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異世界来たけどネットは繋がるし通販もできるから悠々自適な引きこもり生活ができるはず  作者: 星 羽芽


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13/50

13 終わったと思ったら始まってた



 森に戻ってからの日々は、驚くほど穏やかだった。


 空は高く澄みわたり、木々の葉はほんのり色づき始めている。どこか遠くから聞こえる鳥のさえずりは、まるで平和を告げるメロディのようで、朝晩の空気には秋の気配が忍び込んでいた。

 コンテナハウスのなかでは、私はいつも通り通販スキルを駆使してアイテムボックス内の在庫管理に精を出し、レオナルドと共に規則正しくダラダラとした暮らしを続けていた。


 あの襲撃騒ぎの直後は、当然ながら警戒を怠らなかった。

 アラームの感度を上げ、監視装置のログも毎朝確認し、気配に神経を尖らせていた。

 だが──結果として、何の異常も起きなかった。あれから半月が過ぎようとしているが、一度として警報が鳴ることはなく、罠も誰かに踏まれることはなかった。


 レオナルドはその間、森に仕掛けた罠の総点検を行い、罠の数や配置を見直し、侵入経路となりうる箇所を重点的に強化してくれていた。

 一方の私は、防犯機器の追加注文をかけた。より感度の高い赤外線センサーや、夜間でもくっきり映る高解像度のカメラ、そして長時間の停電にも対応可能な大容量バッテリーなどを取り寄せ、必要な位置に順次設置していった。


 できる限りの備えはした。これ以上の危険が起きないことを願いながら。


 そして今日、私はふたたびグロスマールの街を訪れた。


 納品のために。

 それと、セルディからの調査結果を聞くために。






「ようこそお越しくださいました。お変わりありませんか?」

「はい。まったく」


 磨き込まれた木製のテーブルと、飾り気はないが質の良い椅子。窓からは午後の柔らかな陽が差し込んでおり、空気にはどこか静謐と緊張が混ざり合った空気が漂っていた。

 出迎えたセルディは、今日も変わらず端正な笑顔を浮かべている。きりりと引き締まった表情の奥に、いつも確かな誠実さが見え隠れしていた。

 軽く会釈して席についた私の視線の先で、彼女は手元の書類にさっと目を通してから、すぐに顔を上げる。


「まずは納品の確認から──ですが、その前に。先日の件について、ご報告を」


 話の切り出し方は淡々としていた。セルディは一枚の書類を取り出し、私の前に静かに置く。紙面は多くを語らず、簡潔な要点だけが記されているようだった。


「結論から申し上げますと──件の人物たちは、特定の商会に雇われたものである可能性が高いと判断しています」

「商会……」

「ええ。グロスマールとは別の地方を拠点にした同業系……近年、衛生品や美容分野への進出を目論んでいたようで、あなたが納めている商品群に強く関心を持っていました。直接の証拠はありませんが、時期と動きが一致しています。」


 それは、想定内といえば、想定内だった。

 研究を公認しているとはいえ、評判を呼んでいるのは私が扱う商品なのだから、仕入れ元や製造元に注目が集まるのは当然だ。そういう動きがあることを警戒して、私は人目を避けて森に隠れ住んでいるのだし。


「仕入れルート、活動拠点、卸先、すべてにおいて情報収集が行われていました。商会としては生産者の情報をつかみたかったのでしょうね。ただ、それが露見したことで……」


 そこでセルディは一瞬、声のトーンを変えた。


「今回、非常に強い“横やり”が入りました」

「……横やり?」


  意味がつかめず問い返すと、セルディは困ったように、しかしどこか愉快そうな色を含んだ微笑を浮かべた。


「噂を聞きつけた“ご令嬢方”が、動きました」

「えっ」


 思わず素っ頓狂な声が出た。

 けれど、セルディは至って真面目な調子で続ける。


「あなたの製品を愛用されている貴族たちが、ギルドが調査の動きを取ったことで事の次第を把握し、“その供給源に無礼があってはならない”と動いたのです。彼女たちの一部には、王都に近い有力家門の令嬢も含まれていました」

「お、おう……」


 セルディは、茶をひとくち啜る。

 私は唖然とした。

 つまり、あの貴族のお嬢さまたちは、私のシャンプーをかなり気に入っていた。そして、そんな「お気に入り」が下手すれば供給停止になるかもしれないと知ったとたん、家の力を使ってまで商会に圧をかけてくれた──ということらしい。

 なんだろう、想像以上に面倒くさい展開になっていた気がする。……いや、嬉しいけど。

 正直、想像の遥か斜め上の展開だった。


「……あれ、けっこう重宝されてたんですね、私のやつ」

「ええ。特に今期、乾燥が早い地域では、あなたの商品が顕著に差を見せたとの報告もありました。効果のあるものは、支持を集めます。貴族層のあいだでは“あれがなければ外出できない”という声も出ているほどです」


