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異世界来たけどネットは繋がるし通販もできるから悠々自適な引きこもり生活ができるはず  作者: 星 羽芽


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08 一家に一人、異世界騎士



 最近の私の生活には、明らかに違和感がある。


「洗濯、終わったぞ。柔軟剤は昨日と同じものを使っておいたが、問題ないか?」

「あ、うん、ありがとう。畳んでくれたの? 助かる~」


 ──まず、誰かが家事をやってくれる。


「飲み物、冷たい方がいいか? 昨日の梨ジュース、冷蔵庫に入れてある」

「え、神? じゃあそれで」


 ──私が動く前に、気づかれて差し出される。


「充電器、昨日のまま差しっぱなしだったぞ。コードに足を引っかけると危ない」

「あー、それよくやるんだよね私。気をつけよ……って、あれ? ちゃんと巻いてくれてる!?」

「当然だろう。危険だからな」


 ──しかも、気が利きすぎて怖い。


 レオナルドがこの小屋に来てから半月あまり。

 最初はただの“療養中の来客”だった彼が、今や立派な管理人ポジションになりつつある。


 気づけば、紅茶はレオナルドが淹れてくれるものになっていた。 食後に出る皿は洗わずとも片付いているし、家具はこまめに拭かれている。 洗濯物は乾燥機の中で放置しておいたはずなのに、気づくと畳まれていて所定の場所に収まっている。

 生活が……楽すぎる。


 朝起きると、レオナルドはすでに起きている。コンテナハウスの玄関前で軽く剣の素振りをしていたり、周囲の巡回を終えたところだったり。

 その後、勝手にキッチンに入り込み、私の分まで朝食を作ってくれる。これが問題だった。美味しいのだ。目玉焼きとベーコンとか、パンを軽く焼いたやつとか、簡単なものばかりなんだけど──妙に美味い。

 レオナルドが作ってくれる朝ごはんは、何というか……“ちゃんとした朝食”って感じがした。

 彼にしてみれば恩返しの一環なのかもしれないけど……いや、だからって、ここまでされるのは予定外だった。でも、出されたら食べちゃう。

 結果、今まで適当だった食生活が勝手に改善されつつある。

 ──これは良いことなのか? ちょっとわからない。


「……あのさ、ほんと無理しなくていいからね」


 食後、私は一応そう声をかけた。が、レオナルドは当然のように「無理はしていない」と言って、食器の片付けまでしてくれた。食洗機に放り込むだけなんだけど。それも自分でやると言い張るのだ。いや、そこまでしなくて良くない?

 しかも。昼になると「水分補給は?」とか言って、お茶まで淹れてくれる始末。

 誰かと同居するって、こんな感じなんだっけ。

 何というか……生活が侵食されている気がしてならない。


 レオナルドは元が真面目な騎士だからか、家事も手際が良い。道具の使い方さえ教えれば、あとは黙々と作業を進めてくれる。

 しかも全然疲れた様子もなく、むしろ満足げに家内を巡回とかしている。


 あれか……“やること”ができて喜んでるやつか……。いや、わかるよ? “借りを返したい”とか言ってたし。仕事がないのが落ち着かないタイプっぽいし。でも、だからってそこまでしなくて良いと思うんだよ私は。

 ……とは言え、正直、止める理由が見つからない。別に迷惑でもないし、むしろ助かってるし。

 これまでも特に不自由はなかったけど──人手がある生活は、思ったより便利で楽だった。補充だの片付けだの、機械性能では追いつかなかった細々した作業すらやらず済んでいる。

 あれ。これ、完全に自堕落生活のアップデートでは……?


 これは……ダメ人間になる……。

 いや、元々ダメ人間だったけど。じゃあいいか。……いいか?


 昼過ぎ、私はごろごろとソファで漫画を読んでいた。その脇をレオナルドが無言で通り過ぎ、いつものようにキッチンに立つ。

 冷蔵庫から何かを取り出して、フライパンを使って──私より料理してる時間、長くない? と、思わないでもない。まぁ私は暇でしょうがない時にくらいしかしっかり料理はしないんだけど。


(いやほんと、馴染みすぎて怖いんだけど……)


 そして最近になってようやく気づいた。恐らくレオナルドは、尽くすのが好きなタイプである。騎士としての忠誠心の名残か、それとも誰かを守ることに生き甲斐を見出すタイプなのか……。でも今のところ、標的が完全に私一択になっている。


「……ラーメンできたぞ」

「はーい、文明の申し子!」


 キッチンで袋麺を茹でていたレオナルドが声をかけてきた。ご丁寧に炒めた肉や野菜が乗っている具沢山の味噌ラーメン。僅かにバターの風味も感じられる。……馴染みすぎである。


