑いながら、問いを投げかけてくる。
「たくさん注文してくれたからね、揚げたてを用意しようか?
ただその場合は時間かかるから、待っていてもらうことになっちゃうけども……」
「お願いします!」
「クッキュン!」
ハクト達が何かを言うまでもなくユウカとグリ子さんがそう返し、それから女性店主はにっかりと笑い……支払いを受け取ってから、揚げ物をするためなのだろう店の奥へと歩いていく。
それからすぐに揚げ物のたまらない音と香りが漂ってきて……そしてこの場で食べると思っているのだろう、持ち帰り用のパックではなく、食べやすいようにと全員分の大皿小皿に乗せて持ってきてくれる。
ハクトとユウカには割り箸を用意してくれて、グリ子さん達には大きめの器で飲み水も用意してくれている。
……恐らく女性店主はペットとして鳥類を飼ったことがあるのだろう、鳥類には餌も大事だが大量の水も必要だと知っているのだろう……水はかなりの量となっていて、ハクトが礼を言うと女性店主は「水くらいなんのなんの」と言ってから、店先の隅にあるベンチを使うように促してくる。
まずグリ子さん達の大皿やらをそこの前に移動し、それから自分達の皿を持っていき、ベンチに腰掛けてから食事を開始するハクト達。
「う~ん、揚げたてはやっぱり美味しいですねー!
米粉も香りがよくていい感じです! あと多分、使ってるお肉も良いやつですよね! 美味しいです!」
まずメンチカツを食べたユウカがそんな声を上げる。
なんだかんだ食道楽なハクトに付き合ってきたせいか、ユウカの舌も肥えて来ているようだ。
そしてハクトはかなり大きめな揚げ鶏を箸でどうにかこうにか持ち上げて口へと運び、バリッと小気味良い音をさせながら食べていく。
サクサクで香ばしくて衣だけでも旨味があって、鶏肉も良いものを使っているのだろう、旨味が強い上に香りも良い。
値段の高さの理由はどうやらこの鶏肉にあるようで……ハクトはもぐもぐと咀嚼し、その味を堪能しながら女性店主に視線を送る。
「分かるかい? それは近くの養鶏所だけで育てている地鶏で、都会の方じゃ普通のニワトリの5倍も10倍もする値段で取引されてるのなんだよ。
それがご近所ってことで安く仕入れられてね、それでこの値段でご提供できるって訳なのさ。
ヨソで食べようと思ったらきっと、ホテルとか高級レストランとかでしか食べられないんじゃないかい?」
ある程度のブランド鶏なんだろうとは思っていたハクトだったが、返ってきた答えはまさかのもので、目を丸くして驚いてしまう。
そしてそんな話をユウカ達もまた目を丸くし……それから「先輩だけズルい!」とか「クッキュン!!」とか、そんなことを言い、女性店主に向かって追加注文を行う。
目の前の自分の皿には十分過ぎる揚げ物があるというに……と、そんなことを言いたくなったハクトだったが、今は目の前の美味しい揚げ鶏に集中しようと意識を切り替えて、揚げ鶏が冷えてしまう前にと二口目のために大きく口を開けるのだった。




