夢
それはたこ焼きを思う存分食べた日の夜に見た夢。
ハクト達は予言していた崩壊が到来した世界を生きていた。
崩壊が到来したとは言え、グリ子さんや他の幻獣の結界が世界を守り、全てが崩壊した訳ではなかったが、それでも相応のダメージを受けることになった社会は不安定化していた。
特に結界で守られなかった地域、外国からの難民流入などが大問題となり……ハクト達はそうして発生することになった犯罪の対処に追われていた。
……そして、その日々は常に変化していた。
ある日には幻獣によってそこそこの崩壊をした世界を生きていた。
ある日には核爆弾でかなりの崩壊をした世界を生きていた。
ある日には世界規模の戦争で崩壊した世界を生きていた。
ある日には世界と世界の境界が乱された世界を生きていた。
どの世界でも崩壊は到来していて、ハクト達は常に対処に追われていて……そしてどの世界でも矢縫を始めとした裏社会の人間達が富や力を手に入れ、その世界を謳歌していた。
どの世界でも、どんな崩壊理由でもそれは変わらなかった。
力を弱め没落しつつある矢縫家のような裏社会勢力が、この世界にはかなりの数、存在している。
だがどの国の社会も長い歴史を経て成熟しつつあり、治安が安定していくにつれ裏社会の人間には生きにくい状況が出来上がっていて……力を弱めるか消滅するかして、数十年後には完全に駆逐されるだろうとの予測がされている。
だけども夢の世界で彼らが隆盛を迎えていて……社会が乱れた方が都合が良いだろうことが見て取れる。
同時にハクトは、最近の不穏な動きの裏事情を察することになる。
矢縫の家のような勢力が、裏でそうなるように動いていたのだろう……いや、多少は関わっているだろうと予想はしていたが、多少どころか黒幕に近い存在だったのだろう。
そうすることで社会を乱し、かつての栄光を取り戻すつもりだったのだろう。
規模から考えるに複数の勢力が協力している可能性もあり……ちょっとした連合のような勢力になっているのかもしれない。
それらが裏で蠢いての今があり……そしてその先に各地で起きている予言騒動や、先程見た光景が待っているのだろう。
それを知った今、どうすべきなのか何をすべきなのかとハクトはあやふやであるはずの夢の中で、妙に冴える頭を働かせて悩んでいく。
誰かにこの話をすべきなのだろうか? いっそハクト自らがそういった勢力を討つべきなのか?
……あの父親を討つべきなのか?
息子として平和を愛する者として……。
全く乗り気ではないのだけど、それでもハクトが悩んでいると曖昧な夢の中に相応しい姿の、潰れまんじゅうのようなグリ子さんの姿が浮かんできて……それに毒気を抜かれたハクトは、そんな物騒な真似はごめんだなと考えを振り払う。
それからもっとマシな、何か良い手があるはずだと考えて……潰れたままのグリ子さんを見やってから、グリ子さんの力を更に溜め込むべきだろうと考え始める。
情報提供は戸田やブキャナンにするつもりだ、出来る範囲でその仕事を手伝うのも良いだろう。
だけども力を入れるべきなのは、グリ子さんを楽しませ、魔力をたっぷりと溜め込ませ、魔石やミニグリ子さん、あるいはグリ子さんの羽毛を埋め込んだぬいぐるみを作り……崩壊から守るよりも、裏社会の魔の手から無辜の人々を守る方に舵を切ってみるのはどうだろうか?
裏社会の人間達は、誰かを犠牲にすることで収益を得ている……ならば、その元を断ってしまえば、無辜の人々に手が届かないようにしてやれば、組織運営を鈍らせることが出来るのではないか?
あの矢縫の家の人間であっても、ハクトに近づくことすら出来ていない……それだけの守護の力をグリ子さんが持っていて……その活用法はグリ子さんが最も喜ぶ方法であるべきなのだろう。
そんな結論を得てハクトが清々しい気分に浸っていると、潰れまんじゅうなグリ子さんとはまた別なグリ子さんが現れる。
その姿はハッキリとしていて、いつものグリ子さんのように微笑んでいて……どうやらグリ子さんが今の夢を見せてくれたようだ。
ハクトのためか、世界のためか……それとも自分のためか、あるいはその全てか。
もしかしたらもっと美味しい料理を……もっと美味しいたこ焼きを食べたくてこんな夢を見せたのかもしれないと、ハクトがそんなことを考えると、考えていることが分かるのか、グリ子さんは照れたように体をよじらせもじもじとし始める。
どうやら図星だったらしい。
とは言え、悪意があるよりはマシで、美味しいタコ焼きくらいなら安いもので……ハクトは夢の中でグリ子さんに、美味しいタコ焼きを食べさせることを約束する。
「……タコ焼きと言ったらやっぱり関西かな。
あっちなら他にも美味しいものがたくさんあるし……関西食道楽旅行か。
世界を守るための食道楽旅行……幻獣社会が始まって以来の珍事かもしれないねぇ」
夢の中でそう呟くハクト。
その声もまたハッキリと響いていて……あまりにもハッキリしすぎているなと、ハクトが違和感を抱いたその瞬間、目が開いてカーテンから漏れる朝日の光に目がかすみ、朝が来たことを知らせてくる。
それからハクトはいつものように着替えを済ませて顔を洗い……それからリビングに向かい、グリ子さんとフォスに挨拶をする。
「おはよう、今から朝食を作るから」
「プッキュン!」
するとフォスだけが返事をしてくる。
グリ子さんは夢で見た時と同じようにもじもじとしていて……どうやらまだ照れているらしかった。
「……旅行は今から予定を組んで予約する訳だから、再来週とか来月とか、そのくらいになるからね。
日程は……食道楽というくらいだから4泊5日くらいにしようか。
タコ焼きの有名なとこや、タコの名産地や、色々巡る予定だから、そのつもりで。
出社したら社長に日程の相談しないとだね」
ハクトがそう声をかけるとグリ子さんは、喜びの方が勝ったのだろう、元気さを取り戻し……それから朝食楽しみ、という意味を込めた、
「クッキュン!」
との声を上げるのだった。
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