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異世界来たけどネットは繋がるし通販もできるから悠々自適な引きこもり生活ができるはず  作者: 星 羽芽


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47/50

47 蒔かれた種は刈り取られる



「因みに」


 エウジェニオが声を一段と低くして告げると、周囲の空気が張り詰めた。


「オルセン侯爵家も、王妃毒殺未遂の嫌疑により、すでに騎士団に拘束されている」

「は──」


 その一言に、刺客の一部がはっきりと反応した。

 愕然とした顔で互いを見やり、息を呑む音さえ聞こえる。彼らが固まっていたのは端の方の集団。どうやら兵士さんが区分していたのは、戦力ではなく所属だったらしい。


 つまりこの場にいたのは、国王の差し金による手の者と、オルセン侯爵家が差し向けた刺客たち。二つの流派が並んでいるというわけだ。


「オルセン侯爵家とアリトス商会には、禁制品であるハスリ草を取引していた証拠がある」


 エウジェニオの声が夜気を震わせる。


「さらに、オルセン侯爵家の寄子である子爵家の侍女が、その毒を王妃に盛ったという記録。そして、アリトス商会がオルセン侯爵家──引いては国王陛下から求められ、帝国からハスリ草を密輸入していたという証言も、すでに確保されている」


 刺客たちは一斉に顔色を失った。

 さっきまで「どうせ握り潰される」と信じていたのか薄笑いすら浮かべていた連中でさえ、今は目を剥き、青ざめ、唇を噛んでいる。

 呻き声をあげる者。怒りに歯を食いしばる者。冷や汗を流す者。それぞれの反応は違えど、共通していたのは絶望の色だ。


 ──ここまでが、私たちの用意した筋書きだ。


 まず、エウジェニオがヴァレスティ領の視察を終えて、王城へ帰還した時から。


 正式な報告書とは別に、エウジェニオは国王に直接こう知らせた。

 "ヴァレスティ邸に、この世界には不釣り合いの不可思議な知識を持った女性が滞在している"と。

 つまり、私の存在を国王に知らせたのだ。


 ……そもそも、私がオルセン侯爵家に誘拐された理由ははっきりしていない。


 国王の指示で聖女として攫わせたのか。それともアリトス商会の後ろ盾としてシャンプーの商人を確保したのか。その真相は霧の中だった。


 だからこそ──いっそ、こちらから情報を投げてやった。

 聖女を渇望する国王のもとへ"この女は異質だ"という情報を落とせば、食いつく可能性が高い。


 ヴァレスティ領に入る際、私は商業ギルドのギルド証を使用した。

 そして公爵家に滞在している事実。

 さらには、私の足取りが半年前以前には存在しないという不自然な空白。

 国王の調査網なら、それらはすぐに洗い出せる。


 そこまで調べれば──エウジェニオのように、"まさか"と考えても不思議じゃない。


 さらに後日。こういう噂を聞かせる。

 "レオナルドがロウヘルト子爵家へ向かうらしい""彼の協力者は、あの商人らしい”と。


 いうまでもなく、私とレオナルドのこの旅程は囮だ。


 そうして私たちの馬車を襲わせる。

 ただ、レオナルドと私が襲われただけなら、いつも通り国王は知らん顔して終わりだ。

 だから、"エウジェニオを襲わせた"。


 王子を狙った襲撃という形にしてしまえば、事態はもはや「取るに足らない」では済まない。事件の格は一気に跳ね上がる。


 ここまでは先の刺客の男に話した通り。


 アリバイトリックに使用したバイクは、エウジェニオが視察で滞在している間に、ヴァレスティ邸の奥庭で音が外へ漏れないよう夜更けに試走を繰り返した。

 一度感覚を掴むとさすが騎士。飲み込みが早かった。二人乗りにも難なく対応し、短距離なら疾風のごとく駆け抜けられるようになった。


 そして帰城の折。ヴァレスティ家からの贈り物として様々なお土産が詰め込まれた木箱が馬車に積まれる。その荷台の一角に、厳重に隠したバイクを紛れ込ませた。

 王城に着くとこっそり第三騎士団の備品倉庫に移動させ、今日持ち出された、というわけだ。


 一方。

 ルクレツィアにも役目があった。


 脳内のウィンドウで彼女が残した更新を覗く。そこには、彼女の自撮りが載せられていた。

 黒髪ストレートのウィッグに、地味な色のワンピース。普段の煌びやかさを完全に封じ、質素な下位貴族の娘に扮したルクレツィアが、画面越しにこちらを見ている。


 ルクレツィアは、私たちの出立を見送ったあと、王都へ向けて出発していた。

 その道中で、学友である子爵令嬢──グロスマールの商業ギルド長の姪御さん──と合流。


 二人は揃って、近頃美容部門を立ち上げたというアリトス商会の本店を訪問した。

 美容に関心のあるご令嬢二人として、何ら不思議でない行程だ。

 

