表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界来たけどネットは繋がるし通販もできるから悠々自適な引きこもり生活ができるはず  作者: 星 羽芽


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/50

19 午後のハーブティー



 馬車なら数日はかかる道のりを、私たちは深夜のバイク移動で一気に踏破した。陽が昇ってからは徒歩に切り替え、目的地に辿り着いたのは、太陽が中天を過ぎた頃。

 街の姿が視界に入った瞬間、私は思わず息を止める。


 街を囲む石壁は淡く落ち着いた灰色をしていて、壁に絡む蔦が陽光を反射するように揺れていた。整えられたアーチ型の門の上にも、つる花が彩りを添えている。だが古ぼけた廃墟のような印象はなかった。むしろ、手入れの行き届いた庭園の入口のような美しさがそこにあった。


「身分証を拝見願います」


 門前に立つ警備兵に呼び止められ、私は慣れた手つきでギルド証を取り出し、にこやかに差し出す。レオナルドの身分証は出せないが、私が保証人として登録すれば問題ない。彼も一礼し、控えめに従者のような態度を取る。身なりは質素な旅装、そしてかつての銀髪は、今はしっかり黒く染まっていた。

 門番は証明書の印章を確認しただけで、特に詮索する様子もなく通行を許可してくれた。今や私のギルドランクはそこそこ高く、信用があるのだ。


 門を抜けたその瞬間──私は息を呑んだ。


「わぁ……!」


 目の前に広がるのは、まさしく“花の都”と呼ぶにふさわしい景色だった。


 石畳の街道は均整のとれた幾何模様に整えられ、両脇には花壇。コスモス、ダリア、チューリップに近い何か──名前の分からない色とりどりの花々が咲き乱れ、ふわりと甘い香りを乗せた風が頬をなでた。

 街路樹は街道と平行に等間隔で立ち並び、初秋の葉がそよ風に揺れている。街路樹の葉は緑だけでなく、所々に赤や黄のグラデーションが混じっていて、見上げるだけで目が楽しい。どの木にも小さな銘板が掛けられており、樹種や花の開花時期が記されていた。


 建物も圧巻だった。屋根は暖色の瓦屋根に、壁は白とクリーム色を基調にした柔らかなデザイン。どこもかしこも個性的で、それでいて統一感があり、まるで芸術作品のようだ。

 そして何より目を惹くのは──建物の隣や屋上に、大小さまざまなガラスの温室が併設されていること。


「話には聞いてたけど、ほんとに綺麗な街だな〜……」

「あぁ、ここまでの街は他にない」


 レオナルドも感心したように、辺りを見渡していた。


「今は魔力の濃い土地は農地や採集地として管理され、その周辺の魔力が薄い土地に住宅や都市機能を設けるのが一般的だ。けれど昔は、そういった理解が不十分だった。農地の隣に管理する人間の住居を建てるのが普通で、ここもそういった歴史のある街だ。通常、どこかの代で区画整理が行われるものだが──」

「ここは違うんだ?」

「あぁ。この街はそのまま上手く発展した稀有な例だ。農業と薬草の文化が根付いたこと、それに、ここを拠点にした錬金術師たちの功績が大きい。温室を使って魔力を制御しつつ栽培を行う技術が、ここで確立されたらしい」


 ふむふむ、と私は頷きながら聞いた。

 どの家もきちんと管理されていて、花壇の手入れや鉢植えの花の入れ替えなど、手が入っているのが見て取れる。

 それが全体として“街の景観”になっているというのだから驚きだ。


「でも、ちょっともったいなくない? 収穫量というか……利益、減ったりしてないの?」


 本来ならば農地として運用されていた土地ということだ。その分、収穫量が減っている、ということでもある。


「本格的な農地は郊外にもある。この街では家庭菜園の範囲内や、世話のかかる薬草や特殊な魔草が主に栽培されているな。魔力の調整が必要だったり、気温や湿度を細かく管理しないと育たないような希少品は高値で取引されるんだ」

「へぇ……つまり、効率よりも質と価値重視、ってこと」


 だから温室。管理された空間で、温度や湿度、光の量、さらには魔力の濃度までコントロールして育てているというわけだ。


「そうだ。それ故、ここは薬師や錬金術師にとっての聖地とも呼ばれている」

「はぇ〜……」


 なるほど、と心から感心した。ただの美しい観光地ではない。こうして話を聞くと、すごく実用的で、なおかつ高度な管理が行き届いた機能美を持つ都市でもあるらしい。


 歩きながら視線を彷徨わせるたび、花の香りがふわりと鼻をくすぐる。

 家の軒先に吊るされた花籠、立ち止まって手入れをしている婦人たちの柔らかな所作、朝市を開く準備をしているらしい露店の活気。


 それらが全て、ただ“見せる”ためではなく、ちゃんと生活と一体になっているのが伝わってきた。


 花と共にある暮らし。香りと色彩が日常に溶け込む街。

 お洒落な薬屋やカフェが点在するのも納得だ。これは確かに、女性にも人気が出るだろうな、と思った。


 街の中心部に向かって歩くうちに、私たちは自然と足を止めた。

 煉瓦造りの建物の一角、道に面した広いテラス席。白いパラソルが風に揺れ、手すりには色とりどりの鉢植えが並んでいる。

 カフェだ。軒先には小さな黒板が立てかけられ、《本日のおすすめ:花香る冷製ハーブティー》《薬草入りアイスミルク》《花蜜のタルト》《ミント&ローズのジェラート》と、気になる文字が並んでいた。


