運転開始
旅行初日。
ハクト達は準備万端、これから来るレンタカーの到着を家の前で待っていた。
ハクトはいつもの服装だが、動きやすさを重視してか少しだけ質の良いものを。
グリ子さんはクチバシと鈎爪にカバーをし……毛並みはいつも以上に整えられて煌めいている。
フォスもまた同様で……朝からハクトが丁寧にブラッシングしてくれたその毛並みを見せつけるかのように胸を張っている。
よそ行きの格好という訳ではないが、せっかくの遠出なのだからといつも以上に丁寧に、毛並みを整えるための髪油に近いものまで使って整えてくれたものだから、その仕上がりは思わず自慢したくなるものだった。
そこへ同じくよそ行きの格好をしたユウカが現れる。
ダボっとしたズボンに上着、動きやすさを重視しながらもいかにもユウカが好みそうなおしゃれな服を着て……普段は被らないキャップまで被っている。
キャリーバッグも安物ではないのだろう、薄緑色の高級感漂うものを引いている。
そんなバッグの上にはフェーの姿があり……お出かけということが分かっているのかご機嫌な様子だ。
逆にハクトのキャリーバッグは実用性重視なものを2つ用意していて……結構な大荷物となっていた。
それを見てユウカは疑問の声を上げかけたが、中型幻獣のグリ子さんの荷物もあるとなればそれくらいにはなるかと納得して何も言わず、挨拶だけを口にする。
「おっはようございまーす!」
「わふー!」
「おはよう、レンタカーはもうすぐ来るよ」
「クッキューン」
「プッキューン」
ユウカの挨拶にフェーが続き、ハクトが返しグリ子さんとフォスが続く。
「高速道路で行くんですよね? 途中のサービスエリアとか良さそうなとこしっかり調べてきたんで、休憩の時は任せてください!
あとは一応お弁当も作ってきましたし、おやつもたくさん買ってありますよ!
やっぱりドライブはおやつないとつまんないですよね!」
挨拶を終えるなりユウカが元気にそう言ってきて……ハクトはサービスエリアに寄るのなら、そこでおやつを買えば良いのでは? なんてことを思うが、ここでそれを言うのも野暮だろうとぐっと飲み込む。
そうこうしているうちにレンタカーが届き……手続きを終えたなら引き渡し完了となって、運転手は同行してきた他の車に乗って帰っていく。
普通のレンタカーとは全く違う受け取り形式となるが、以前乗ったタクシー同様、幻獣用の高級なレンタカーとなっているので、こういう形式となっているのだろう。
ほぼほぼキャンピングカーのような大きさとなっているそのレンタカーのドアを開けると、ふかふかの絨毯が敷き詰められた床にこれまたふかふかのスリッパまで用意されていて……ユウカはそれを見て車内で靴を脱ぐの? と、一瞬困惑するが、ハクトは特に気にした様子もなく、靴のまま中に入り荷物を専用の場所へとしまい固定したなら、グリ子さんとフォスのための場を整えていく。
それから振り返り困惑するユウカを見て簡単に、
「ああ、スリッパは靴を脱いだ方が楽という人のためのものだから、気にしなくて良いよ」
と、そう言ってから運転席へ向かう。
それを受けてユウカも気にせず車内に入り……荷物をハクトの真似をして固定していく。
車内にはクローゼットがあり、その下にキャリーバッグ専用の収納場所があり……固定用ベルトまであるのでそれでしっかりと固定する。
それから幻獣用のソファと言ったら良いのかベッドと言ったら良いのか分からない空間へと向かい、先にくつろいでいるグリ子さんにフェーを預ける。
それからバッグとは別に持っていた買い物袋からおやつを取り出し……グリ子さん達用ということでソファの上に並べていく。
「これはグリ子さん達のだから好きに食べてね。
袋とか開けられなかったり飲み物が欲しくなったりしたら呼んでね、すぐ来るから」
そう言ってからユウカは助手席に残りの菓子と弁当を持って向かい、ハクトに声をかける。
「先輩もお菓子とか欲しかったら言ってくださいねー、色々用意してますから!
足りなかったら途中で買い足せますし、遠慮なくどうぞ!」
「あー……うん、今は気持ちだけで十分かな。
それと一応……練習はしたけど、まだ免許取り立てということを忘れないでくれよ?
運転中に飲食とかは……止めておいた方が良いと思うんだ」
「停車中とかにいけそうだったらいつでも言ってくださいね!」
旅行ということでテンションが上がり続けているのだろう、いくらかの不安を抱えているハクトのことなどお構いなしといった様子でまくし立ててくる。
それにハクトはいくらか元気付けられて……エンジンを始動し、運転を開始させる。
真面目な性格のハクトらしく丁寧かつ法に則った運転で、ややスローペースながら確実に目的に向かって進んでいく。
町を通り抜け主要道路に出て、それから高速道路へ。
合流し、一度流れに乗ってしまえばあとは案内看板通りに進むのみ、ハクトにとっては気楽な運転が続くことになり……段々と余裕が出てくる。
余裕が出てふと隣を気にしてみると、助手席にいたはずのユウカはいつの間にかそこにおらず、気配からするとどうやらグリ子さん達の側にいるようだ。
そこで寝転がりながらお菓子を食べているようで……随分と余裕があるものだとハクトはなんとも言えない気分になる。
「あれ? 先輩、今魔力使いました?」
するとユウカがそう言ってきて……ハクトはユウカが気付いたことに驚きながら言葉を返す。
「ああ、車内の様子を伺おうとね……運転中もこれくらいは出来るんだよ」
「なるほど……?
っていうか、そっか、魔力を上手く使える人は運転に魔力を使っても良いのか」
「まぁ、そうだね。
教習所ではそういった練習もあって、一定の成果を収めれば免許証に運転中の魔力の使用を許可するとの一文がついて、使っても良いことになるね。
例えば俺の場合は糸での補助が許可されていて、ハンドル操作やアクセルブレーキ、サイドブレーキなどの操作をしても良いことになっているね」
「……え? それって凄すぎません? ここで寝転がりながら運転できちゃうってことですよね?」
「出来はするが、そんなことをするくらいなら普通に運転した方が楽だよ。
余計な魔力と精神力を使ってまでそんな運転をする意味はないだろう?
……というか、そんな運転、一時間もやったら魔力が尽きるんじゃないか?」
「はーん……なるほど。
なんでも楽は出来ないもんですねぇ」
と、そんな会話をしながらも車はスイスイと高速道路を進んでいき……そうしてハクト達は久しぶりの旅行へと出かけたのだった。
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