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異世界来たけどネットは繋がるし通販もできるから悠々自適な引きこもり生活ができるはず  作者: 星 羽芽


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33 初めての脱獄日記



 ──知らない天井だぁ……。


 目を覚ました瞬間、頭に浮かんだ台詞を口に出す前に、直前の記憶をきちんと思い出した私はちゃんと心の中で呟いた。


 呼吸を整えながら、再び目を閉じて周囲の気配を探る。……といっても、気配察知スキルなんて便利なものは所持していない。ので、代わりに耳を澄まし、他人の呼吸や衣擦れの音を拾おうと努める。だが、しんと静まり返っている。やっぱりいない。


 そっと目を開けて周囲を伺う。

 石畳の床。石造りの壁と天井。灰色一色で、どことなく冷たい雰囲気。

 壁の一角、天井付近の高い位置、格子付きの小さな通気口のような窓から光が差し込んでいる。埃の粒が光を受けて漂い、ここが空気の動きの少ない密閉空間だと告げていた。


 反対側の壁には鉄格子。規則正しく並んだ黒鉄の棒は、鈍い光を反射している。通路を挟んで向かい側にも牢があるが、そこには誰も収容されていないようだ。


 ……そう。牢屋だ。


 他に人が居ないと踏んで、ゆっくりと身を起こす。

 小さめの声で「すみませ〜ん……」と声をあげてみるが、レスポンスはない。見張りの一人もいないようだ。……舐められてんなァ……。


 縄で縛られている両手両足を見下ろす。……金属の手錠や木枷でなくて助かった。だがやはり舐められている気がする。

 後ろ手にナイフを……はちょっと怖いので、大人しくカッターナイフをアイテムボックスから出現させる。しっかりと手の中に現れたそれを握り締め、チキチキと小さな音を立てて刃を出し、縄をゴリゴリと切っていく。麻縄は意外と固かったが、プラスチックの柄を握り締めて押し進めれば、数分とかからず切断できた。


「さて……」


 縄の繊維くずを払いながら立ち上がる。特に体に痛みはない。気絶させられたのは、少なくとも頭をぶん殴られたりだとか、乱暴な方法ではなかったらしい。


 床についた音が響かないように、手元に梯子を取り出して、そっと壁に立てかける。

 梯子を登って小窓を覗いた。格子は細めながらも錆びたりはしておらずしっかりとしている。


 外の風景は……。眼下すぐに砂利、目の前には膝下くらいの背の低い低木。その上は空。情報ゼロ。

 ただ、半地下の牢の造りといい外の風景といい、かなりしっかりしたお屋敷なのではないかと思う。

 ここから何かこの家特有のモノが見られたら話は早かったのだが。依然緑と青。……青?


「やべ、定期連絡ブッチしてる」


 商業ギルドを出た時は夕方。今は晴れた青空。つまり少なくとも一夜明けている。

 脳内ウィンドウの日付を確認すると、やはり数字が一つ増えている。何日も寝ていたわけでなかったのは救いだが……。


 私は急いでひとつのアプリを立ち上げる。そこには案の定、レオナルドからの心配のメッセージがずらっと並んでいた。


「うわ〜……やっぱめっちゃメッセ来てる……」


 ──私のインターネットスキルは、メッセージの書き込みなどのアップロード行為はできない。

 では何故、レオナルドとメッセージのやり取りができるのか。


 この世界に転移してきた初日、最初にしたことを覚えている。

 SNSのアカウントにログインはできるのだ。

 そして私は、普段から"アカウント登録が必要なノートアプリ"を使用していた。


 要は、そのアカウントに複数端末でログインし、書き込んだメッセージを同期・共有することで擬似チャット行為を可能としたのである。


 ヴァレスティ邸から離れグロスマールに遠征することを相談した時、条件として提案したのがこれを利用した定期連絡だ。

 レオナルドが簡単な日本語は読めるようになり、読み上げアプリなんかも使えるようになったが故に可能になった手である。


 ただ一つ心配だったのは、可動範囲。インターネットはあくまで私のスキルであり、私から離れたスマホやタブレットのネット環境がどうなるのか、それが不安だったが……。少なくとも、ヴァレスティ邸からグロスマールの距離ではやり取りが可能だった。


 それでは、今この場所はどうなのか、ということで。レオナルドの怒涛の連投メッセに返事をしようと思う。


『おい』

『無事なのか』

『何があった』

『返事をしてくれ』

『あかり』


『無事です。おはようございます。寝てました』


 暫し待って同期アイコンをクリック。すぐに新規書き込みが表示された。


『ケガはないのか。今どこにいる』

『ないよ。イマココ』


 再び梯子に登り、スマホを取り出して牢屋と窓からの風景を撮影する。カシャ、とシャッター音が響いたのに驚いて肩をすくめ、誰か来ないかと息を潜める……が、誰も来ない。

 シャッター音をミュート設定にし、撮った写真をそっとノートに貼り付けた。


『情報が足らないな。出られそうか』

『牢屋からは。外まではどうかな。まぁ手段を選ばなければどうとでもなるので心配しないでください』

『ヴァレスティ家の騎士さんたちどうなった?』


 そこまで書き込んで梯子を降り、アイテムボックスにしまって鉄格子に近づいた。


 誘拐なんてテンプレ展開、シャンプーが高値で売れると知った当初、レオナルドに出会う前から想定している。

 ここで「殺す予定ならとっくに殺されている」と判断するのは甘い。私以外の部分で対応中なだけで全然殺すつもりだとか、事故に見せかけるための準備中とかの可能性もある。

 これで物置小屋や納屋みたいな場所に転がされていた、とかならまだその辺のごろつきがどこかに売り飛ばすために誘拐した、という線もあったが……。こんなしっかりした牢屋では考えづらい。"私自身"に用がある、のだろう。

