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異世界来たけどネットは繋がるし通販もできるから悠々自適な引きこもり生活ができるはず  作者: 星 羽芽


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05 文明を詰め込んだ森の箱



 初回納品と本契約を済ませた後も、私はすぐに街を離れることはしなかった。何かトラブルが起きた場合に備え、数日間はそのまま滞在していたのだ。

 ギルドとの取引が本格的に始まる以上、こちらの知らない商習慣や暗黙の了解があった場合、自分が街にいなければ対処が遅れる。ギルド側で想定外の問題が発生した場合も、直接対応できる距離にいた方が安心だと思った。


 だが、幸い特に何も起きなかった。

 次の納品まではしばらく時間が空く。


 その数日の間、私は本格的に“勉強”に手を出した。街の公共図書館に通って、この世界の文字や風土、歴史や地理、貨幣制度から貴族制度の仕組み、魔物の分布や街道事情まで。知っておくべきことは多かった。けれど、限界もある。


 だから一度、この街から出てみることにした。

 私はセルディに「仕入れに行く」と一言だけ伝え、ひと月ほど街を出ることにした。とはいえ、実際は仕入れじゃない。

 今のところ、私はこの街しか知らない。この世界に来て最初に入った場所だ。けれど他の街も見ておいた方がいいだろうと思ったのだ。

 

 向かったのは、地図で確認した隣町だ。隣町までは徒歩で半日ほどだったので、軽い旅行気分で向かってみた。

 とはいえ、その街で過ごしたのはたった一晩だった。

 理由は単純──なんとなく、肌に合わなかったのだ。


 たどり着いたエルマーラの街は、決して悪い街ではなかった。グロスマールよりは一段下がるものの確かに活気があり、道幅も広く、建物もやや洗練されて見えた。

 宿の雰囲気は悪くないし、店もそれなりに揃っている。けれど、何となく合わない。空気というか、違和感というか……。

 道行く人々の目が、どこか余所者に敏感すぎる。店先でにこやかに挨拶を交わすたびに、「どこの商人さん?」「何の品を扱ってるの?」と、さりげなく探りを入れられた。ギルドに顔を出してみるも、ここは地元商人との結びつきが強く、外からの卸には慎重な姿勢を取るらしい。

 つまり、彼らは“こちらの素性”を気にしているのだ。

 用心深いとも言えるし、よそ者に対して閉鎖的とも言える。


 結局、一晩だけ泊まって、翌朝には出発した。

 なんだかんだで、最初に入ったあの街は自分にとって「拠点」になりつつあるらしい。市場のお店の人や宿の女将さん、セルディさんも親切だったし、いい人たちだった。辿り着いたのがあそこでよかった、と思った。


 その先の街に行く選択肢もあったが、それはやめた。

 調べた感じ、そこまで行くなら護衛を雇ったほうがいいと判断したからだ。魔物──この世界では魔獣というらしいが──の危険性が高まるエリアになるらしい。商隊の護衛付きキャラバンに同行する手もあるが、そこまでして世界を見て回りたいかと言われれば──正直、そうでもない。


 商売のために遠征する必要は今のところない。

 それなら、次の納品までの時間は森の中で引きこもっていた方が気楽だ。


 そういうわけで、私は最初に転移してきた森に戻ることにした。

 あそこなら静かに過ごせるし、次の納品までの時間を気ままに使える。


 図書館で調べたところ、この世界では“魔力”というものが大地に満ちているらしい。魔力が濃い土地は資源が豊かで、“魔獣”も強力な個体が集まるという。その分、開拓民や冒険者など人間の手も入りやすい。