 そんなに? と驚いていると、セルディが軽く笑った。


「問題の商会には、複数の家門から“騒ぎを起こすようなことがあれば、取引停止を検討する”という圧が入りました。結果として、その商会は該当行為への関与を否定したうえで、“誤解を招く行動を取った関係者がいたこと”を理由に謝罪を表明しました。非公式ではありますが、これ以上の干渉は控えるという確約も得ています」

「……つまり、解決ってことで?」

「はい。ギルドとしても引き続き、しばらくは周辺の監視体制を強化するつもりです」


 言葉を聞いた瞬間、肺の奥から空気がゆっくりと抜けていくのを感じた。緊張という名の霧が、ようやく少し晴れた気がする。


 とりあえず、ひと段落。

 大きな混乱もなく収束したのは、セルディをはじめとしたギルドの尽力と──何より、商品を気に入ってくれた、貴族のお嬢さまたちのおかげだ。

 まさか、そんな形で後ろ盾を得ることになるとは夢にも思わなかったが……。


 それでも私は、確かにこの異世界でも、自分が生きていける手段を少しずつ築けている。

 そう思えただけで、今日はもう、十分だった。





「──と、いうわけで、解決らしいです」


 コンテナハウスのドアを閉めながら、私はレオナルドにピースサインを送った。どこか力が抜けたように、ふうっと息をつく。

 セルディからの調査報告を聞いて、ついでにいつもの半分程度の量を納品して、森に戻ってきたところだ。

 今回の道のりも問題なし。今日は風も柔らかく、陽の差し方も心地よい。何ごともなく帰って来られたことに、小さな安堵を覚えていた。


 部屋のなかでは、レオナルドがいつものようにソファに腰かけ、本を読んでいた。しかし留守を守っていたその身にはきっちり鎧を着込み、脇に剣を立て掛けている。アンバランスな光景である。

 手元のページに指をはさみながら、彼は顔を上げる。目が合うと、パタンと音を立てて本を閉じた。


「解決、とは?」

「うん。あの襲撃の件、ギルドが調べてくれたんだけど、どうやらよその商会が雇った人たちらしい。私の“仕入れ元”を探るために動いた……まぁ、商売敵ってやつ。ギルドが正式に警告入れたし、うちのファンの貴族令嬢たちが圧をかけたらしくて、相手の方が白旗あげたっぽい」


 私は荷物をテーブルに置きつつ、笑って言った。

 それはどこか安心した笑みだった。ようやく肩の荷が下りた、そんな空気を纏っていたと思う。


 けれど。


「……本当に、そうだろうか」


 その一言は、まるで冷えた霧が室内に忍び込んできたように、静かに空気を変えた。

 レオナルドの声は落ち着いていた。けれど、まるで、積み上げた安心の積み木をそっと崩すような声音だった。


「え?」


 私は思わず立ち止まり、首を傾げた。

 彼の表情は穏やかだが、その目の奥には一抹の疑念が潜んでいた。


「不思議なんだ。侵入者が来たのは──君が納品に出る“直前”だっただろう?」

「うん、そうね」

「なら、こう考えてみてほしい。もし相手が君の居場所を突き止めていたのなら──“納品の帰りを尾けて”森に入る方が、遥かに合理的だ」

「……たしかに」


 私は小さく唸った。言われてみれば、その通りだった。


 私は街へ向かうときには特に警戒して動いていたし、帰るときは必ず足取りを変え、何度か遠回りもしている。森に足を踏み入れるときは必ず周囲に人の目がないか確認して。万が一を想定して、追跡は極力防いでいるつもりだ。


 でも、私は月に一度は必ず森を出入りする。いくら注意していても、「森から現れ、森へ消える」という事実は消せない。


「……先月の納品あたりで、『あの森に定期的に戻っていく』って確信した、とか?」

「可能性としては、ある。けれど、それならもっと早い段階で行動に出ていたはずじゃないか? 『この森に入り、出ていない』ということを確認するのに、ひと月は必要ない」

「通り抜けるだけならもっと早く出てくるはずだもんね。一週間もあれば『この森に滞在している』って考えつくか」


 レオナルドは、視線をそらさずに続ける。その目は静かに、しかし明確な意志を込めて私を見ていた。


「今回、あの者たちが来たのは偶然じゃない。──君じゃなく、俺を狙っていた可能性が高い」

「え?」


 私は固まった。

 思わず息を止めて、彼を見つめた。


 彼の視線が、真っすぐに私を貫く。

 さっきまでの穏やかな空気が、静かに色を変えていく。


「ずっと黙っていてすまなかった。けれど、そろそろ話しておかねばならないとは思っていたんだ」


 彼の声音は、どこか覚悟を滲ませていた。



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