39 お手軽証拠の作り方
静かな室内に、エウジェニオの声音が落ちる。
「オルセン侯爵家は国王派の筆頭なんだよね」
彼は組んだ足を揺らしながら、タブレットに映る書類の動画を指先で軽くなぞっていた。そこには私が屋敷から持ち帰ってきたものの一部──侯爵家の紋章入りファイルが鮮明に映っている。
同じように、ルクレツィアは書箱の中身を確認しており、レオナルドは机上に置かれていた資料の動画を黙々と見返していた。
三者三様に集中している姿が、妙に現代的な光景にも見えるのは、彼らがタブレットという異質の道具を手にしているせいだろう。貴族的な衣装に、冷ややかに輝くガジェットの光。
「やっぱいるんですね、国王派とか」
「父上は仕事だけは出来るからね。それに、かの悪癖に関しては継承権のない大多数には関係のない話だし」
エウジェニオはタブレットを机に置き、背凭れに身を沈めた。その仕草に、ただの皮肉ではなく、現実を受け入れたような実感が混じっているのを感じ取る。
王座に執着する国王。
その言葉を頭の中で反芻すると、どうしても「暴君」だとか「血みどろの継承争い」といった言葉が浮かぶ。けれど、既に王位についている者にとっての「執着」は、玉座を奪うことではなく「蹴落とされないこと」なのだ。
真っ当に国を治めて支持を得るのが最も理にかなった防衛策であるのは理解できる。……じゃあレオナルドや周りの人に手を出すのはやめてもらいたい。
内心で毒づきながらも、現実はそう甘くはないことを私は知っている。
「侯爵が筆頭ってことは、国王派に公爵家はいないんですか?」
私は疑問を口にする。爵位の序列でいえば公爵家が最上位だ。国王派に一つも加わっていないというのは妙に思えた。
それに公爵家の一角であるルクレツィアが答える。
「我が家の家門としての立場は中立ですわね、一応。国王派の公爵家は……」
と、ルクレツィアが言葉を区切ると、隣のエウジェニオが「うーん」と低く唸り、苦笑を浮かべた。
なんで二人してそんな「いやぁ……」みたいな含み笑いなの……?
「タスノリア公爵家が国王派で最も高位の家門ですわ。けど……あの家は、なんというか」
「あそこはね……なんか……異様に国王との距離感を掴むのが上手いんだよね」
私とレオナルドは同時に首を傾げた。彼もあまり馴染みがないらしく、視線には素朴な疑問が宿っていた。
「自家を重用してくれそうな王の代には王宮で要職につき直臣となりますが、そうでない王の代では「経営に集中するため」と領地に籠るんですの」
「今代は"あぁ"だから……。基本領地に篭って、たまに社交に出て国王派の立場を利用し謀反の疑惑を向けられないよう立ち回りつつと、上手くやっているよ。王家の血が入ったのが数代前だからもう継承権もほぼないし、いい感じに父上の目から掻い潜ってるね」
「すげぇ事なかれ主義……」
思わず感嘆と呆れが入り混じった声が漏れる。
けれど実際、その立ち回りで長く家を保っているのだから、すごいと言う他ない。
しかし、考えてみればそれはある意味で最も賢いやり方なのかもしれない。中央の荒波に巻き込まれず、距離を取りながら利益を得る。欲を出しすぎず、引きすぎず、適度に存在感を示す。そうすることで、敵も味方も作らない。
ルクレツィアもエウジェニオも困ったように笑ってはいるが、むしろ「上手いことやるものだ」という感情が透けて見える。少なくとも軽蔑や嫌悪はない。人間関係の鬼か……?