 逆に、魔力が薄い土地は“痩せた土地”とされ、基本的に放棄される。 資源は乏しく、作物も育ちにくく、水脈も乏しい。人が寄りつかず、魔獣すらあまり棲まない。


 その説明を読んだとき、私は思わずページの前で動きを止めた。

 私が最初に転移してきた、あの森のことを思い出したのだ。私が最初に転移してきたあの森は、つまり“魔力が薄くて誰も興味を持たない土地”だった、ということらしい。

 だから私は魔獣にも遭遇せず、安心してぶらぶらと歩き回れたのだ。

 それを知ったとき、私は心底ほっとした。


 そういう土地であるなら──むしろあそこは、最高の隠れ家だ。


 こうして私は、街から少し離れたあの森に戻った。

 誰も来ない。何も起きない。誰に文句を言われるでもなく。誰に働けと言われるでもなく。

 私はその静寂の中で、本を読み、商品を詰め替え、通販で買った食料で簡単な料理をして。そして何もせず過ごすことにした。







 最初に転移してきた、あの誰もいない静かな森に戻って、しばらく歩いた。

 転移直後にさまよった範囲より、さらに奥へ。この辺りは魔力が薄い痩せた土地らしいが、木の密度もしっかりあるし、草も生い茂っているように思える。

 確かにここまでの道中、魔獣と呼ばれるような物騒なものは一切見かけなかった。せいぜい小動物──リスとか野兎とか。あとは、遠くで猪らしき影を一度見たくらいだ。

 だが、"不毛の土地"と呼ばれるほどとは思えなかった。子供の頃に地元や学校行事で森に行ったこともあるが、そう大きく変わりない。

 とはいえ、”魔力の濃い土地”では、いかにも異世界といった水晶の木や魔石だの魔草だのが生い茂る、とんでもない肥沃さらしいから、それと比べると確かに"美味しくない"かもしれないが。


 そしてそんな穏やかな森の奥で、私はちょっとした場所を見つけた。

 小さな広場のような地形。周囲は木立に囲まれているが、直射日光が差し込んでいる。足元は土と草が混じっていて、平坦ではないが、そこまでデコボコでもない。これくらいなら私の手でも均すくらいできるだろう。


 ここを拠点にしよう。

 となれば、次に考えるのは、住居の確保だ。


 こういう時、ラノベや異世界系の小説だと、大抵ログハウスを建てている。

 森の中で自給自足、木を切って材料を集め、ちょっと不器用ながらも自分だけの小さな小屋を……なんて展開が定番だ。けれど、私にそんな技術も腕力も体力もない。


 ネット通販という便利スキルはあるけれど、あれで購入できるのは“通販商品”に限られる。

 つまり、ネットショップで注文し、支払いまで済ませられる品物だけ。

 家や建物のような“資料請求”とか“見積もり相談”から始まるタイプの商品は買えない。


 試しに注文しようとしたが、ハウスメーカー系の商品はこの「資料請求止まり」に引っかかる場合が多い。支払いフォームに進めない以上、私にはどうにもできない。

 このスキルは便利だけれど、万能ではないのだ。


 じゃあ、大型のテントでも張ろうか。ちょっと前に流行ったグランピングに使われるようなテントもちゃんと購入できそうだ。組み立てには苦労するだろうが。

 そう考えて検索をしていた私は、ある商品に行き当たった。


 コンテナハウス。


 最初は聞き慣れない単語だったが、検索していくうちに、私はこれが“使える”と判断した。

 コンテナハウスとは、簡単に言えば大型コンテナを改造した簡易住宅だ。

 しかも、意外とちゃんと窓もあるし、中もそこそこ広い。大型のものならバス・トイレ付きだったり、二部屋くらいに分かれているものもあるらしい。

 商品画像を信用するなら、室内はマンションのワンルームとあまり変わらない。私はワンルームで生活できるタイプだ。収納はアイテムボックスがあるし、荷物は最小限に抑えられる。居住空間の狭さは問題にならない。


