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異世界来たけどネットは繋がるし通販もできるから悠々自適な引きこもり生活ができるはず  作者: 星 羽芽


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09 警戒と信頼



 最近、レオナルドの様子が少し変わった。

 やたらと家の外を気にするのだ。

 夕方。ソファでアイスでも食べようと冷凍庫を開けていた私の前で、彼は真剣な顔で言った。


「……この家、警備は大丈夫なのか?」

「んぁ?」


 アイスのパッケージを見つめたまま、間の抜けた声が出た。最初は冗談かと思ったが、レオナルドの表情は本気だった。


「“君”が、この不毛の森に住んでいると知られれば、狙われる可能性はあるだろう。それに今は、……俺もいる」

「まぁねぇ」


 だがその反応に、レオナルドは困ったように眉をひそめた。彼からすれば、当然の警戒心なのだろう。自分の存在が“外”に知られることの危険は、私よりもよほど切実に理解している。

 でも実際のところ、この森にはほとんど誰も来ない。だから私はそこまで気にしていなかった。仮に誰かが近づいてきたとしても、その時はその時──そう思っていたのだが。


「この家の壁は頑丈だが、どの程度の魔法になら耐えられる? 外周にも塀はあるが、あれは剣で斬れるくらいには柔らかいだろう。この森に強力な魔獣はほぼいないだろうが、盗賊や襲撃者相手にそれだけで十分とは思えない。夜間も警戒はしているのか?」