 そこで応接間に通された彼女たちは、化粧水を始めとした様々な美容品を見せてもらった。乳液、クリーム、香油、リップバーム。どれも煌びやかに装飾された瓶や小箱に詰められ、女心をくすぐる商品。


 そのサンプルを手に取り──その内の一つに毒が盛られていた、という話だ。


 下位貴族の変装をしていたとはいえ、その実態は公爵家の令嬢であるルクレツィア。

 すぐさま彼女の護衛であるヴァレスティ家の騎士たちと……"たまたま"その街の憲兵支部に訪問していた第三騎士団の団員とが協力し、商会を制圧。

 瞬く間に商会は包囲され、ガサ入れが始まった。


 幸いなことに、商会本部の隠し倉庫にハスリ草の実物が保管されていたそうだ。

 別の支店の倉庫あたりにある可能性もあったので、こちらにとっては都合良く物的証拠を手に入れられた。


 大商会とはいえ、平民の商人が貴族のご令嬢──まして公爵令嬢を害したとなれば、家族の命すら差し出すことになる。


 追い詰められた商会会頭に提示されたのは「命と引き換えの取引」だった。

 全てを明らかにすれば、命だけは助けてやる、とアリトス商会の会頭に救いの糸を垂らしてやると、諦めた会頭は、迷った末に口を割る。


 ハスリ草の密輸入と、オルセン侯爵の関与。そしてオルセン侯爵へ指示を出している更に"上"の存在について。すべてを吐いた。


 ……なお、アリトス商会は、ルクレツィアに毒を盛ったという件については否認している。


 だが現に彼女は毒を摂取し、症状が出ている。

 同席していた子爵令嬢を始めとし、付き添っていた侍女や商会の従業員。複数の目撃者が揃っている以上、否定など通じるはずがない。


 ──もっとも。

 ……ルクレツィアは薬草の知識が豊富だ。

 薬草栽培で有名なヴァレスティ領に住まう領主の娘であり、美容品についての知識も深い。

 知識だけでなく、自ら研究・調合するような腕もある。


 そして──彼女の魔力は、『耐毒』の作用が働いているそうだ。


 魔力は大抵、無色透明の燃料エネルギーであり、それに術式を噛ませることで"魔法"という現象を起こす。が、ごく稀に、生まれ持った魔力そのものが特殊な性質を備えている人間がいるそうだ。


 その一人が、ルクレツィア。

 彼女の魔力は、毒や薬の効果を弱めてしまうらしい。……先日、植物系の素材は自身の魔力とは合わない、とこぼしていたのも、これの影響だそうだ。


 そんな彼女であれば──美容品のサンプルに紛れて使用できる、目に見えた症状は出るが、後遺症や命に関わるような程ではなく、すぐに回復するような……そんな毒も、作れるかもしれないね……。


 一方で、エウジェニオが何年もかけて丹念に集めてきた種──王妃毒殺未遂に関わる数々の証拠もまた、芽吹く時を待っていた。


 従者の証言、商人との密約の断片、侍女の不可解な動き。王の影に怯えながらもわずかに残されていた記録や言葉を拾い集め、繋ぎ合わせてきたのだ。


 さらに、私が持ち込んだ技術も彼に新しい手を与えた。

 王城から「これもプリントアウトしてー」と度々送られてくる新たな書類。

 従来なら複製魔道具で時間をかけて写し取るしかなかったが、今は小型端末で一瞬だ。懐に収まるスマホを取り出し、ぱしゃりと撮るだけで、情報は即座に保存される。


 書類を持ち出す危険もないし、探りを入れた痕跡を残すリスクも下がる。証拠を集めるには、これ以上ない手段だった。

 エウジェニオはその便利さに大はしゃぎで、追加の証拠を次々に蓄積していった。まるで少年が宝物を増やすように。その実、ひとつひとつが王の首を絞める縄であった。


 やがて──材料は揃った。


 オルセン侯爵家を王妃毒殺未遂の嫌疑で拘束するに足るだけの証拠が積み上がったのだ。しかも、それを指示したのが国王本人であると裏付けられる証言まで。


 もはや疑惑の段階ではない。

 事実を示す鎖が絡みつき、王の威光ですらその重みを振り払うことはできないだろう。


 私たちが街道で襲撃を受け、ルクレツィアが毒を盛られて騒ぎとなっている裏で、第三騎士団は既にオルセン侯爵家を取り囲み、屋敷を封鎖していた。

 団長の号令一下、武装した騎士たちが侯爵家の門を押し開き、震える使用人たちを脇に押しやり、屋敷の奥へと踏み込む。


 点と点が結ばれ、国王を守っていた巨大な壁にひびが入る。


 ──ここまでして、ようやく。


 ようやく国王に手が届いたのだ。



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