「……あのさ」

「何だ」

「今度、料理教えてよ」

「君は作れるだろう」

「うん。でも、ほら。君の味も知りたいし」

「……?」


 少しだけ困ったように首を傾げるレオナルド。彼が焼いてくれた肉を食べながら、私はふと考える。

 このままここに居続けるのかな、この人。まぁでも、それはそれで。






 空になったアイスのカップをゴミ箱ウィンドウに放り込み、スプーンをキッチンに持っていって戻ってきた時。 目にしたのは、私がテーブルに積んでいた漫画を読んでいるレオナルドの姿だった。漫画──日本語の台詞がびっしり並んだそれを、いつもの無表情な顔のまま、黙々とページをめくるレオナルド。……いや、ちょっと待って? 思わず近づいて覗き込んだ。


「……読んでるの?」


 ぽつりと聞いてみた。彼はパッと振り返ると、慌てた様子で口を開いた。


「あ、いや、すまない。勝手に……」

「別にいいけど。あの、読めるの?」

「いや。文字が複雑すぎて規則性が読めなくてな……。だが、絵だけで、伝わるものはある」


 淡々とした返事に、私は一瞬言葉を失った。規則性があったら読めたんですか……?


「……不思議なことに。感情がある。言葉がわからずとも、想いは伝わってくる」


 彼は目を細めたまま、ページを指先でなぞるように辿りながら呟いた。紙面には派手なアクションシーン。少年が剣を振りかざし、敵に立ち向かう姿。


「この男は戦っている。苦しんでいる。だが立ち上がろうとしている。……この少年は、笑っている。安心している。絵で、心を描いているんだな。……言葉がなくても、伝わるものだ」


 彼はごく当たり前のことのように続けた。静かに、感心しているらしい。絵だけを見て、そんな風に語れるとは思っていなかった。私は少しだけ驚いた。


 私は思案を巡らせ、一つの思いつきを実行する。


「ちょっと、これ聞いてみて」


 タブレットを起動して、動画サイトを開く。スキルで購入したデバイスは、何故か購入手続きなどの追加機能はないが、ネットに繋ぐだけならスキル同様に使用できた。いつもは主にアプリゲームに使っている。

 そのまま動画サイトで適当な日本語の動画──子供向けの昔話朗読音声を再生して差し出した。

 私はこの世界の文字が読める。レオナルドは日本語を読めない。だが私は彼の言葉が理解できるし、会話は通じている。日本語が、通じているのだ。

 レオナルドは眉をひそめながらも、じっと聞き入っている。レオナルドはしばらくじっと耳を澄ませ──


「……わかる。“言葉”になっている」

「え」

「だが、口の動きが合っていないな。違う言語なのだろうが……きちんと意味は理解できる」


 要するに、私にとって異世界語が翻訳されるのと同じような理屈らしい。けれど、漫画の文字は翻訳されない。つまり視覚情報は無理だけど、音声言語なら普通に通じてるのね。

 ──てことは……。

 私は思いついて、すぐに行動した。即座に通販で大型のタブレットを購入。


「レオナルドくん。そこに座ってください」

「? あぁ」


 おとなしくソファに座ったレオナルド。その前のテーブルにスタンドを設置し、手元のタブレットを操作して、オープニングが印象的な冒険ファンタジー系のアニメを再生してみた。今レオナルドが読んでいた漫画のアニメ版だ。

 歌と映像が流れる。

 レオナルドは完全に釘付けだった。

 疾走感のある音楽と、SNSで神作画と話題になった動きまくる剣士と魔法使いとモンスター。剣戟の音。叫び声。魔法の詠唱。


「……これは、さっきの物語か?」

「そう。動く絵本って感じ」


 視線も動かさず、彼は画面を凝視している。瞳は真剣そのもの。眉間に皺を寄せながら、食い入るように映像を追っている。 時折、画面を指差しては「この技は実在するのか?」と聞いてくるし、魔法の詠唱シーンでは「言葉に力がある……」と真剣に聞き入っていた。


「……これが、君たちの物語か」

「うん、故郷が誇る娯楽文化です」

「……学びが多い」

「どこを!?」


 気付けば夕方。

 レオナルドはアニメの魅力に完全に取り憑かれていた。うんうん。(腕組み後方先輩面)

 

「……あの言葉。教えてもらえないか」

「えっ」

「君たちの言葉。……あのマンガという本を、ちゃんと読んでみたい」


 そう言ったレオナルドの目は真剣だった。私は少し考えた後、頷く。まあ、教えても特に支障ないだろう。

 私は考えて、通販サイトを開いた。ひらがな表と、子供向けの漢字辞典を購入。


「とりあえず、まずはひらがなからかな。日本語の、一番基本になる文字だよ」

「あぁ、マンガで繰り返し出てきたな。一番規則的だったから、一通り頭に入っていると思う」

「マジか??」


 カラフルな表紙とふりがな付きの大きな文字の解説が載った辞典を見たレオナルドは、初めて見る魔導書のような顔でそれを手に取った。


「これで……ニホン語が読めるようになるのか?」

「なるなる。たぶん」


 彼は本当に目を輝かせ、宝物のようにそれを開いた。

 レオナルドがページをめくっている間、私はふと考える。


(……異世界の騎士にアニメを布教する日が来るとは)


 妙な気分だったけど、まあ──悪くない。


 レオナルドは、真面目に辞典を読んでいた。 私はその姿を眺めながら、小さく笑った。



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