 問題は、組み立てだった。


 商品ページを読む限り、コンテナハウスには二種類ある。

 ひとつは「組み立て式」。これはパーツをバラバラの状態で配送し、購入者が現地で組み立てるタイプ。

 私には無理だ。そもそも重機がない。

 もうひとつは「完成品配送型」。業者が工場で組み立てた状態のコンテナを、そのまま配送してくれるタイプ。

 これなら、買った瞬間から“完成品”だ。スキルで呼び出す場合、この「完成品」の方なら届く可能性が高い。


 私は確認のため、業者組み立ての表記がある木製の大型収納ラックを一台購入してみた。

 もしバラバラで届いたら、最悪そのまま素材として売るか、木板として加工するなりすればいいや、と割り切って。


 結論から言うと、完成品のまま届いた。支払い手続きを終えた瞬間、完成品のラックが目の前に置かれていた。

 やはり、「業者組み立て」「完成品配送」のタイプなら、スキルで“そのまま”届くらしい。


 私はひとつ、賭けに勝った。

 そしてすぐに、コンテナハウス購入へと動いた。


 新品のコンテナハウスは、納得のいくものを選ぼうとすると安くても七桁軽く超えてくる。けれど、中古ならまだ手が届く価格帯だ。

 さすがに格安すぎるボロボロの品は避けたが、清掃済みで内装も綺麗な上物が見つかった。私は奮発して、少し広めの単室タイプのコンテナハウスを購入した。いつかもっと大きなサイズの新品を買いたいけれど、それはお金が貯まってからだ。


 ──ところで。

 ふと思ったのだが、このコンテナハウスは"中古"なのだから、「現代日本のどこかに本来存在していた」ものだ。

 購入という正当な手続きを経ているとはいえ、実質的に“本来あるべき場所から消失させている”ことになるんだろうか。

 まあ、料金は支払っている。対価は成立している。……出品者に届いているかは不明だが。

 だが、このコンテナが急に消えたことで現代側で何か問題が起きている可能性は……ある。

 ネットニュースは一応こまめにチェックしておいた方がいいかもしれない。小さな罪悪感が胸を過ぎる。

 ……とはいえ、もう買ってしまったし。返す手段はないし。私の生活のために使わせてもらうしかない。


 購入手続きを終えると、コンテナハウスは商品画像と変わらない姿で即座に目の前に現れた。

 扉は鍵付きで、窓には網戸と簡易シャッターもついている。室内は木目調の床で、壁紙も綺麗だった。中古とはいえ、十分住める空間だ。

 やった。勝った。これで住居は確保できた。

 あとは家具や家電だ。


 私は通販サイトを次々に巡り、必要なものを買い漁った。

 ベッド、テーブル、座椅子。IHコンロ、電子レンジ、冷蔵庫……。コンテナハウスを買ったからか、関連項目として屋外に設置できるシャワー室やトイレのユニットも発見したが、残高が不安になってきたのでひとまず安めの仮設トイレだけ買った。いずれユニットバスも欲しいところだ。

 電力はどうするか? 私知ってる。読んだから。発電機だ。予備燃料も揃えた。ソーラーパネルは設置が面倒そうだったので後回し。


 結果──森の中、ぽつんと置かれた私の中古コンテナハウスは、なかなか快適な生活空間に仕上がった。

 あと、アイテムボックスからものを取り出す時、思った位置ぴったりに置く技術も磨かれた。

 先日の稼ぎが吹っ飛んだが、まぁ来月また稼げば補填できる。


 魔力の薄い、人が寄りつかない安全な森の奥。

 そこにぽつんと設置された、コンテナハウス。

 その中で私は──文明的な、自堕落生活を始める。


「いやー……完璧すぎる……」


 私は一人、ベッドに寝転がりながら呟いた。

 柔らかいマットレスの感触が心地よい。

 冷蔵庫には飲み物が冷えている。

 IHコンロでお湯を沸かせば、インスタントスープだって飲める。

 

 窓の外には誰もいない。聞こえるのは風の音と、鳥のさえずりだけ。

 完璧な隠れ家。最高の引きこもり空間。

 次の納品までは、私はここで引きこもって、自堕落に生きると決めた。


 ……これぞ、異世界スローライフ。

 そして私は次の納品日まで、きっちり引きこもり生活を楽しんだのだった。




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