「してるよ?」

「誰が?」

「機械が」

「…………」


 会話が一瞬止まった。

 私はアイスの蓋を剥がしかけた手を止め、目の前のパッケージをじっと見つめた。しばらくして溜息をつく。


「見せた方が早いか」


 というわけで、私はアイスを冷凍庫に戻して立ち上がった。レオナルドを促して外へと連れ出す。彼は戸惑った顔でついてきた。


「まずこれ」


 玄関先に設置してあるセンサーライトを指差す。手を伸ばしてセンサーライトの周囲で振ると、途端にライトが点灯する。


「夜、離れに戻るときに重宝している」

「そだね。この時間はわかりにくいけど、この範囲に何か入ったら、光る。夜間でも一発で分かるから。見たことあるでしょ、ライトが勝手に点くやつ」

「……あれは君が点けてくれていたのではなかったのか」


 レオナルドが騙された、という顔をしたが、別に騙してない。振り返って敷地を進む。


「で、次ここ」


 家の周囲には塀を設置してある。と言っても軽いアルミ製の簡易フェンスだ。それだけ見れば確かに“防壁”とは呼びにくい。"剣で斬れる"とかなんか怖いこと言ってたし。

 でも、これは実際単なる目隠しで、実際の防衛は別にある。私は塀の間のゲートを開閉してみせた。

 室内から『ビーーッ!ビーーッ!』とブザーの音が鳴る。レオナルドがビクッと肩を揺らして振り返るのを宥めて、私は門扉に取り付けてある小さな箱を指差した。


「門が開けられると、音で知らせてくれる。これで人の出入りは分かるから」


 その後もブザー音が鳴るたび、レオナルドはうっすら警戒する顔になっている。音そのものが警報に聞こえるらしい。


「で。この外側。もっと奥には──」


 レオナルドに慎重についてくるよう促し、雑草の生えた外周のさらに外側へ向かう。人の高さ程の支柱に細い線が張り巡らされた柵が見えた。


「これが電気柵。触ると感電する」

「……殺傷できるのか?」

「いや。基本は“バチンッ”て驚かせるだけ。とはいえ電圧高めに設定してあるし、めっちゃ痛いらしいけどね。怖くて試したことないけど」

「ふむ……」

「待て待て待て」


 手を伸ばすレオナルドを慌てて制止する。

 レオナルドは渋々手を引っ込めたが、まだ興味深そうに電気柵を見つめている。あの真面目な顔で試そうとするの、やめてほしい。私のほうが怖くなる。


「更に外周には鉄条網」


 電気柵のゲートから出て少し歩いた先に、木々の間を棘の付いた鉄線が張り巡らされている。けれど私はすぐに補足した。


「見えるところは見せ罠で、あれより内側には地面に近いところにこっそり張ってある。見分ける用の目印、後で教えたげるね」

「ふむ……」

「で、塀と電気柵の間のスペースに、コレ」


 私は手に持ったものをレオナルドに見せた。今通販で買ったばかりの新品ピカピカな──トラバサミ。


「……これは……」

「引っかかったら怪我するタイプの物理トラップ」


 トラバサミを広げた状態で地面に置き、その辺に転がっていた木の枝で突く。瞬間、ガチンッと強い金属音を立て刃が閉じた。枝は当然真っ二つだ。


「……この威力は、人間でも骨を折るだろうな」

「うん。だから日本では基本使用禁止だったよ」


 トラバサミの閉じた刃から慎重に枝の欠片を取り除き、再び開いて電気柵の近くに設置しておく。それをレオナルドは真剣な顔で見つめ続けていた。


「まあでも、こんだけ"入るな!"アピールしてる敷地内に入ってくる"人間"は物理的に追い払って問題ないでしょ」


 この設備を乗り越えてくるような動物はこの森にはいない。いるのは警戒心の強い鹿か猪くらいで……熊はまだ見たことない。

 一応、電気柵と塀のゲートの間一直線にはトラバサミは置いていないから、正面から来るような人間は引っかからないはずだ。電気柵を越えて、周りを無闇に彷徨かなければ問題ない。


 レオナルドは私が設置した設備を全てを確認した後、妙に納得した顔になっていた。


「つまり、鉄条網と電気柵で視覚的に威嚇をし、周囲を嗅ぎ回るようならトラバサミで足を奪う。門を開く人間がいれば警告音で知らせて、塀を乗り越えて来た者がいればライトで目立たせる。……確かに、防御陣地としてはそこそこだ」

「でしょ」

「君の国の戦術……恐るべきものだな」

「いや、戦術じゃなくて家庭用防犯設備だからこれ」


 私は呆れ半分でそう答えたのだが、レオナルドはまだ真面目な顔のままだった。彼にしてみれば、すべてが初見の技術だったのだろう。


「あとはこの家の周り、いくつか監視カメラを設置してる。動くものを感知したら記録するやつ。室内のモニターでも見られるよ。怪しい影が映ったらすぐに分かる」


 聞き慣れない単語にレオナルドはまた沈黙した。が、なんとか咀嚼したらしくやがて小さくため息をついた。


「……つまり、“目”を持つ仕掛けを四方に置いているということか」

「まあ、そういう解釈でいいかな」


 そこまで説明したところで、私は自宅敷地内に戻った。夕飯の前にアイスが食べたいのだ。

 レオナルドはまだ少し不安そうな顔だったが、さっきよりは落ち着いた様子だった。だから満足したのかと思ったが、不意にレオナルドは声を落とした。


「それでも侵入されたら?」

「その時は、撤退」

「戦わないのか?」

「いやぁ、戦うくらいなら逃げるかなぁ……」

「その口ぶりでは、戦闘能力自体はありそうだな」


 私はレオナルドの指摘に、思わず苦笑いを浮かべた。


「まぁ……戦力自体はね? 色々当たりつけて考えてるよ。でも手加減とか効かないから、最終手段かな。そもそも戦闘向いてないし。物資はアイテムボックスで丸ごと持って逃げられるから、わざわざ戦って籠城する理由ないからね」

「……なるほど」


 レオナルドは小さく頷いたまま、何かをじっと考え込むように黙った。その顔には、安堵と、何か別の色が混じっているようにも見えた。私は冷凍庫からアイスを取り出し蓋を開けながら付け足す。


