お礼の儀式
予約したタクシーは、これ本当にタクシー? と、首を傾げたくなるものだった。
タイヤも大きく本体も大きく、一応乗用車の範囲ではあるのだけどほぼバスというか、キャンピングカーに近い規模のものとなっていた。
中型までの幻獣が乗れるタクシーということで、それだけの大きさになるのは当然とも言えて……料金も相応にお高いものとなっていたが、最近の稼ぎもあって余裕を持って払えるからとハクト達は、そのタクシーでの旅を存分に楽しむことにした。
内部もまたキャンピングカーに近くソファに近い椅子もあり、事前にグリ子さんの特徴と大きさを伝えておいたからか、グリ子さん用のクッションも用意されていて……実に快適な車内となっていた。
運転手との会話は内線電話のような受話器でのみ行われるため、会話を聞かれたりの心配はなく、視線も通らないので寛ぐことが出来て、これをタクシーと呼んで良いのかと疑問に思える程だった。
そんな快適な空間なものだから乗り込むなりユウカはソファに腰掛けての寛ぎモードに入り、グリ子さん、フェー、フォスもそれに続く。
今回は山近くに行くということでユウカはハイキングスタイルの服装となっていて……ハクトはいつも通り、グリ子さん達は鈎爪カバーだけの装備での外出となっている。
目的地は既に伝えてあり、ハクトが最後に乗り込みドアを締め、発車OKを知らせるボタンを押すとゆっくりと動き出し……目的地に向かって法定速度で進んでいく。
運転手の腕前も中々で、快適なドライブが始まり……ユウカはソファに腰掛けながら大きい窓から外の景色を眺め、フェーやフォスもそれを真似ている。
グリ子さんはクッションでのうたた寝を楽しみ、ハクトは興味が勝ったのか車内の設備を見て回り……トイレにシンク、コンロに冷蔵庫までがある事実に驚かされる。
流石に幻獣用トイレは無かったが、それでも十分驚いてしまう豪華さで……冷蔵庫のドアを開けて中を見てみると、各種ドリンクにフルーツ、まんじゅうなどの甘味などが入っていた。
そんな冷蔵庫の隅には料金表の張られた厚紙が立ててあり……一つ一つの品の料金と、全ておまとめでの料金が書かれていた。
冷蔵庫の中身全てを買い取る場合、結構な割引をしてくれるようで……手を出すならまとめての方が良いかもしれないなぁと考えながらハクトは、中の物に手を出さずにドアを閉める。
そこに何があったのかをユウカに報告することはない、言えば大して喉が乾いていなくてもジュースを飲みたがるはずだし、まんじゅうを食べたいと声を上げるはず。
ここで無駄遣いをさせる訳にはいかないと静かにソファに座り……それからハクトもまた静かに窓の外を眺めての時間を過ごす。
町を抜け田んぼの合間を貫く道を進み、段々と山が近付いてきて……そして道路が大きな川を越える所で、何かを見つけたらしいユウカが声を上げる。
「あれ? 先輩先輩、なんかあそこで儀式やってますよ、儀式。
今日って何かお祭りでもあるんですかね?」
それを受けてユウカが示す方へとハクトが視線をやると、そこには祭壇が設置され、様々な食べ物や酒などが捧げられていて……神職の男性が懸命に大麻……俗にお祓い棒と呼ばれるものを振っている。
「ふむ……? ここからだとはっきりは見えないが、あれは恐らく幻獣に感謝を捧げる儀式なのだろうね。
川べりでやっているのを見るに水害か水難事故があって、川に住まう幻獣が助けてくれたのだろう。
……祭壇にある食べ物を見るに、河童かな? うん、多分河童が川で溺れた誰かを助けてくれたので、お礼の儀式をしているんだと思うよ」
と、ハクトが返すと「へーへーへー」と言いながら窓に張り付いたユウカが言葉を返してくる。
「随分豪華な感じですけど、命を救ってもらえたならあれくらいは当然って感じなんですかね?」
「そうだね……その川に河童がいてくれるかどうかで安全度が桁違いに変わるからね。
何かあったら十分過ぎるくらいのお礼をするくらいでちょうど良いのさ。
水害や水難事故だけでなく、資源の管理や川そのものの管理……ダムなどの設備がある場合は、それも手伝ってくれる。
川の周囲や川底、川べりなんかの整備を河童がやってくれると、水の流れが安定して、大雨が振っても水害になりにくくて、いざ水害が発生しても水中から様々な対処をしてくれるから、被害が小さく、事態の収拾も早い。
ダムに関しても水中からメンテナンスなどの手伝いをしてくれるから、大助かりだと聞いているね
それを人の手でやろうと思ったらとんでもない予算がかかる訳で……たまの儀式を豪華にするくらいは、予算の範疇なんだと思うよ」
「なるほどー……あ、川から河童出てきた。
先輩、河童ですよ、河童! 本物初めて見たかも!
……わぁ、踊りながら祭壇の食べ物食べてる、あれって良いんですかね?」
「良いんじゃないかい? 神職の方も気にせず続行しているし、参加している人達も手を叩いて喜んでいるし……。
しかし随分とノリが良いな……もしかしたら河童にしてみれば神職の祝詞はダンスミュージックだったりするのかな?
大好きな音楽があって好物食べ放題で……ああして踊りたくなるのも当然ってことなのかもしれないねぇ」
「それもなるほどって感じで……ってわぁ、どんどん増えてる、河童がどんどん。
そして参加者の人も予想してたみたいにクーラーボックスから食べ物次々出してる。
食べ物出してる側も楽しそうで……いい感じに幻獣と共存出来てるってことなんですかねー。
うぅん、あれ見ているとお腹減って来ちゃうな」
「……目的地まであと少しだから、もう少しだけ我慢すると良い。
目的地ではレストランもあるし、色々な試食も出来たはず……フルーツや山の幸がいっぱいだよ」
ユウカの視線が冷蔵庫に向いたのを感じ取り、慌ててそんな言葉で意識を外に向けさせようとするハクト。
その狙いは成功し、ユウカもフォスもフェーも目的地まであとどのくらいかな? と、窓の外を見やる。
唯一グリ子さんはハクトの意図に気付いていたが、小さなため息を吐き出すだけで何も言わず……そうしてハクトは到着までの間、グリ子さんの生ぬるい視線を浴び続けることになるのだった。
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