 陽が出てからは徒歩移動だった私たち。昼食は途中で摂ったが、以来水分補給はまだだった。

 目を見合わせ、小さく頷き合った。レオナルドが先に歩み出て、青いガラスの扉を開ける。私たちは静かにその中へと入っていった。


 外観も十分にお洒落だったが、中はさらに素敵だった。

 壁には蔦を模した木製の棚が設えられ、ハーブの鉢やガラスの花瓶が整然と飾られている。天井から吊るされたランプシェードには乾燥ラベンダーが編み込まれ、ほのかに甘く落ち着いた香りが漂っていた。視覚と香り、両方で癒される空間だ。


 窓際の席に案内され、私たちは向かい合って腰を下ろす。

 ガラス越しには花壇と街路樹が見え、陽射しが柔らかく差し込んでいた。テーブルには花柄のクロスが敷かれ、小さな陶器のフラワーポットが中央に置かれている。中には薄紫の可憐な花──見たことはないけれど、この街で育てられたものなのだろう。


「観光地のカフェってだけで、ちょっとテンション上がるよね」

「そういうものか」


 ふふっと笑いながらメニューを覗き込む。私はちらりと、レオナルドの顔を盗み見た。


 ──黒髪に眼鏡。


 つい先日染めたばかりの黒髪は艶やかで整っていて、さらさらと柔らかく揺れる。そして、薄く色づいたレンズが嵌った銀縁の細い眼鏡が、彼の端正な顔立ちに妙に似合っていた。まるで学者か文官のような、知的な印象を与える。


(……いや、思ったより似合ってるなこれ)


 しかも本人は意識して着飾っているわけではない。無意識イケメン。

 銀髪は異世界感とか騎士感とか王族感を感じるが、馴染みのある髪色のレオナルドを見ると何だか親近感が湧く。


「……何か顔についてるか?」


 視線に気づかれたのか、レオナルドが訝しげにこちらを見る。


「んーん。似合ってるなーって思ってただけ」

「眼鏡か?」

「うん。ちょっと学者っぽい。薬師でも通じそう。ちょうど良かったね。街歩きしてても違和感ないよ」


 変装としての完成度は予想以上。髪色と眼鏡だけでこうも印象が変わるのかと感心してしまう。というか、最初からこうして出歩けばよかったのでは。


 注文してしばらく。店員さんがガラスのグラスに注がれたハーブティーを運んできた。

 ティーグラスには薄く光る青紫の液体。透明な氷とミントの葉、そして小さな白い花弁がふわりと浮かんでいた。まるで、夜空に星を浮かべたみたいだ。

 花蜜のタルトは鮮やかな色のジャムが宝石のように光っていて、見るだけでテンションが上がる。


「うわ、写真撮りたい」


 私はついそう呟いて、スマホを取り出しかけたが、途中で止めた。


「写真って……ああ、あの板で撮影できるのか」

「うん、でも目立つしね……記憶に残すよ」


 そう言って、私はストローで氷をくるりと回し、一口すすった。

 口の中にミントの清涼感が広がり、あとからほのかな甘みと、柔らかな花の香りがふわっと鼻を抜けていく。


「んま……」

「だろうな」


 私のリアクションを眺めていたレオナルドがふっと笑みを溢し、自分のカップを手に取って飲む。黙って味わうレオナルドの横顔は、今までの緊張が少しだけ解けているようにも見えた。


「……あまりこういうところに来たことがない。女性好みの店だと思っていたが、案外落ち着くものだな」

「ふふっ。まぁ、旅の途中でこういう一息って大事だよ」


 この街の空気は、やっぱり特別だった。緑と花に囲まれて、品があって、どこか穏やか。ほんの一瞬でも、追われている身であることを忘れそうになる。


 グラスを傾けながら、私は少しだけ考えた。

 ──こうして、レオナルドとふたりで街を歩くのは、初めてのことだ。


 このまま、何事も起きなければいいのに。


 そう思いながら、私は冷茶を飲み干した。そして、ふたりで静かに席を立つ。


 カフェを出た私たちは、ゆるやかに街を歩き始めた。


 石畳の道を歩くたびに、靴音が軽やかに響く。通りを行き交う人々の服装は全体的に明るくて軽やか。

 花壇の手入れをする老人、庭先で花を売る少女、立ち話をする薬師風の青年たち……この街には独特の気配がある。観光地らしい華やかさと、暮らしの温かさが自然に混ざり合っていた。


「まずは薬屋を何軒か見てみたいな。素材の種類とか、値段の相場とか」

「案内しよう。数軒、有名どころがあるはずだ」


 市場通りを歩き、ポーションや薬草を扱う店を見て回る。

 面白かったのがとあるお店。綺麗な液体や粉末、乾燥した植物が詰められているガラス瓶がずらりと並んでいた。ポーション屋さんや薬屋さんではなく、その素材屋さんだそうだ。


 街の作りも工夫されていて、ところどころに水路が流れ、小さな橋や噴水がアクセントになっていた。

 道沿いには露店が並び、果物や小さな鉢植え、装飾品、手作りの石鹸などが並んでいる。私は時折足を止めては、香りを嗅いだり、気になったアクセサリーを手に取ったりした。


 レオナルドはといえば、私の隣を無言で歩きながら、視線だけは鋭く周囲を警戒していた。だが、私が気に入ったものに「似合いそうだ」とぽつりと呟くあたり、興味がないわけではなさそうだ。


「あ、ねえ見て、あの看板薬草クッキーって書いてあるよ。気にならない?」

「また食べ物か……だが、付き合おう」


 初めての街歩き。しかも変装してふたりでの外出。

 そんなやりとりを交わしながら、私たちは再び歩き出す。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