戸田という男
戸田は奥へと案内をしてくれ……机の並ぶ仕事場を見ることの出来る廊下を通り過ぎた先にある応接間へと足を進めていく。
応接間には上等な作りなソファがあり、そこに座るように促したなら、慣れた手つきで茶を淹れ始め……ハクトとユウカと、グリ子さん達にも香りから高級だと分かる紅茶を出してくれる。
ハクト達がそれに口をつけ一息つくと、改めて居住まいを正し、そうしてつい先程の熱弁の続きを口にし始める。
「先ほど、私は将来どうなるかが不安だから幻獣召喚に反対だと話したが、もう一つの反対理由をここで話しておきたいと思う。
私は幻獣召喚者が特権階級になってしまうことを危惧しているのだよ。
現状、人々は幻獣召喚者に頼り切りだ、インフラ含め依存してしまっていると言っても良い。
結果、君たちのように一部の者達に負担が集中し、その若さや立場の弱さに見合わない重責と報酬が与えられてしまっている。
報酬だけでなく君達には様々な優遇措置が与えられていて、たとえば保険料などがそうだね、君達は幻獣の健康維持にも出費しているからと、非召喚者よりも保険料を払わずに、特別安い医療費での診療を受けることが出来ている。
この程度であれば問題はないのだろうが、更に多くの優遇が行われるようになり、優遇が積み重なった結果召喚者が特権階級となってしまったら大惨事だ。
……それこそ大昔の貴族制の復活に繋がりかねない。
昔の人々は王族や貴族に様々な義務を押し付ける代わりに、格別の特権を彼らに認めていて……それが問題だとなったからの昨今の民主主義な訳だろう?
であるならば、そんな風に一部の人々に負担を押し付けるやり方は間違っているのだと、声を上げねばなるまいよ」
その言葉にハクトは何も言わず紅茶を飲むことに意識を向け……代わりにユウカが声を上げる。
「本当にそんなことになっちゃいますかね? 当事者としてはそんな実感あんまりないんですけど……」
「なるとも、なるともさ。
実際、今もそうなりつつある、君達が奴隷のようにこき使われているのもその一例だ。
私はね、王制や貴族制を批判する人間だが、王や貴族を批判するつもりは一切ない、むしろ彼らには同情的な方だ。
生まれで生き方を強制され、特権を与える代わりに国家国民を守るため戦場で死ぬのが誇りだと教育され……彼らこそが市民の奴隷ではないか。
一部の有能な人間だけで社会を回すなんてのは不健全だ、そこそこ有能な皆で分担し合った方が健全だ。
……と、それこそが民主主義の基本理念だ、残念ながら今は理想通りとは行かずそこそこ無能な皆で分担し合う形となってしまっているが、それでもしっかり社会が回っているのは民主主義が優れているからだ。
そして皆で分担し、支え合っているからこそ仲間意識が、愛国心が生まれるというものだ。
私はね、首相や議員すらも無能でいられたら最高だと思っているんだ、有能を求めて誰かを犠牲にするのではなく、誰もが無能でたった一人の有能がいなくとも、それでもしっかり社会が回るシステムを構築することこそが理想なのだよ。
いや、理想という言葉は正しくないな、それこそが民主主義のゴール……目指すべき目標なのだよ」
と、そう言って戸田は自分のヒゲを撫でつけて左右にしっかりと広げ、ユウカが今までに見たことないような得意げな顔をする。
数百年に一度といった力強さを持つその顔に、ユウカが何も言えなくなっていると、紅茶を飲み終えたハクトが口を開く。
「とまぁ、主張の是非はともかく戸田さんはこういう方で、だからこそサクラ先生とは相性が悪いんだ。
サクラ先生は才能ある子供を集めて育てて戸田さんの言う所の有能にし、自分が育てた有能達でもって政治などを回していって、理想の社会を構築したいと考えている人だからね、真逆も良い所だ。
そんな戸田さんの力を借りて事件を解決したなら、戸田さんが手柄を上げたことになる訳で……それをサクラ先生は望まないだろう。
そんな戸田さんと一度組んでしまえばサクラ先生は、今後も組まれてしまうかもという疑念を抱えることになり……それがちょっとした牽制になるという訳だ。
個人的には戸田さんの論も嫌いではないし、戸田さんのように主流に飲まれずに声を上げられる方は貴重だからね……ここは一つ、戸田さんにも手柄を立ててもらい、出世してもらうとしよう」
「へぇー……先輩って結構常識的っていうか、長いものに巻かれろって考え方だと思ってたんで、戸田さんみたいな人を嫌いじゃないっていうのは意外でした」
「確かに俺は長いものに巻かれるべきと考えているが……それとこれとは話が少し違うかな。
主流派だけの社会なんてのは健全じゃぁない……反対する者、対論があって始めて健全なんだ。
誰もが賛成、一方の論だけを称賛なんてのは狂信的で狂気的だ、不健全の極みだよ。
……だから戸田さんにはこれからも空気読まずに突っ走って欲しいと思っているんだ」
ユウカの言葉にハクトがそう返すと、戸田はうんうんと頷いてから……うん? と、首を傾げる。
ハクトに褒められているのかそうではないのか、少し分からなくなってしまったという様子で……そんな気配を察してか、ハクトが言葉を続ける。
「もちろん、危険な場に連れていくのだから戸田さん本人の能力も評価しているよ。
魔力の使い方はそこまでではないが、体はしっかり鍛えていて技も極めている。
魔力の差で風切君には一歩及ばないが、しかしあと一歩という所までは己を鍛え上げている。
召喚者ではない公務員としては最強と言ってしまっても過言ではないだろう」
それはハクトなりの褒め言葉だった。
……が、知性の方を褒めて欲しかった戸田は良い顔をせず、その上ユウカが自分に迫る程の実力者だと聞いて軽い興奮状態になってしまった。
完全な誤算、ハクトのミスだったのだが……ハクトがそれに気付いたのは後になってのことで、どんどんと室内の空気が変わっていく。
しかしハクトはそれに気付かない、グリ子さん達も当然気付かない。
そして戸田が嫌味の一つでも返そうと表情を変えようとしたと同時、ユウカが「ぜひ手合わせしましょう!」と声を上げようとし……結果。
「手合わせしましょう!」
と、ユウカが声を上げた後に、戸田が表情を変えてニヤリと笑う。
そしてユウカはそれを了承を受け取ってしまい……、
「やった! じゃぁこれからやりますか?? 警察って道場とかあるんですよね?」
と、そんな声を上げる。
それに戸田は慌てて言葉を返そうとするが、ユウカが聞く耳を持つことはなく……そうしてハクトが事情を飲み込めず目をパチクリとさせる中、ユウカと戸田の手合わせが決定となってしまうのだった。
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