「だから、戦うのは最後の最後。それまでは全部、文明の防衛ラインで回避するの」

「戦わずして勝つ……か」

「違う。“戦わずして逃げる”だよ」


 レオナルドは少し目を見開いたが、すぐに納得したように息をついた。


「正しい選択かもしれないな」

「でしょ?」






「──だからまぁ、安心してお留守番しててください」


 皿洗いを終えて瓶の並ぶ様子を眺めていたレオナルドに向かって、私は言った。

 夕食後(今日はカレーだった)、私はテーブルにガラス瓶を並べる。中身は空。これから詰めるのは、いつも通りの日本製シャンプーだ。


「お留守番」

「そろそろ納品行かなきゃだからさ」

「納品」

「言ってなかったっけ?」


 困惑して鸚鵡返ししているレオナルドに首を傾げる。

 彼の看病で有耶無耶になってしまっていたが、そろそろ前回の納品からひと月経つ。テーブルに計量カップとリンスインシャンプーの詰め替え用パッケージを並べながら、私の"仕事"について説明した。


「……していたんだな。仕事」

「そらまぁ……通販の買い物でもちゃんとお金払ってるからね?」

「つまりその“納品”が、君の生計手段か」

「そうそう」


 私は頷きながらシャンプーの詰め替えパッケージを手に取った。中身を計量カップにとろりと流し入れる。作業は慣れたものだった。乳白色の液体が静かに瓶へと注がれていく光景を、彼はじっと見つめていた。


「この森で隠れてる理由も、それ絡みなんだよね」

「入荷経路が……」

「秘密だから」

「……怪しまれるのではないか?」

「怪しまれるけど、日本製のシャンプーとリンスはこの世界では超人気商品だからね。珍しい物なら、黙って仕入れる方が得って奴」


 私は肩を竦めて、ガラス瓶のコルク栓を閉める。シャンプーを量っては入れ、また量っては入れる。

 レオナルドは、しばらく静かにその一連の手際を見つめていたが、テーブルの向かいに座り、空の瓶の栓を開け始めた。それを見た私は計量カップを追加で購入し、複数個になったそれにシャンプーを分け入れる。


「……ならば尚更、護衛は必要だ」

「いらないよ」

「なぜだ」

「納品先、グロスマールだよ。徒歩圏内だし、門番もいるし、ギルド側も私にちょっかいかけると色々不味いって理解してるからね」

「それでも、何があるか分からない」


 計量カップに分けたシャンプーを瓶に移しながら、レオナルドは譲らない様子だった。私は手を止めずに宥めるように続けた。


「まぁ安心しなって。いざとなったらアイテムボックスで手ぶらで逃げられるし、馬より早い移動手段もあるからさ」


 その言葉で、ようやくレオナルドは黙った。ほんのわずかだが、彼の顔から緊張が抜けた気がした。しばらくの沈黙の後、彼は少し声を落として呟いた。


「……確かに、それなら。……俺がついていく訳にも行かないしな」


 その言い方に、私は少しだけ安心する。彼自身が“巻き込む危険”そのものなのだと、自覚しているのだろう。だからこそ、自分から前に出ることはできない。


「ま、そんなわけで。納品の間は大人しく家でお留守番してて」

「わかった。この家の警備は任せてくれ。君が不在の間は、俺がこの家を守ろう」


 きっぱりと言い切ったレオナルドの表情は、まるで誓いを立てる騎士そのものだった。

 ……本当に、真面目な人だなと思う。

 でもその言葉に、妙な安心感を覚えたのも事実だった。本当はいつも、少しだけ緊張していたのだ。今までは納品の間、この家はここで無人のまま残されていた。


「……わかった。じゃあ、任せた」

「任された」


 私は小さく笑って、残りの瓶に手を伸ばした。淡々と進めるはずの単純作業が、さっきより少しだけ軽やかに感じるのは、彼のその一言のせいかもしれない。

 瓶の列は次第に埋まっていく。白く光るガラス越しに揺れる液体が、部屋の薄明かりに反射して小さく煌めいた。



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