 となれば、"外に出される移送中を狙って脱出する"という手は狙わない。今ここで脱獄するのみ。


 私は脳内ウィンドウに『工具』のブックマークリストを表示させ、購入手続きを済ませた。


「てってれ〜、『金属切断用ノコギリ』〜」


 小声で言いながら手元に黒い刃の細身の鋸を出す。

 鉄格子の入り口と柵が隣接した、鍵の部分の隙間にノコが……は……はい……入った。


『一人だけ馬でもどってきた。もう一人はまだきみを探している』

『ギルド前できみを待っているとき、ごろつきの集団に御者がからまれたらしい』

『釣り出されちゃったか〜』

『護衛対象からはなれるものではないが、少人数を利用されたな』

『ゾロゾロ護衛連れ歩く方が目立つしね』


 そっとノコギリを引く……と、閑散とした牢にゴリゴリと音が響いた。思った以上にうるさい。ちょっと考えて、布を巻いてみる。再びノコギリを動かしてみると、まぁ、少しは防音になっただろう。


『にしても、目の前でさらわれたけど、追跡できなかったんだ?』

『路地につれこまれてすぐ、気配をたたれたらしい』

『そういう魔道具を使われたんだろう。だが、そういう悪用しやすい魔道具は、きほんてきに国の管理下にあるはずだ』

『わ〜、きなくさ〜い』


 ノコを動かす度、手のひらが熱を帯び、じわりと汗ばんだ。

 せっせとノコをゴリゴリと前後させながら、レオナルドとのやり取りを重ねて現状を把握する。


 行き当たりばったりの無頼漢以外の犯人像というと、やはりどうしても商会関係か国王関係に思考が寄ってしまう。

 ……私が聖女だということはバレていない、という前提で動いてきた。だが、ここにきてそれが覆る可能性がある。

 どこかで情報が漏れた? それとも私の行動のどこかにヒントがあった?


 布を外して様子を見る。刃先がもう半分ほど埋まっている。すごい。


 鋸の刃先に力を込めること十数分。

 ノコギリを最後まで動かし、鍵部分の金属を断ち切る。黒い小さな破片が床に落ち、かすかにカランと響いた。


「よし……行くか」


 息をひそめて刃を引き抜くと、慎重に両手で鉄格子の扉を少しずつ押す。

 ゆっくりと、身をかがめながら通路に足を踏み入れた。床は石畳で、微かにひんやりとして、薄暗い中に淡い光が差し込んでいる。

 足音を消すため、靴底の柔らかい部分でそっと歩く。


 振り返ると、切り取った鍵の破片が床に転がり、牢の静寂を少しだけ乱している。

 視界を左にずらすと、通路は緩やかに右へ曲がり、奥には階段が伸びている。階段は薄暗く、かつ石材の冷たさを伝えてくる。


『脱獄しま〜す』

『気をつけろ』


 手元のスマホでライトを点けると、埃っぽい空気が光に揺れた。


 足元に気を配りながら、一段ずつ慎重に上る。階段に手すりはなく、壁に触れながら一歩一歩。階段の音が通路に反響しないよう、思わず呼吸も止める。

 外界から隔絶されたこの空間にいると、外の喧騒やレオナルドからのメッセージも、すべて遠い世界のことのように思える。


 階段を上がるにつれ、半地下の空気が徐々に変わっていった。湿気が減り、暖かく、木の香りと屋敷の清掃された匂いが混じる。


 とうとう扉の前に出た。木製で厚みがあり、重厚な金属製の把手がついている。

 私は一呼吸置き、手を伸ばす。触れた感触はひんやりとしていて、金属の冷たさが掌に伝わった。

 少しだけ扉を押してみる。抵抗はあるが、油を差したように滑らかに開きそうだ。

 ゆっくりと扉を押し開けると、軋む音が小さく空間に響く。僅かに開いた隙間から、外の様子を伺った。


 高い天井、壁には豪華な装飾、柔らかい絨毯が敷かれ、窓から差し込む陽の光が床に長く影を落としている。


 静かだ。足音も、誰の気配もない。


 身を滑らせるように扉から出て、ゆっくりと廊下を進む。石畳から絨毯に変わった感触が足裏に伝わる。

 人の気配はないが、完全に安心はできない。私は壁際に沿って体を低くし、角を曲がるたびに慎重に周囲を確認した。


 廊下の奥には、木製の扉が数枚並んでいる。一番手前の扉にそっと耳を寄せ、音がないことを確認してそっと取っ手に手を掛ける……が、簡単な鍵がかかっているようだ。開かない。

 まずは窓からの風景を確認し、所在地を予想出来ればいいが……。いつ人が来てもおかしくない廊下より、人のいないどこかの部屋に入りたいところだ。


 私は再び息を整え、足音を最小限にしながら廊下を進む。


 ──半地下から屋敷内部への侵入。小さな脱獄劇の第一歩だ。




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