「だから、今代のタスノリア公爵家は実質中立、ということだ。無闇にこちらに手を出してきたりはしないよ」
中立のヴァレスティ公爵家が、実質反国王派としてこうして動いているように、か。
国王派、中立、公爵家の距離感……貴族社会の盤面は思った以上に複雑だ。単純に「敵」「味方」と割り切れるものではなく、皆それぞれの立場で最も得をする動きを選んでいる。
その中で、オルセン侯爵家は国王派の筆頭にして、禁制品の契約を隠し持っていた。
そして私たちの眼前には、その証拠がある。
「しかし惜しいなぁ……」
ふと漏らしたエウジェニオの言葉に、私は顔を上げた。彼は指先でテーブルをとんとんと叩きながら、まるで何か計算をしているような表情を浮かべている。
「何がです?」
私の問いに、彼は視線を机の上に置かれた動画端末に戻し、指先で画面をつついた。そこにはオルセン侯爵家から持ち帰った書類の映像が映し出されている。
粗い光沢の紙に走るペン跡、封蝋の紋章──記録を見返すたびに、撮影時の緊張感が蘇る。
「王城の方にいくつか“種”を確保してあるんだけど、この書類の内の何枚かがあれば、きちんと咲かせられそうなんだよね。……金庫以外は持ち帰ってないんだよね?」
「ないですねぇ……」
何かの計画を芽吹かせる材料、という意味合いだろう。裏付けや補足の資料か、線を繋ぐための点か。
エウジェニオは残念そうに天井を見上げた。金色の髪がわずかに乱れ、柔らかな光を受けて揺れる。
「写しでもあればなぁ」
「写しでいいんですか? 原本じゃなくて」
私が確認すると、彼は真剣な面持ちで頷いた。
「専用の魔道具で取った写しであれば、証拠能力が認められるんだよね。紙に触れて魔力を流し込み、印字や署名を寸分違わず転写する仕組みがある」
彼はそう言いながら椅子の背に体を預け、指先で空中に輪を描く。まるで、その魔道具で紙をなぞって写しを取り出す動作を真似しているようだった。
輪の動きが空気を切り、淡い残像を残す。その姿がなぜか印象に残った。
「……本物そっくりの“写し”だったら?」
私がさらに言葉を重ねるとエウジェニオがぱちりと瞬いて、こちらを見る。
「……人力で写した模倣では、どんな腕でも筆跡の違いが生まれてしまうよ」
「じゃあ、完璧に同一の写しであれば、証拠になるんですね?」
エウジェニオは困惑を隠せない表情のまま、それでもゆっくりと頷いた。横で聞いていたルクレツィアも、疑問の色を隠さず首を傾げている。
私は早速、エウジェニオに必要な書類の指定をお願いした。彼は映像を一時停止し、数枚のページを指さして示していく。指先が迷わず走るあたり、既に頭の中では計算が走っているのだろう。
私はそれを確認しながら、スクリーンショットを取得。タブレットに軽い電子音が響く。その後、すぐさま編集ソフトを立ち上げた。
──余分な部分をトリミング。
──カメラの角度による傾きを補正。
──インクは黒一色なので、モノクロフィルターをかける。
──さらに明度とコントラストを微調整。
加工を終えた画像を確認し、ノートパソコンに転送。そこからケーブルを伸ばし、テーブルに鎮座する黒い箱に繋げた。
「ルクレツィア様、こういうのに使う紙、あります?」
「えぇ、お待ちになって」
タブレットで書類の画像を見せると、彼女は扇を軽く振って合図し、控えていた使用人が慌ただしく動く。数分も経たぬうちに、上質な白紙が運ばれてきた。
恐らくは貴族の間で普段使われている契約用の紙だろう。手触りが滑らかで、繊維のきめが細かい。これなら使用に耐えそうだ。
──じゃっこじゃっこと、異質な音が室内に響く。
規則正しい機械音に、ルクレツィアは小首を傾げ、エウジェニオは身を乗り出して箱の出口を凝視する。レオナルドでさえ興味深げに見守っていた。
やがて吐き出されたのは、インクジェットプリンターで印刷された契約書の写し(コピー)。
「おぉ〜……」
感嘆の声を上げたのはエウジェニオだった。嬉しさと驚愕が入り混じった声音。彼の瞳がきらきらと輝く。
紙を手に取り、光に透かし、筆跡の線の太さや滲み具合を確かめた。
「使えそうですか?」
「完璧。……何ならこれを原本ってことにしてもいいな」
「本物はきちんと家に保管してある、とは言えませんものね」
ルクレツィアも傍らで紙を撫で、印字面を睨み込む。貴族の娘らしい冷静さを保ちながらも、その目の奥には抑えきれぬ好奇心が宿っていた。
私は机に並べられたコピーを見下ろした。そこに印刷されているのは確かに契約書の文面だ。文字一つ一つが潰れもなく再現され、紙質も元の物に変わりない。
「これなら、オルセン侯爵家を揺さぶれる。あとは……如何に陛下ごと釣り上げるか、だね」
エウジェニオの言葉に、皆が静かに頷いた。




